長生きTSダークエルフはひっそり暮らしたい〜今はごく普通の占術師なので、どうか放って置いて下さい〜   作:きつね雨

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31 幸か不幸か

 

 

 

 

 

 シグソーの森、その中心部にある泉。

 

 討伐対象の魔物。ウェリズンは水を飲みに来た様だ。

 

 泉を挟んで反対側にいるドティル達に気付いたような様子はないが、そもそも気にしてない可能性もあるだろう。あれほどの魔物を相手にする以上、油断などしてはならない。

 

 だからこそ焚火も消し、冒険者パーティ"バイア"の三人は腰を下げている。リーダー格のドティルは唇を殆ど動かさず、後ろ側にいるヒューゴに小声で聞いた。

 

「此処から魔法は届くか?」

 

「届くには届くだろうが、命中率がダメだ。ウェリズン相手なら尚更な」

 

「やっぱりか。よし、じゃあ事前の打ち合わせ通りに行く。ヨヒムは左から周り込め。俺たちは右から接近する。初手はこっち。出来れば不意打ちしたい」

 

 もう一人、普段から無口なヨヒムは首肯だけして、直ぐに動き出した。

 

 打ち合わせ通りと言っても戦略は単純だ。剣士であるドティルとヨヒムが前衛で牽制と攻撃を繰り返し、隙を見てヒューゴが魔法を叩き込む。ありきたりの戦い方だが、だからこそ大崩れは少ない。勿論あのウェリズン相手に前衛二人では心許ないが、バイアは結成当時から陣容そのままだ。

 

「近づき過ぎるなよ、ヒューゴ」

 

「いつも通り、ドティルの臭くて汚ねえケツを眺めておくさ」

 

「ふん、言ってろ。俺が仕掛けたら光の魔法を」

 

「ああ」

 

 まだ喉を潤している長靴猫を視界に入れつつ、二人も抜き足で接近を始めた。ヒトなどヤツにとってはその辺の小動物と同じなのか、未だに顔さえ起こさない。だが、ドティル達にとっては好都合だ。

 

 出来るだけ音を立てず、かなりの距離まで近づいた。だからこそウェリズンの大きさに圧倒される。怖気付きそうな心に喝を入れ、長靴猫の向こうに見えるヨヒムに合図を送った。今から攻撃を入れる、と。

 

 だから気付いたのだ。ヨヒムの背後にもう一つの影を。そいつはノソリノソリ気配を潜め、低い姿勢で這い寄って来ている。それを見たドティルは立ち上がり、大声を上げるしかない。不意打ちなど最初から破綻していたと認めるしかなかった。

 

「ヨヒム! 背後だ!」

 

「なっ……! くそ! (つがい)か!」

 

 番の可能性は捨てていなかったが、ギルドからの情報にも含まれていなかった。そもそもウェリズンは単独行動をする事で知られており、何よりも、今までの動きからそんな様子が無かったのだ。追って来た痕跡にも気を払っていたが、間違いなく一頭だったのに。

 

 そう。狩りに来たのはこちらでなく、網にかかったのは冒険者パーティ"バイア"だ。

 

「よせ! 反対側に逃げろ!」

 

「馬鹿やろう! そんなこと出来るか! お前らを置いてなんて……! とにかく今は引き離したままそれぞれを牽制し……」

 

 牽制してヒューゴの魔法で。そう続けようとした。だが、ドティルの目と動きを見たとき、その全てを理解してしまった。いつもは巫山戯た男だが、仲間のためなら危険も厭わないバイアのリーダー。

 

 囮となり、二人を逃す。時間を稼ぐ覚悟を、その目に宿していた。

 

「うおおぉ!」

 

 ドティルは手前のウェリズンに剣を振り、ヒューゴから引き離そうと当たりもしない斬撃を繰り返し始めた。ウェリズンの片方は驚くこともなく、簡単に躱している。

 

「ヨヒム! 早くしろ!」

 

「うるせー! ヒューゴ! 分かってるな!」

 

「魔法の集中が切れる! 話しかけるな馬鹿!」

 

 長年の付き合いだ。短い掛け合いで直ぐに分かったドティルが慌てて声を上げる。

 

