長生きTSダークエルフはひっそり暮らしたい〜今はごく普通の占術師なので、どうか放って置いて下さい〜   作:きつね雨

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39 オーフェルレムの王

 

 

 

 

 ガクリと、レオアノは膝をついたまま。「うぅ、分かってた、分かってたさ」と呟いている。

 

 憧れの相手であり、出来るなら未来の妃にと夢見ていた相手から、思い切り子供扱いされたのだ。アーシアはそんな弟の嘆きを理解したが、姉として指摘は忘れない。

 

「先ずは心からのお詫びと、ご挨拶でしょう? レオアノにとって、セナ様との再会は何より大切だったはず」

 

 その投げ掛けに、レオアノも頑張って復活を果たす。必死の想いで顔を上げ、ゆっくりと立ち上がった。

 

「くっ……姉様の言う通りだ……セナ」

 

「ん?」

 

「いきなり女性に抱きついて、組み敷くなど許されない。本当に済まなかった」

 

「分かった。その謝罪を受け入れます。廊下は走らないようにね」

 

「気を付ける。それと、また会えて、こうして話が出来ることに感謝を。その……手を、良い、だろうか」

 

「手? あ、ああ、なるほど」

 

 過去の経験から一応の知識を持っていたが、未だに自身が女性であることを失念することがある。こんなドレスを着ていても、らしい身体をしていても、今の視界には成長したレオアノしか映らないからだろう。

 

 甲を上側にして、そっと左手を持ち上げる。そのセナの手を右手で優しく支えたレオアノは、指の付け根辺りに唇を寄せた。ほんのり触れたあと、手を握ったままにする。

 

「本当に……貴女は変わらず美しい。幼いときに助けてくれた日のまま、その瞳は何よりも綺麗だ。夕焼けを眺めるとき、僕はいつも思い出していたよ」

 

「……あ、ありがとう」

 

 セナは内心で悶絶している。まだ子供だと思っていたレオアノが、視線を真っ直ぐ向けたままにツラツラと美辞麗句を並べてくるのだ。オムツをしてあげたりしたあの男の子が随分立派になって、ビックリしているのもある。

 

「? 震えてる? セナ、どうしたんだ?」

 

「そ、そんなことないよ。ちょっとだけ驚いて」

 

「そうか?」

 

「うん。えっとほら、レオアノも大人になったんだなってさ。格好良いよ」

 

「格好良い……今の僕が大人に見える? ホントに?」

 

「うんうん。もう立派な聖王国の王子様だね」

 

 今のレオアノにそんな事を言えば、どんな言葉が返ってくるかセナは分かっていないようだ。女性扱いされたり、手に口付されたりして混乱していたのもあるだろう。横で黙っていたアーシアさえも「そんなの言わない方が良いのでは」という顔をしている。

 

「そ、それなら後で時間を貰えるだろうか……! セナに話したいことがあるんだ!」

 

「うん? まあ良いけど」

 

「よし! ロッタ、教導に戻るぞ!」

 

「はっ。セナ様、アーシア殿下、失礼致します」

 

「またね、ロッタくん」

 

 王子と侍従の二人が立ち去ったあと、アーシアは心配そうに声を掛けた。

 

「よろしかったのですか?」

 

「ん? なに?」

 

「レオアノにあの様な時間を与えてしまって。セナ様には想っているお相手がいらっしゃるのに」

 

「……え?」

 

「あれはもう止まりませんよ。セナ様があの子を大人として認めて頂けたのは嬉しいですが……」

 

「ちょ、ちょっと待って。私はただ大きくなったなぁって」

 

「……なるほど。黒エルフのセナ様からしたらその様に考えるものですね。では、私から諦めるよう言いましょうか?」

 

 レオアノがセナを想い続けているのはある意味で公然の事実だ。そんな中、王子として公で挨拶をしたときに大人として認めた。つまり「求婚したいならどうぞ」と言ったに等しい。指摘を受けて色々思い出したセナだったが、吐いた言葉は返って来ない。

