長生きTSダークエルフはひっそり暮らしたい〜今はごく普通の占術師なので、どうか放って置いて下さい〜   作:きつね雨

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(22)敵対者

 

 

 

 

 

 

 

「だ、ダメだ……やめ……う、あ、ああああぁー‼︎」

 

 自分の叫びで覚醒する。

 

 ガバリと上半身を起こし、ハァハァと荒い息を吐いた。じっとりと全身に汗をかき、酷く気持ち悪い。今見たものが夢だと理解しても、その光景が余りに生々しくて吐きそうになる。

 

 ゆっくりと両足をベッドから下ろして呼吸が整うのを待った。まだ外は暗く、真夜中なのは間違いない。月明かりを見ても、寝付いてから大して時も経ってないだろう。

 

 セナはノソリと立ち上がった。冷や汗と脂汗が混ざったように肌はベタリとした感触だ。

 

「こんなの……ただの、ただの夢」

 

 ボソボソと呟き、身体を清めるために水を取りに行く。浸した布と水は冷たくて、季節の変わり目を感じた。外でハラハラと舞うのは黄や赤色した葉っぱだ。

 

 似た夢を二回も見てしまった。場面も微妙に違うし、周りで立ち尽くすエルフ達もバラバラ。それなのに、一致した終わりだけは、その結末だけは受け止められない。

 

 

 

 周りは既に落葉し、雨は雪に変わった。

 

 そして、愛するクラウディア。

 

 彼女の口から血がドクドクと流れ、泥濘んだ土に吸われる。

 

 眩い青から光が消えて、瞳孔は開き動かない。

 

 何度も聞いた胸の鼓動は届かず、握った手から体温と力が抜けていった。

 

 いつの間にか雪の白が強くなり、白の姫を染める。払っても払っても雪は降り積もっていき、彼女の体を覆い尽くした。

 

 直ぐ横にアダルべララが落ちていて、物も言わずに佇んでいる。でも、血とその赤だけは染まらない。

 

 

 

 

 

 

 

「……何で、何で……こんなの……」

 

 分かっている。ただの夢じゃない。

 

 幸せな日々の中で忘れていた。いや、知らないふりをしていた。森の上位精霊(エント)が、ミスズが、セナのような者を定義したはずだ。我等は世界の「敵対者」なのだ、と。

 

 見たくもないのに見せられる。来る日の可能性を、放っておけば確定してしまう未来を。それは正しく呪いだ。

 

 そう、あの時と同じ。

 

「ダリウス、ユリ、レフシュトフ……エル……」

 

 彼らは夢の中で死んだ。惨たらしく。

 

 その夢は現実としてセナの前へ姿を見せて、夢の通りの危機が襲ったのだ。対処は簡単で、その全てから皆を守り切り、仲間だけでなくギルドの顔見知りからも賞賛された。嬉しくて、自分は特別な存在だと胸を張ったのを覚えている。

 

 その後すぐ、自分はたった一人残された。

 

 あれだけ賞賛した誰もが恐怖に染まる目を向けて、知らないうちに二つ名まで。赤と黒(ルフスアテル)の意味を耳にした時、笑って、泣いた。

 

「放っておけば確定する未来……」

 

 ミスズはそう言ったのだ。

 

 変えるのは簡単。でも、世界に気付かれたら終わり。すぐに"揺り戻し"が起きて、どうやっても止められない。

 

 気付かれたら終わりなら、バレなければいい。

 

 くそったれの世界(やつら)は適当だ。

 

 情報が要る。この未来を確定させてしまう要因を。揺り戻しが起きるきっかけを。その"旨み"を享受しなければ、未来を見たと知られなければ、クラウディアはきっと助かる。

 

 いや、絶対に助けるのだ。

 

 セナは顔を上げ、フラリフラリと壁の方に向かった。そこに冒険者用の装備を纏めている。胸当て、矢筒、ナイフ、指先まで覆う革手袋、そしてエルジュビエータから贈られた籠手も。

 

 太めのベルトを奥から引っ張り出して、その下に隠すように置いた皮のポーチが三つ。

 

 パチリと金具を外し、中から取り出した。

 

 真っ黒な背面には薄らと紋様が入り、合計七十八枚のカードの肌は冷たくて、まるで氷のように感じる。

 

≪自らを直接見るのはお勧めしない。ううん、出来るならやめた方が良い。バレる可能性が高いのもあるけど、冷静でいられなくなるのが拙いの。古今東西、未来視を持つ者は不幸に囚われやすいからね。ただ、矛盾してると思うだろうけど、()()()()()()()()。私の話す意味を実感するのは大切なことよ≫

 

 ミスズはそんな風にカードを授けてくれた。未来を見るための、世界に抗うための「手段」だと。

 

 黒い束をテーブルに置き、セナは暫く座ったままだった。夜の闇に溶けるカード達は文句も言わずに佇んでいる。

 

 あとは見ればいい。簡単なことだ。

 

 疑問が頭に浮かび、それが言葉の羅列となってセナの中で暴れている。

 

 もし、何をしても"確定"だったら? 自分は耐えられるのか?

