長生きTSダークエルフはひっそり暮らしたい〜今はごく普通の占術師なので、どうか放って置いて下さい〜   作:きつね雨

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8 とある酒場で

 

 

 

 

 

 

「ウヒョー! とんでもねえ美人がいるぜ! しかも、黒エルフかよ!」

 

 店主と和やかに話していたら、ある意味定番の声が聞こえてきた。セナに全く驚いた様子もなく、寧ろ漸くかと振り返る。酒場には当然に酔っ払いが多い上、普段は物静かな男だろうと気が大きくなるものだ。

 

「そう、黒エルフだけど。何か用?」

 

「大事な用事さ! なあ俺と一緒に飲もうぜ? 最高の武勇伝を聞かせてやるよ!」

 

 一瞬さっきの凄腕らしい冒険者達、つまり"赤の旋風"の一人かと思ったが、明らかに別人だ。さりげなく記憶に留めていたセナには直ぐに分かった。普通ならばイヤそうに断り、さらに絡まれるのが正に定番だろう。場合によってはそれこそ先程の"セウルスくん"が助けに入ったりして、何やらややこしくなるかもしれない。だが、当然にセナは普通でないし、元男の意識を持つから彼の言葉を理解も出来る。

 

「武勇伝か……いいね、楽しそう。でも私はお酒が得意じゃないから、美味しい御飯を奢ってよ?」

 

 え?と言う顔をした男は戸惑っている。正直なところまず無理だろうと半分冗談だったのだ。当然にフラれて仲間に笑われるところまで流れを思い描いてたのに。こんな美人で妖艶な女だし、永い刻を生きるエルフだ。もしかしてヤバい人にちょっかい掛けてしまったかもと内心ビビり始めていた。しかし、酒の力は偉大だ。正常な判断など今は不可能となっている。

 

「お、おう? な、何でも頼んでいいぞ!」

 

「何でも? それは嬉しいな。じゃあよろしく。席は何処?」

 

 スッと立ち上がったセナは周りを見渡した。幾人かはポカンとした顔をしており、おバカな軟派野郎が成功したのを訝しんでいるようだ。

 

 そんなセナの心の中。よしよし、タダ飯にありつけたぞ、などと言う巫山戯た声が聞こえる筈もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◯ ◯ ◯

 

 

 

 

「まあ座れよ! おい親父! 美味いつまみを何品か頼むぜ!」

 

 コクリと頷く店主はカップを磨く手を止め、注文に取り掛かったようだ。

 

「姉ちゃんは何を飲む?」

 

 軟派成功野郎はニヤニヤしつつ、セナの隣に腰掛けた。

 

 因みに、一緒にいた筈の仲間達は席を離している。軟派に成功した以上、邪魔をしないのが不文律になっているらしい。まあ、そのあと見事にフラれたのを散々冷やかすまでが定番の流れだ。

 

「うーん、お茶と言いたいけど、今だとちょっと合わないよね。じゃあ……タンジェリンを貰おうかな」

 

「かー、洒落たヤツを頼むんだな。よっしゃ! 親父、タンジェリンも追加だ!」

 

 追加注文を済ますと、セナの横顔を眺めた。ちょうど果物が手元にあって、ヒョイと摘んでいたのだ。妖艶な空気がありながらも、何故か子供を思わせる不思議な仕草だった。

 

「俺はドティルってんだ。あんた名前は?」

 

 口の中に放り込んだ果物が思いの外に苦かったのか、分かりやすく表情が歪んでいる。そんな様子も可愛らしくて、横に座る黒エルフにドティルは強く惹かれてしまった。言葉こそ乱暴だが、彼は意外と真面目な男なのだ。

 

「私はセナ。ね、この果物なに? 凄く苦いんだけど……」

 

「あー、それはそっちにある蜜をつけて食うんだ」

 

「そうなんだ。知らない果物なんて久しぶりに見たから吃驚したよ」

 