 

「うー……ま、まあ自分で話すよ。ほら、もしかしたら別の事かもしれないし」

 

「そうですか」

 

 あの流れでは求婚以外考えられないが、セナがそう言うならばと黙った。これ程の美貌であれば男性相手とのアレコレにも慣れているだろうと、そんな想像が働いたのもある。まあ実際によく知ってはいる、男性側の気持ちであれば。だからこそ同情心的な何かが働き、冷淡な返しも出来ないのだが。なので、ややこしい事態になることや、勘違いさせたりするのがセナだ。もちろんアーシアは知る由もない。

 

「では城内の案内を続けますね。最近変わったところがまだありますので」

 

「ありがたいけど……」

 

「何でしょう?」

 

「レオナの記録について編纂するんだよね? 時間、大丈夫? 建国百五十年の記念まで日がないはずだし」

 

「……まさか本気で信じて頂けているとは」

 

 アーシアからして呼び寄せる為の理由であり、酷く分かり易い建前だった。だから当然に理解してくれていると思っていたのだ。確かに再編纂は行われているが、そもそもセナ=エンデヴァルにお願いする気はなかった。あくまで聖王国として積もった恩を返す為、いっときの安らぎを感じてもらう為、絶え間ない孤独を少しでも和らげて欲しいからと、それが招待の意味だ。

 

 そう、それを初代レオナより受け継いできたのだから。

 

 それを真っ直ぐに伝えられない以上、歪曲的な表現として記しただけ。意味の関連性を加えるためにレオナの名を使ったに過ぎない。あの様な書簡では寧ろ当たり前の範囲である。

 

「え? なんて言った?」

 

「い、いえ。いま用意させておりますので、もう少しだけお付き合い下さいますか?」

 

「もちろん。公的な記録に残り辛いだろうけど、レオナは凄く可愛らしい素敵な女の子だったからね。そんな部分も伝えれたら嬉しいよ。うん、懐かしいなぁ」

 

「可愛らしい女の子……」

 

「やっぱり知らない?」

 

「……はい」

 

 この国の者からしたら初代女王は正しく伝説に昇華した存在だ。荒れ果て混乱の中にあったオーフェル= レム連合都市国家群を平定し、現在の聖王国を建国した女性。多くを学んだアーシアであっても半分以上は御伽噺の世界に等しい。

 

 だが、セナは直接会って危機を救い、会話もたくさんして、影ながらに手助けをしてくれた黒エルフである。それを知っていたつもりなのに理解が足りなかったのだろう。だからアーシアは全身に鳥肌が立った。そう、遥か彼方の過去がいま、目の前に在る。

 

「あの……本当にお願いして宜しいのでしょうか。セナ様との事を記録に残してはならないと」

 

「ん? 私の事なんて必要なくない? 友達として知ってるレオナを教えるだけだし」

 

「それは……いえ、分かりました。お願いします」

 

「何を話そっかなぁ。アーシアたちが知らなそうなことが良いよね」

 

 楽しそうにするセナを見て、アーシアはこれでも良いのだと思い直し笑顔を浮かべた。

 

 そして、後の時間において、ある種の幻想は砕かれることになる。そう、強い憧憬を覚えていたレオナが意外にもお茶目だったりすることで。セナに抱き付くのが好きだったり、手料理を所望したり、恋愛相談にかこつけて惚気に来たり、結婚前の喧嘩で逃走して匿って欲しいと宣ったり。そんな色々。

 

 だが、同時に……

 

 遠くに感じていた初代女王が、自分と変わらぬ女の子だったと知れたのは……アーシアにとって幸せな事なのだろう。いや、聖王国民全てにおいてさえも。

 

 後日公開された再編纂後の歴史書により、初代は更に強く尊敬され、今まで以上に愛されることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◯ ◯ ◯

 

 

 

 三日目の夜、その少し前の時間。

 

