長生きTSダークエルフはひっそり暮らしたい〜今はごく普通の占術師なので、どうか放って置いて下さい〜   作:きつね雨

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 白み始めた空で、浮かぶ雲が夜の色を脱ぎ捨てていく。

 

 オーフェルレム聖王国の聖都レミュは晴れやかな朝を迎えていた。光と共に家々の屋根へ小鳥達が訪れ、ピヨピヨと囀りを奏でる。爽やかな風はほんの少し冷たくて、それでも気持ち良い。

 

 そんな街中の目抜通り。そこから一本だけ奥に入った場所に小ぢんまりした店舗兼お家があった。

 

 二階建て、真っ白な漆喰の壁、空色に塗った窓枠や扉。赤茶けた陶器製の屋根には樹々の葉っぱが積もっていて、ちょっとだけ落ち着いた雰囲気を足していたりする。

 

 一階は店舗、と言うか占術を行うお部屋だ。まだ数人しか訪れていないが、大した宣伝もしていないので仕方ない。まあ当の占術師が気にもしないから良いのだろう。

 

「……う、ん」

 

 そして、二階にある寝室にドンと置かれたベッドの上で、住まう者が浅い眠りから覚めようとしていた。

 

 二つの小さな窓から光が入り、長い睫毛と金の髪をキラキラと輝かせている。両瞼にも当然に届くから眩しさを感じているだろう。

 

「んー……もう朝……?」

 

 寝惚け眼を薄く開き、セナはゆっくりと上半身を起こした。そのままググと両手を上げて背筋を伸ばしたりする。ベッドの端に暫く佇み、ぼんやりと窓の外を眺めて、今日も天気良いなぁとボソボソ呟いた。

 

「ん? あれぇ? 何か夢を見てたような気がするけど」

 

 ちょっとだけ不思議に思い、セナは首を傾げた。大抵は覚えていて、忘れることが少ないからだ。飛べない筈の空で不器用に浮かんだり、ブレーキの壊れた自転車で坂道を下りていったり、そんなバカらしい夢もたくさんあって、それも記憶に残る。

 

 そして、全く嬉しくないけれど、予知めいた何かを見ることも。

 

「そう言えば最近ないなぁ、例のやつ」

 

 何故今まで考えなかったのか。敵対者としての力の発露をしていないのに、セナは違和感なく過ごしていたのだ。

 

 いや、巨大な獣らしき何かは見た気がする? 雪の中、光る両眼、低い唸り声。雪なんてオーフェルレムじゃまず降らないし、誰かが傷付いたり、不幸になったりする内容じゃなかった。

 

「関係なさそう」

 

 そんな風に違和感は消え去り、セナはベッドから立ち上がる。そしてギシギシ鳴く窓を開け放ち、外の空気を肺に流し込んだ。

 

「んー、はー」

 

 大きな胸が更に膨らみ、上下に揺れる。慣れたものなので気にもならない。

 

「よし、今日こそお祭りに行くぞ」

 

 そんな幸せな決意をしたのだが、その前にやることがある。

 

 そう。ちょっとお家を掃除して、その後は湯船に浸かるのだ。温めのお湯でぼんやりする時間、夜のお風呂とはまた違った趣きがあるものだから。

 

 うんうんと内心で頷きながら、早速セナは動き出した。

 

 もし何か夢が叶うなら、豪奢で歴史のある旅館で露天風呂と洒落込みたい。しかしそんな文化はこの世界に育っていない。世界中を旅しても、そんな設備を持った旅籠がそもそも存在しないのだ。宿はあくまで体を休めるところであり、外の世界の危険に目を瞑ることの出来る安寧を求める場所。観光なんて各国の中心部くらいしか考えられない。

 

 魔物や、時には野盗が現れる世界に、そんな余裕なんてないのだろう。

 

 

 

 

 

「ふぅ」

 

 ゆっくりと腕を動かすと、お湯の表面が波打った。チャポチャポと水音がして、朝陽をキラキラ反射している。

 

 セナはお風呂を好むが、この水音が特に好きだった。水の下位精霊(ウンディーネ)の悪戯なのか、物理法則の影響なのか分からないが、彼女にはあまり関係ない。

 

「精霊、か」

 

 つい、いつもの独り言。さっきまで幸せ気分だったのに、波紋揺れるお湯を見ていたら考えてしまう。

 

 独特の存在。今となっては自身の日常に溶けた。そう。精霊(かれら)に違和感など抱かないし、当たり前に精霊魔法だって使っている。精霊視などないから姿は見えないが、懐かしい「あの世界」とは明らかに違うのだ。

 

 それでも、ふとした時に心の底で何かが澱むのを感じることがある。

 

 それを言葉にするのは難しい。

 

 例えるならば疎外感、忌避感。いや、あるいは畏れか。森の上位精霊(エント)であるミスズに教わってからは、その澱みが何なのか少しだけ理解出来ている。この世界にとって自分達は"敵対者"だ。異物と言い換えても良い。

 

「ミスズさんも同じ様に思ってるのかな……あーあ、もっといっぱい話をしたかった」

 

 セナは昨日まで、いやついさっきまでたくさん幸せだった。レオンと懐かしい会話を楽しみ、アーシアやレオアノの成長だって見れたのだ。彼等は心から歓迎してくれていて、レオナの思い出話だって出来た。

 

