長生きTSダークエルフはひっそり暮らしたい〜今はごく普通の占術師なので、どうか放って置いて下さい〜   作:きつね雨

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55 先生と

 

 

 

 

 本当に怒りの上位精霊(フューリー)から祝福されたのか。霧を纏う様な少女の姿、そんな精霊が傍にいてもそう思えなかった。

 

 向かって来るシャティヨンに、セナが意識を向けている様に見えない。変わらずアダルベララは構えないし、精霊魔法さえ兆候がないのだ。あと数歩、そんな距離になっても動かない黒エルフに、思わず喉を震わせた。

 

「セナ!」

 

 そう、不意打ちなどしない。シャティヨンの、皆の目的はセナを殺す事ではないからだ。

 

 今までただ立ち竦んでいたセナは、首だけを傾けて向かい来る対象を眺める。真っ黒な瞳からあの夕焼け色は失われ、感情は全く映していない。やはり「怒り」に染まっている様にも見えないのだ。ほんの少し芽生えた恐怖心を抑え込み、シャティヨンはもう一度吠える。

 

「少しの負傷は覚悟を!」

 

 中遠距離を保たれたら、誰であろうとも勝ちを拾うのは難しい。それが"赤と黒(ルフスアテル)"と謳われたセナ=エンデヴァル。しかし彼女は距離を詰めるのを簡単に許した。

 

 大人しくしている理由は分からないが、これならやれる。先ずはアダルベララだ。あれを何とか手放させるか、或いは四肢に負傷を負わせて動きを鈍らせる事が出来れば。クラウへの攻撃の可能性が少しでも下がればいい。

 

 そんなことをシャティヨンは思考しつつ、赤い弓へ細剣を横薙ぎにした。

 

 アダルベララが左手から離れた姿すら幻視したその瞬間、視界には精緻に描かれたロズダマスク。前腕に装備していた竜皮革の籠手を剣の軌道へ差し込んで来たのだ。右腕を斬ってしまう、そう思ってすぐ不可思議な抵抗を受けて、腕に沿う様に剣が流れた。まるで風に踊る草木のように。

 

「なっ……⁉︎」

 

 さすがのシャティヨンも予想外だったのか、思わず驚きの声をあげてしまう。そのまま泳ぐ上半身、遅れて姿勢が崩れた下半身。

 

「危ない!」

 

 遠くからセウルスの声。シャティヨンはハッとして視界の隅から迫る銀光に気付く。

 

「くっ!」

 

 恐らく首か耳のすぐ後ろあたり、いつの間にかセナが握るナイフの狙いだ。喰らえば間違いなく致命傷となる。瞬時に悟ったシャティヨンは崩れた姿勢に逆らわず前転した。長耳に風切り音が抜け、ギリギリだったのは間違いない。

 

 雪で多少泥濘む地面にも構わず、ゴロゴロと転がり距離を取る。普段冷静で丁寧なシャティヨンからしたらかなり珍しい行動だった。

 

 すぐに立ち上がると剣を構え直す。セナは先程の場所から動いていないようだ。ただ無表情な顔のまま、左手にアダルベララ、反対側でナイフが一本。追撃の気配は今のところない。セナがその気なら、弓の一撃さえ可能だったはず。

 

「……一体何なんですか、今のは。いや、そもそも何故追撃が」

 

 狂戦士(バーサーカー)と化した者は血を求め、自らを顧みずに戦い続ける。そう伝承されているし、史実にも登場しているのだ。

 

 そして先程の防御。以前触った事もある竜皮革のあの籠手は、今は亡きエルジュビエータより贈られた見事な逸品だが、鍛え上げた剣技を流す様な不可思議装備では流石にない。

 

「シャティヨン! 防御の瞬間、両籠手に精霊が纏わりついてました!」

 

「精霊が……?」

 

 流石の精霊視。セウルス以外、この場に居る誰一人として不可能な、精霊そのものを見ることが出来る力だ。

 

風精霊(シルフ)、ですか」

 

 風精霊(シルフ)を捕まえ高密度に圧縮し、籠手の周りを高速で回転させているのだが、その様な技術はエルフの中に、いやこの世界に存在しない。しかし、正確な答えに辿り着けなくとも、剣を握っていた手から伝わる感触で推察したようだ。

 

 素肌でそんなことすれば皮膚は避け、痛みは相当なものだろう。しかし竜皮革は材料の名の通りに竜の皮を使っている。つまり非常に強固だ。重ねて言えば、今のセナは仮に傷付けられても痛みなど感じない。つまり、非常識で無茶苦茶な精霊の行使と言える。

 

「セウルスはそのままセナの観察を!」

 

 シャティヨンの危機を悟ってか、若き冒険者が飛び込んで来そうな気配を感じた。それ故の指示だろう。やはり精霊視は特別な異能なのだ。この僅かな時間でセナの行動の意味を少しずつ紐解いていくのだから。ミスズの預言には複数の要素が含まれていたが、彼の存在だけは絶対に外せない。そのために十数年前、セウルスの故郷を態々訪れたのだ。

 

 そして、今の接触で幾つかの想定も立つ。

 

「セナの目的はあくまで、アレ、ですね」

 

 セウルス曰く、セナの精霊の行使は空へ向かっているらしい。かなり高い位置で、彼女が集めた精霊力は消えていく。長いエルフ生でも聞いたことのない現象だ。

 

 佇む黒エルフの怒りは我等でなく、あちらへ。だからこそアダルベララも構えないし、追撃もないのだろう。

 

