長生きTSダークエルフはひっそり暮らしたい〜今はごく普通の占術師なので、どうか放って置いて下さい〜   作:きつね雨

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59 収束

 

 

 溶けた地面はすでに冷え固まっている。そして、その上には二つに分かれた弓が物言わず横たわっていた。古代から数多の悲劇を生み出したアダルベララは今、完全に破壊されたのだ。

 

 そんな伝説と化した武具を破壊した若き剣士。彼は感慨を見せることもなく、倒れ伏した女性へと駆け寄った。

 

「シャティヨン!」

 

 セウルスからしたら、剣の指南だけでなく、言葉遣いから立ち振る舞いまで教わった感謝さえ伝えていないのだ。何より、今も恋心を抱く相手が傷付き倒れている。仲間達の戦いの全てを忘れ、愛するエルフの無事を確かめるだけ。

 

「……っ! 生きてる!」

 

 抱き上げたシャティヨンの胸は、呼吸によりしっかりと上下している。

 

「早く、早く治療を……!」

 

 そうして顔を上げたとき、セウルスは動けなくなった。その視線が向かう先に白の姫クラウディア。その更に向こう側を見た瞬間、手足は氷のように固まり、ガタガタと勝手に震える身体は全く言うことをきかない。

 

 彼だけが持つ異能、その「精霊視」に映ったのだ。

 

 そこには、膨大な、絶望感しか覚えない()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

「セナ……ごめん。ごめんなさい。私は、間違ってしまったみたい」

 

 ギクシャクと、壊れた人形の様に立ち上がるセナを眺め、クラウディアは呆然と呟いた。

 

 樹木の上位精霊(エント)であるミスズが授けてくれた預言。その真の意味を履き違えていたと分かってしまったのだ。

 

 彼女は話してくれた。

 

 悲哀を、勇気を、()()を愛してあげて。どう受け取るか、それはアナタ達次第。

 

 その女性は強力な戦士であり、白の姫に匹敵するほどの才を持つ。

 

 それだけの力を生まれながらに持っていた。

 

 セナは()()()なのだと。

 

 クラウディアはシャティヨンとの戦いを見て、分かった気でいた。

 

 何とかなる。

 

 ()()()()()()()()。精霊を操る力には明確な差がある、と。

 

 そんな風に。

 

 確かに怒りの上位精霊(フューリー)に愛されてしまったセナは強い。白の姫が辿った旅路の中で、ほとんど最高に近い相手だろう。

 

 それでも、心の底から精霊達に願えば、恐らく最後に立っているのは自分で、勝利と共にセナを取り戻す事が出来る。そして今、赤と黒(ルフスアテル)足らしめていた「殺戮の魔弓アダルベララ」を手放させ、破壊した。これで黒の姫の大半の力は削がれ、目的は達成されるのだ、と。

 

 しかし、それがどれだけ傲慢だったのか、クラウディアは思い知っていた。

 

 もうセウルス(精霊視)の力を借りるまでもない。直接見ることなどしなくとも、その圧倒的な精霊力が世界を震わせているのだから。

 

 今までずっと近くに感じていた精霊が、上位精霊達の声でさえ遠い。次々に、小精霊が白の姫の支配から離れて行くのが分かる。

 

 セナ=エンデヴァルは稀代の精霊使い。クラウディアより遥か昔から、逆らえるはずのない運命に抗ってきた。そう、彼女がアダルベララに踊らされていたのではない。寧ろあの紅い弓がセナを守り、そして()()()()()のだ。

 

 怒りの上位精霊(フューリー)は怒りの感情を司るが、その心を燃やすも冷ますも同じ祝福。狂戦士(バーサーカー)はその一面側でしかなかった。

 

 御することが不可能とされた怒りの上位精霊(フューリー)が、唯一愛したのはセナだけと知っていた筈なのに。

 

 最後の鍵により、もう一つの、()()()精霊力が解放されていく。

 