 チョンチョンと蜜に浸し、もう一度挑戦するようだ。今度は成功したようで、橙色の瞳もフニャリと曲がった。長い両耳が二回ほどプルプルしたのが見えて、ドティルは触りたい欲求を死ぬ気で抑え込む。いきなりおバカなことをしてフラれたら目も当てられない。どんなに手の届かなそうな美人でも、可能性はきっとあるはずだ。

 

「聖王国じゃ珍しくもないぞ? まあ黒エルフだったら知らなくても仕方ないさ」

 

「そう? ありがと」

 

「で、名前はセナか。ん? 何か聞いたことがあるような……?」

 

「はは、定番だね。似た人を知ってるとか、名前を聞いたことあるとか、声を掛けてくる人はみんな一緒だ。でも、何歳に見えるとかエルフとの話題に出しちゃダメだよ?」

 

 クスクスと小さく笑う表情にドティルは目が離せない。エルフ族の容姿がヒト種の美的感覚に強く訴えてくるのは知っているが、彼女の美貌と不思議な空気感に圧倒されてしまう。

 

 聞いた名前に記憶があったのは本当だ。しかしもうどうでも良いのだろう。何より綺麗な笑顔に気を取られたのもある。そして、ドティルは今夜本気で口説くと決めた。出来るならお付き合いしたい。

 

()()は初めてここに来たのか?」

 

 緊張を隠して馴れ馴れしく名前を呼ぶ。もし怒られたら謝れば良いし、大丈夫なら一歩前進だ。酷く乏しい成功体験だが、ドティルの経験がそう言っている、らしい。

 

「聖都に? ううん、何度か来たことあるよ。ただ、今回は随分久しぶり」

 

 どうやら呼び捨ても全く気にしていない。それを知ったドティルは小躍りしたくなる。もしかしてマジで行けるのかと、そんな夢物語を頭に描き始めた。生涯に一度機会があるかないか、いやまず無いだろう。それほどの美人が目の前にいるのだから。

 

「な、なるほどな。俺は前から聖都を拠点にしてる冒険者だから、この辺りに詳しいぜ。ギルドの信頼も厚いし、場所によっては便宜を図れる」

 

 ここで何気ない自慢話を出せば完璧。そんな風にドティルは思っている。しかし実際には殆どの女性陣が気付いて無視してくれているのだ。心の広い人ならば、さらに話題に乗るかもしれない。生温かい視線を隠しつつ。

 

「わ、そうなんだ。じゃあさっきの武勇伝って本当に聞かせてくれるわけ? 凄く楽しみだな」

 

 だから、セナは模範回答を返した。もちろん笑顔は絶やさない。自らの美貌を無駄にひけらかす気はないが、利用価値が非常に高いことを知っているのだ。更に言えば悲しき男心と本能も。そう、彼女の今日の目的は情報収集なのだから。

 

 ここで追加注文したタンジェリンが届く。店主は無言で立ち去って行った。細長いグラスには花の飾りと橙色した液体。果実の搾り汁とある種の酒を混ぜ合わせた、比較的飲みやすい種類だ。

 

「んー、良い香り。この店って当たりだね」

 

「親父は無愛想極まりないが、味は保証するぜ。料理も最高だからな」

 

「それも楽しみ。じゃあ、乾杯?」

 

「ああ、セナとの出会いに」

 

 余裕でキザったらしいセリフも吐ける。ドティルは今、凄く幸せで最高潮なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、だ。俺は背後の崖から飛び降りて、ヤツの頭の天辺に剣を突き立てた。まあ剣は折れちまったが何とか倒したんだ。仲間も無事だったから、最終的に成功したって訳さ」

 

