長生きTSダークエルフはひっそり暮らしたい〜今はごく普通の占術師なので、どうか放って置いて下さい〜   作:きつね雨

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43 積み上げてきたモノ

 

 

 セナと関わってきた証明を。

 

 オーフェルレム聖王国に形として残っているのはセナ=エンデヴァルの肖像画のみ。だが、それが証明にならないのはレオンやアーシアにも分かった。いつ、誰が、何を描いたのか、それさえ記録していない。目にすれば彼女だと理解出来るかもしれないが、それが聖王国との関連性を繋げてくれる訳もないからだ。

 

 そして、口伝は論外だろう。

 

 それでもアーシアは何かあるはずと頭を必死で捻る。しかし"古の約定"へ影響を及ぼす程の公的記録なんて、城中をひっくり返しても出て来ないのは明らかだった。

 

 現聖王国の頭脳と言える王女さえ対策を生み出せない問題に、レオンはただ押し黙るしかない。

 

 今までもこれからも、繋がっていくはずだった。初代レオナから強く口伝された"いっときの安らぎ"をセナに与える聖王国であるはずなのに。その誓いを果たせなくなるのか。

 

 それでも、感情は否定して、理屈では認めてしまう。

 

 聖王国周辺の、全てのエルフ達からの要請。しかも求められているのは、表向き無関係の黒エルフの女性ただ一人。そんな彼女と連絡を取り合わない様にするだけ。もしセナでなければ当たり前に承諾しただろう"緩い要請"だ。

 

 どう言い繕っても断ることが出来ない。これはエルフ種族の問題と明言されたのだから。

 

 自分の代でセナとの関係が終わる? そんな風にレオンは考えてしまい、あの優しくも美しい風貌を思い出した。彼女を、今以上の暗い孤独へ突き放すのか、と。

 

「……何故、何故そんな事を? キミがさっき言った通り、彼女は一介の占術師に過ぎない。心優しく、悪意ある行動なんて取らないし、寧ろ世情と関わらないよう気を配る女性だ」

 

 繋がりを絶てなどと、まるで罪人に対する様な話。レオンはどうしても納得出来なかった。

 

 対するシャティヨンは変わらぬ無表情で淡々と返して来る。

 

「ええ、よく知っています。先程の話、つまり記録など残っていないのが当然である理由も。セナの心は温かく、誰に対しても手を差し伸べるような、そんな女性でした。その行いの対価など絶対に求めないでしょう」

 

「そこまで分かっていて……ならばどうして! まるで敵のような、そんな要請を……いや、君たちエルフはセナに何をする気だ!」

 

 ずっと無表情だったシャティヨンは、僅かの微笑を浮かべた。

 

「本当に……愛されているのですね」

 

「なにを……?」

 

 そして直ぐに、元の固い表情へと戻る。

 

「陛下。そして王女殿下。この聖王国を纏める御二方ならば理解されているでしょう。優しさは、必ずしも幸福を運ばないことを。尊き自己犠牲に溢れた行動が、災いを呼ぶ事だってあることを。彼女がどれだけ素晴らしい黒エルフであろうと、現実は決して甘くない」

 

「……」

 

「天秤は揺れています。何かのきっかけで簡単に傾く。セナの意思に関係なく、いえ、その意思さえも……彼女は()()()()()()()()となってしまった」

 

「なんだと?」

 

「誰かが止めなければならない。我等は、何より白の姫は、この()()()を掛けて準備して来ました。本当はアーシント王国で仕掛ける予定で、しかし幾つかの手が間に合わなかったのです」

 

「五十年……アーシント王国……」

 

「貴方達ヒトにどれだけ真実が伝わっているか不明ですが、彼女はかつて"赤と黒(ルフスアテル)"と謳われた強力で圧倒的な戦士。その戦闘能力は我等種族の中に於いても殆ど頂点に近い。もしセナが"全ての力を解放"したのなら、精霊を知らないヒト種はもちろん、誰であろうと立ち向かうのは難しいのです。そして、何より哀しいことに……セナは我が事を知らず、自らを過小に評価し、いま何が起きているかさえ理解していない」