「お、お前ら……リーダーの命令だぞ!」

 

「「俺がリーダーだ!」」

 

「はぁ⁉︎」

 

 誰一人として残さない。我等は一つなのだから。そんな無言のやりとりのあと、ヨヒムは新たなウェリズンに相対した。単独の討伐はまず不可能だが、時間を稼ぎ、ヒューゴ達の合流を待つしかない。

 

「この……バカやろーどもが!」

 

 ドティルも決心し、今度は一歩踏み込む。余裕を持っていた様子のウェリズンも、これは躱しきれなかった。切先だけだが掠り、その分厚い毛皮の下にある皮膚に傷を入れたようだ。剣の先に赤い血がついている。

 

「よっしゃ! 多分こっちがオスか! やればメスも逃げるかもしれん! ヒューゴ! ヨヒムもそう長くは無理だ! 任せたぞ!」

 

 ヒューゴはコクリと首肯した。

 

 魔法をぶち込むための隙を前衛は作らないといけない。多少の危険は承知で、手傷を与えていくのだ。

 

「うらぁ!」

 

 休む暇を与えずドティルは追撃を繰り返す。大半は巨体に似合わない速さで避けられたが、更に一撃を加えることが出来たようだ。

 

 一方のオスのウェリズンも太い腕を持ち上げて振り下ろしてきた。だが、威力こそとんでもないだろうが、こんな分かり易い攻撃などドティルは受けない。見事な見切りで側面に飛んで移動する。地面に当たった箇所から轟音が鳴り響き、土や石ころが飛び散った。

 

「……ちっ、喰らったら一発で死んじまうぜ! ヒューゴ、まだか!」

 

 ブツブツと詠唱を重ねていたヒューゴは返さない。見れば、彼が左手に掲げる杖の先端に炎がメラメラと輝き始めた。

 

 長いヒューゴとの付き合いで、彼の操ることが出来る魔法は頭に入っている。あれは火炎を纏う塊を打ち出す種類のもので、威力は上の下。その分速度に優れており、命中率も高い。

 

 来る!

 

 そう判断したドティルは、ウェリズンとの間に位置していた自分の身体をずらした。

 

 ヒューゴの口がボソボソと何かを呟いている。詠唱魔法は戦略的観点から他人に聞こえないよう工夫されており、これも同じだ。

 

 ほぼ無音で杖先から反動なく発射された炎の球は凄まじい速度で進み、これは長靴猫だろうと逃げられなかった。見事肩辺りに当たり、火が四方に飛散する。猫とは思えない悍ましい悲鳴を上げ、二度ウェリズンは地面を転がった。

 

「さすがヒューゴ! よし、あと二、三発当てれば……」

 

 いける。そう思った瞬間。

 

「ぐあっ……!」

 

 転がったウェリズンの更に向こう側。ヨヒムが水平方向に飛ぶのが見えた。メスのウェリズンの一撃を剣の腹で受けてしまい、威力を殺しきれなかったのだ。愛剣は真ん中あたりで折れて、もはや武器として意味もない。

 

 その勢いのままに泉の水面に叩きつけられ、ヨヒムは背中からプカリと浮かんで来た。意識を失ったか、或いは……

 

「「ヨヒム!」」

 

 そんな獲物にとどめを刺すべく、ウェリズンはビョンと四肢を使い泉に向かって跳ねた。ギラリと並ぶ牙、愉悦を覚えたのかヨダレまで垂らしている。

 

「ヨヒムゥーーー‼︎」

 

 終わりだと、ドティルに諦観が襲った。

 

 彼が死に、次は自分たちだ。

 

 二頭の巨大な魔物相手に、ドティルとヒューゴだけでは勝ちを拾えない。走行速度の違いから、捕捉された後に逃げるなど不可能に近いのだ。

 

 そのとき。

 

 カーンと乾いた様な音。そんな耳馴染みの無い音が泉の反対側で爆ぜる。その音とほぼ同じ瞬間、ヨヒムに向かって飛び込んだウェリズンの右肩に、水色した鋭い何かが当たった。

 

 フギャと短く悲鳴を上げたウェリズンは、グルグルと身体を捩りながら泉に落下。背中を見せて浮かぶヨヒムの真横だ。かなりの音や水飛沫が上がり、現実と理解させられた。

 

