長生きTSダークエルフはひっそり暮らしたい〜今はごく普通の占術師なので、どうか放って置いて下さい〜   作:きつね雨

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57 剣と弓

 

 

 

 

「ジャマ、スル」

「ジャマ、ヲ」

「ジャマヲ」

「ス、ル、ナァ!」

 

 憤怒。

 殺意。

 

 祝福した精霊に見合う感情が、片言の濁った叫びと共に放たれた。真っ黒な瞳は鋭利に尖り、金糸の髪はザワザワと蠢くように踊る。

 

 そして一度の瞬き。その一瞬で、殺戮の魔弓アダルベララは狙いを定めていた。セナの右手指は矢羽根を掴み、鏃に至っては只の点だ。一寸の狂いなく狙われているため、長いはずの矢はクラウディアからそうとしか見えない。

 

 一射。

 

 セナの手元で弾ける音より速かった。

 

 だからゴインと、クラウディアの手元へ鈍い衝撃が伝わる。あまりに正確で、分かり易い急所が狙いだからこそ、分厚い大剣の腹で防ぐのは容易だったのだ。ただ、伝わった威力は想像より遥かに重い。恐らく、太い丸太であろうと根本から叩き折ってしまう威力だろう。

 

「くぅ……!」

 

 防ぐに任せ距離を縮めるつもりだったが……一歩、そして二歩も後退りしてしまった。重い二射目は直ぐに来る。構えから放つまで、セナはあっさり省略してしまうのだ。それであの威力なのは彼女の腕か、アダルベララの持つ力か、あるいはその両方か。

 

 身体を横向きにして見送ったあと、三射目は既に放たれていた。これは間に合わないと知っていたか、土精霊(ノーム)による分厚い土壁が目の前にそそり立つ。直ぐに、一本の矢が生み出したとは思えない爆発が起きて、土の守りは粉々になった。

 

土精霊(ノーム)、ありがと」

 

 防御は成功。誰かが白の姫と戦う時、数多の精霊達を相手にすることと同じ意味になるのだろう。

 

 そしてやはり、赤と黒(ルフスアテル)と距離を置いた戦闘は余りに不利と分かる。今の防御も紙一重で、クラウディアでなければ死んだことすら自覚出来なかっただろう。

 

 開けた視界の先、セナの側面に迫るシャティヨンの姿があった。四射目が無かったのはその為だ。

 

 極限まで、長きに渡り鍛え上げた刺突は、シャティヨンと細剣(レイピア)を一本の銀糸に変えた。その先端は真っ直ぐに黒の姫へ。狙いは恐らく右肩か腕。魔弓をこれ以上好きに使わせるのは悪手でしかない。

 

 流石のセナもこれは躱せなかった。ほんの少しだけ傾けた肩辺りを細剣が抉り、切り裂かれたのは衣服と褐色の肌だ。赤い鮮血が飛び散り、空に舞うのが見える。

 

 だが、痛みに耐える悲鳴も、肩に手を添え蹲りも、しない。残った左手にはいつの間にか抜かれたナイフがあり、手首の捻りだけで飛ばしてきた。制限のなくなった膂力のため、動きの小ささに反した速度。

 

「……っ!」

 

 ギリギリだ。ピッと頬に赤い線が走り、続いて流れ出る血液。避ける為にセナから視線を切ってしまったが、シャティヨンは本能と鍛錬で積み重ねた勘に任せてレイピアを斬り上げた。予想通りに握った愛剣から衝撃が伝わる。構え始めたアダルベララに接触したのだろう。

 

「このまま……!」

 

 追撃を。何としても意識をこちらに向けさせなければと、シャティヨンは力を込める。

 

 先程の、クラウディアへの三射を見た時は寒気が走った。あのような攻撃を続けられたら、いかな白の姫といえど逃げきれない。

 

 一撃を与え、距離は殺せた。あとは魔弓を自在に使わせないために接近戦を続けるだけ。視界の隅には急速に近づいてくるクラウディアがいる。

 

 確かに強い。冒険者から長い期間離れたとは思えない戦闘能力だ。

 

 だけれど。我等を同時に、この距離で相手するのは無理でしょう? そんな風に勝利が見えてきたとき。

 

 いきなり、セナを中心にした突風が発生した。余り凄まじい風の為、黒の姫は耐えられない。女性としては背の高い大柄な黒エルフだが、そんな身体は一気に吹き飛んだ。

 

 エルフとして、それが風の下位精霊(シルフ)の仕業だと分かる。分かるが、精霊魔法としてもかなり乱暴な行使だろう。そのまま遠い場所にセナは叩き付けられ、一度二度と地面から跳ねたあと止まった。あれでは骨の数本が折れてもおかしくない。

 

「クラウ! 何て無茶を……」

 

 あれ程の行使、精霊力、速度、威力。白の姫らしい魔法と思ったが、そのクラウディアまでが驚愕の表情を隠せていなかった。隔絶した美しい相貌は僅かに歪み、綺麗な青の瞳も見開かれている。

 

「……まさか」

「私じゃない!」

 

 シャティヨンは慌てて飛ばされたセナの方を見た。

 

 ゴキと外れた肩を戻す音。頬と顎は擦り切れ、血が滲む顔を上げる。左手の薬指は折れていて、逆側に曲がってしまっていた。それでも、セナは膝立ちの姿勢を保ち、アダルベララを無表情のままに構えている。いや、ギリと歯を食いしばっているのは持つ怒りからか。

 