「ならば、こちらに向けて見せましょう」

 

 正直な話、本気のセナの攻撃と、怒りの上位精霊(フューリー)の意思を直接受けるなど勘弁願いたい。今もまだ勇気の上位精霊(ヴァルキリー)による精神強化が効き、悲哀の上位精霊(バンシー)の守りがあろうとも。

 

 姿勢を低いまま二歩、そして三歩踏み込み、四歩目と同時に膝辺りへ細剣(レイピア)を突き入れた。この高さならば籠手による防御も難しいだろうと判断した為だ。ある意味予想通りにソレは行われず、セナはピョンとその場で飛び上がり躱した。しかし恐ろしいことに、その足の離れた地面から、幾本もの土の槍が襲い掛かる。

 

「……っ!」

 

 一瞬で目の前に迫り来た。それでもシャティヨンは精霊魔法の数本を見切り、残りは無視する。右肩、左脇腹に裂傷が走るが、それは想定内。走る僅かな痛みを意識の外に追いやり、視線を無理矢理に上へと向けた。

 

 その先、宙に浮かんだ様に見えるセナはアダルベララを構えている。いつの間にか装填された矢の先は、真っ直ぐにシャティヨンの眉間を狙っていた。

 

「しっ……!」

 

 小さな裂帛。躱すこと、自らを守ること、それを捨て愛剣を下段から斬り上げる。この瞬間ならばあの赤い弓へ攻撃が届く、と。

 

 ほんの数瞬、シャティヨンの覚悟が勝ったのだろう。剣先が弓柄の下辺りに触れ、ガツンと音が弾ける。同時にアダルベララは揺れて、放たれた矢は顔のすぐ横を通り過ぎていった。余りに正確な狙いだったために、ほんの僅かなズレが効いたのだろう。

 

「魔弓め!」

 

 我が姫のため、セナは必ず返して貰う。そんな内心のまま、身体を捻った。剣を振り上げた力の流れを利用した後ろ回し蹴りだ。体勢は崩れ、まだ地に足もつけていないセナは、シャティヨンの蹴りを全く防ぐ事が出来なかった。先程より強い衝撃が赤い弓柄に、そして黒エルフへ通る。

 

 腹あたりからくの字に曲がり、セナは真横に吹き飛んだ。

 

 シャティヨンは凄まじい細剣の使い手だが、何よりも戦闘の才こそ頭抜けたエルフ。若き頃の才気溢れたエルジュビエータも到達出来ず、白の姫や精霊視のセウルスにさえ教えを説いた女性だ。

 

 たとえ剣でない蹴りとは言え、まともに喰らえば内臓に損傷が起きるほどの威力だった。

 

 弾き飛ばされたセナは地面をゴロゴロと転がり、うつ伏せに止まる。そしてそのまま動かない。

 

 だが。

 

「今のでは……ダメでした、か」

 

 一撃を加えたシャティヨンの表情に安堵の色は皆無だ。足から伝わった感触に、あの弓を折った実感が伝わらなかったのだろう。本来の意識を失おうとも、セナの長い冒険者の経験が助けたのか。

 

 そして案の定、ゆっくりと、ゆらりと立ち上がる。今も紅い弓を手放さない、暗闇の瞳を宿す赤と黒(ルフスアテル)だ。

 

 すると、ケホとセナは一度咳をした。ツツと口元から流れたのは一筋の赤い血。しかし痛みに襲われている様には見えない。

 

「……守るのは身体でなく、魔弓を」

 

 言い伝えと違い、今のところ暴れ回りはしていない。しかし怒りの上位精霊(フューリー)に祝福された者は例外なく狂戦士(バーサーカー)へと成り果てるのだ。痛みなど気にもせず、ただ破壊を尽くすのみ。つまり、自身の負傷のことなど頭にも浮かんでいない。

 

「セウルス。精霊の流れはどうですか?」

 

「あっ、はい! 確かに、一瞬ですが僅かに弱まりました! 空に向かう精霊力は間違いなく!」

 

「そうですか」

 

「でもシャティヨン、怪我が!」

 

 先程のセナから放たれた精霊魔法で、肩と脇腹に血が滲んでいる。その心配の声を無視して、シャティヨンは佇んだままの真白の姫へと語りかけた。

 

「まだ怒りの上位精霊(フューリー)の力の片鱗さえ不明。様子見をしたいところですが……クラウ」

 

「分かってる」

 

「この感じ、近接戦闘で我等が同時に掛かれば十分に勝機があります。まだ大人しい今のうちに、セナの弱体化を」

 

「シャティヨンも分かってるよね?」

 

「もちろんです。怒りの上位精霊(フューリー)を何としても引き剥がしましょう」

 

 そのための方法も分かっている。何とかして弱らせ、あとは悲哀の上位精霊(バンシー)の力を借りる。セナがアレの祝福を受けているように、クラウディアは灰色の精霊に強く愛されているのだから。

 

 今まで動かなかった白の姫は、ゆっくりと、前へと歩いて行った。

 

 ()()()()武骨とも言える巨大な大剣。凄まじい重量だろうに、まるで感じさせない。セナと出会った頃は片手半剣だったが、更に厚みと長さを増した様だ。

 

 そして、雪の様に降り積もった気持ちを言葉に紡ぐだけ。

 

「セナ。ううん、()()()()。こんな再会なんて全然望んで無かったけど……でも、ようやく本気で戦えるね。私がどれだけ強くなったか見てて」

 

 返事はない。しかしセナは……チラリと視線を向けてくれた。

 

 

 

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