長生きTSダークエルフはひっそり暮らしたい〜今はごく普通の占術師なので、どうか放って置いて下さい〜   作:きつね雨

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(18)その胸の中に

 

 

 

 

 腰に装備している革製のポーチに"タロットカード"をしっかりと収める。冒険者生活がそれなりなので、収納の一部に余裕を持たせる癖がついていたのだ。カードの束ならば全く問題なかった。

 

 セナは約束通り、話し掛けたりしない。

 

 だから、真っ直ぐに背筋を伸ばしたあと、九十度近くまで頭を下げて、暫くそのままにした。目の前に聳え立つ大木は沈黙のまま。お辞儀の意味なんて、この世界の誰かさんには分からないだろう。だから構わない。

 

「行こう。ザカリアさんやシャティヨンも待ってる」

 

 何よりも、クラウディアが。

 

「早く顔が見たいな。クラウが目覚めたら、たくさん美味しいものを食べさせてあげないと」

 

 何だったら試合も受けていい。但し、回数は限定で。

 

 背中からアダルベララの紅弓を前に回し、しっかりと左手に持つ。エルジュビエータから貰った籠手をサラリと撫でたあと、セナは顔を上げて走り出した。

 

 まだいるだろう魔物には悪いが、情けを掛ける余裕などない。道を塞ぐならば駆逐するのみ。

 

 この時代において、ほぼ最高峰の冒険者へ到達したのがセナなのだ。

 

 ミスズが言うように、セナ=エンデヴァル本来の力は、紛れ込んだ異物により半分以下に弱体化している。クラウディアが白の姫ならば、本来のセナは"黒の姫"と呼ばれてもおかしくない能力を持っていた。

 

 しかし、それも今は無視出来る。

 

「アダルベララ」が失われた力の大半を補完したからだ。

 

「どいて!」

 

 次々と精霊力を具現化した矢が襲う。躱すことも、逃げることも叶わない。このオーラヴの森に、セナを止めることの出来る魔物など存在しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◯ ◯ ◯

 

 

 

「長老、あれを」

 

「ん?」

 

 シャティヨンが示す先、冒険者装備を身に纏った黒エルフが駆けて来る。ところどころ返り血が付着した衣服と頬。片手で握る真っ赤な弓を見れば、誰が帰還したか明らかだった。

 

 ズザザと二人の前で急減速し、セナは荒い息を整えようと膝に手をついた。

 

「ハァ、ハァ……ザカリア、さん。帰り、ました」

 

「ああ。とにかく、先ずは返り血を拭け」

 

「あ……オエッ……」

 

 血に今更気付いたのか、吐き気を催して、それを我慢した。そんなセナの蒼白い顔を見たザカリアは、母が子供にするように頬を拭ってあげる。

 

「ほれ、こっちも……よし、こんなものだろう」

 

「ありが、とう、ございます」

 

「セナ。それでクラウを目覚めさせる手段は手に入りましたか? 早く助けて下さい」

 

 ずっと我慢していたシャティヨンは、一刻も早くクラウディアを助けたい一心だ。セナと言う希望がなければ、ずっと前に悲哀の上位精霊(バンシー)へ斬りかかっていただろう。

 

「分かってる。クラウは? あれから特に変化なし?」

 

「はい、今のところは。ずっと身動ぎせず、眠ったままです」

 

「そっか」

 

「それで……」

 

「シャティヨン、落ち着け。セナ、森の上位精霊(エント)には会えたんだな?」

 

「はい」

 

「やはり預言の通りだったか。で、目覚めさせる方法は? 我等の知らない精霊魔法、或いはアダルベララの力を借りる……それとも何か特殊な薬草が要るのか。必要なら村の薬草庫を自由に漁ってくれていい」

 

 ザカリアも早口になっていく。シャティヨンに落ち着けと話したが、自分に言い聞かせていたのかもしれない。

 

「あ、えっと、それは」

 

「……なんだその顔は」

 

 何故か、困惑しているような、照れ臭そうに見える表情。

 

「ザカリアさんとシャティヨンには話しますが、他の皆さんは遠慮して頂きたいと言うか……」

 

「ふむ? クラウディアを助け出せるんだな?」

 

「……約束は出来ません。ただ、ミスズさ……森の上位精霊(エント)から言葉を授かっています」

 

「シャティヨン、どうだ?」

 

「私は最初に言いました。セナを信じていると」

 

「そうだったな。よし、良いだろう」

 

 固唾を飲んで待っていた村の皆を集め、ザカリアから伝える。

 

「皆、聞いてくれ! 今からクラウディアを助けるべく動くが、騒がしく出来ない理由が出来た。もちろん心配な気持ちは十分に理解している! だが暫くの間ここから離れて欲しい! 声や視線の届かない場所までだ!」

 

 これは森の上位精霊(エント)の指示でもあると伝えると、不満を覚えていた数人も認めてくれたようだ。「セナが不埒を働くなら私が斬り捨てます」とシャティヨンが宣言したのも大きい。そうして男女それぞれのエルフが立ち去ったあと、ザカリアは振り返った。

 

「これでいいな? さあ、話してくれ」

 

「……はい」

 

「責任を押し付ける気はありません。失敗したならそれはセナでなく、私達全員の罪でしょう」

 

 言い辛そうなセナの様子を見て、シャティヨンも優しく声を掛けた。

 

「うん、ありがとう。えっと、まずは悲哀の上位精霊(バンシー)だけど、本当は世界でも一番を競えるくらい優しい精霊らしくて……誰かを意味もなく傷付けたりしないって」

 

