長生きTSダークエルフはひっそり暮らしたい〜今はごく普通の占術師なので、どうか放って置いて下さい〜   作:きつね雨

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54 破壊者

 

 

 少しだけチラついていた雪が止んだ。

 

 そして、集まった皆の耳に何かが届いて来る。

 

 RiRiRi……

 

 それは小さな鈴音。

 

「ほんとに始まった」

 

 白の姫クラウディア、シャティヨン、オーラヴのエルフ。つい先程到着した赤の旋風や、バイア達オーフェルレムの冒険者へと。音色は少しずつ大きく、しかし間隔は短くなっていく。

 

「シャ、シャティヨン……アレがさっき言っていた?」

 

「ええ。セウルス、その通りです。先ほどの説明通り、セナの相手は白の姫と私がします。ですのでアナタ方はこれから惹き寄せられるだろう魔物達の足止めを。そして、絶対に円の外へ出てはいけません。我が姫の加護が届かなくなれば、誰であろうと怒りの上位精霊(フューリー)に喰われますよ」

 

 シャティヨン達はこの五十年をかけ、黒の森に生息する魔物を減らして来た。戦闘力が高い奴等が中心だったが、目立たないよう派手な戦いはしていない。それも全てこの日のため。厄介な魔物が怒りに捕まると、知能は低下しても膂力などが数倍に跳ね上がる。しかも()()()()()()()()()のだ。セナを相手するのだけでも綱渡りなのに、強力な魔物まで追加されては勝利など手に出来ない。

 

「鈴の音色の止まったときが合図となります。それが怒りの上位精霊(フューリー)の祝福が舞い降りた証。姿が現れ……つまり顕現したなら我等にも見えるようになる。では、もう一度確認します。冒険者の皆様、良いのですね? 逃げる機会は今だけですよ?」

 

 決死と言える戦いに挑むのだ。シャティヨンが問い掛けるのも当然かもしれない。

 

「逃げるなんて考えませんよ。それに……セナさんにはたくさんお世話になりました。老ヴァランタンとの約束だってありますから」

 

「セウルス、貴方には聞いていませんが……皆様も同じようですね。分かりました、御武運を」

 

 精霊視を宿す者だけは逃す気のないシャティヨン。彼の、自分へと向けられた想いを知らないので、かなり冷徹な判断と言える。彼女の全ての行動の意味は、何処までもクラウディアの為だけにあるのだ。

 

「では。クラウ」

 

「うん。アイツからの()()を防ぐ。だから絶対に、遠くに離れないで」

 

「は、はい」

 

 森を伐採し、円形の広場を作ったのはそれが理由だ。視界の確保、白の姫が力を及ぼせる距離の把握、そして黒エルフの特性を少しでも削ぐこと。ヒトやエルフを凌ぐ身体能力で森に潜まれたなら、見つけ出すだけでも至難となる。そして襲うのは最悪の、アダルベララの一撃なのだ。もしそんな戦いになってしまったら、大した時間も掛からず嬲り殺されるだろう。セナ=エンデヴァルと距離を離した戦闘なぞ、考えるのも馬鹿らしい。

 

 暫くのあいだ、真っ白な、現実から遊離したような美貌の横顔を眺め、セウルス達は固まっていた。しかしそれも終わったようだ。

 

「っ……鈴の音が」

 

 ゆっくりと、小さく鳴り響いていた音色が止まる。

 

「……! せ、精霊力がセナさんから溢れ出しました! あれだけ澄んでいたのに……どうしてあんな色に」

 

 膝立ちの姿勢から、顔を伏せたままのセナがユラリと立ち上がった。いつの間にか手にしているのは真っ赤な弓。

 

 クラウディア、シャティヨン、セウルス、そして冒険者の皆が構えを取った。誰もが緊張の色を隠せず、それは白の姫さえ例外ではない。

 

「クラウ……いよいよ()()が顕現しますよ」

 

 セナの右後ろ、ほんの少し上方。未だ顔だけ下を向く黒エルフ。彼女が手を伸ばせば届きそうな、そんな空間がゆらゆらと揺れ始め、そう時間も経たないうちに姿は明確になっていった。

 

 それは乱雑な、ボサボサな赤髪。

 

 衣服に見える何か。それは濃い霧のようで、肌にまとわりつく様に踊っている。

 

 少しだけ晒されている手足は細く、小さい。

 

「お、女の子……?」

 

 思わず呟いたドティルだが、次の瞬間には否定された。

 

 ゆっくり開かれた瞼の下は真っ暗な闇だった。暗黒としか表現出来ない色で瞳は染まっている。それを認めた皆にゾワリとした寒気が走った。

 

 そう、姿形は十歳にも満たない女の子なのに、その存在感は先程の巨大なオオカミすらも簡単に超えるのだ。

 

 その女の子……怒りの上位精霊(フューリー)は白の姫クラウディアにも目をくれず、ゆっくりとセナの背中に回る。そして細い両腕を首に回し掛け、小動物を愛でる様な優しい笑みを浮かべた。

 

 《ようやく()()()。私だけの愛し子》

 

