長生きTSダークエルフはひっそり暮らしたい〜今はごく普通の占術師なので、どうか放って置いて下さい〜   作:きつね雨

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(10)エルジュビエータ

 

 

 

 

 ここ数日のところ、一緒に食事をするのが当たり前になっている。いや、そもそも共に過ごす時間が随分と伸びていた。同じ空間に居ても自然に感じるほどだ。

 

 振る舞った手料理が気に入ったのだろう。クラウディアは朝から夕方までセナから離れない。まあ律儀に夜は帰るが、泊まったらと誘えないセナだった。一人暮らしなクラウディアだから、おかしな話でもないだろうが、セナの精神は今も前世のまま。何だか騙しているようで罪悪感が襲ってくるのだ。

 

「お昼、食べ終えたら練習の続きをしたい」

 

「それは良いけど、気持ち悪いんでしょう? 大丈夫?」

 

「精霊魔法を使えないとセナ先生に勝てないから」

 

「はいはい、なるほどね」

 

 クラウディアは精霊の愛し子でありながら、精霊魔法を使おうとすると気持ち悪くなるらしい。いや、はっきり言えば現在は全く使えない。風精霊(シルフ)水精霊(ウンディーネ)などの下位精霊さえ感覚として理解出来ず、精霊に愛される"白の姫"らしき姿は殆ど見せない。

 

 セナとしても原因を探っているのだが、そもそも精霊は姿が見えないし、会話も不可能だ。上位精霊ならば意思疎通が出来るとされていても、あの様な存在はそこら辺りを歩いたりしていない。

 

草の下位精霊(スプライト)だったら使()()出来るかも、ううん、したい」

 

「はっきり目標があるのは良いことだね。確かに下位精霊の一つだし、エルフと相性が良いかも。ちなみになんで草の下位精霊(スプライト)なのかな?」

 

 エルフとの親和性で最たる存在は風の下位精霊(シルフ)だが、クラウディアは選ばないようだ。

 

「姿隠しが使える様になるから。セナ先生に不意打ちする」

 

「……」

 

 音を鳴らしたりしたらダメで、気配も隠せないから、あくまで姿が消えるだけの精霊魔法だ。相手が精霊魔法に熟知していると余り効果的な戦術と言えない。まあヒト種や一部の魔物などにはかなり有用だが、例えば遥か古代に存在した"勇者"などには全く意味を為さないだろう。アレには"精霊視"と呼ばれる特別な力がある。

 

 いやいや違うでしょとセナは思った。何でこっちを不意打ちする前提なのだと、眉間に皺が寄るのも仕方ないはずだ。

 

「ほら、クラウが全力で剣を振ってきたら、私も防げるか分からないけど」

 

「本気の戦いなら近付くのも許さないと思う」

 

 だから何で真剣な戦い前提なんだよ。セナは溜息が溢れ、精霊魔法教えるのやめよっかなとつい考えたりする。

 

「戦うより別のことじゃダメ?」

 

 例えばクラウの笑顔とか。そんな言葉が浮かんだが、恥ずかしくて言えない。下手な話をしたせいで距離を置かれたら意味がないだろう。それでも、もし心から笑ってくれたなら、今以上に可愛らしいと確信している。

 

「セナ先生と話すのも別に嫌いじゃない」

 

「ん、そう? 良かった」

 

「練習、する?」

 

「いいよ。今日は天気も良いし、軽く試合もしてみようか」

 

「やる」

 

 クラウディアは、残った料理を小さな口へ乱暴に掻き込み始める。よほど早く練習、いや試合がしたいのだ。最近増えた溜息をセナは何とか我慢する。

 

「ダメでしょ。喉に詰まるからゆっくり食べて……」

 

 ん?と顔を上げた白の姫。彼女の両頬は見事に膨らみ、木の皿には何も残っていなかった。

 

 やっぱり溜息を我慢するのは難しいようだ。

 

 

 

 

 

 

 ◯ ◯ ◯

 

 

 

草の下位精霊(スプライト)よ、力を私に」

 

 何度目かの詠唱が空間に溶けて行く。可愛らしい声、可愛らしい立ち姿。でも、やはり何も起きなかった。

 