 セナは内心でかなり驚いていた。軟派野郎と軽く見ていたが、実際には結構な腕を持っているらしい。三つめの武勇伝は適当に創作した物語でもなく、実際の戦闘経験だ。セナ自身も戦ったことがある厄介な魔物で、その特徴などに嘘がない。それに話していて分かったが、ドティルは生真面目な男らしい。そんな彼が軟派とは……恐らくだが、酒の力と仲間の冷やかしで声を掛けて来たのだろうとセナは思った。

 

 更に言えば話もうまい。

 

「ホントに凄い。ドティルさんの作戦もそうだけど、仲間の人達との連携だって最高だと思う。だって囮なんて怖かっただろうし」

 

「ああ、最高の仲間さ。アイツらなら命を預けられる」

 

 必ず口説くぞと決意していたドティルだったが、セナが聞き上手なのか、周辺状況や経験談を話すことに夢中になっていた。色々と思い出したりして懐かしさもある。地を這う小型竜種討伐に関しては非常に苦労したのだが、結果的にランクを上げる要因にもなったのだ。それを熱心に聞いてくれるものだから、かなり詳細に語ってしまった。

 

「……あー、すまん。かなり専門的な話をしちまった。つい夢中になって」

 

「ううん、楽しいよ。話も上手だし、こんな冒険譚なんて滅多に聞けないからね。それに、見る限り大きな怪我も残ってないみたいだから、ちゃんと準備してるのも分かる」

 

 長い冒険者生活では負傷が当たり前で、中には満足に動けなくなる者もいる。大怪我はもちろん、四肢を失った人達を何度も見たことがあるセナからしたら、ドティルの腕前を認める要因の一つだ。戦闘経験だけでなく、連携や準備も疎かにしていない。たったそれだけでもまともに行わない連中ばかりなのだから。

 

「……もしかして、セナも冒険者、か?」

 

 そしてドティルも間抜けな男ではない。セナの軽い返しから何かを感じ取った。黒エルフとなれば魔法に長け、何より流れる時間が違い過ぎる。

 

「んー、昔、少しだけ。でも今は違うし、また冒険者稼業に戻ることもないかな。だから、ドティルさんの話を面白いって思うのも嘘じゃない」

 

「……ホントか?」

 

「ホントホント。だからそんな顔しないでって。もう仕方ないなぁ、恥ずかしいけど話すよ」

 

 同じ業界人に、もしかしたら遥か年長者に、偉そうな講釈を垂れたかもしれない。ドティルはそんな不安に駆られたのだ。しかしセナの内緒話に興味もある。

 

「実はさ、私、血が苦手なんだよ。魔物の血なんて見るのも嫌だし、討伐証明なんて目を瞑って息も止めながら採ってたんだから。ううん、採ること自体やめたこともあったかな」

 

「採ること自体? いや、大体血が苦手って、何だよそりゃ」

 

「武器や防具も色々汚れてしまうけど、触るのも避けたいから整備が疎かになって……知り合いの鍛冶師にガミガミ怒られたり。だから冒険者もすぐに辞めちゃった」

 

 萎れた長耳から見て、本当のことと分かる。

 

「ク、クク……ハハハハハッ! そりゃ傑作だ!」

 

「笑い過ぎ……」

 

「ハハハ! はー、腹痛え。おっと悪い悪い、謝るよ……そうだ、じゃあ今は何をしてるんだ?」

 

「ん? 私は」

 

 占術師だよ。

 

 そう言って、セナは笑った。

 

 

 

 

 

 





キャラ紹介⑥

ドティル。
情報収集のため酒場を訪れたセナに声をかけて来た男。冒険者としては中堅で、それなりの実力者として知られる。言葉こそ荒いが根は真面目。セナへのナンパも仲間の冷やかしから始まっている。魔性の黒エルフセナの魅力にやられた犠牲者の一人。因みに、他にもたくさん居るらしい。

今回だけのモブキャラのはずが、描き易いし中々に面白いやつ。また登場するかも。容姿は特に書いてないので、二十代後半あたりの粗野な男をイメージしてください(丸投げ)
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