 上位精霊が明確な意思を乗せて言葉にする。その一語一語にさえ膨大で濃い精霊力が宿り、耳にした者はその影響下に落ちてしまう。

 

「こんなに強い……っ! 耳を傾けちゃだめ! 悲哀の上位精霊(バンシー)! 早く、皆を守って!」

 

 セウルスを除き目には全く見えないが、ドティル達、赤の旋風の皆、精霊に近いシャティヨン等さえも怒りに喰われた。例外なく感じたことのない激情に染まり、動くモノ全てに破壊を齎す衝動に。しかしそこにクラウディアの凛とした声が響いたのだ。

 

 皆は直ぐに柔らかな灰色に包まれて、次いで深い哀しみが襲う。重なったその強い感情に全てを諦めかけたが、またも耳に届くのは白の姫の声だった。

 

「助けて。勇気の上位精霊(ヴァルキリー)。アナタの力を」

 

 クラウディアは明確な精霊魔法を行使。召喚など困難な上位精霊も、この五十年を賭けて克服してきた。だからこそ「願い」は魔法として顕れる。

 

「皆に挫けない心を! 戦うための意志を!」

 

 その精霊力を感じたのか、怒りの上位精霊(フューリー)はチラリと白の姫を見る。だが直ぐに興味を失ったように視線を戻し、セナをより強く抱き締めた。

 

 《本当に長い間よく耐えました。でも、もう、我慢なんて要らない。思うままに、()()()()()()()()()。さあ、願いを叶えましょう?》

 

「……始まる! みんな気持ちをしっかり持って! アイツの声を意識しないように!」

 

 精霊視を持つセウルスはセナの膨れ上がる精霊力に翻弄されつつ、それでも何とか正気を保つことが出来ている。いつの間にか下げていた剣を持ち上げ、再び前を向いた。そしてそれを認めた誰もが強化された精神を感じ、同じように視線を上げる。

 

 だから、ようやく見えたセナの瞳が、夕焼けを思わせた橙色がドロリと、怒りの上位精霊(フューリー)と同様に真っ黒く濁ったのを……全員が理解した。

 

 そして、それを認めたクラウディアは思わず視線を逸らしてしまう。いっときとは言え愛する者が失われた瞬間を、どうしても見詰める事が出来なかったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◯ ◯ ◯

 

 

 直ぐに精霊魔法が飛翔してくる。

 

 殺戮の魔弓アダルベララから、致命な矢が襲い来る。

 

 誰もがそう考え構えていた。

 

 クラウディアは全員の防御のため精霊達に願っていたし、シャティヨン達エルフも同様だ。赤の旋風は慣れたモノで、下半身から適度に力を抜き、いつでも回避出来るよう集中しているし、バイアの三名は距離を取って森の外からの第三者の乱入を警戒した。

 

 だが、予想に反して何も起きない。

 

 顔と、黒く濁った瞳を上空に向けたまま、セナは立ち竦んでいる。象徴であるアダルベララは左手に、しかし矢さえ取ろうとしなかった。怒りの上位精霊(フューリー)も抱き付いたまま愛おしそうにセナを眺めるだけだ。

 

「……何も、起きない?」

 

 ドティルは思わず呟いた。それはシャティヨン達も同様だ。

 

「クラウ? これは一体……?」

 

「ううん、私だって分からない。もしかして、セナは狂戦士(バーサーカー)に堕ちない、とか」

 

 そんな都合の良い、希望的観測をクラウディアは口にする。それならば傷付けず、何とか意識を奪ってしまえばいい。悲哀の上位精霊(バンシー)の力を借りてセナからアイツを引き剥がすのだ。

 

「……セウルス。何か見えますか?」

 

「えっと、たくさんの色が空に舞って行ってますが、何と言えば良いか……不思議と美しく感じます」

 

 雨上がりに浮かぶ美しい虹を見ている様に、セウルスは子供の様な瞳を輝かしていた。先程までの危機感など無かったかのようだ。

 

「空に……?」

 

 彼の言う"色"が精霊を示す言葉と理解出来ても、それが意味する事が何なのか分からない。白の姫でさえも、起きている現象を把握していなかった。

 

 だから全員がセナの真上あたりの空を仰ぎ見る。

 

 何も起きない。風も今は静かなもの。

 

「色が、精霊が消えていく……?」

 

 セウルスの独り言はシャティヨンへ届いた。

 

「……クラウ。よく分かりませんが止めましょう」

 

 眺めるのをやめたシャティヨンが白の姫へ視線を移した。クラウディアも当然と頷く。つまり、残念ながらセナとの交戦は避けられないようだ。森の上位精霊(エント)のミスズの言う通りに。

 

「今ならば……先ずは私が仕掛けます。クラウとセウルスはセナの動きと精霊魔法をよく見ていて下さい。何か気付くこともあるでしょう」

 

「うん。気を付けて。セナはホントに強いの。弓を使わなかったとしても」

 

「ええ」

 

 細剣(レイピア)を右手で構えたままに、シャティヨンは前へ駆け出した。

 

 

 

 

 

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