 殺された距離を再び離すための精霊魔法。分かっていても理解は難しい。下手をしたら死ぬかもしれない攻撃を自分に向けるなど、正常な精神を持つ者ならば不可能だろう。

 

 しかしセナは怒りの上位精霊(フューリー)に愛され、祝福を受けた黒エルフ。狂戦士(バーサーカー)に常識など求めるだけ無駄だ。

 

 セナの動きは何故かゆっくりに感じた。もう既に、指から自由になった矢が真っ直ぐに向かって来ている。なのに、シャティヨンの身体は酷く重い。いや違う。あの弓に恐怖を覚え、時間的感覚が狂っているのだ。

 

 今度は躱わせない。

 

 死ぬ。

 

 シャティヨンは思った。実際には僅かな瞬間で、致命的な、死を運ぶ鏃はもう目の前。

 

「だめ!」

 

 躍り出たクラウディアは真横に大剣を振った。即座に発生したのは水の下位精霊(ウンディーネ)による透明な液体で出来たうねりだ。大海で荒ぶる波のごとく、宙を進む矢は呑まれる。同時にシャティヨンも巻き込まれたが、魔弓の力は届かなかったようだ。

 

「うぅ、う、あぁ!」

 

 精霊の叫びが聞こえたのか、クラウディアも呻いた。それでも、白の姫は願う。そして、優しい水の下位精霊(ウンディーネ)はそれに応えてくれた。物理法則をあっさり無視する大波はグニャリと曲がり、そのままセナ=エンデヴァルの元へ殺到する。

 

 ザァと水色した波に消えたセナは、円形に削られた森の跡地ギリギリまで流された。あれでは呼吸もままならないだろう。暫くは動けないはずだ。

 

「シャティヨン! 大丈夫⁉︎」

 

「ケホケホッ……ケホ」

 

「シャティヨン!」

 

「……大丈夫、です」

 

 駆け寄り支えた白の姫は、心の底から安堵した。

 

「良かった……! もう間に合わないって……」

 

「ありがとうございます、クラウ。セナは?」

 

「あっち。多分動けなくなって……」

 

 ユラユラと、少しずつ低くなる波の向こう側が赤く揺れている。

 

「……喰われていく。水の下位精霊(ウンディーネ)が」

 

 殺戮の魔弓アダルベララに精霊力を浴びせると、対となる力を宿した精霊矢を生成する。そう、無限に。懐かしい二百年前、クラウディアは見せて貰っていた。オーラヴ村のほど近くで、まだ知り合って間もない頃の話だ。今もキラキラ輝くその記憶は薄まる事もない。

 

「まだまだ、ですね」

 

「……そうみたい」

 

 シャティヨンは立ち上がって細剣(レイピア)を構える。大剣を地面に突き刺し、視線鋭いクラウディアも。

 

 段々と、水色は赤に染まっていった。

 

 

 

 

 

 ◯ ◯ ◯

 

 

 

「む、無茶苦茶だろ」

「飛び込まなくて良かったな……」

「ああ」

 

 エルフの女性達の戦いを眺め、ドティル達は茫然自失の状態だった。あれが弓と剣が生み出す世界とは到底思えない。人外魔境とは正にいま、この黒の森の中にある。

 

「長い歳月で鍛えられた技とはここまで……凄まじいモノなんですね」

 

「セウルス。アレら化け物どもと一緒に考えるでないぞ。あのような戦いなど想定するだけ無駄よ」

 

「キーラン」

 

 セナ達は常識外に過ぎる。それを知ったセウルスの呟きに、クォーターエルフのキーランが答えたようだ。

 

「ふむ。確かにあの様な戦闘は早々見れるものではないのぉ。寿命が縮む思いじゃ」

 

 老魔法士のベレルマンも同様に慄いていたが、年の功か冷静さを失ってはいない。すぐ後ろに立つ両手斧使いのイェンは無言で頷いていた。

 

「シャティヨンが僕達を遠ざけた時は納得出来なかったですが、あれでは無理もないですね」

 

 セウルスの驚きは、幼き時に知らなかったシャティヨンの全力と、白の姫の膂力や速度だった。だが何よりも、セナ=エンデヴァルの圧倒的戦闘力。あれほど強力なエルフ達を一度に相手しながら、弓だけで互角以上の戦いが可能とは。セウルスやドティルからしたら、彼女は一介の占術師でしかなかったのだから。

 

 あの場でセナの標的であったなら、バイアの三人はもちろん、赤の旋風であっても逃げ切れない。そう思えるほどの力を見せられた。そして何より、膨大な精霊力の乱舞。それが精霊視を持つセウルスに恐怖を植え付ける。

 

 気付けば手足は震え、心でさえも同じように。

 

 それでも、逃げたりしない。

 

 硬く握った手の中に、老ヴァランタンから託された剣があるのだ。自ら名付けたその銘を裏切る事なんて、セウルスは絶対に許せなかった。

 

 何よりも、周りには仲間達がいる。

 

「……僕達に出来る事をしましょう。魔物の気配が増えて来ました。間もなく此処に集まって来ます」

 

 彼女達だけの舞台に余計な演者など不要。その気持ちを乗せて、皆に視線を合わせる。

 

「そうじゃな。依頼を果たすとするか」

「無論よ」

「ん……」

 

「バイアの皆さんも」

 

「まあドティルみたいなバカを一人置いていったら周りに大迷惑だしな。だろ、ヨヒム」

「ふん、珍しくヒューゴと話が合ったな」

「お、お前らなぁ! 後で覚えてろよ!」

 

 イェン以外の冒険者達は……森の外に向かって、高らかに吠えた。

 

 

 

 

 

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