長生きTSダークエルフはひっそり暮らしたい〜今はごく普通の占術師なので、どうか放って置いて下さい〜 作:きつね雨
分体は消滅しようとも、
だから、空間を漂うほんの僅かな
「みんな。苦しいだろうけど、あと少しだけ頑張って」
支配力を行使せず、それでも白の姫は精霊魔法を現出させる。パキパキと音を立てながら、生み出されたのは小柄なクラウディアと同じくらいあるだろう氷の柱だった。
ブォンと大剣を一度振り、続いて酷く軽々しく横薙ぎした。目の前の、真っ直ぐ天に向かって聳えるソレは、一撃で粉々になる。それだけしか振っていないが、現れたのはキラキラと光る氷の粒たちだ。クラウディアの周りを漂う美しい光景に、正常な意識のセナであれば「ダイヤモンドダストみたい」と呟いただろう。
「
指向性を持ったソレらは一斉に目標へと殺到した。グワリと牙を向く獣の様に、セナが持つ赤い弓へと。
美しい輝きを放つ氷の粒が一つ、二つ、そしてたくさん。アダルベララは水色に澄んだ塊に包まれ、竜皮革の籠手、そして肘の上辺りまでを凍らせていく。それでも、ずしりと重くなっただろう腕から先を無感情に眺め、セナは動かない。
一方のクラウディアの視線が向かう先は違った。愛する黒エルフより少しだけ上方、未だ首から肩にしなだれ掛かる少女の姿をしたアイツだ。
そう、顕現してから後、ずっと我慢していた。
ギリと歯を食いしばり、そして叫ぶ。
「さっきから勝手に……セナに触れるなぁ!」
吐き出されたのは燃える嫉妬と独占欲。自分だけの、小麦色した肌に触れられた
強く踏み出したたったの一歩。まるで宙を舞う精霊のごとく、先程のシャティヨンと比べ物にならない。一瞬に思える時間で到達し、手にある大剣で
弾け砕ける激しい音と共に剣は跳ね上げられる。氷の塊と化した腕を振り上げ、セナは一撃を防いだのだ。そしてそのままに身体をぶつけて来る。クラウディアは思わず抱き締めたくなったが、戻した大剣で迎え打った。鍔迫り合いが始まり、本来であれば拮抗すらしないはず。しかし黒と白は全くの互角で、ギリギリと競い合う。
二百年前のセナならば簡単に押し負けただろう。しかし今は
クラウディアのすぐ目の前に、幾度も夢で見た愛する黒エルフがいる。忘れることなど出来ない橙色の瞳は暗く沈んでしまった。それでも……焦がれて、焦がれ続けて、体と心に焼き付いた姿が。
だから、今は無駄と知っていても、無意識に唇は動いた。
「セナ! 私は此処にいるよ!」
心の中。ありきたりの言葉はどれだけ陳腐だろうと、決して廃れたりしない。出会ってから二百年、この想いは何も変わっていないのだから。
精霊達に願う。もっと力を、戦う力を、と。
拮抗していた力の天秤は傾き、一気に弾けた。ガツンと再び鈍い音、仰け反るセナ、更に砕けた氷。姿勢は崩され先程の様な防ぎ方は出来ない。今度こそ届いたのだ、憎っくき精霊に。
「お前さえ、お前さえいなければセナは……!」
もっと幸せでいれたのに!