「なんだと? しかし伝承では心が磨耗し、目を覚ますこともなく最後は死に至ると」

 

「多分それは、悲哀の上位精霊(バンシー)の基準だとまだ悲しみが残っているからだと思います。だから完全に消え去るまで優しく眠らせたまま。例えばヒト種なら、寝ている間に弱ってしまったり、年老いて死んでしまうかもしれません」

 

「まさか、その死と眠りを、あの上位精霊は同じものと判断してるのか」

 

 顎に手を当て、ザカリアは思考に沈みそうになる。これは長く語られてきた精霊に関する論争に一石を投じる事実だ。

 

「悲しみが消えて悲哀の上位精霊(バンシー)は去って行く。それを知った者には殺したとしか映らないでしょうね」

 

「多分、シャティヨンの言う通りだと思う」

 

 結局のところ伝承は正しいようだ。ただ、その現象の発露が愛情である点を除けば、だが。

 

 ならば今も、クラウディアを悲哀の上位精霊(バンシー)なりに癒し、守っているのだろう。ましてや白の姫は"精霊の愛し子"だ。その愛情は他と比べられない。

 

悲哀の上位精霊(バンシー)の事を認めるとして、何の解決にもなっていないな。このまま何百年も眠り続けたら、幾らエルフと言えど耐えられまい。つまり」

 

「解決の方法は別にあるのでしょう? セナ」

 

「う、うん。えっと、森の上位精霊(エント)が言ったのは……だ、抱き締めて、伝えなさいって。私の気持ちを」

 

「ん?」

「……ああ」

 

「冗談に聞こえるかもだけど、本当なんだ。嘘なんてついてない」

 

 ザカリアとシャティヨンは顔を合わせ、互いの眉間に皺が入った事を確認した。その様子を見たセナはビクリと体を震わせ、長い両耳もタラリと下がる。

 

「嘘じゃない……のに」

 

 録音出来る機器でもあったなら二人に聞かせたいくらいだが、残念ながらそんな便利なものはこの世界に存在しない。つまり、証明など不可能なことだ。

 

「どう思う、シャティヨン」

 

「どうもこうも、長老と同じ気持ちです」

 

「だろうな」

 

「二人とも……?」

 

 どうやら疑いの目を向けている感じではない。どちらかと言えば「呆れ」や「達観」だろうか。

 

「大体は理解した。よし、行ってこい」

 

「え?」

 

「セナ。私はアナタを信じてますよ」

 

「何かさっきと雰囲気が違うよね……? 言葉は一緒なのに」

 

「「良いから早く行きなさい(行け)」」

 

「ええ……?」

 

 

 

 

 

 "抱き締める"ならば邪魔になるでしょうと、装備していた籠手などをシャティヨンが預かっている。ちなみに、心配したのは拗れたクラウディアの嫉妬だ。その嫉妬が亡きエルジュビエータに万が一も向かわないようにしたのだが、セナは全く理解していない。

 

 更に、返り血を浴びていた衣服はザカリアにより脱がされている。寒い地域ではないが、上半身が下着だけになってしまったセナは当然に異論を唱えた。だが、クラウディアに魔物の血を付ける気かと言われたら反論出来ない。返り血の話は本当だが、抱き締めるならそっちの方がクラウディアも喜ぶだろうと言う打算がばっちり入っている。もちろんセナは全く理解していない。

 

 ザカリアとシャティヨンは離れて見守り、背中やお腹、肩などの肌を露出したセナを観察している。丁度片足を小川に浸けたところだ。クラウディアが眠る悲哀の上位精霊(バンシー)の揺籠はあと数歩程度。

 

「本当に痴話喧嘩の果ての現象とはな。私はまた間違いを犯すところだったよ」

 

 セナに話し声が聞こえない距離になり、ザカリアは疲れの混ざった愚痴をこぼした。

 

「例えるなら、大好きなセナに嫌われたと思い詰め、部屋に鍵を掛けて閉じ籠るクラウディア、と言うところですか。周りが勘違いだと諭しても、本人には大真面目な悲劇でしょうから。似たような気持ち、昔に誰もが経験しましたね」

 

「ただの部屋ならば良いが、あの鍵は特別製だ。無理矢理叩き壊すことも出来ん。向こうから出て来るのを待つ以外ないが……」

 

「何となくですが、あっさり出て来る気がします。セナの声を聞いたら直ぐに」

 

「ふむ。裸同然で抱き止めてくれるし、あの戯けた胸に飛び込んで離れない可能性が高いか」

 

「私もオーラヴへの旅の途中で何度か見ましたが、あれは酷い代物です」

 

 かなり辛辣な話をされているセナは、あと少しで手が届く距離まで近づいた。それなりに高い位置に浮かんでいたのだが、何故かゆっくりとセナが居る高さまで降りて来たようだ。もうそれだけで、クラウディアの気持ちは明らかになっている。

 

「扉を半開きにして、中からチラチラ見ている感じですね、あれは」

 

「ああ、良い表現だ、シャティヨン」

 

 ついにと言うか、両手を広げたセナの胸に、クラウディアが抱っこされた。まだ瞼は閉じたままだが、果たして意識は本当にないのだろうか。

 

「さて、あとはセナ次第だ」

 

「ヘタレないことを祈りましょう」

 

 やっぱりシャティヨンは辛辣だった。

 

 

 

 

 

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