長生きTSダークエルフはひっそり暮らしたい〜今はごく普通の占術師なので、どうか放って置いて下さい〜   作:きつね雨

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53 愛された黒の姫

 

 

 

 

 《白の姫よ》

 

 クラウディアが立つすぐ横。そこにスタリと飛び込んで来たのは、巨大なオオカミの身体を持つ雪と氷の上位精霊(フェンリル)だ。正確に言えば分体であり、実体は遥か北にある森にいるらしい。それでも十分な精霊力を保ち、周囲では再び粉雪が降っている。

 

「なに?」

 

 《無駄とは知っているが、一応の忠告をしておく。()()()()怒りの上位精霊(フューリー)を止めることが出来るはずだ。完全に解放された後では手が付けられなくなるぞ》

 

 両膝を地面につき、両腕と顔をダラリと下げている。ずっと変わらない姿勢のまま、セナは動いていない。まるで眠っているかのようだ。

 

「止めるって?」

 

 《殺せ。お前たちに悲惨な結果が降り注ぐ前に》

 

「馬鹿言わないで。そんな事をしたら、アンタのいるあの森を焼き払ってやる」

 

 《全く……ではもう一つの忠告だ。つい先ほどから、再び氷の下位精霊(フラウ)が喰われ始めた。信じられないが、支配から抜けていっている。過去にも怒りの上位精霊(フューリー)の祝福を受けた者はいたが、あれ程に()使()するなど信じられん。セナは精霊使いとして稀代の才があるらしい》

 

「知ってる。教えたでしょ。私のセナは"黒の姫"。そうミスズが言ってたの」

 

 《ああ、そうだったか。さて、もう時間がない。ならばせめて力を尽くすのだな。言っておくが、傷付けずに止めるなどあり得ないと知れ。目を抉っても、両脚の骨を折っても、アレの精霊魔法は止まらんぞ》

 

 セナの、そんな姿を想像してしまったのだろう。クラウディアはギロリと雪と氷の上位精霊(フェンリル)を睨んだ。だが、反論はしない。仮に殺す気で戦ったとしても勝率は五分五分。それほどの強さを持つのが制限の無くなったセナだ。

 

 五十年を費やして来た。オーラブの仲間とシャティヨンを伴い、預言のままヒト種へ関わったのは、少しでも可能性を高めるため。

 

 《まだ分かってないな。これを見ろ》

 

「うそ……アナタでも形を保てない、の?」

 

 《ああ。この身体も長くは無理だ。だから、出来るだけのことをするとしよう》

 

 オオカミの身体はサラサラと、少しずつ崩れていっている。間違いない。セナと怒りの上位精霊(フューリー)に喰われているのだ。

 

「……ごめん。分体でも少しは痛いよね」

 

 《気にしなくていい、白の姫。ミスズが夢見た未来へ辿り着く事を願っている。では》

 

「うん、ありがとう」

 

 尖った口を器用に歪め、ニヤリと笑った。その後すぐ駆け出し、森の外縁方向へと消えていった。当たり前だが凄まじい速度で、強化されたクラウディアでさえ不可能な速さだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◯ ◯ ◯

 

 

「あ、あんなの……絶対に無理です! 近付いただけで死んでしまいますよ!」

 

「セウルス! 落ち着けい!」

 

「精霊力が……! いや、世界が、精霊そのものが」

 

「セウルス!」

 

 ベレルマンの声、そして叩かれた頬の痛みでセウルスは正気に戻ったようだ。

 

「ベ、ベレ爺」

 

「ワシらには何も見えん。映るのはチラつく雪と、森が燃えた後の煙くらいじゃ。まずは説明せんか」

 

 セウルスを心配そうに囲むのは赤の旋風の仲間たち。ベレルマン、イェン、そしてキーランだ。少し離れた場所でこちらを怪訝そうに見ているバイアの三名は、何が起きているか分かっていない。

 

 乗り合いでなく、専用の完全貸切の馬車で先ほど到着した。料金は当然に掛かるが、必要経費として依頼者が払ってくれる。そういう契約だから、最も早く目的地に着く方法を選んだ。