ズバと
物理的な攻撃で上位精霊は死にもしないし、消滅もしない。しかし相手は精霊の愛し子である白の姫。一時的ならば影響を及ぼせた。だからだろうか、少女然とした精霊はクラウディアに視線を合わせ、ゆっくりと空に溶け出して行く。セナを慈しむ表情に変化はなく、それでも
そして、そのまま話しかけて来る。かの精霊が祝福を受けた者以外に言葉を向けるのは、間違いなく歴史上初めての事だが……それを成した白の姫は誇る事もない。
《アナタの怒りを感じる。でも、
カッとなる。クラウディアは基本的に短気だし、感情を抑える方法を知るほどに成熟だってしていない。
「だまれ!」
下から斬りあげた。岩さえも、錆の竜の鱗すら紙のように切り裂く剣技が襲う。股の間から肩まで両断されると、
《セナの
心からの望み。それに興味を惹かれた瞬間、クラウディアの精神は強い怒りに満たされた。その怒りは相手ではなく、セナの苦しみを確かに理解していない自らに向かう。一瞬で意思を失いかけるが、内面に影響する上位精霊との関わりには幾度かの経験があった。そう、
そしてこれも、
「……私なら大丈夫! シャティヨン!」
「ええ!」
今、一時的とは言えアレを引き離したのだ。
あとはセナを動けなくすれば良い。そして、勝敗が決する瞬間、再び
「少し痛いかもしれないけど……あとで謝るから」
自身に祝福を与えた怒りの象徴、そんな少女の姿が消えたからなのか、先程まで興味を殆ど示さなかったクラウディアをセナは眺めている。その真っ黒な両眼で。
「だから教えてよ。あんなに私を愛してくれたセナが、それでも言葉にしなかった"心からの望み"ってなに?」
再び、愛し子の元へ集うのは"怒り"を除く数多の精霊たち。そんな真白の彼女が願っているのだ。目の前に佇む黒エルフに、答えを示せ、と。
「あの冬の朝の再現。さあ、そのアダルベララで私を射抜いてみせて。このまま立ってるだけじゃ、セナは負けちゃうよ?」
ピクリと無言のセナが震えた。長い両耳もプルプルと二回揺れる。そう、白の姫から溢れ出た精霊力が足元から這い上がり、腰から胸、両腕と首へ。もしセナに正常な意識があれば、ググと強く抱き締められて、拘束されたように感じるだろう。
そしてそれは、
身動ぎした後、セナは上空に視線を送ったようだ。流していた精霊力が完全に途絶えたと理解したのだろう、その瞳を再びクラウディアやシャティヨンに戻す。ボソボソと何かを呟きながら、今日初めて見せた感情を宿して。
それは、怒りだ。
「ジャマ、ヲ……ス、ル」
「ゼン、ブ」
「ジャマヲスル、ナ、ジャ、マヲ、ス」
「コロス、コロ、ス」
史実に記された通りの存在へ、セナが堕ちようとしているのが分かる。例え狙い通りだとしても、やっぱりクラウディアは悲しかった。
「シャティヨン、皆に警告を。
「はい」
前を向いたままのシャティヨンはゆっくりと後退していく。その行き先は、見学、いや実際には手出しさえ出来なかった二組の冒険者パーティ。セウルス率いる赤の旋風と、ドティル達三名のバイアだ。
「シャ、シャティヨン……」
「セウルス。空への精霊力の流れは止まりましたか?」
「は、はい。あれはやっぱりクラウディアさんが?」
「ええ。かなりの力技ですが、白の姫ならば不可能ではありません。さて、ここからです。間も無く我を完全に忘れたセナに吸い寄せられ、魔物どもが此処に集まって来るでしょう。皆様には、決着がつくまで、何としても波を防いで頂きたい」
幾ら事前に説明を済ませたとは言え、ヒト種の世界に生きる彼らには関係ない戦いなのだ。間違いなくセナ=エンデヴァルを助け出す為の行いであっても、眺めていただけの男達に全ての理解は難しい。
しかしそれでも。
「
セウルスが握るのは黒く輝く片手直剣。
シャティヨンはチラリとそれを見た後、コクリと頷いた。
「非力だろうがバイアだって戦うぜ。赤の旋風に雇われたパーティだしな。それが無くても、俺たちはセナに命を救われて、まだ返せてない恩がある。なにより」
「なにより?」
「セナに惚れちまった弱みってやつだ」
ドティルは真面目な顔で言葉を結んだ。一方のシャティヨンには珍しく、ほんの少しだけ驚いた表情。
「な、何だよ。例え異種族だろうと文句は言わせ……」
「……忠告しておきます。それをクラウの、いえ、白の姫の前で言わない方が良いですよ。悲惨な目に遭いたくなければ」
シャティヨンは、僅かな微笑と不吉な台詞を残し、再び戦場に戻っていった。