「「は?」」

 

 ドティル達は何が起きたか分からず、呆然と呟くしかない。相対していたオスのウェリズンさえも、思わず番の方を見た様だ。

 

 空中を舞うあれだけの質量を弾き飛ばすなど、一体どれほどの威力なのか。水色した長細い何かは凄まじい結果を齎したのだ。

 

 続いてヨヒム、そして水面に落ちたウェリズンもグググと持ち上がってくる。泉の水そのものがヒトの手の様に形を変えていた。ヨヒムは反対側の地面に優しく、ウェリズンは可哀想にポーンと放り投げられる。

 

 すると、無慈悲に空中に飛ばされた長靴猫へ、矢がいきなり生えた様に見えた。それが二本ほぼ同時に放たれた弓での攻撃と今頃気付く。一瞬で頭蓋と喉を貫かれたメスのウェリズンは絶命し、そのまま遠く地面に落下した。

 

「あの一瞬で二発だと⁉︎ ま、魔法か?」

 

「違う! 精霊魔法だ……! 精霊使い、いやエルフ、しかも凄まじい腕の……」

 

 そして第三者の誰か、予想通りの声が届く。

 

「まだ終わってない! 二人とも!」

 

 想像と違い、柔らかな声音だった。そう、明らかに女性で、もう姿だって見える。真っ黒な衣服、反して真っ赤な弓。スラリと細い身体と丸い線が艶かしい。顔だけはローブで隠していたが、それでも美しく感じた。

 

 ハッと意識を戻し、ウェリズンの片割れに視線を向かわせる。番をやられた怒りで、その眼はギラリと夜光を反射していた。

 

「仲間は任せて!」

 

 ローブ姿の女性は横たわるヨヒムに駆け寄り、介抱を始めてくれたようだ。

 

「ヒューゴ!」

「おっしゃ!」

 

 あとは手負いの魔物一頭。そして直ぐ近くには凄腕の精霊使いがいる。もはや負ける要素などなく、二人の意気は跳ね上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◯ ◯ ◯

 

 

「ヨヒム!」

「無事か⁉︎」

 

 見事にオスのウェリズンを倒し、ドティルとヒューゴは介抱されたままのヨヒムに駆け寄る。

 

 近くで見れば胸は呼吸で上下し、間違いなく生きていると実感出来た。腕と額に出血があったが、そこにも当て布がされていて、止血も全く問題ない。

 

「よ、良かったぁ!」

「ああ」

 

 いわゆる膝枕をしてくれていた女性も嬉しそうで、無言なのにホッとした空気を感じる。

 

「とにかく、誰だか知らないが感謝する。俺たちは冒険者パーティの"バイア"。その意識のないのがヨヒム。俺がドティルで、こっちはヒューゴだ」

 

 そのヒューゴの視線は、何故か横に置かれた真っ赤な弓に釘付けだ。しかもブルブルと身体まで震えている。

 

「……このヒトは無事。意識も直ぐに戻ると思う。二人は指名依頼の討伐証明を」

 

 一方の女性は淡々と話しているが、やっぱり声が優しく感じる。だからドティルは心から安堵して、同時に何処かで聞いた事があるなと気に掛かった。だが、命の恩人に詮索するのも違うだろう。隠された顔にも特に反応はしない。

 

「分かった。報酬はキミにも渡す。待っててくれ。おいヒューゴ」

 

「あ、ああ」

 

 ゆっくり立ち上がるヒューゴは弓が気になるのか、チラチラと振り返り、それでも我慢してドティルの後ろに続いて行く。

 

 ふと違和感を覚えた。先程の女性は「討伐証明」と言ったが、ウェリズンが依頼対象と自分たちは伝えていない。そう、不意の遭遇だってあるし"依頼"と断定する理由がないのだ。

 

 そして何より"指名"とまで……

 

 ドティルは思わず振り返り、同じく後ろを眺めていたヒューゴの視線の先を見た。

 

 そのローブ姿の女性は……ヨヒムの頭部に甲斐甲斐しく包帯を巻いている。その包帯は酷く真っ白で、夜の闇に浮かんで見えた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

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