長生きTSダークエルフはひっそり暮らしたい〜今はごく普通の占術師なので、どうか放って置いて下さい〜 作:きつね雨
最初に姿を見せたのは獣型に類する魔物達だった。森だけでなく、あらゆる場所で見つかる連中で、同時に脅威度は高くない。つまり、赤の旋風ほどに高位でなくとも十分に戦える相手だ。その数が正常の範囲内ならば。
しかも武装する冒険者達へ警戒もなく、ただ突進してくる。
「ばっ……! 何だよあの数は⁉︎」
だからドティルの叫びも当たり前だ。
「さっきの威勢はどうした! 前衛、詠唱時間を稼げい!」
「ベレ爺! 十歩後退を!」
「分かっとる! デカいのを喰らわすから頼むぞ!」
セウルスの指示通りにベレルマンは下がり始める。魔法の詠唱をブツブツと続けながら、しかし冷静さは失っていない。赤の旋風の中にあり最強の剣士を信頼しているからだ。そして直ぐにそれは証明される。
ごく最近手に入れた片手直剣は通常の剣身よりかなり長い。それを軽々と操り、セウルスが一瞬で倒したのは四頭。その全ては胴体と頭が分離していて、精霊による怒りに染まろうと死を迎えた。そしてそれを誇る事もなく、老魔法士の前で立ちはだかる。息も切らさず、その剣技は止まらない。
「
「簡単に、言ってくれ、るぜ!」
聞いた通りであるが、それを行うのは容易じゃない。ますます磨きの掛かったセウルスの腕、何より真新しい剣の鋭さ。あれが噂に聞く"魔法剣"かと驚くばかりだ。
流石に同じようなことはドティルに難しく、それでも何とか魔物の群れを押し留める。大きく剣を振り、声を上げ、少しでも牽制するしか方法はない。
「おらぁ! こっちだ!」
バイアの最大火力であるヒューゴのために、時間と場所を用意するのが前衛の役割だ。だから目立つよう立ち回る。同時に、全体の動きにも指示を出して行った。
「ヨヒム! 左を! 抜けちまうぞ!」
「ああ!」
ヨヒムは遊撃を得意とし、撹乱はお手のもの。知能の低い獣型ならば誘いにも簡単に乗ってくれた。
「イェン。我等も負けてはおれぬぞ」
キーランの声に大男のイェンは無言のまま頷く。長大な両手斧を振り被り、魔物の群れへと突進して行った。それに小柄なキーランが続き、投げナイフでハグレに攻撃を当てていった。
普通の魔物ならば怯み、足や手を止めるほどのダメージだが……怒りに暴走した奴等は全く止まらない。だが、事前に聞いていたから慌てたりしなかった。一時的に惑わすことが出来れば、イェンやセウルスがトドメをさせる。
そして、その時は来た。
ベレルマン、そしてヒューゴの魔法が発動する。偶然か、全く同じ火炎の魔法は群れのど真ん中で破裂した。
真っ赤な炎が立ち上がり、周囲に散る。精霊魔法と原理は違っても、生み出される現象は相応しい破壊だった。
「よっしゃ! ベレ爺、ヒューゴ、続けてくれ!」
言われるまでもなく、二人の魔法士は再び詠唱に入っていった。
これなら何とかなる。そう思ったドティルだが、同時に気付いた。さっきまで遠巻きに並んでいたエルフ達の姿がない。美貌のエルフ少女と同じ村から来たらしい連中だ。
「先に奴等が減らしてる……?」
その想定は正しい。白の姫にオーラヴ村から同行してきたエルフは、数こそ少ないが腕前はその辺の冒険者を軽く凌ぐ。ましてやクラウディアの旅に長年ついて回った女性たちだ。セナやシャティヨンに及ばずとも、実力に疑いなどない。
ドティルの視線の先で荒ぶる爆炎、そして倒れ伏す魔物ども。セウルスに至ってはかなりの量を討伐せしめていた。
「これなら意外にいけるかもな」
直ぐ横に戻っていたヨヒムは、余計な事をと顔を向けた。
「馬鹿野郎。お前がその台詞を吐いたら」
碌なことにならない。過去の経験から、嫌と言うほどに知っていた。離れた場所で魔法を必死に放つヒューゴがもし隣にいたら思い切り口を塞いだだろう。
「セウルス! 上を見るんじゃ!」
ベレルマンの指摘を受けるまでもない。視界の隅で既に捉えていた。真っ黒で硬い羽毛、凄まじく巨大な身体、鋭い嘴と爪。たった一体でも高位のパーティを求められる魔物だ。
「やっぱり、あれはネブカハ……!」
しかも二体。今はまだ誘われただけなのか、ぐるぐると上空で羽ばたいている。しかし怒りに濁った眼は十分に見てとれた。いずれ下方に視線を移し、その獰猛さと凶悪な力を降らすだろう。
奴等だけならバイアと協力体制を敷けばギリギリ何とかなる、かもしれない。だが、まだ獣型の群れは残っているのだ。
あれほどの魔物には、弱い魔法はもちろんのこと、ただの弓矢も弾かれるし、何より命中させるのが難しい。地面にいるなら剣が届くが、大人しく待ってくれるはずもない。
だから、それを理解するセウルスから明確な指示が飛んだ。
「キーラン! 下がって火矢の準備を!」
