長生きTSダークエルフはひっそり暮らしたい〜今はごく普通の占術師なので、どうか放って置いて下さい〜   作:きつね雨

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(13)悲哀の上位精霊

 

 

 

 

 閉じた扉に背を預け、セナは随分長い間蹲っていた。

 

 理解していたはず。白の姫はどこまでも純粋で、本質のみで構成されたような存在だと。だから、ついさっきのアレも、全ては言葉通りなのだろう。

 

 クラウディアはただ心配してくれただけなのに、自分の弱さや罪と向かい合わなかった過去と現実が邪魔をしたのだ。

 

 そう。助けたいとクラウディアは言っていた。

 

「最低だ……」

 

 子供からの親切心を無碍にするなんて、これが大人のすることだろうか。冷静になってみれば、先程の行為が如何に酷いか分かってくる。なのに、今の自分は追い掛けることもしていない。早く謝って、クラウは何も悪くないと伝えないといけないのに。

 

 胸の中でそんな気持ちが溢れて来るが、今はまだ体が言う事を聞いてくれなかった。エルジュビエータの影がチラつき、優しく囁くような声がするから。

 

 ホント、セナったら、弱々ね。

 

 身体だって比較すれば頑強だし、実際の戦闘能力も引けを取らない。歳上で、身長も自分の方が高かった。でも、それでも、エルジュビエータはセナに「アナタは弱い」と言っていた。

 

「……エルの言う通りだ。この身体はどんなに強くても、中身が伴ってない。見透かされてたんだ、きっと」

 

 老ドワーフのヴァランタンもよく「娘っ子」とセナを冷やかして来たが、同じ理由なのかもしれない。今のセナは成人の黒エルフだが、あくまで外見の話だ。

 

 ヴァランタンの長い髭と真ん丸なお腹を思い出して、何となく心が落ち着いて来たようだ。セナの涙は乾き、もう少ししたら笑顔だって浮かべられる。

 

「謝りに行かないと……でも今日はもう、遅過ぎか」

 

 窓の外はすでに真っ暗だ。

 

「そうだ。明日は早起きして……」

 

 お詫びの印に、得意なお肉料理を何品か作ると決めた。幸い食材はシャティヨンの手によって納品済み。香辛料なども充実して来ている。異世界産のレシピはまだまだ沢山あるのだ。

 

 

 

 

 セナは知らない。

 

 今、恐怖に抗えないクラウディアが、白から灰へ堕ちようとしていることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◯ ◯ ◯

 

 

 

 

 クラウディア=オベ=オーラヴは極稀に誕生する"精霊の愛し子"だ。白の姫と呼称され、エルフ族の中に現れる。

 

 エルフの誰もが憧憬の念を持ち、羨み、時に欲望を覚える。形は違えど、その全ては"白の姫"へと向けられるのだ。

 

 そこに居るだけで良い。それだけで存在を許され、愛された。決して自惚れではない。望む望まざるを得ず、そうであるからだ。

 

 だから、クラウディアは今、ある意味で初めての世界に触れていた。向けられる想いでなく、他者に自身を認めて欲しい。相手の想いを汲み取る、それが如何に難しいことかを知ってしまった。

 

 

 

 どうやって歩いて来たのか覚えていない。セナと居た場所から離れてどれくらい時間が経ったのだろう。周りは闇に落ち、夜だと知れた。それさえ今気付いたくらいだ。

 

「……此処は」

 

 ここはセナと初めて会った場所だった。川のほとり、サワサワと緩やかな流れ、でもそれだけ。

 

 自分が何をしようとしているのか、一体何を考えているのか、全く分からなくなっていた。頭の中にはセナの拒絶と涙だけがただ繰り返されて、耳と目を塞いでも消えてくれないのだ。

 

 さっきからずっと、何度も何度も叫び続ける心の中の自分。"小さな私"は頭を抱えて動けない。

 

 

 どうしよう。

 

 嫌われてたらどうしよう。

 

 ううん、きっと嫌われた。

 

 もしかしたら、明日にもセナは村から居なくなってしまうかもしれない。

 

 何が悪かったのか、ただ助けたかっただけなのに、きっと自分は大きな間違いをしてしまった。

 

 セナからもう「クラウ」優しく呼ばれず、白の姫と突き放されたら……考えただけでも身体が氷のように冷たくなる。

 

 剣で斬れないものがあるなんて知らなかった。例えば今、自分がセナより遥かに強くとも、この不安と恐れを斬り裂くことさえ出来ない。

 

 分からない。何も分からない。

 

 だから、怖い。

 

 胸が張り裂けそう。

 

 誰か、誰か、

 誰か私を助けて。

 

 

 

 ()()は心からの切なる願い。

 

 使()()でなく、魔法でもない。

 

 そこに()()など不要だ。

 

 

 直ぐ後ろからトロリとした女性の声がした。耳元で囁くような、とても小さな声だ。

 

 

 ーーーー悲しいでしょう

 

 ーーーー苦しくて、心が痛むのでしょう

 

 ーーーー助けてあげる

 

 ーーーー今はただ、お眠りなさい。

 

 

 気配もなく、足音も物音もしなかったのに。それなのに存在感は余りにも大きく、それが膨大な精霊力だと白の姫は理解出来ない。

 

 ゆっくり振り返ると、視界は灰色で染まった。灰色だけが見えて直ぐ、クラウディアは強い眠気に襲われて、抗う気持ちが生まれる間もなく意識は薄れていく。

 

 セナの泣き顔さえも灰色の中に消え去り、深い眠りへと堕ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◯ ◯ ◯

 

 

 

