長生きTSダークエルフはひっそり暮らしたい〜今はごく普通の占術師なので、どうか放って置いて下さい〜   作:きつね雨

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29 森の息吹き

 

 

 

 

 

 

「止まれ」

 

 護衛の一人が声を掛けると、緩やかに馬車が止まった。

 

「ホントに此処で良いのか?」

 

「大丈夫。ありがとう」

 

「一人でなんて普通なら頭のおかしい奴と思うが……アナタなら問題なさそうだ」

 

「帰りの便も此処を通るんだよね?」

 

「明るい時間、何便もな」

 

「分かった。それじゃ」

 

「ああ。では出発だ!」

 

 またも緩やかに加速していくと、セナが乗って来た馬車も景色の一部になっていった。姿が見えなくなるまで何となく見送り、目的地がある背後を振り返る。

 

「あっち、かな」

 

 乗り合い馬車や他にも行き交う人々が多いのだろう。セナが今立っているところも土が露出している。寧ろ踏み固めてあるから草花も生えずらい。各街や国々をつなぐ道は網目のように広がり、物流の血管になっているのだ。

 

 だが、そこから一歩離れれば、少しずつ草や低木が現れ、ついには人の息吹を感じることが出来なくなった。

 

 既に他人の視線も無くなったので、セナはローブから頭を出している。木々の葉擦れ、波打つ草花、時折止まったと錯覚する無風の時間。それらがセナの長い両耳に届き、褐色の肌さえも感じ取った。

 

「……気持ちいい」

 

 エルフは森に生きる種族だ。黒エルフはずっと昔洞窟を棲家としていたが、それもあくまで森の中に限定されていた。つまり、どちらも森が故郷であることに変わりはない。

 

 だからなのか、身体中の細胞が生き返る気がしてセナは暫く身を任せた。植物の青臭い匂いも、鳥や虫の囀りも、全てが懐かしく感じるのだろう。オーフェルレムに来る前に、熱砂漠のアーシント王国に居たのも拍車を掛けているのかもしれない。

 

 ついでにそのままお昼寝をしたくもなったが、流石にそれは自重する。危険が隣り合わせの外で、優雅に睡眠など取ってられない。

 

「シグソーの森はあっち……よし」

 

 ローブの前も開き、固定していたベルトからナイフを抜く。護身用と言うより道を切り開くためか。暫くはシュッシュッと振りながら歩き、すぐに足を止めた。

 

「……うん、面倒」

 

 誰も見ていないし、と。

 

風精霊(シルフ)。お願い」

 

 セナが持つ魔力を捧げて精霊を召喚。するとセナの周囲に風が吹き込み、グルグルと回転を始めた。次に、指向性を意識するため指先を前に出す。そして精霊力を用いて"願い"を"命令"に変えた。この瞬間だけは、セナが精霊の主となるのだ。

 

 ゴバッ!

 

 風の渦は一気に前方へ走り、セナの視界を確保してくれた。つまり、草刈り完了、だ。草の下位精霊(スプライト)には申し訳ないが、こればかりは仕方ない。

 

「ふう。みんな、ありがとう」

 

 低位の精霊達に言語は通じなくとも 風精霊(シルフ)へお礼を伝える。セナとしては何だかいつも居心地が悪いのだ。精霊に命令するなんて、烏滸がましく感じてしまうのだろう。

 

 まあ、そんな精霊に草刈りさせてる時点でアレなのだが。

 

「視界良好!」

 

 ふんふーん♪と鼻歌を響かせながら、前進を開始。

 

 時折足を止めて木になっている実をもぎ取っている。多分おやつかご飯のつもりか。毒などを持つ実も当然に存在するが、黒エルフであるセナは引っ掛からない。森に近ければ近いほどに、エルフという種族は力を増すのだろう。

 

 熟れていそうな合計三つの果実を手に入れて、セナはかなり上機嫌だ。耳がピクピクと時折り揺れているので間違いない。

 

「ん、あれだ」

 

 遠慮なく突き進むと、ようやく視界に高い樹々の姿が見え始めた。かなり密集しているようで、まるで異空間が現れたかのようだ。更に近づけば、その全容がセナの前に横たわっている。

 

 シグソーは想像よりかなり奥行きがある森のようで、当然にかなり薄暗い。人の手が入らないために伐採や剪定がされていないからだ。だが余計に強く自然が感じられ、緑の匂いがセナの鼻をくすぐる。

 

「泉は森の中央あたりか。まあゆっくり行こう」

 

 調査書に記されていた地図は精細で、初めて訪れたセナでも読み解きやすい。やっぱり追加報酬を払うべきだなと頭の中に書き込んだ。

 

 こんな時、この身体に感謝するのだ。黒エルフは基本的に頑強で、体力もしっかりとある。未開に等しい森を歩くなど、通常ならば大変な労力になるのだ。慣れない者なら少しでも進めば息が切れるだろう。だが、セナは全く疲れてないし、寧ろ絶好調と言える。

 

「ふふ、ふーん♪ ふふ、ふ〜ん♪ 私はげんきぃ〜」

 

 前世で覚えた歌を歌えるほどに。

 

 側から見たら妖艶な姿をした美女が歩いているのだが、幸い周りに人の目はない。気分だけ子供の頃に帰っているセナは上機嫌だ。

 

「歩くの大好き……ん?」

 