 

 遠くからでも(アーテル)の森に異常が発生しているのは分かっていた。そして馬車から降りてすぐ、セウルスの顔色が悪くなり、冷静さを失ったのだ。

 

「す、すいません……でも、あんなの、見た事もなくて。森全体が精霊力に包まれたように、ついさっき。でも、何も、分かりません。説明なんてとても」

 

「お主の精霊を感じる力、例の勘か」

 

 実際には"精霊視"と呼ばれる異能だが、彼等にその様な深い知識はない。なので、セウルスは精霊に対し非常に勘が良いと思われていた。

 

「とにかく、僕らヒトが触れて良いものじゃありませんよ。こんな装備なんて焼け石に水でしか」

 

 精霊に関わる危険を予見し、赤の旋風とバイアは装備類に魔力を帯びる特殊な付与を受けて来ていた。"街角に住まう占術師"が危険な人物か、あるいは守るべき対象なのか判断が出来なかったからだ。ただ、戦うだろう相手が凄腕で、精霊に絡む力を行使するのは間違いない。

 

 その為に高額の金を用意して魔力付与を受けて来たのだが……

 

「魔力が精霊力に拮抗するのは周知の事実じゃ。何も無いよりはマシであろうて。キーラン、どう思う?」

 

「我に精霊と生きる能力などない。だが、得体の知れぬ化け物がいる、だろうな」

 

 クォーターエルフであるキーランだが、精霊との親和性はほぼ失われている。だがそれでも、斥候としての能力に何かが引っ掛かるのだろう。

 

「先ずは(ワレ)が先行して情報を……むっ! 何か近づいてくるぞ! は、速すぎる! 逃げるのは無理だ! 警戒!」

 

 キーランの声に全員が武器を構えた。ドティルたちも同様で、恐怖を覚えつつも意気は衰えていない。

 

 そして現れたのは、巨大なオオカミだった。白に水色の混ざる体毛は美しいが、戦う前から負けを確信するほどの圧倒的存在感。片手直剣(バルトワセナ)を構えたセウルスの前にフワリと降りたち、そのまま動かなくなった。

 

「……まるで精霊? でも、身体がある……」

 

 その巨大な獣は四足をそのままに、セウルスたちを観察している。そして頷き、口蓋を開いた。

 

≪ヒトの冒険者たちだな≫

 

「「「喋った⁉︎」」」

 

 全員が驚き、そして少しだけ力が抜けたようだ。意思疎通が図れる相手な上に、話し口も優しく感じたからだろう。

 

≪そして、お前がセウルスか≫

 

「ぼ、僕を知っているんですか?」

 

≪もう時間がない。この身体もあと少しで消える。よく聞け。森の中心まで()()()()()。真っ直ぐに進み、戦いに備えよ≫

 

 いきなりそんな事を言われても。誰の目にもそれがあるのを知り、雪と氷の上位精霊(フェンリル)は彼らを揺り動かす名前を伝える。

 

≪セナ=エンデヴァル。彼女はその中心にいる。お前ならば()()()()()()。精霊力は白の姫が御するはず。だから、出来る事を≫

 

 そう言ったあと、オオカミの身体は雪に変わり、そのまま溶けていった。

 

「……き、消えた」

 

「セウルス、行こう」

 

「ドティルさん」

 

「セナの、レミュでのことは全部話した通りだ。でも、それでも俺は信じることにした。セウルスはどうだ?」

 

 セウルスは強く握ったままの剣に視線を落とした。セナの占術、優しい眼差し、精霊視への教え、そして彼女との出会いがあったからこそのバルトワセナ。老ヴァランタンは言ったのだ。どうか助けてやって欲しい。例えそのとき"敵であったとしても"と。

 

 だから何となく分かった。あの先にきっと、探し続けたシャティヨンもいる。セナは"今のまま頑張って"と占術で示してくれたはず。運命がそこに横たわっていても、それは決して定めではない。未来は拓かれているのだから。

 

「本当に……ドティルさん達が居てくれて良かったです。自分だけじゃ挫けてましたから」

 

「よせやい」

 

「行きましょう」

 