 翌朝。

 

 

「あとは余熱でっと」

 

 肉汁と旨みを閉じ込めるため、鍋蓋をしっかりと閉める。最後はゆっくりと余熱で火を通し、三品目も完成だ。

 

 予定通りに早起きしたセナは、心を込めながら料理をしていた。そして準備は整い、クラウディアが美味しく頂いてくれたらバッチリだろう。

 

 うんうんと頷き、セナは外出用の衣服に着替え始める。普通はクラウディアが教導のためにこちらに来るのだが、今日は向こうにお伺いするつもりだ。昨日のお詫びが理由の一つで、あとは何となく早く会いたい気持ちもある。

 

「よし。忘れ物は……」

 

 黒のスキニーパンツにグレーのビッグニット。背の高いセナだからかなり大人な雰囲気になった。本人はスカートが苦手な上に、暗い色合いで何となく選んだだけだが。

 

 さあ出掛けようと向かったとき、目の前の扉が酷く乱暴に叩かれた。そして叫びに近い男性の怒鳴り声も。

 

「セナ=エンデヴァル! 至急の用件だ! 起きているか!」

 

 さすがに吃驚したが、焦った声音から大変な状況だろうと分かる。

 

「直ぐに開けます!」

 

 急いで開け放つと、向こう側には何となく見覚えのある男性エルフ。額に汗が光る表情から、走って来たのは間違いない。

 

「長老からの伝言だ! ()()()()()()、俺について来てくれ! 直ぐに案内する!」

 

「は、はい! でも何が」

 

「白の姫だ……! 彼女の様子が……いや、見た方が早い!」

 

 背中に冷や汗が滲むのをセナは感じた。クラウディアに、あの娘によからぬ事が起きたのだと。

 

 急いで冒険者装備を整え、アダルベララと矢筒を背中と腰に固定する。ナイフを二本、エルジュビエータから贈られた革製の籠手も忘れない。

 

「行きましょう!」

 

「こっちだ!」

 

 そうして二人は全速力で走り出す。

 

 まだ湯気が立つ料理達は、寂しそうに残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セナ! 来たか!」

 

「ザカリアさん!」

 

 イライラした様子のザカリアは、セナを認めると手を掴み引っ張っていく。手折った草木を避け、前へ前へと進んだ。そうして開けた視界の先に、小川の水色と、どんよりした灰色が映る。

 

 そして肌で直接感じているのではと錯覚するほどの、圧倒的な精霊力も。

 

「クラウ……嘘、あり得ない……」

 

 思わずセナは呟き、呆然と立ち尽くす。この世界に堕ち長く生きて来たが、こんな現象なんて一度たりとも見た事がなかった。

 

悲哀の上位精霊(バンシー)……!」

 

 クラウディアは小川の水面から大人一人分くらいの高さに浮いている。両膝を抱えて丸くなり、瞼は閉じたまま。揺籠で眠るような可愛らしい姿だが、そんなことを思う余裕もない。

 

 白の姫は薄らと灰色の繭に包まれ、その繭糸は酷く長い髪の毛と分かった。その髪の行方を追えば、クラウディアとは別の、もう一人の女性がいる。

 

 灰色の髪を持つ女性も同じように眠っているのか、瞼の奥にあるはずの瞳は見えない。だが何よりも、おかしいのはその縮尺だ。クラウディアを抱く様に包む女性の身長は、少なく見てセナの二倍はあるだろう。明らかに普通のヒト種やエルフなどではない。

 

 名乗りもしていないし、語る気もきっとないだろう。だが、セナは直ぐに分かったのだ。間違いない、怒りの上位精霊(フューリー)とある意味で対をなし、この世界を紡いでいる大きな存在の一つ。悲哀の上位精霊(バンシー)だと。

 

 ここまで明確に姿を顕したのは、もしかしたら史上初めてかもしれない。そもそも姿を見せるほどの上級精霊が近くに居たら、周囲の生物は尽く影響を受けてしまう。例えば炎の上位精霊(エフリート)であれば、周りは火の海になって誰もが灰になるだろう。命はもちろん、記録だって残せないのだ。

 

「やはり悲哀の上位精霊(バンシー)か……! セナ、しっかりしてくれ! 何があったか、何でもいい! 思い当たることはないか!」

 

 このままではクラウディアが死んでしまう!

 

 両肩を強く握られ、ユサユサと揺らされた。ザカリアの必死の声と表情を見て、セナは漸く我に帰る。

 

 周囲にはエルフの男女が数人いるが、誰もが畏れをなして近付けないようだ。一人だけ伏している者が居て、それがシャティヨンだと分かった。聞かなくても分かる。自らの死も恐れず、クラウディアの元へ駆け寄ろうとしたのだろう。きっと誰かの手により気絶させられたのだ。

 

「思い当たることと言われても……昨日も教導を行なって、そのあと」

 

 ハタと言葉に詰まる。確かに普段ならば起きない出来事があった。だが、そのことと現在の現象が結び付かない。

 

「なんだ⁉︎ 言え!」

 

 言い淀んだ様子を見たザカリアは更に詰め寄る。掴まれた肩が痛み、セナの顔は歪んだ。

 

「少し擦れ違いがあって……クラウに辛く当たってしまったんです。でも、何でこんな……」

 

「お前の判断など今は不要だ! とにかく詳しく話せ!」

 

 決して話したい内容では無かった。過去の傷と罪に触れてしまうし、エルジュビエータをまた思い出してしまう。

 

 だが今は、そんな心情など些細な事。

 

 セナは唇をキツく結んだあと、ザカリアへと語り始めた。

 

 

 

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