長生きTSダークエルフはひっそり暮らしたい〜今はごく普通の占術師なので、どうか放って置いて下さい〜   作:きつね雨

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60 想い合う者達

 

 

 

 

 最初と同じく、セナは上空を見上げている。

 

 怒りの上位精霊(フューリー)が顕現したあと起き始めた現象。何をしていたか分からなくとも止めようとしたアレだ。しかしそれにも、以前とは違う明らかな変化がある。誰もが目を疑う光景が横たわっていた。

 

「あ、あれは……空が……割れ、る?」

 

 クラウディアは呆然と立ち尽くした。あの様な現象など聞いた事がないし、二百年に渡る旅路の中でさえ見た事もない。森の上位精霊(エント)のミスズからも、そんな言及などなかったのに。

 

 音はしない。だが空にヒビが入り、まるで陶器が割れてしまうように、それが少しずつ広がっていく。その割れ目からは、赤黒く毒々しい霧が流れ出ていた。誰が見ても不吉の象徴としか思えない。

 

「セナさんの精霊力が全て死んでいく? まるで……自死としか……」

 

 小さかったが、セウルスの声が白の姫の長い耳を震わせた。

 

 今のセナが何をしたいのか、何をしているのか、クラウディアにはやはり分からない。"心からの願い"がアレなのだろうかと、思い起こすくらいしか出来なかった。

 

 世界を紡ぐ糸である精霊力が死んでいく。そして、ひび割れた空の向こう側に何かが見え始めた。それはまだ小さな隙間だが、少しずつ、少しずつ拡がっていった。

 

 まず目についたのは、信じられない程に巨大で高い塔、だろうか。それぞれの高さこそバラバラだが、世界中の国を見渡しても絶対に存在しない。オーフェルレムの城さえも比較にならない規模で、それが無数に乱立しているのだ。それらは全体的に灰色で、光を反射する窓らしきモノが大量に張り付いている。

 

 異常はそれだけでなく、馬が引いてもいないのに進む四輪の荷車らしき何か。体は恐らく金属で、大量に走り回っている。内部にヒトの姿が見えるが、不思議と喰われた様子ではない。

 

 何より、信じられない程の数のヒト。そう、歩いている全てがヒト種のみ。着ている衣服も不可思議で、そんな街などオーフェルレムの聖都でさえ考えられない。聞いた事もないのだ。

 

 そして最も不可解なのは、向こう側に()()()()()()こと。白の姫だからなのか、それが分かってしまう。精霊なしで世界が紡がれる原理と意味はどう考えても理解出来なかった。

 

 正に、異常。例えるならば異世界。

 

 想像すら不可能な、全く異なった場所だ。

 

 クラウディアの精神には、ただただ恐怖心しか浮かばなかった。怖いのだ。何一つ分かない事が、アレが何なのか、セナの望みの向かう先も、精霊が死滅していく理由さえも。

 

「カ、エル」

「アノ、セカ、イ」

 

 ボソボソと、聞こえた。

 

 酷く嗄れていて、片言の言葉たち。

 

 空を見上げて、黒に染まった瞳を向けている。そして、ホロリと涙が溢れていった。怒りに支配されている筈のセナが悲哀を湛えたのだ。

 

 頬を伝い落ちていくのは愛する者が流す涙の一雫。それを見たクラウディアの精神は力を取り戻し、襲う恐怖を振り払った。

 

悲哀の上位精霊(バンシー)!」

 

 だからクラウディアは、失われていく精霊力を何とか引き留めようと願う。予感か、直感か、あるいは残る精霊達が教えてくれているのか。溢れ出る赤黒い霧を許しては駄目なのだと確信した。

 

「止める! 力を貸して!」

 

 放り投げた大剣を拾おうとした。しかし、刃はつぶれ、極端な温度変化にやられたのか。武器として既に死んでいた。それでもクラウディアは挫けない。相手のセナも弓を失い、全ての精霊力を空へ喰わせているからだ。つまり、破壊的な魔法など互いに行使出来ない。

 

 精霊魔法の撃ち合いとなれば周囲と世界への影響が凄まじい。仲間達もタダでは済まないし、自身だって勝利に確信が持てなかった。

 

 幸いと言ってよいか、セナが操る膨大な精霊力は他者でなく世界と空に向かっている。

 

「セナ! アナタが()()()()はこの私だけ! 思い出させてあげる!」

 

 無意識に、自然に溢れた「帰る場所」という言葉。その瞬間、クラウディアは理解した。セナは()()()()()()()()()()なのだと。

 

 そんな事を許すのか。いや、絶対に許せない。そんなのもう耐えられないから。二百年前の絶望は、私をより強く、ずっと弱くしてしまったのだ。それが自分勝手な我儘であろうとも、セナが居なくなるなど認めない。

 

 そんな言葉達が頭の中に浮かび、ようやく身体が動き出した。

 

「セナァ!」

 

 一気に加速。二歩で愛しい黒エルフの立つ場所に到達する。握った拳でセナを殴り付けようと、横腹へ振るった。

 

