長生きTSダークエルフはひっそり暮らしたい〜今はごく普通の占術師なので、どうか放って置いて下さい〜 作:きつね雨
暗闇を抜けた先は真っ白な世界だった。
空もなく、地平線さえ認識出来ない。ごく普通の精神ならば発狂しそうな空間だが、白の姫はある一点を凝視していた。シャティヨンは今も昔も覚悟をしていて、クラウディアがそうなら慌てない。
「ミスズ、早くして」
≪はいはい。今行くわ≫
クラウディアの視線の先に現れたのは白くボンヤリした人影。見える線から成人の女性で、ぱっと見はヒト種のようだ。シャティヨンは、何となくエルフのような者と思っていたため、ほんの少しだけ眉を顰めた。
≪じゃあ長くなるから座って話しましょう。さ、どうぞ≫
次に現れたのは、椅子が四脚と大きめのテーブル。それを認めると、クラウディアはそそくさと席についた。とにかく早く話を聞いて、直ぐにでもセナの元へ向かいたいのだ。溜息をこぼしたザカリアと無表情のシャティヨンが続く。テーブルの対面にはすでに座った姿勢のミスズ。残念ながら表情などは見えず、白っぽいカタチだけのようだ。
≪……
「分かるの?」
≪まあね。私も上位精霊の一つだし。
「じゃあ早く」
≪でも足りないわね。セナちゃんに勝ち、そして助けるには」
その言葉に、シャティヨンは思わず声を上げた。
「何故ですか? セナは確かに素晴らしい戦士ですが、あくまで一介の黒エルフ。アダルベララの力を加えたとしても、今のクラウに勝ち目がないとは思えません」
≪勝つと言っても、ただ戦いだけを言ってないわ。ねえ、クラウディア。貴女にとっての勝利って試合でセナちゃんを負かすことかしら? ええ、そうね、そんな小さな話じゃない。例え世界で最も強くても、大切な者を喪ったなら負けを意味する。そしてそれは、私にとっても同じなのよ≫
ミスズの話し方に慣れているザカリアは、黙ったまま聞いている。だがシャティヨンも、クラウディアも、遠回しな話し振りに反論したくなった。それを察したのか、ミスズは話を被せていく。
≪誤解してるみたいだから言っておくわ。単純な戦闘においても、今のクラウディアだとセナちゃんに負けると思う。勝率はまあ、多く見て一割五分かしら。もちろん本気の、制限を無くしたセナちゃんに、だけどね≫
「そんなに? セナってそんなに強いの?」
何故かクラウディアは嬉しそうだ。それをウンザリした顔で見るザカリア。
≪そうね。エルフに分かり易い表現で言うと……セナちゃんは"黒の姫"よ。彼女自身に自覚は全くないけれど、そう呼ばれても不自然じゃない力を持ってるわ。精霊との親和性はエルフ種が勝るのが一般的でも、あの娘には関係ない。制御不可能とされる
フフンと、今度は何故か胸を張るクラウディア。ほら、私のセナは凄いんだから。そんな台詞が目に見えるようだ。ザカリアは眉間をグニグニし、無表情のシャティヨンすら天を仰いだ。
≪そんなセナちゃんに今もこれからも、
不吉な言い回し。クラウディアは視線を鋭くし、シャティヨン達も改めて聞く体勢に変わった。
そして、表情など見えないのに、ミスズが不安そうに俯いたのが分かる。
「説明して」
≪……セナちゃんは
異世界から落ちてきたことも、元の人生だって説明は出来なかった。いや、しても理解出来ないだろう。ミスズならば立場が似ているが、もう二度と二人は会えない。
≪望みもしない孤独を強いられ、いつも寂しい想いに駆られ続ける。生み出されるのは、より特別で強い怒り。それがあるからこそ"祝福"なんて必要なかった。でも、ある変化が起きたの。今から百五十年前のことよ≫
百五十年前。それを知り、シャティヨンもザカリアも、そしてクラウディアも理解した。避けられない運命が訪れたことを。
≪そう。セナちゃんは貴女に出会ってしまった≫
その言葉には複雑な感情が混ざっている。同情なのか、憐憫なのか、あるいは怒りか。判然としなくても、ミスズがセナを憂いているのは間違いない。
≪暫くしてアナタ達は愛し合い、互いを何よりも大切な存在だと思うようになる。孤独な世界から飛び立つ鳥ように、それはどんな心の変化だったと思う?≫
察した風のクラウディア。それを少しだけ微笑ましく眺め、ミスズは幸せそうに、悲しそうに伝える。