「うむ」
「イェンはヒューゴさんとベレ爺を頼みます!」
ドスドスと走り、イェンは魔法士達のそばで構えを取る。
「ドティルさん! ヨヒムさん!」
「お、おう!」
「申し訳ないですが、牽制しつつ囮役に」
「……任せろ!」
残るセウルスの役目は既に決まっている。怒りに任せたネブカハを、瞬時に殺せるのは彼しかいないのだから。無理矢理でも隙を見つけ、その剣を叩き付けるのだ。
クラウディア達と同じ、決死の戦いが続く。
◯ ◯ ◯
「あれは……」
クラウディアは思わず呟いた。
「まさか……⁉︎」
クラウディアは続けて叫ぶ。
爆発、いや噴火と言って良いかもしれない。一気に噴き出したのは溶けた地面の成れの果て。行使者のセナさえ覆い尽くすように、真っ赤な波となって拡がっていった。そう、必死に戦うセウルス達のいる場所へと。
「行ってください!」
「で、でも、シャティヨンだけじゃ」
「少しの時間くらい稼いで見せます」
現在の、怒りに染まったセナを単独で相手するなど自殺行為に等しい。たった一度の精霊魔法があれほどに常識外の威力なのだ。この森の周辺環境が劇的に変化してしまうほどに。如何にシャティヨンであろうと、レイピアを振るおうと、止められるものではない。
「彼らが死ねば、セナが正気を取り戻した時に悲しみますよ? さあ行きなさい、クラウ」
「……っ! 分かった!」
精霊の力を借りて一気に突き進み、バイアや赤の旋風の背後に立ち塞がる。そして迫り来るマグマに視線を合わせた。摂氏にして1000℃前後だろう死を誘う赤い波だ。
「
遥か北の彼方にある森に棲む、巨大で優しい狼に願う。あの様な膨大な質量を持つ高熱の物質に抗うなど、下位精霊では不可能だからだ。
白の姫の前に薄ぼんやりした狼の青い影が生まれた。そして咆哮。前方に走ったのは対照的な青白い波紋だ。その波に乗る様にフェンリルの分体は駆け出す。その巨体をそのままに、真っ赤に燃える波へぶつけた。
高温の物質、超低温の精霊力。それらは接触した瞬間に爆発する。周辺へ衝撃波と白い蒸気を撒き散らし、遅れて生温い風が襲った。
「わぁ⁉︎」
「な、なんだ!」
セウルス達も思わず叫ぶしかない。
「ハァハァ……」
クラウディアは少しだけ息を荒くしている。願うだけでは足らず、自らの精霊力を喰らわせたからだろう。だからこそ、致命的な赤の波は何とか止まったようだ。
「な、何が……」
動きが止まったのはセウルスだけでなく、魔物達もだ。背後に爆発的な精霊力を感じ、思わず振り返ったら赤い波が迫っていた。「あ、死んだ」、そんな風に思ったとき、白の姫が現れて、気付いたら終わっていたのだ。
冷え固まった溶岩の向こう側に、一直線の道が出来ている。両脇には黒い壁がそそり立ち、小さな峡谷が生まれたかのようだ。フェンリルの分体は消滅を恐れず走り抜けたのだろう。だからその先で、銀髪の女性が倒れ伏しているのも見えてしまった。
「「シャティヨン!」」
上腕と脹脛辺りに矢が刺さっている。口元からは血が流れ、瞳は閉じられたまま。そして、黒エルフの女性がその近くに立ち、無表情に見下ろしていた。
「あの一瞬で……!」
少しでも妨害しようとシャティヨンは仕掛けたはずだ。なのに、ほんの僅かな時間で、あれ程の練達のエルフは敗北してしまった。
「やめてぇ!」
「セナさん!」
そのまま弓を下方に構えたセナを見て、クラウディアとセウルスは走り出すしかない。それがこの戦場の均衡を崩す事になろうとも。
「セウルス! 離れるでない!」
ベレルマンが自制を促したが、間に合わない。ネブカハを唯一討伐出来る剣士が抜けては、戦線はあっさり崩壊するだろう。
どれだけ才能に恵まれていようと、セウルスも未だ若き戦士。経験の差がここで出てしまった。向かう先には、歴戦の、英雄に名を連ねた程の
「
背中に向かって凄まじい突風が発生。そんなものに飛ばされたら制御も出来ず、下手をしたら死んでしまうだろう。だが、願ったのは精霊の愛し子である白の姫で、御するのはこの世界を紡ぐ上位精霊だ。寸分違わず、願った通りに、クラウディアとセウルスはセナの元へ到達した。
大剣をエルフ達の間に振り下ろす。放たれた瞬間の矢を見事に両断し、そのままセナの前に降り立った。そのま持っていた剣から手を離し、セナの柔らかな身体を抱きしめたあとに放り投げる。クラウディアの膂力は常識を遥かに上回り、自分より背の高い黒エルフであろうと苦にしない。
そして、その時は来た。
「
「はい!」
一閃。
弦ごと見事に両断。
その剣技が生み出す速度と精密な狙いは、ついに、間違いなく届いた。
セナが持つ、真っ赤な存在へ。
殺戮の魔弓アダルベララに。
古き時代より存在した弓は、
いま、見事に破壊されたのだ。
《愚かな子たち》
小さく響いた