 クラウディアの前にいるのは、今や自分と対等な精霊使いだ。

 

 そして、したくもない決断を迫られる。そうしなければ、まだ命を繋いでいるシャティヨンも、共に戦ってくれた仲間たちも、もしかしたら近隣諸国でさえも……狂った精霊たちが襲い掛かる。歴史上類を見ない、真の意味で狂戦士(バーサーカー)と化した、セナの率いられるままに。

 

 ()()()()()のも、その責務を背負うのも、可能とする力を持つのも此処にいる自分だけ。だから心は悲鳴を上げ続ける。

 

 狂戦士(バーサーカー)に堕ちた者を解放する方法はたったの一つ。そう言い伝えられていた。

 

「そんなの……嫌だよ」

 

 世界と空に、精霊が、怒りそのものが、明確に影響を与え始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◯ ◯ ◯

 

 

 

 

 聖都レミュから出たあと真っ直ぐに向かう。

 

 乗り合い馬車と違い、かなりの強行軍だ。目的地である黒の森の異変確認、周辺の安全確保、逃げ切れなかった民の保護などなど、様々な理由もあるが、何より率いる者の義務感と士気に依るものだろう。

 

「よし、急拵えで構わない。指揮所兼救護所をここに設置しよう。ここなら黒の森が見えるし、周辺からの情報も集め易い」

 

 オーフェルレム聖王国の王子が率いる部隊。彼等は疲れも見せず、そして設営を始める。

 

「はっ。そのように」

 

 簡易的な天幕が幾つも立ち始め、瞬く間に小さな村の様相へと変わっていった。

 

「ロッタ。どう思う?」

 

「明らかな異常は間違いありません。特に中心部辺りは地形にも影響があった様子。ただ。黒の森が燃えているとの話もありましたが、今は鎮火していると思われます。とは言えこれから集まる情報を元に、慎重な対応がよろしいかと」

 

 レオアノの赤い瞳を見返し、侍従兼護衛であるロッタは淡々と返した。基本的に猪突猛進型の王子であるため、諫める助言が多い。ただ、ここ最近の精神的成長は目覚ましく、先程の返しも念の為に近かった。

 

「ああ、そうだな。事前に聞いた冒険者ギルドからの情報から考えてもそうするしかない。レミュやオーフェル近郊と比べても、かなり強力な魔物が生息する森らしい。僕もこれだけ近くに来るのは初めてだ」

 

 その落ち着いた回答に、やはりとロッタは目を細める。正義感に溢れた以前のレオアノならば、そのまま森に突撃していただろう。大恩ある黒エルフのセナが訪れてから暫く、王子は明らかに変わった。

 

「それでは私も聞き込みをして参ります。レオアノ王子殿下。しばしお待ちください」

 

「頼む。僕はあっちを手伝ってくる」

 

 レオアノが示した先には、薬や包帯、水、薬草など、負傷者救護のための物質を運び込む者達の姿があった。全てが最新のもので、副都オーフェルで最近開発された新薬や最高峰と謳われる薬酒も含まれる。もちろんそれを扱う技術者も同様だ。

 

「殿下自らとは困った方です。ですが、それも良いでしょう」

 

 ロッタは苦笑し、その後朗らかな笑顔に変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 簡易的な指揮所も完成し、レオアノは腰掛けて地図を眺めていた。

 

 周辺からの避難は順調に進み、遅れていた者達も救護所内で休んでいるだろう。乗り合い馬車や冒険者の活動は王家からの通達で止めていたため、被害らしい被害も報告されていない。

 

 それでも全てではなく、何より範囲が広い。まだ見つかっていない民もいるだろうし、黒の森周辺の魔物の活動だって不明なまま。

 

 レオアノは油断などせず、真剣に地図と向き合っていた。

 

「戻ったか」

 

「はっ」

 

 天幕の入り口が開かれ、レオアノがよく知るロッタが帰って来た様だ。

 

