長生きTSダークエルフはひっそり暮らしたい〜今はごく普通の占術師なので、どうか放って置いて下さい〜   作:きつね雨

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33 赤と黒

 

 

 

 

「おい、ドティル。見ろよ」

 

「ん? なんだ?」

 

 ヒューゴが示した先には、もう一頭のウェリズンの死骸がある。頭と首に矢が刺さったままで、長い舌がダラリと垂れ下がっていた。真っ赤な口蓋内部にも血が溜まったままだが、少しずつ色褪せていくのが分かる。

 

「とんでもなく正確な狙いだろ。誇張抜きにど真ん中だ」

 

「……ああ」

 

 見開いたままの両目の間、その中心上部に矢先が埋まっていて、血の流れた跡も。咽喉元に当たった矢は向こう側まで貫かれていて、それだけでも致命傷だろう。

 

「未だに信じられん。空中に飛ばした相手に、あの一瞬で二発。しかもほぼ同時に刺さったように見えた。あんなヤツ見たことあるか?」

 

「いや、ないな。知り合いの知り合いにエルフがいるが、そこまでなんて」

 

「しかも強力な精霊使いで、それだけでも十分過ぎるほどなのに……弓矢までアレじゃ、まさに超一流の更に上と言っていい。まずオーフェルレムでは見掛けないクラスだ」

 

 ウェリズンの討伐証明は右手の爪。剥取り用ナイフで器用に捌きながら、それでもヒューゴの話は止まらない。かなり興奮しているようだ。

 

「しかも、しかもだ……装備は赤い弓ときた。つまり、顔は見えないが、もし肌が褐色で長耳だったりしたら……もう間違いない。なあ、分かるか?」

 

「ついさっき話したばかりだからな。ヒューゴが興奮するのも仕方ない。俺でも鳥肌が立ってるよ」

 

「百数十年前に忽然と姿を消した黒エルフの冒険者。死と血を振り撒く"赤と黒(ルフスアテル)"だ。俺たちはいま……伝説に会ったんだよ」

 

「伝説、か。あんなのがゴロゴロいたなんて、昔はどれだけ物騒だったんだ?」

 

「ふん。さっきこっちは名乗ったのに、向こうは名前を言わなかった。つまり、態々隠すのも多分想像通りだからだろ。もしかしたら、このまま立ち去る気かもしれんが……甘いな。アダルべララを見た目だけで判断出来るヒトは少ないと思ってるんだろうよ」

 

「お前以外、だろ?」

 

「絶対に間違いない。何度も見た文献通りの弓柄だ。上部に祈る様な少女が飾られ、全体は植物の蔦で覆われた様に見える。あんな装飾と鮮やかな赤色、威力や正確性、そしてエルフ族の最大の特徴である精霊魔法……夢じゃないよな? 俺は本当にセナ=エンデヴァルに会ったのか」

 

 慣れたはずの剥ぎ取りの手さえ止まり、ヒューゴは赤く染まるナイフの腹を真っ直ぐ眺めた。この血よりも鮮やかで、しかし何処か恐怖を煽ってくる。死を振り撒くアレは、もしかしたら呪いの武具なのかもしれない。

 

 そう。ヒューゴが今まで繰り返し読んできた数多の英雄譚。その中でも特に異質な存在だったのが"赤と黒"だ。歴史上最初の登場時期も曖昧で、ある時から急激に頭角を現した黒エルフ。ただでさえ珍しい種族でありながら、ヒト種と共に過ごす時間が多かったらしい。

 

「セナ……エンデヴァル。セナ、か」

 

 そしてドティルにも震えが走り、そしてある種の諦観を覚えた。さきほど聞いた声に何となく覚えがあったのだが、ヒューゴが言葉にした今の名前でカチリと合致したのだ。大体において黒エルフなどヒト種の国オーフェルレムに存在すること自体が稀である。そんな女性に偶然にも二人、聖都レミュで出会う?

 

 それは馬鹿みたいに低い確率だろう。

 

 つまり、ドティルが最近惚れてしまったあの美しくも可愛らしい占術師は、自分など到底及ばない世界に到達した冒険者だったわけだ。伝説を残すほどの力、英雄譚へ昇華する長い時間、彼女は戦って来た。

 

 男としての存在の矮小さを理解したとき、襲うのは悲しさと強い諦観しかない。

 

「そうか……そう、だよな」

 

 勝手に惚れて勝手に失恋しただけ。それだけが現実なのだろう。最初からセナは優しく、それでも微妙な距離だけは縮まらなかったのだ。

 

 だがそうなると、彼女は何故この森に居るのか。囁きの森、依頼、占術、帰り際に何度も心配してくれた。

 

 もしかしたら、自分を案じ来てくれたのか。それは都合の良い妄想だとしてもドティルは縋りたくなる。それも仕方がないだろう。

 

「おい、どうした?」

 

「……いや、何でもねえ。ヒューゴ、こっからは俺が話をする」

 

「構わないが、とにかく気をつけろよ? さっきも言った通り、セナ=エンデヴァルは敵味方問わず周りに死を振り撒く存在だったんだ。下手に踏み込んだらお前だけじゃなく……ヨヒムだってタダじゃ済まない。今は逃げる事も出来ないんだ」

 

 剥取りを終え、その指摘を無視したドティルは立ち上がる。セナはそんな女じゃねぇと叫びたかったが、何とか感情を抑え込んだ。

 

 見れば、離れたところに腰を下ろし佇むのは、真っ黒な余り見掛けない衣服を纏った女性。情けない事に今更気付いたが、特徴的な籠手から先に伸びている手は素肌だった。まだ光の魔法が生きているから、しっかりと判断出来たのだ。間違いなく特有の褐色で、あの綺麗な爪も見た気がする。そう、カードを操る、あの時に。