 

「……よく意味が、意味が分かりません。もっとしっかりとした説明を」

 

 アーシアはどうしても我慢出来ず、シャティヨンに詰め寄った。あの優しいセナが危険な存在なんて肯定出来ないのだ。

 

「これ以上は不可能です。本来ならばこの様な話をする予定ではありませんでした。これはただ、白の姫クラウディア=オベ=オーラヴの、セナを愛した聖王国への情に過ぎない。それでは、古の約定による要請を確実に履行すること、これを重ねて強くお願いします。良いですね?」

 

「……()()()()より、繋がりを絶て、と?」

 

 会話はもちろん、全ての接触を持ってはならない。危機が迫っているかもしれない事実さえも、伝える事を禁じられた事になる。

 

「はい。今この時より」

 

「……分かった」

 

「そんな! お父様!」

 

「……アーシア、お前なら分かるだろう」

 

「く……」

 

「では、そろそろ失礼します。約定を守る誓約は直ぐにでも?」

 

「ああ……用意しよう。その前に一つだけ聞かせて欲しい」

 

「どうぞ」

 

 レオンは一拍を置いて、苦しそうに、絞り出す様に問うた。

 

「……セナを、殺すのか」

 

 涙が滲むのをアーシアは耐えることが出来ない。ついさっきまで、語らい、食事をして、着飾った美しいセナの姿を見た。もう二度と、あの幸せは訪れないのだろうかと、酷い諦観が襲ってきたのだ。

 

 シャティヨンは一度瞳を閉じた。そして暫くのあと、真っ直ぐにレオン達を見据える。

 

「そうならない事を祈っていて下さい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◯ ◯ ◯

 

 

 

 白の姫からの使者シャティヨンは、誓約の記された羊皮紙を懐に収め去って行った。今思ってもかなりの圧迫感で、長い時を生きたエルフの個としての力はやはり凄まじい。

 

 最後に、チラリとアーシアへ視線を送ったのが印象に残っている。

 

「くそっ……一体何が起きているんだ……?」

 

 レオンは悔しそうに拳を握り締めていた。もちろん易々諾々と従うつもりはないが、簡単な判断を下せる問題でもない。種族間条約に等しい"古の約定"が関わっているからだ。それを破るということは、長い年月で積み上げた信頼を根底から崩すことになってしまう。

 

 そしてもう一人。アーシアは滲んだ涙を拭き、思索を深めていた。

 

「私にも……分かりません。ですが、よく考えると不自然な点が」

 

「話してくれ」

 

「まず、最初に。私は絶対に認めたりしませんが、エルフ種全体に対して何らかの罪を犯したセナ様がいたとしましょう。あくまで仮に」

 

「あれほど多くの長老達が同意して、古の約定を後ろ盾にするほどの、か」

 

「はい。ですが、その様な相手にただ接触を絶てとは、酷く甘いと思いませんか? 約定を元に、それこそ我等にセナ様を捕らえよと言えば済みます。今は聖都レミュで過ごしているのですから」

 

「……確かにそうだな。罪人ならば協力体制を敷いてもおかしくない」

 

「まだあります。エルフ達は五十年もの間準備してきたと。そしてセナ様も、同じ五十年前から精霊達におかしな兆候があると言っていました。これは偶然などではないでしょう。そもそもなぜ年月に言及したのか腑に落ちません」

 

「本当はアーシントで仕掛ける予定だったと言ってたな。つまり、白の姫にセナの動きは漏れていた訳だ」

 

 握り締めていた拳から力を抜き、改めて自分の娘に視線を向ける。こんな風なアーシアならば、何かの答えを導いてくれるだろうと。彼女こそが内政を一手に引き受ける、現在の聖王国最高の頭脳なのだ。

 

「敵対している様子がなく、最後の言葉……寧ろ、セナ様を何かから救おうとしている、そう考えてしまいます」

 