 

 死は大抵突然で、準備なんてしない。それは迎える明日を知らないからだ。でも、確実に死ぬ時を自覚してしまって回避不可能と理解したとき、自分はクラウディアに笑い掛けることが出来る? いや、そもそも正気を保てるはずもない。

 

 だから、怖い。

 

 未来を知ること。それがこれほどの恐怖を連れてくるなんて、本当に知らなかった。

 

「探さないと……クラウが死なない道を」

 

 どれだけ怖くても、逃げるなんて出来ない。

 

 タロットカードに手を添える。そして、精霊力を集めて流し込むだけ。酷く簡単で、何故だろう、使い方が分かるのだ。

 

 この時から、セナは世界への明確な「敵対者」となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◯ ◯ ◯

 

 

 互いが最も大切な者となった暑い季節から、冷たい風が吹き荒ぶ世界にもうすぐ変わる頃。クラウディアは不安に襲われていた。

 

「セナ、大丈夫?」

 

 最近凄く体調が悪そうだ。顔色が良くないのはもちろん、食事もほとんど摂らない。お茶で唇を湿らすくらいで、あとは食べて良いよと促して来る。

 

「……大丈夫。ちょっと寝不足みたい」

 

 確かに寝ていないのだろう。エルフと違い褐色の肌だから、染まる色合いが違った。それでも目の下は落ち窪み、隈が深く刻まれているのが分かってしまう。

 

 無理に浮かべた笑顔にクラウディアの胸は酷く痛んだ。病を疑い、村一番の薬師に相談しようとしたが、セナは頑なに拒む。病気じゃないから、と。

 

「ちゃんと目を見てよ」

 

「……ごめん」

 

 フラフラと定まらなかった視線を漸く合わせ、今日初めて、夕焼け色した瞳を真っ直ぐに見ることが出来た。

 

「何で……どうして話してくれないの? もしかして、私が何か悪いことした?」

 

「何も悪くないよ。クラウは悪くない」

 

 まるで他の誰かに言い聞かせるように話すセナ。そんな姿を見て、クラウディアの胸は締め付けられるのだ。

 

「じゃあ何で! 何で……! 最近は強く抱き締めてくれないし、今日はキスだってしてくれない!」

 

 大きな声に、ビクリとセナの身体が揺れた。

 

「……何か怖がってる。絶対におかしい」

 

 ここ数日、確かに調子を崩していたように思う。しかし今日は明らかに普段のセナじゃないのだ。昨日までは何かに囚われ、それでも気丈に振る舞う強さがあった。なのに、今朝からは様子がおかしくて、ついさっき確信が深まったのだ。

 

 恐れだ。間違いない。

 

 クラウディアは手を伸ばす。そのまま頬に指を添えようとしたら、セナは一瞬固まり、結局そのままにしてくれた。でも、触れたから分かってしまう。

 

「……震えてる?」

 

 殺戮の魔弓アダルべララの使い手が、世界最高峰の冒険者である"赤と黒"が。クラウディアが心から愛するセナ=エンデヴァルが震えている。

 

 慌ててセナの額に手を当てた。

 

「熱は……特に」

 

 エルフ族がときに罹患する熱病があるのだが、それはないようだとホッとする。死ぬことは流石に少ないが、セナは他種族に数えられる黒エルフだ。症状に違いがあるのかもと、不安に思うのも仕方ないだろう。

 

「大丈夫。病気なんかじゃないって」

 

「でも……じゃあ何で震えてるの?」

 

「気の所為だよ」

 

 再び触れようとしたら、セナは立ち上がり距離を取る。

 

 その動きにクラウディアは腹が立った。何も話さず、心配しても大丈夫と言うばかり。助けたくて、怖いものがあるなら全部倒すのに、セナは自分から距離を取ったのだ。

 

 今までも何度か喧嘩をしたし、口を利かない日もあった。でも翌日にはセナが声を掛けてくれて、すぐに仲直り出来る二人だったのに。

 

「いま、私から逃げた? 逃げたよね?」

 

「そんなこと」

 

「うそ。許せない」

 

 精霊達から助けて貰い、全ての力を強化した。過去の、暗い過去の自分とは比べ物にならない速度と、成人の男性エルフの数倍にも達する筋力を使い、セナを一瞬で壁に拘束する。右手一本で両手を纏めて固定し、片足を股の間に入れた。グイと押し付けると、セナの内股の肉感を感じる。なのに、今は嬉しくない。

 

「もうセナが話すまで逃がさないから。力じゃ私には勝てないの知ってるでしょ」

 

 世界最強の精霊使い。クラウディアが本気で強化したら、セナの力だけで脱出など不可能だ。いや、おそらく殆どの生物がそうだろう。

 

 戦闘においても万全の体制を整えれば何とかなるが、今の白の姫に対し無手で勝てる方法など存在しない。

 

 無理矢理拘束したのに、セナは何かを訴えることも無かった。ずっと黙ったままの姿を見て、クラウディアは罪の意識と戦っている。こんなこと、本当はしたくない。

 

「何があったの? お願いだから話してよ。でないと私……」

 

 クラウディアの瞳に涙が滲むのを見たセナは、苦しそうに、絞り出すように、感情を無理に消したような、そんな声で答えた。

 

「……分かった。でも、明日まで待って欲しい。必ず話すよ、ちゃんと」

 

「ホント?」

 

「うん。クラウに()()()()()()()()

 

「信じる」

 

「……離して。腕が痛いよ」

 

「あっ、ごめん」

 

 慌てて拘束から解放したが、少し赤くなっているセナの手首を見て、やっぱり何かが違う気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何度もカードを使い、幾度もクラウディアの死を目にする。そのたびに吐き、そのうち吐くものもなくなり、胃液も出なくなって苦しんだ。

 

 それでも探し続けたのだ。

 

 そうして、やっと見つけた。

 

 クラウディアに死が訪れない未来への道を。その条件を。

 

 冬は近い。

 

 

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