長生きTSダークエルフはひっそり暮らしたい〜今はごく普通の占術師なので、どうか放って置いて下さい〜   作:きつね雨

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(4)水の音

 

 

 

 

 滞在する間に生活する場所。セナが案内されたそこは、オーラヴ村中心部よりかなり離れていた。これはイジメとか村八分などでなく、希望として伝えた結果だ。

 

 村の中心部には小型ながら商店も配置されているから、今後過ごすならば便利なはずだろう。だが、当のセナがこれを拒否し、出来るだけ他のエルフと接触を断てる住まいを望んだのだ。

 

 色々と候補を用意していた中で、最も遠くて不便。それがセナの仮住まいとなる。敢えて良いところを上げるとしたら、白の姫が寝泊まりしている居室が近いことか。或いは夜間も静かで、穏やかな日々を過ごせる点があるかもしれない。

 

「別に悪くないけどな。ね、シャティヨンはそう思わない?」

 

「どうでしょうか。セナが良いなら私は構いませんが」

 

「はいはい」

 

 元の日本ならば2DKの平屋というところ。木造で、枝木や巨大な葉も利用されている。素朴な雰囲気にセナも悪い気は全くしていなかった。

 

 簡易ながらキッチンもあり、水回りも悪くない。残念なのは風呂桶が無い事か。寝室も思ったより綺麗で、手作りらしきベッドがクイーンサイズなのは驚きだろう。あんなに広いと寝返りし放題だなと、セナは内心で笑ったりしている。

 

「食事はあとで届けます。今後は長老宅で、ああ、お断り、ですね。では、食材を私が定期的に届けましょう。そのときクラウの、いえ、白の姫との進捗も確認出来ますから」

 

「ん、じゃあ頼もうかな」

 

 羽織っていたローブを脱ぎ、ついでにアダルべララを壁にポイっと立てかける。誰が見てもかなり適当な扱いだ。シャティヨンは物申したくなるが、もう既に諦めていた。旅中に何度も注意したが、セナは右から左に流すだけだったのだ。

 

「承りました。では、今夜の食事を取ってきます」

 

「ありがと。私は身体でも拭いて着替えるね」

 

「はい。先程の説明通り、彼方の奥に水桶もあります」

 

「うんうん、だいじょぶ」

 

「それでは」

 

 軽く頭を下げ、シャティヨンは去って行った。彼女の性格から考えて、真っ直ぐに食事を用意し、寄り道もせず戻って来るだろう。

 

「早めに済ませよう。もう裸を見られたりしないぞ」

 

 何度も見られたし、幾度も観てしまった。同性の気軽さで浴場にスタスタと入って来るのだ、シャティヨンは。

 

 ブルブルと頭を振り、浮かんだ華奢な肢体を消し去ろうとした。だが、真っ白で美しいシャティヨンは中々居なくならない。

 

「あー! もう!」

 

 早く顔を洗おう。

 

 それしかない。

 

「……何年生きても変わらないなぁ」

 

 性欲などではない筈だが、元男の子の人格は今もバッチリ存在していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◯ ◯ ◯

 

 

 セナはいま、他者との過剰な接触を恐れている。

 

 運命の"揺り戻し"と最近名付けた現象に、まだ確信は持てていない。だが、未来に干渉すると、何かが反撃して来る。そんな気がするのだ。

 

 時間軸もズレるし、生み出される事実も分からない。なのに、振り返ってみたら結果の辻褄合わせが起きたと知るのだ。しかもそれは、残酷で悲惨な終わり。

 

 あれほどに大切だった仲間達が失われたあの日、ふとそれに気付いてしまった。もしかしたらと考えたとき、セナは余りの恐怖に震え、冷や汗も溢れ出た。

 

 全ては妄想?

 

 そうであるならどれ程に気が休まるだろう。だけどセナは判別が出来ない。妄想なのか、リアルなのかを。

 

 だから考えてしまう。

 

 それならばいっそ、全ての未来を知れたなら、と。予め知れたなら、そこから逃げ出せば良い。干渉などせず、強く瞼を閉じ、夢の世界に旅立って、ただ時間の経過を待つのだ。そうすれば辛い現実から目を背ける事が出来るだろう。

 

「綺麗、だな」

 

 曇ったガラス窓の向こうには深い深い森の夜景。オーラヴ村の灯りも遠くにポツポツと見えた。

 

 そう。エルフ族の村に、頼まれたとは言え訪れている。

 

「何で此処にいるんだろ」

 

 分からない。それが答え?