 そんな幸せな日々が強いほど、反動は大きい。経験則としてそれをセナは知っていたが、避けたりなんて出来ない。何よりも、一つの場所に長い時間留まるのが拙いのだ。運命の揺り戻しを誘発する"引き寄せ"がいつ働くか分からない。

 

 それでも、ヒトとの触れ合いを求めてしまう。後から追い掛けて来る孤独の時間は、どれだけ年月を重ねても慣れなかった。

 

「また悪い癖だ。考えないようにしないと疲れる」

 

 思わず俯くと、水面の、湯の中には見慣れたはずの身体。

 

 特有の肌はいつも艶やかで、黒エルフとしての特徴を存分に見せつけてくる。かなりの大きさの双丘はプカプカと浮いている様な気がした。浮力なのか普段のような重さを感じない。

 

 胸が邪魔で下半身は殆ど見えないが、細いウエストから続くお尻は以前の自分と違って丸い。スラリと長い両脚は高身長なのを教えてくれた。

 

 間違いようもないことだ。

 

 誰が見ても自分は女性。気も遠くなる様な時間を共に過ごして来たのに、セナは何故か急に違和感を覚えた。

 

「……?」

 

 あまり感じたことのない心の動き。

 

「何だろ……?」

 

 何度眺めても変わらない。胸も肌も、何となく触ってみた長耳も。

 

 その違和感を探ろうとしたら、すぐに去っていく。何を思っていたのかも忘れてしまい、それさえも消えていった。

 

「変なの」

 

「んー、ま、いっか。お祭り行こっと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 いそいそと外出の準備を済ませ、いよいよお出掛けとなった。

 

 セナはゆっくりと聖都レミュを練り歩き、各種の出店を冷やかしたりしている。焦茶のローブに深く顔を隠していても中々に楽しい。

 

 目に付くのは"花"。

 

 赤、黄、青、紫、他にも。とにかく色がたくさん。

 

 最近まで過ごした王城にも飾ってあったが、そもそもの物量が違う。街のあちこちに色鮮やかな花々が咲き乱れ、目がチカチカするほどだ。

 

 肉の串、何かの麺料理、冷やした野菜、甘い果実水にお酒まで。そんな飲食店でさえ例外じゃない。

 

 更には生活雑貨や服飾、魔道具、家具店なども店先に花壇を作っていた。多分だが、祭りの時だけ飾るのだろう。それらが道を狭くしても、誰一人として文句を言っていないのが証拠だ。

 

 ザワザワとした雑踏、石畳を歩く靴音、漂う香りは複雑。全部が非日常を表していた。

 

「うん、お祭りだ」

 

 ローブに隠した中で笑顔になり、セナは少し深く呼吸する。

 

 今まで多くの国を訪れた経験があるが、不思議とオーフェルレム聖王国は懐かしく感じる。セナ自身も理由なんて分からないが、とにかく楽しいので気にしない。きっと皆が笑顔で、誰であろうと歓迎してくれているからだろう。

 

「提灯とか祭り囃子とかあったら最高かも。まあ流石に無理だけどさ」

 

 元の、あの世界を再び思い出して染み染みと呟く。相変わらず独り言が多いが、もう癖みたいなものだ。

 

 以前にラウラに案内して貰って街区を抜けて、知らない細い路地に入るのもやっぱり楽しい。そんな小径の先にお洒落なカフェ的何かを見つけたときは鼻歌まで飛び出したりした。軒先にくっついている看板は鉄製で、それぞれが個性を発揮してるのもカッコ良かったりする。雑貨屋さんも色々あるし、他国のものだろう珍しい逸品まで置いてあったりした。

 

 そして、歩いても歩いても、花々は途切れない。

 

「んー、今日明日じゃ無理だ。ま、いっか」

 

 ならば明日も明後日も歩くのみ。そんな楽しい決意を固め、目抜き通りにもう一度出て来た。そして、目星を付けていた露店にふらふらと近づき、お目当てのジュースらしき何かを注文。多分ミックスジュースだよねと、セナはうきうきしているのだ。

 

 手にしたカップと一緒に空いている席に座る。露店専用でなく、誰もが使える公用のものだろう。風も通るし、気持ちいい。

 

 頂きますと心の中で唱え、カップに口をつけた。

 

「……お、おお。間違いなくミックスジュース。甘い、美味しい、最高」

 

 異世界なのに例のあの味にそっくり。もうそれだけでセナは幸せ一杯だ。こうなるとポテチ的おやつが食べたくなるが、残念ながらそんな店は未発見である。

 

 そうして、明日探してみようかなと決めている、そんな時。

 

 セナの両耳が気になる単語を拾った。

 

「……雪が」

「まさか……」

「見た……風が」

「嘘だろ……」

(アーテル)だ……」

 

 二席分離れた向こう側。そこから声が聞こえて来たのだ。この騒がしい雑踏の中だから、普通なら絶対に聞こえない。しかしセナは黒エルフ。身体能力はヒトを軽く超え、聴力も相当なもの。風切り羽に似た耳がローブに覆われていても、色々な音を拾ってしまう。

 

 雪? アーテル?

 

 そんな疑問がセナの頭の中に浮かぶ。

 

 どちらも別々の意味でセナの心を揺さぶる言葉だ。片方は白の姫を、片方は望まない自らの渾名を。だからつい意識を集中する……してしまった。

 

 

 

「だから言ってるだろ。南方の呪われた森、(アーテル)だって。あそこで雪が降ったってよ。おまけに吹雪まで吹いてやばかったらしい。ああ、ホントなんだって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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