≪セナちゃんは初めて"心からこの世界を愛し始めた"の。白の姫が生きる場所だから、何よりも大事だって。そして、その気持ちは今も色褪せていない≫
その変化を知った
あの精霊がいつ祝福するのか誰も分からない。そして、もしその時が訪れたならば、セナは狂戦士と成り果てる。それがどれだけ哀しい結果を導こうと、それがあの精霊の愛し方なのだ。
◯ ◯ ◯
自分の所為なのかと、そんな風に責めているのだろう。そんなクラウディアの背中を摩り、シャティヨンも哀しそうな表情を見せている。ザカリアさえもそうだから、返すべき声を上げた。
「ミスズ。クラウディアを責める為に呼んだ訳じゃないはずだろう。白の姫とは言え、この娘はまだ子供なんだ。余り苛めないで欲しい」
≪そうね、ごめんなさい。そんな哀しそうな顔をしないで。私も、そしてセナちゃんも、アナタとの出会いを悔いたりなんて絶対にしてない。だって、クラウディアが初めてよ? セナちゃんに寄り添って生きることが出来る相手なんて。ね、だから説明させて?≫
慈愛溢れる言葉達をミスズは重ねていく。
今から五十年程度。
≪アダルベララをただ破壊しても意味がない。もう既に、あの精霊はセナちゃんの心に巣食ってしまったの。まず一番心配してるのは、祝福自体をセナちゃん自身が知ってしまうことよ。もしそんな事を知ったら……あの優しいセナちゃんだもの、想像出来るでしょう?≫
「……
≪クラウディアの言う通り、私もそう思う。この世界に、アナタに万が一危険が迫るなら、セナちゃんは決断してしまうわ。自らの罪だって、それが一番良い方法だって、ね。だから、まずはこの事実を絶対に悟られない事。これが最初の注意点よ≫
コクリとクラウディア達は頷いた。その懸念を十分に理解出来るからだ。あの黒エルフの善性に疑いなんて持っていない。
≪その上で、
今度は全員が怪訝な顔色になった。それも当然だろう。
「一体何を言って……」
≪但し、それは私達の手のひらの上で、時間も場所も
こんとろーる? 一瞬聞いたことない単語に反応しそうになったが、含まれる意味は理解出来たからか、そのままにシャティヨンが質問を続ける。
「意図的に起こすと言う事ですか? しかしどうやって」
≪大体は理解してるでしょ? セナちゃんはある理由から強力な未来視を持っている。だから、本当に可哀想だけど……心を揺さぶる方法は分かってるの。あの娘が見た遠い未来は、誰よりも大切な者の危機だったから。血、冬、雪、森、そしてクラウディア。アナタなら分かるんじゃない?≫
「……うん、分かる」
あの別れの朝、セナは突然叫んだのだ。もうすぐ冬が来る、と。つまり、何らの未来を知り、その条件にそれ等が含まれるのだろう。だからこそセナはクラウディアから身を隠すのだから。
≪今のセナちゃんは徹底的に避けてるわ。特に雪と森の組み合わせね。その場に、クラウディアのそばに自分さえいなければって。つまり、これがトリガーになる≫
またも意味不明な"とりがー"と言う単語だが、もう慣れたのかクラウディア達は反応しないようだ。
≪寒い地域には絶対に現れない。だったら無理矢理でも雪を降らせましょう。先ずは
「そんなに
≪
「では、どうすれば」
≪……悪いけど、ここから先は、アナタ達の受け取り方、判断に掛かってる。これ以上を伝えると、セナちゃんが知ってしまう危険があるの。さっきも言ったけど、彼女は私と同じ強力な未来視を持っているから。つまり出来るのは、幾つかある道の一つを提示することだけ。どう考え、行動するか任せるわ≫
正確に言えば、敵対者としての能力は非常に強力で、同時に厄介な危険を孕んでいる。
≪絶対にセナちゃんに伝わらないように≫
≪見られていると自覚し、全ての行動を隠して≫
≪一度だけ。一度だけ話すからよく聞きなさい≫
「炎」と「勇気」、そしてオーフェルレム。
世界の海に漂うヒト種の天才たち。
赤を纏う才女と青年。
全ての精霊は隠す事なく白日に。
老ドワーフが抱えた想いは結末を紡ぐ糸のよう。
黒い森で運命に踊る、セナを想う者達よ。
アナタ達は嘆き、苦しみ、倒れ伏す姿を見ることになる。それでも、優しく受け入れ、耐えなさい。
晒された精霊を結集し、哀しき絶望の淵へ旅立つ。
真円は描かれ、忘却の彼方。全てが混沌へ。
それでも悲哀を、勇気を、怒りを愛してあげて。
暗い夜の訪れた夕焼けに、真っ白な朝日が映ることを。