 

 妄想が現実ならば、誰一人居ない場所で過ごせば良い。ヒトもエルフも、ドワーフだって。全部を忘れて。

 

 ううん、分かってる。

 

 絶対に無理だ。

 

「……寂しい。一人で、永い刻を、生き続けるのが。そんなの耐えられない」

 

 今も寂しさが襲って来る。過去の仲間たちを想ったとき、ポツリと部屋にいるとき。今の自分は"ルフスアテル"などと畏れられ、死を振り撒く赤と黒。もう血を見るのも嫌になった。赤い液体を視界に入れたら気色悪い何かが下腹から迫り上がるのだ、遥か過去から。

 

 ついさっき、シャティヨンが「ゆっくり休んでください。また明日来ます」と背中を見せたとき、行かないでと叫びたくなった。その突然の感情に驚いたセナは、お休みなさいと口に出せなかったのだ。

 

「あー、また悪い癖だ……考えないようにしないと、疲れる」

 

 こんな時は気分転換。もう夜遅いし、村の真ん中に行かなければ良いよね。そんな風に考えたセナは散歩に出掛けることにした。寝るつもりだったのでかなりの薄着だが、ローブ一枚羽織れば構わないだろう。

 

 古く深い森はセナにとっても非常に心地良い空間だ。黒エルフだからと言う理由もあるが、単純に自然の美しさを好きなのもある。

 

「うん、澄んでて良い空気」

 

 夜の風はほんの少しだけ冷たかった。キョロキョロと周りを見渡すと、森の更に奥に小川が流れている。長い両耳には水音も届き、セナは足をそちらに向けた。この世界の川は大抵が非常に綺麗で、ましてや此処はエルフの住まう森。きっと感動する様な景色だろう。無理矢理気持ちを切り替えつつ、セナはゆっくりと歩いて行く。

 

 

 

 

 パチャリ。

 

「ん?」

 

 パチャ、パチャ。

 

 自然に出る音じゃない。何かが落ちたか、或いは弾かれたか。

 

 その水音に吸い寄せられ、ガサガサと背の高い草を両手で手折った。そして開けた視界の先には……

 

 

 

 白。

 

 純白とは違う、生命力に染められた強い白。

 

 青。

 

 空でも、海でも、泉でもない、一色。

 

 

 

 

 

 衣服まで真っ白なのに、彼女の白を拭い去ることなど出来ないだろう。一枚布のワンピースから伸びる手足は細く、素肌まで白かった。だからこそ瞳の蒼が惹き立って見える。やはり薄らと青が滲む長い白髪は、夜風にフワフワと舞っていた。

 

 先程から耳に届く水の音。少女の裸足の両足がパシャパシャと奏でていたようだ。

 

 その白の女の子は、固まっているセナに気付く。そして暫く見詰め、観察を終えたのだろう。スッと音もなく立ち上がった。その無表情が美し過ぎて、セナの背筋に何かが走り、同時に現実感を覚えない。

 

 何かの上位精霊? もしかして精霊王とか? 或いは森に住む古き神々の娘だろうか。そんな言葉が頭の中を踊る。

 

「見つけた」

 

「……え?」

 

「今日来るって聞いてたから、探してたんだ。我慢出来なくて。シャティヨンも教えてくれないし」

 

 現実感を伴う知った名前が届き、セナの思考が答えを導き出した。長老のザカリアが言っていた、会えば分かると。

 

「キミが"白の姫"?」

 

「そう呼ぶ、皆は。貴女はセナ=エンデヴァル。黒エルフで、ハグレ。ヒト種と共に生き、冒険者として戦う。そう、噂に聞いた()()アダルべララの使い手だよね。聞きたいの、貴女は、強い?」

 

「何を言って……」

 

「ん……答えなくても大丈夫。もう()()()()()()。こっちは命が欲しい訳でもないし、そっちも別に遠慮要らない」

 

 その時の寒気をセナはよく知っていた。そう、強大で、凶悪で、極稀に出逢う化け物たち。厄介な魔物と遭遇してしまったあの瞬間だ。

 

 踏み出したと思ったその時、白の姫はすぐそばに飛び込んで来ている。小柄だからか、セナの懐で抱き締めてと、そう見えるような動きだ。しかしその可愛らしさに反した無表情で、右手には荒く削った石のナイフが握られている。

 

 その鋭さは玩具などでは無いと知らせてくれた。何一つ嬉しくないが。

 

「ふっ!」

 

 白の姫の唇から溢れる小さな裂帛。左脇腹から右上に抜ける角度は、金属製の武器であったなら致命の一撃になるかもしれない。尋常な速度じゃないし、そもそも全く躊躇を感じない。昔漫画で表現されていた"殺気"らしき何か、それを現実に振り撒くエルフって存在するんだと、セナは少しだけ吃驚した。やっぱり嬉しくないけれど。