 エルフにとって精霊との感覚的繋がりを言語化するのは難しい。心臓の動かし方を文章に出来ないのと似ている。当たり前過ぎるからだ。

 

 異世界人と言えるセナですら、精霊力を本能的に感じており、意識する必要もない。まあこの身体"セナ=エンデヴァル"が才能に恵まれているのは間違いなく、その力に頼りきりな本人からしたら、偉そうに教える事に抵抗感があったりするのだが。

 

「どう? 気持ち悪さを感じた?」

 

「感じない」

 

「クラウからしたら嫌だろうけど、それが突破口になると思う。精霊力が何かをしてるのは確実だから」

 

「でも、()()()()()()

 

「そう、だね。ちなみに、気持ち悪いって具体的にどんな感じなの?」

 

「ザワザワ、身体中を虫が這い回る、みたいな」

 

「……それは、うーん」

 

「あと見えづらくなったり、逆に遠くが見えたり、熱かったり、寒かったり、喉が渇くこともある」

 

「一貫性もなし……何かをしたら熱く、これをしたら寒いとか、そんな規則性もないのかな」

 

「色々考えたけど、無いと思う」

 

「そっか」

 

 引っ掛かることはある。セナの経験から幾つかの可能性が浮かびもした。だがその程度ならば、シャティヨンや長老も思い付くだろうし、正解でないと感じるのだ。

 

「あ、でも最近気付いたんだけど」

 

「ん、なに?」

 

「セナ先生が近くに居ると気持ち悪くならない」

 

「んん?」

 

「多分」

 

 間違いなく気の所為だとセナは思ったが、態々指摘などしない。頑張って考えて言葉にしてくれたのだ。頭から否定などしたら、意見を言わなくなるかもしれない。

 

「……クラウ。一度休憩入れようか」

 

「じゃあコレ」

 

 テクテクと近寄り手渡されたのは太めな木の枝だ。僅かにしなりがあり、硬さや重さも丁度良いだろう。何に丁度良いかは、もう一本をクラウディアが持っているので分かり易い。

 

 そこにはビュンビュンと素振りを始めた白の姫が居る。

 

「えっと、一応聞くけど、休憩は?」

 

「精霊魔法の練習は休憩」

 

「凄い屁理屈……」

 

 そう。間も置かず、このまま摸擬剣による鍛錬が始まってしまった。

 

 腰より下段に木剣を構えつつ、クラウディアは突進してくる。踏み出した脚、回転する腰から上半身、そうして伝わった力は木の枝に宿り、セナへと到達。

 

 ガツンと、木とは思えない音が合わさった箇所から弾けた。

 

 あんなに細い手足から放たれた剣撃はとにかく重い。交えたセナは、片手なら無理だったなと力を受け流す。

 

 勢いのまま二人の位置が入れ替わり、今度はセナが剣道で言う小手を狙うが、クラウは見事な見切りでスイと距離を取った。

 

「今度こそ」

 

 ボソリと呟いたクラウディアは、尋常ならざる速度でセナの側面に移動し、シャティヨンから教わった刺突の蓮撃で腕、胸、腹あたりを狙った。

 

 セナによる以前の考察通り、無意識な強化が行われた白の姫の速さはエルフの域を軽く超えている。精霊魔法は使えなくとも精霊による補助(アシスト)が入るのだ。

 

 ほぼ同時としか思えない三連撃の最初は躱し、二撃目は木剣で弾いた。弾いた勢いをそのままに、ぐるりと手首を回転させる。そうしてクラウディアが握る木剣の腹をザザと滑り、セナの剣がヒョイと上向きな力を加えた。どうやら最後の刺突の力を利用したらしい。

 

 たったそれだけでクラウディアは持ち手から感覚を失う。そう、握り締めていた自身の武器は、クルクルと空に舞った。

 

「……うそ」

 

 思わず空に視線が向かい、その瞬間に背後へ回ったセナを見失う。すぐにトンとセナの持つ木剣の枝先で背中を押された。もう言い訳も出来ない完敗である。ぐうの音もでない完全なる敗北だった。

 

 落ちて来た音がカランと鳴り、試合の終わりを告げた。

 

「速くて重いし、良い剣筋と思うよ。もっと鍛えたら直ぐに私じゃ追えなくなる。でも今はまだ、真っ直ぐ過ぎるかな」

 