 

「……ちくしょうが」

 

 何故か悔しくて、ボソリと呟いた。

 

 討伐証明を革袋に入れ、前を向く。そうして何となく重い足を引き摺り、ドティル達は未だ意識の戻らないヨヒム達の側で立ち止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◯ ◯ ◯

 

 

 消した焚き火の跡に再び薪を重ね、手持ち少ない油を回し掛ける。火打石で数度火花を飛ばせば、あっさりと炎が上がった。冒険者であれば慣れたものだが、ドティルは格好良く出来た筈と安堵したりしている。

 

「さてと……あー、とにかく、改めて礼を言わせてくれ。正直終わったと思ってたから助かった」

 

「ん、気にしないでってのは無理だよね。まあ何かの偶然だから」

 

「偶然、か。キミは何故ここに?」

 

「ちょっと森に用事があって。それでウェリズンの痕跡を見つけたから辿って来た」

 

「普通は見つけたら逃げるか距離を取るだろ? 討伐の()()()()でも無い限り」

 

「うーん、ちょっとおかしい感じがして。()()()()()()まずいなって」

 

「油断? 俺たちはとある占術師に油断しちゃダメと注意されたから、かなり気を配ってたつもりなんだが……」

 

「あの手の魔物を追跡してる時は、視界の開けた泉のそばで焚き火は良くない。その上でウェリズンの誘いに乗るのもダメだし。此処で待ってたから分かるけど、随分長い時間話したり、休憩してたでしょ? 依頼で長靴猫を相手にするなら縄張りと徘徊の傾向を……」

 

 焚き火跡を示しつつ、思わずペラペラと喋ってしまい、セナは口篭ってしまう。ドティル相手で気を緩めてしまったようだ。

 

「そうか、なるほどな……言われてみたらその通り、情けない限りだよ。ところでキミは、何故依頼って知ってるんだ? さっき指名って言ってたが」

 

「……あ、え? えっと、それは、ほら」

 

 急にアタフタし始めた彼女を見れば、ドティルに我慢は無理だった。

 

「ぷっ……くくく……クハハ!」

 

 変わらない、セナは。どれだけ強くとも、英雄譚に謳われる冒険者であろうとも。それが分かってドティルは笑う事が出来たのだ。

 

「ちょっと笑い過ぎ! ドティルさん!」

 

「仕方ねえだろうよ! それで隠してるつもりなら笑うしかないな!」

 

「全くもう!」

 

 ローブから顔を出し、オレンジ色した瞳を尖らせている。そんな彼女はやっぱり綺麗で、ピコピコ揺れる長耳だって可愛らしい。明確に現れた黒エルフに、横で黙っていたヒューゴまでビクリと震えたようだ。

 

「ハハハ! 怒った顔も良い感じだぜ、なあヒューゴ」

 

「あ、ああ」

 

「ちっとも誤魔化せてないからね!」

 

「こらドティル。頼むから余り怒らせるな」

 

 赤き血に塗れ、多くの仲間さえ死に追いやった伝説的な冒険者が目の前にいる。そう、経験や単純な戦闘能力で敵うはずもなく、此処は安全な街中でもないのだ。自分達三人程度、あっさり殺されてしまうだろう。

 

 ヒューゴは恐怖に襲われ、セナの側にある弓から視線を逸らした。

 

「セナ、いいか?」

 

「なに?」

 

 ヒューゴの指摘から暫くして笑いが止まる。ドティルの表情からセナも色々と察して真っ直ぐに見返した。

 

「キミは以前冒険者だったと、あの夜そう言った。血が苦手で、直ぐに辞めてしまったってな」

 

「まあね」

 

「で、今は占術師か」

 

「うん」

 

「さっきので、実力がとんでもないのは俺でも分かった。あー、セナは……その」

 

 話し辛そうなドティルを見て、ヒューゴが引き継いだ。

 

「キミの名は、当時の連中に赤と黒(フルスアテル)()()()()セナ=エンデヴァル。ずっと昔、引退する前、アダルべララの紅弓を手足の様に使い、精霊魔法さえも熟知した凄腕の冒険者だ。で、何故此処に? 俺達を助けてくれたのは感謝するが、余りにも都合が良過ぎる。おまけにドティルに占いをしたそうだが」

 

 怖いものは怖いが、何も知らないのはもっと恐ろしい。態々助けた以上、今更殺されるとは思えないが……勘繰ってしまうのも仕方ないとヒューゴは考えていた。

 

 目の前の黒エルフは少しだけ俯く。その僅かな仕草に、何故か哀しそうな空気を感じた。

 

「そっか。確かに、そう考えちゃうね」

 

 パーティを救ってくれた相手に失礼な物言いだったが、セナに腹を立てた様子が全くない。ドティルは申し訳ない気持ちそのままに質問を続けた。

 

「やっぱり、コイツの言うセナ、なのか」

 

「……昔は()()()()()()。この子もアダルべララで間違いないよ」

 

「……赤と黒(ルフスアテル)、か」

 

 不吉な名前。周囲の者達、仲間さえも命を散らしたと言う。

 

 そのセナは瞳を伏せて強く拳を握った。

 

「ドティルさん」

 

「?」

 

「お願いだから、その呼び方をやめて欲しい。キライ、なんだ、ソレ」

 

 再び開いた瞼の奥、橙色の瞳はやはり美しい。でも、その帯びる憂いだけは誰の目にも明らかだった。

 

 

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