「おう」

 

 赤の旋風。そしてバイア。彼らは臆する事なく森の中心へと向かった。

 

 

 

 

 

 ◯ ◯ ◯

 

 

「陛下! アーシア姉様!」

 

 深刻な顔色の二人は振り返った。入室の許可も出していないが、レオアノが慌てているのも理解出来る。恐らくロッタ辺りから聞いたのだろう。いや、そもそもレミュの街中さえ噂が流れ始めたはずだ。

 

「なぜ動かないのですか! 南の森が燃えていると……街のエルフ達も精霊の仕業だと言っているそうです!」

 

 明らかな異常事態。なのに、こんな時こそ決断の早い父と姉が命令を発しないのは不自然だった。

 

「レオアノ……」

 

「姉様……? その顔、何か知っているんですね?」

 

 二人は基本的に仲の良い姉弟だ。レオアノはアーシアの複雑な顔色に何かを察した。

 

「……貴方には関係の無い事です。今朝から新たな教導のはずでしょう」

 

 だがアーシアは答えなかった。いや、答えられない。愛する弟が事実を知れば、無理矢理でも(アーテル)の森に向かうだろう。そしてセナが教えてくれた"一人城から抜け出す"という懸念が現実となってしまう。

 

「何を……ではせめて部隊を派遣してください! もし魔物や精霊の仕業ならば付近の民に危険が……陛下!」

 

「もう既に、乗り合い馬車等の通行は止めた。冒険者たちの活動も同様だ。だからお前は普段通りに過ごせ」

 

 はっきりとした拒絶。そして明らかな子供扱い。それを感じ、セナから諭されたあの夜が甦る。「ごめん。私は心に決めた相手がいる。キミはもっと世界を、ヒトを、多くを学んで。レオアノならきっと出来るよ」。そう話してくれた。

 

 ただ悔しくて拳を握る。自分には姉の様な知識もなく、ロッタのように強い剣技さえ手にしていない。魔法の才すらないのだ。

 

 そして、あのあと続いたセナの声が木霊した。

 

 "立派な、レオナの様な優しい王様になってね"

 

 だから、一度下げていた顔を上げ、尊敬する二人を見据える。

 

「僕は()()()()()()()。姉様の様に考えることも出来ない。でも、それでも、きっと初代女王レオナ様ならば迷わず走り出したでしょう。まだあの周辺に民が残されているかもしれません。早く保護しないと」

 

「レオアノ……立派になりましたね。でも、何も知らない貴方が……何も、知らない、レオアノ……古の約定……」

 

「アーシア姉様……?」

 

 いつもの様に深く思考しているようだ。そして何かに気付き、父レオンに視線を合わせた。

 

「お父様」

 

「アーシア。俺も同じ考えだ」

 

「良いのですね?」

 

「いつまでも城に閉じ込める訳にもいかん。それに、一人じゃない」

 

「分かりました。では、レオアノ」

 

「は、はい!」

 

「貴方のしたい事は何ですか?」

 

「そんなの決まっています! 少しでも早く、たくさんの者達に救援を!」

 

「良いでしょう。ロッタ! いますね!」

 

「はっ、此処に」

 

 柱の隅に控えていたロッタは膝をつき、頭を下げている。

 

「オーフェルレム王家として命じます。貴方と直轄の部隊全て、王子レオアノの指揮下に入りなさい。(アーテル)の森周辺の安全の確保と逃げ遅れた民の保護を」

 

()()()()()()()()()()()以外の場合は?」

 

「無論全ての者が対象です。()()()()()も関係ありません。陛下?」

 

「ああ。これは王命だ、ロッタ」

 

「はっ!」

 

「レオアノ」

 

「はい、姉様」

 

「貴方のやるべき事を忘れないで。皆の保護こそが大事な目的ですよ」

 

「もちろんです! よし、行くぞロッタ!」

 

 そうして走り去る弟を見送り、アーシアは思わず呟いた。

 

「お願い……無事に帰って」

 

 遠く南へ、祈る様に。

 

「幼き頃に救って頂いたレオアノは、また一歩大人になりましたよ、セナ様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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