 晴れ渡った空は夕焼けに染まりつつあった。

 

 青が強かったのに、少しずつ淡い赤へ変わっていく。雲だって染められて、やはり綺麗な色に滲むのだ。

 

 与えられた一室から離れ、セナは城塔の上まで来ていた。

 

 城門を守る防御のためのものだが、ここは外部と繋がる外門ではない。城の最深部に近く、ある意味で飾りに近いものだ。警備の敷かれた合計三つの門の内側であり、城自体と同一の作りと言えるだろう。

 

 とは言え高さはそれなりにあり、夕焼けが近く感じる。そんな場所でセナは無言のままに空を眺めていた。そうして暫く佇んでいたら、背中の方から声が掛かった。

 

「いくらレムの地域とて夜風は冷える。その美しき肌を見せてくれるのは目の保養として助かるが……余り体に良くないな」

 

 薄着のため褐色の素肌が外気に触れている肩に、そっと掛けられたのは優しい肌触りのショール。色合いは赤と深緑だけで、刺繍も単調。それでも、素材はオーフェルレムで手に入る最高級のものだ。

 

 セナは振り返ったあと視線を空へ戻した。そのままの姿勢で、掛けられたショールと言葉に返していく。

 

「レオンは相変わらずだね。でも、ありがと」

 

「優しいだろ?」

 

「キザなところがだよ」

 

「おいおい、良い歳したおっさんにキツイぞ、セナ」

 

「だって、前と変わってないし。キミが聖王国の立派な王様でも、ね」

 

 セナと懐かしい会話を楽しむのは、オーフェルレム聖王国の王レオンだった。アーシアやレオアノの父であり、レオナの直系に当たる。明るい赤髪は夕焼けに染まって更に強く、シーグリーンの瞳も負けていない。この年齢では珍しく髭も生やしていない為、実年齢より若く見えた。セナ以上に高い背を真っ直ぐ伸ばしていて、五十歳手前には見えないだろう。

 

「降参だ。やっぱり美人には勝てない、特に黒エルフの女性にはな」

 

「ほら。そんなところもやっぱり変わってない」

 

「本気で言ってるんだが」

 

「はいはい」

 

 実際に本気だったが、レオンはそれ以上に続けない。この辺りも昔と同じと思い出しながら。背中を向けたままの黒エルフの女性は、男性からの美貌への賛美を素直に受け取らないのだ。

 

「アーシアが世話になった」

 

「んー、お世話して貰ってるのはこっちだけど」

 

「それでもさ」

 

「?」

 

 振り返り、疑問が混ざった瞳はやっぱり綺麗な夕焼け色だった。ピコリと僅かに揺れた長耳も、レオンには懐かしく感じる。

 

「あんな楽しそうなアーシアは最近珍しい。まるで子供だよ、ガキの頃みたいにな」

 

「それはレオンが頼り切りだからでしょ」

 

「おっと、否定出来ないのが辛い」

 

 娘であるアーシアは、聖王国運営に関する助言をレオンに行う立場でもある。そして次代の王であるレオアノの教育さえ任せていたりするのだ。

 

「そして、やっぱりキミの占術通りになってしまったな」

 

「……覚えてたんだ。忘れていいって言ったのに」

 

「無茶言わないでくれ」

 

「まさか……記録に残したりは」

 

「絶対にしていない」

 

「……それならまあ良いけど」

 

「初代からの約束だからな。決して破らないし、破らせたりもしないよ」

 

「信じる」

 

「さて、夜風が冷たいのはホントだ。中に入って酒でも飲もう。セナ、キミも話があるだろ?」

 

「そう、だね」

 

 レオンは、ただアーシアからの手紙で訪れてくれたと思っていない。いや、確信もあり、最近冒険者ギルドに調査の依頼が掛かっているのも耳に入れている。依頼者名"レミュの街角に住まう占術師"がセナであることも。

 

 

 

 

 

 

 

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