「セナ先生……」

 

 クラウディアはもう少し良い戦いが出来ると思っていた。ある意味で師と言えるシャティヨンも当然に強いが、セナは何だか捉え所が分からない。速さはそこまで感じないのに。いや、力さえも自分の方が上と思う。

 

 この時、クラウディアは悔しさを覚えた。だがそれ以上に、遥かに強く感じたのは"多幸感"だった。それを超える未来を想像出来ない、遥かな山であり深い森。

 

 殺戮の魔弓アダルベララの主であり、生まれて初めて出会った他種族の黒エルフだ。ずっとずっと大人で、見慣れない美貌と艶を持ち、まだ力の片鱗さえ見せていない。そう、橙色した瞳を向けるこの女性は「剣の使い手」ですらないのだから。

 

「凄い。何で? セナ先生は弓と精霊魔法が得意って聞いてた」

 

「剣技のこと? うーん、弓ほどに得意じゃないけど、昔に随分練習させられ……えっと、したからかな」

 

「セナ先生の先生?」

 

「違う違う。古い冒険者仲間で、クラウと同じエルフの女性だよ。パーティ、と言うか二人だけで活動してた時期があってね」

 

 興味の惹かれたクラウディアは聞く体勢になったようだ。セナは持っていた木の枝をそばに立てかけ、そっと視線を合わせた。

 

「私より歳下なのに、お姉さんみたいな態度を取る変わった娘で、エルフらしくない御転婆さんかな。名前はエルジュビエータって言って、私はエルって呼んでた。北方のヒトの国カルフルゼの近くにある森が出身だから、オーラヴとは余り関係無いと思うよ」

 

「北方。寒いところ?」

 

「ここよりはね」

 

「で、そのエルがセナ先生に剣を教えた」

 

「微妙に違う、かな。戦い方じゃなくて防御と時間稼ぎだね。たった二人だと前衛を抜けてくる奴等も偶にいるから、私を心配してくれたみたい」

 

 なるほどとクラウディアは思った。腕を狙って来た攻撃は簡単に躱せたが、そのような理由があったのだ。一方で、守りに入ったセナを簡単に崩せるとは思えなかった。僅かでも時間を稼がれたら精霊魔法が襲い、距離を取ったらアダルベララの一撃。やはり勝ち筋が見えない。

 

「私が助けに行くまで死なないでよって、それがエルの口癖。セナはおバカだから目が離せないって、そんな風に教えてくれた」

 

「私も習いたい。その技術」

 

「エルから?」

 

「そう」

 

 良い変化だと、セナはそう考えて笑った。他者との関係性をザカリアは心配していたが、クラウディアが少しだけでも興味を持ってくれたのだから。例えそれが戦闘に関する事でも、多くの者と繋がれば成長へと進むだろう。だが……

 

「そうしてあげたいけど、ちょっと難しいかな」

 

「何で?」

 

「エルは……遠くに、凄く遠くで旅をしてるから」

 

「いつ帰って来る?」

 

「私も知りたいよ」

 

 エルフに時間という概念は薄い。だからどんなに長い月日も待てるのだが、クラウディアはそれ以上聞き出す事に躊躇した。セナは今も笑っている。笑顔を浮かべて優しく返してくれている。

 

 なのに、何故だろう。

 

 会ってから初めて、感情の抜け落ちたような、そんなセナを見た気がした。

 

 

 

 

 

 





キャラ紹介12-①
エルジュビエータ。愛称はエル。
北方の大森林が故郷のエルフの女性。
外見はかなり小柄で幼く見える。
閉鎖的なエルフの文化に嫌気が差し、300歳に満たない頃に村を出奔したらしい。元々勝気な性格でもあり、剣を中心とした前衛が得意。実はシャティヨンにも迫る才能の持ち主。

かなりの世話好きで、放っておけないセナを可愛がっていた。セナの方がかなり歳上なのだが。美味しい食べ物を用意したり、竜皮革の籠手をプレゼントしたり。その籠手はセナの大切な宝物になっていて、重要な依頼の際は必ず装備している。

余談だが、エルフでありながらアダルベララのことをよく知らなかったので、セナは稀代の弓の名手だと真面目に信じていた。
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