「……ふむ」

 

「もちろん我等への挑発も有り得ましたが、もしかしたら……」

 

「何だ?」

 

「シャティヨン様は、いえ、白の姫クラウディア様は、我等に助けを求めに来たのでは、と」

 

「はあ? おいおい、本気で言ってるのか? エルフ達が助けを? 俺にはとてもそう思えなかったが」

 

「レオアノを助けて頂いた日の夜。ロッタからの報告を覚えていますか?」

 

「確か、運命がどうとか、"揺り戻し"だったか。まるでレオナ様からの口伝に倣うような」

 

 未来に干渉すると何かが邪魔をしてくる。だからセナは身を潜めるし、占術の結果を享受しない。世間から離れ、その偉大な貢献さえも認めないのだろうと。当時、ロッタはレオンへ悔しそうに報告してきた。

 

 セナに関する全てを学ぼうとしたアーシアは、後にロッタから教わっていたのだ。

 

「遥か以前からセナ様と出会っていたエルフ達です。当然に、私達ヒトよりも彼等の方が詳しい筈。ましてやシャティヨン様は懐かしいと、昔は旅をした仲だと言っていました。つまり、直接的な要請は不可能で、しかし目の前に迫る危機を何とか伝えたかったと考えればどうでしょうか? この立場に立てば、起きている事をそのまま報せる訳にはいきません。何処からか漏れ伝わり、何かを憂いたセナ様に身を隠されてしまったら、手助けさえ出来なくなってしまう。考えられる危機を回避することだって難しくなります」

 

 アーシアは話しながらも反芻していた。先程シャティヨンが言葉にしたのだ。優しさは必ずしも幸せを運ばない。自己犠牲に溢れた行為が時に災いを呼ぶ、と。疑いようも無いセナの優しさが、自己犠牲の心が、幸せを遠去けるのだとしたら。

 

「うーん、言っている事は分かるが」

 

「お父様?」

 

「うん?」

 

「何より最も大きな違和感がありまして」

 

「ほう?」

 

「酷く単純な事です。何故シャティヨン様は私達を煽るような報せを? わざわざそれをする利点が全くありません。だって、ついさっきまで私達は何も知らなかったのですから」

 

「……! 確かにその通りだ」

 

 あんな()()()()()を流してしまったら()()()()()をされるのは避けられない。逆に考えれば……エルフ達はヒトに動いて欲しい。古の約定を利用し、直接的な何かではなく。

 

「……そうか。だから"今この時より"接触を絶てと。つまり、今より過去の我等ならば運命に影響しない。セナについて詳しくを知らず、関わって来た記録さえ残っていないのだから。オーフェルレムが持つ情報や記録について、念を押すよう聞いてきたのはそのためか」

 

 コクリと、可愛らしくアーシアは頷いた。

 

「はい。お父様の言う通り、私達の、以前の動きを示唆していると考えられます。更に言えば、例え仮定が間違っていたとしても約定には抵触しません」

 

 アーシアの想定がどちらに転ぼうと、セナを守るための動きに変わりはない。仮に考え過ぎだったとしても、エルフ達との致命的な仲違いにならない確信があった。貴方達が要請してきたのは「今この時から」だろうと。

 

「ああ。寧ろ迅速に進めるべきだな」

 

「我等をそこまでどうして知っているのかと言う疑問が残りますが……打てる手は少なく、選べもしない。冒険者ギルドへの依頼、あのパーティをセナ様が訪れるはずの場所まで誘導しましょう」

 

「となると、恐らく南方のあの森か……呪われた、(アーテル)の森に」

 

「運命への影響や約定から考えて、詳細を彼等に伝える訳にはいきません。それでも、何とか"赤の旋風"に力を尽くして貰わなければ。お父様。あらゆる準備を急ぐよう、報酬の引き上げと付帯条件の緩和、警戒度の上昇などを通達します。よろしいですか?」

 

「ああ、もちろんだ。たのむ」

 

 

 

 

 

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