 ピクリと耳が動いた。

 

「……わ、まさか樹木の中位精霊(ドライアード)? 何でこんなにたくさん」

 

 ごく稀に、緑髪の女の子の格好で男の子を誘惑して木の中に引きずり込むと言われる中位の精霊だ。まあ実際にはそんな事はまずしないのだが、少なくともヒト種に対して友好的な精霊ではない。エルフに対しては中立というところか。

 

 いくらセナとは言え、樹木の精霊には余りお目にかかった事がない。そもそも簡単に姿を見せるような精霊と違う。今も姿形が見えているわけではないが、明らかな精霊力を感じるのだ。これは異常と言ってよいだろう。

 

 セナは立ち止まり、距離を取って観察を始めた。

 

 調査書には指摘が無かったが、何らかの異常はあると推測していたのだ。もしかしたら()()が原因かもしれない。

 

「……」

 

 何も動きはない。

 

「うーん」

 

 樹木の精霊の生態なんてセナはよく知らないのだ。なので、あの精霊達が何をしているのかさっぱり分からない。大体において基本的な教育を黒エルフから受けていないので、知識はかなりヒト種に偏っている。この世界に堕ちてすぐ里を追い出されたのだから仕方ないだろう。

 

 今のセナがあるのは、ひとえにこの身体が持つ才能に尽きるのだ。

 

「上位精霊は……いないよなぁ」

 

 樹木の上位精霊(エント)ならば会話も可能だが……彼らは森の奥深く、何千何万年と齢を重ねた古樹ばかりだ。見渡す限り、そんな大木は立っていない。

 

 時間は掛かるが、回り込み目的地を目指す方法もあるだろう。だけどセナはその判断を取らなかった。彼女は此処へ調査に来ているのだ。

 

「……行こう」

 

 意を決して歩き出す。

 

 一歩一歩慎重に足を動かし、精霊達が集まっているだろう木の下を通り過ぎた。

 

「う……」

 

 凄い視線を感じる! 

 

 セナは思った。間違いなくこちらをジッと見ているのだ。そう、誰もいないはずの森を歩くとき、何故か視線を感じる時がある。もしかしたらそれは、樹木の精霊が観察しているのかもしれない。

 

 緊張の時間が続き、それでもセナは足を止めなかった。何か害意を受けなかったし、枝がメキメキと動き出して襲われる事もない。

 

「ふう」

 

 視線もなくなり、セナは一息ついた。さっきまで絶好調だったのだが、どっと疲れが押し寄せて来たようだ。しかし特に接触もなく、意志の発露も無かった。

 

「ちょっと休憩しよ。樹木の中位精霊(ドライアード)って何だか怖かった」

 

 万が一、本当に万が一攻撃を受けたとしても、セナは負けたりしないだろう。それこそ炎の精霊(サラマンダー)を召喚すれば、まず負けはない。いや、今は"アダルベララの紅弓"があるので、もう絶対に勝ってしまう。

 

 だけれど怖いものは怖い。幽霊が苦手なセナなので、不定形の気配とかに弱いのだ。

 

「しかし、結局何だったんだ? 何かの集会とかあるんだろうか」

 

 冷や汗なのか、装備の下にじっとりした湿り気を感じる。それが何となく気持ち悪くて、セナは首元からジッパーを引き下げた。前側が左右に分かれたことで、下着と素肌も外気に晒される。前世のライダースーツを真似しているため、その辺りも非常に似ているようだ。

 

 下着の白が浮かび上がって見えるのも、スーツの黒と肌色からだろう。

 

「正直余り期待してなかったけど……シグソーの森か」

 

 セナは元々の目的地である泉に向かった後、その周辺も調べることにした。日帰りのつもりでまともな用意もしていない。だが、また訪れるのも面倒だし、野営も覚悟する。今は緑が綺麗な景色だが、夜の森は全く別の様相を示すものだ。

 

 暫くの休憩を終え、ジッパーも引き上げる。胸の谷間と下着も隠され、セナらしい柔らかな表情も消えた。今から森の中心へ行くのだ。当然に危険度も増し、魔物や野生動物との遭遇確率も上がる。

 

「……何だろう、嫌な感じがする」

 

 まだ何も分からない。けれど、セナは何故か不安になり、無意識のうちに愛弓を革袋から取り出した。アダルベララは森の緑なんて関係ないと赤く輝いている。

 

炎の精霊(サラマンダー)よ。さあ、私に力を示して」

 

 上向きにした右の手のひらに炎が立ち上がった。メラメラと燃える赤は、褒めて褒めてと踊っている。ユラリユラリと風に揺れる火を暫く眺めると、左手で持っていたアダルベララに焔を()()()()

 

 ジュッと何かが焼ける音。しかし燃え続ける筈の火は、喰われる様にアダルベララへと吸い込まれた。

 

「……相変わらずの捻くれ者だ、キミは」

 

 セナには感じられる。

 

 アダルベララから()()()()()()

 

 この子に精霊魔法を浴びせると、それと全く逆の精霊力を宿すのだ。そして、通常の弓を遥かに上回る力を発揮する。しかも、矢すら必要ない。

 

「出来れば使いたくないけど」

 

 そう。それでも……この愛弓の力は凄まじい。ここ最近は使っていなかったが、変わらず応えてくれるだろう。

 

 

 

 

 

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