 

「……勘弁して」

 

 ボソリと呟いたセナは、石ナイフを握っている可愛らしい手を僅かに逸らし、同時に細くて白い手首を掴み捻る。

 

「っ!」

 

 白の姫は折られると思ったのか、身体をグルリと倒すしかない。セナはその挙動を感じた瞬間、裸足の足を優しく払った。たったそれだけで、少女は地面に組み伏せられたのだ。風を受け流し、サワサワと揺れる花々のように、強い力を感じなかった。

 

「もう動けないよ。さあ、それを捨てなさい」

 

 セナは白の姫を仰向けにすると、その小さな身体の上にお尻を乗せる。自分のお尻が大きなことを自覚してるので、全体重を掛けている訳ではない。それでも、白の少女を拘束していることに、何となくだが罪悪感を覚えていた。

 

「……凄い。視えるよ」

 

「なに?」

 

「やっぱり強いんだ。良かった」

 

 言いながら、手にあった石のナイフをあっさりと手放す。抵抗も今のところなく、青い瞳でセナを見上げていた。

 

「綺麗……あ、えっと、名前は確か、クラウディアだっけ?」

 

「もっと、もっと」

 

「話を聞いてる? 名前……え……う、嘘でしょ⁉︎」

 

 この気配、セナには覚えがあった。

 

「貴女なら……私を、受け止めて、セナ」

 

「ダメ! やめなさい!」

 

 セナは仕方なく、力を少しだけ抜いた掌底で殴る、白の姫の細い顎を。その瞬間何故か"白の姫"の顔色に微妙な変化が見えた。瞬時に意識を刈り取ったはずなのに、クラウディアは満足そうだったのだ。

 

「軽い……な」

 

 気を失った少女を抱き上げ、ゆっくりと立ち上がる。

 

 ほんのり温かい素肌と緩く伝わる質量に、これが現実だとセナは実感するしかない。

 

「シャティヨンめ……明日問い詰めてやる」

 

 こんな凶暴な女の子だなんて、何一つ教えてくれなかったのだから。

 

 横抱きの姿勢に変えるとセナは立ち上がる。とにかくこのままじゃ駄目だろうし、身体と精神の方も心配だ。

 

 そう。あの気配、いや精霊力。

 

 近しい存在を以前に体感したセナだから、直ぐに気付いたのだ。だからこそ手加減抜きで意識を奪うしかなかった。

 

悲哀の上位精霊(バンシー)だ。間違いない」

 

 クラウディアから強い精霊力を感じる。精霊の愛し子である白の姫だから当たり前かもしれないが、よりによって悲哀の上位精霊(バンシー)だなんて。

 

 怒りの上位精霊(フューリー)とある意味で対を成し、精神を司る非常に強力な精霊だ。もし強く憑かれたら、ある種の操り人形と化してしまう。精神が摩耗し、消滅するまで。

 

 怒りならば狂戦士へ。

 

 悲哀ならば悲嘆に暮れ続け、精神は消え去る。

 

 恐ろしいのはどちらも肉体的刺激から解放されてしまう事だ。痛みや恐怖に代表される生物的防御機能さえも無効化し、外からの影響を全く受けなくなるだろう。つまり、止めようがない。

 

「でも、意識を持ったまま喋ってた。ううん、何か力を使おうと」

 

 セナも初めて出会うタイプのヒト、いやエルフ。

 

 長老のザカリアが言っていた上位精霊についてとは、もしかしてこのことか。思わず考えに没頭しそうになるが、でも今は他に取り組むべき問題が横たわっていた。

 

 夜も更け、村は眠りについている。

 

「この娘のお家、どこ?」

 

 "お姫様抱っこ"してるのは文字通りの姫。その少女はスヤスヤと眠ったままだった。その寝顔まで綺麗で、セナはついチラチラと見てしまう。両手にクラウディアの瑞々しい肌と体温を感じながら。

 

 

 

 

 

 

 




精神を司る上位精霊たちの紹介。

バンシーとフューリー。上位精霊のため、一定の知能を持ち、言語さえ操る、はず。だが、どちらも人やエルフなどと直接的意思疎通が行われた事例は殆ど伝わっていない。

表に現れる現象で代表的なものに"狂戦士"があり、特定の条件下ならば最強へと至る事が出来る。生き物が持つ肉体的限界を簡単に超え、更には痛みや恐怖が消え去り、腕や足を失おうと戦い続けるからだ。

ただバンシーに関して詳しく識る者は少ない。他にも勇気の精霊バルキリーや、困惑と寂しさのレプラコーンなどが存在する。
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