「……ロッタ?」

 

 二人は長い付き合いだ。王子が幼少の頃より仕えて来たのがロッタであり、だからこそ微妙な顔色の変化にも気付いた。

 

 何より、その表情は暗く沈んでいる様に見える。

 

「……森周辺を回る乗り合い馬車を利用した者。それらの人数、性別、年齢、種族などを調べて参りました」

 

 当然の情報だ。避難するにしても全体を把握しなければ意味がない。

 

「まさか……民に何か被害があったのか?」

 

「いえ……レオアノ王子殿下。どうか心を落ち着かせ、この報告を。決して軽挙妄動をしないようお願い致します」

 

 十分に不吉な響きと言葉選びに、レオアノは唾を飲み込んだ。あの異変に巻き込まれた者が、想定より多くいるのだろうかと不安に襲われる。

 

 ゆっくり、慎重に、手渡された紙に目を通していく。暫くすると、書かれている文字に視線が止まった。その内容にはある意味で予想は裏切られ、しかし全く安堵は生まれない。

 

 ズラリと並ぶ乗り合い馬車の利用者たち。その中に、オーフェルレム聖王国ではまず見掛けない特徴的な種族名があったからだ。

 

 レオアノの手が震え始めた。心は否定し、現実はそれを許さない。

 

「種族は……黒エルフ、女性。たった一人で黒の森のある方向へ向かった……」

 

 乗り合い馬車では、利用時に身分の確認を求められる。代表的なのは冒険者のギルド証で、他にも商人ギルド、占術師組合などがある。

 

「……占術師」

 

 何故か名前は記されていなかった。かなり無愛想で、触れにくい雰囲気を纏っていたらしい。黒の森近郊に下ろすときも注意を促したが、全てを無視して歩いて行ったと、ロッタの聞き取りに答えている。

 

「セナが、セナが黒の森、に……?」

 

「殿下……」

 

 古の約定から逃れるため、アーシアが持つ情報が伝えられていない。白の姫の臣下であるシャティヨンとの接触も、赤の旋風の活動も伏せられたままだ。全てを知らされていないレオアノだが、アーシアはそれでも弟を信じ送り出した。きっと意味があると、必要な事だと確信したからだ。

 

「くっ……部隊を二つに分ける! 急ぎ編成を組み直すんだ!」

 

「黒の森へ、ですか?」

 

「当たり前だ! 何かあったのかもしれないんだぞ!」

 

 いや、間違いなく関係している。レオアノはもちろん、ロッタでさえ確信していた。

 

 彼女は聖級の占術師にして、遥か過去には冒険者として名を馳せた存在なのだ。だからなのか、誰に助けを求めることはなく、ひっそりと暮らしている。身を伏せながら、他者を、種族すら超えて支え続けてきた。

 

「きっと占術で何かを掴んだんだ。セナだけで何とかしようと……くそっ! 何で一人で……!」

 

 自らの若さと未熟を悔しく思う。つい最近まで語り合い、共に過ごしていたのに。セナが助けを求める相手になれなかったのだから。

 

「ロッタ! 急げ!」

 

「はっ。すぐに」

 

 駆け出したロッタを見送りながら、レオアノは拳を強く握り締め、そして自らへ誓いを立てる。

 

 もっと強く、もっと賢くならなければ、と。

 

 レオアノの心の中で、誓いは確固たるものとなった。これから先、この時の誓約が彼の成長へ絶え間なく影響を与えていく。聖王国の王子は研鑽を積み、後の世に名君として讃えられる事になるが……それはまだまだ先のことだ。

 

 それでも。この時の彼の存在と決断が、戦う者たちの運命をほんの少しだけ動かす。百五十年前にオーフェルレムが興り、今から未来へと繋がっていくのだ。

 

 それはセナ=エンデヴァルが生きてきた証。クソッタレの世界(やつら)に見えなくても、彼女自身に自覚がなくたって、過去の事実は揺るぎないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

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