 セナはあっさりと、竜をも殺す重い一撃を、ロズダマスクが描かれた籠手で完全に受け流した。エルジュビエータから学んだ防御技術はまだ何処かに残っているのか。

 

 しかしクラウディアは驚く事もなく、追撃へ移行する。セナを殺したい訳ではないから、完全な本気では無い。それでも凄まじい膂力を誇る白の姫だ。その辺の武具と同じ威力だろう。

 

 腕を掴みあげようとしたソレを、今度は蹴り上げで対応された。弾けた音、衝撃、泳ぐ体。それを無理矢理に力で抑え込み、内在する精霊により強く願った。もっと力を、もっと速さを、白が黒を染めるほどに、と。

 

「精霊達! まだ足りない!」

 

 踏み込みんだ足元はドンと陥没する。その膂力を大地は受け止めきれなかった。地面にヒビ割れが発生し、その勢いのまま、一気に下から蹴りを繰り出す。

 

 それだけで立ち昇った土煙を物ともせず、セナは横に見切って踏み込んで来た。折れた指を残して握られた拳は高音の空を切る音がする。その拳を顔面で受けてしまったら、間違いなく頭部は弾け飛ぶだろう。

 

「くっ……!」

 

 長い耳の横を通り過ぎ、動いた風だけで身体ごと揺れた。もうそれだけで致命の一撃と理解出来る。だが同時に気付いた。あれほど猛威を振るった精霊魔法はやはり行使されない、と。

 

 セナが操る精霊達は空を割り消滅する。そのことに全てが費やされているのは確実だった。

 

 続いて、力なんて入ったように思えない前蹴りが来る。片腕でしっかりと受け止めたのに、クラウディアはフワリと浮いた。しかし動揺はなく、そのまま流れるように襲う横殴りの手刀も弾き返す。

 

 その時、何かが折れた感触。

 

 ぐにゃりと曲がっている。

 

「ああ……そんな」

 

 白の姫の唇から悲しい吐息。

 

 手刀を振るったセナの腕が、肘の近く辺りで折れていた。骨は確実に粉砕し、内出血も起きているようだ。セナは無表情のまま、ブラリと垂れ下がる腕を眺めている。あれほどに強力だった風精霊(シルフ)による籠手の防御が効いていないのだ。

 

 どうしたら良いのか……時間を掛けて精霊力の枯渇を待つ? そんな考えが浮かんだとき、何かの悲鳴が聞こえた。いや、間違いなく断末魔だ。

 

 見上げた先、割れていく空の近く、上空で羽ばたいていたネブカハ達だ。赤黒い霧に触れた瞬間、ボロボロと羽と皮膚が溶けた。ほんの僅かな時間で、あっさりと絶命したようだ。間違いなく、毒などと言う生易しいものではない。

 

 ジワジワと世界に広がっていく。

 

 アレに襲われたならば、白の姫さえ耐えられる保証はない。ましてや、意識のないシャティヨンと、支える精霊視(セウルス)には不可能だ。

 

 

 

 《白の姫。まだ分からないの?》

 

 

 

 そんな時、あの赤黒い霧に似た衣服を纏った少女の姿が現れる。セナとクラウディアの間に再び顕現したのだ。

 

怒りの上位精霊(フューリー)……」

 

 《もう自由にしてあげて。セナは世界に怒りを抱き、いつか()()()を待ち望んでいた。私はただその願いを叶える、それだけ》

 

「う、うるさい」

 

 《他の精霊や悲哀の上位精霊(バンシー)がアナタを愛しているように、この娘は私が包んであげる。何が違うというの?》

 

「……それでも私は」

 

 《誓う、約束するから。私も消滅するけれど、絶対に、セナ(あの娘)の肉の一欠片、ううん、爪の先か髪の毛一本だけでも、全てを使って必ず届ける。懐かしきあの場所へ》

 

 クラウディアの、傾きかけていた心が震え、そして氷のように冷えた。()()()()()()を思い出したのだ。

 

 二百年前のあの日。まだ制御出来ていなかった精霊達。悲しみに沈んだ自身を、悲哀の上位精霊(バンシー)は無理矢理に眠らせた。もしセナがいなければ、死を迎えるまで醒めない灰色の世界へ。

 

 目の前に浮かぶのは、生物を怒りで狂戦士(バーサーカー)に堕とす精霊。遥か過去から多くの悲劇を生み出してきた。例えそれが精霊達(彼女たち)なりの愛だとしても、対象が幸福に包まれた史実など聞いた事がない。

 

 何よりも森の上位精霊(エント)であるミスズの預言は伝えていた。セナに命の危機が迫り、()()()()()()()()()()()()()()のだと。

 

 精霊は「命」と「死」を本質的に理解出来ない。

 

「……アナタの想いは分かった。本当に愛してるのも」

 

 クラウディアは怒りの上位精霊(フューリー)にもう憎悪を抱けなかった。勇気を燃やし、悲哀を抱き、そして怒りすらも愛する事が出来たのだ。

 

「でも、やっぱりセナは返して貰う」

 

 

 

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