長生きTSダークエルフはひっそり暮らしたい〜今はごく普通の占術師なので、どうか放って置いて下さい〜   作:きつね雨

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61 森と雪、そして赤く

 

 

 

 クラウディアは強い痛みを覚え、同時に吹き飛んだ。

 

 怒りの上位精霊(フューリー)の浮かぶ向こうから、真っ黒な瞳のセナが現れ、折れてない方の腕で掌底を叩き込んで来たからだ。

 

 白の姫は大地に叩きつけられた。

 

「くっ……ゴホ」

 

 嘔吐感に任せ、クラウディアは口内に溢れた血を吐き出す。致命傷ではないが、かと言って無視出来るほど軽くも無い。そしてまともな意識などないセナの追撃は止まらなかった。

 

 地に両手をつき、ようやく上半身を起こしたとき、次の衝撃が走る。何とか肩と腕で逃したが、それでも全ては不可能だ。

 

 ただの横蹴り。それでもクラウディア再び宙を飛び、何度も地面を跳ねていく。しかし今度は姿勢を制御しながら見事に立ち上がった。ズザザと両脚が地面を削る音、そして迫り来るセナを視界に捉え、精神を研ぎ澄ました。

 

 片腕しか使っていないから、セナの攻撃は何となく読める。ましてや狂戦士となった今、本来ならば当たり前の駆け引きや戦術さえ失っていた。長きに渡り培ってきた戦闘の経験が生かされていない。

 

 躱した腕を掴み、捻ると同時に足を払う。昔、最初に襲い掛かったときに組み伏せられたあの技だ。やはり、溢れた膂力をセナは制御出来ていなかった。

 

 地に転がしたあと覆い被さり、暴れる無事な方の腕を押さえ付ける。通常ならばこれでほぼ勝利となるだろう。しかし相手は狂戦士(バーサーカー)だ。折れた腕を鞭のように振ってきて横っ面から殴られる。偶然か、顎に当たった事でクラウディアの意識が一瞬飛んだ。

 

 続いた衝撃に意思を取り戻したが、既に自身は上向きに飛ばされていた。膝蹴りだけで浮かされたようだ。

 

 折れた腕でなど、痛みでのたうち回っているだろうに……無表情なセナは、起き上がりの流れのまま、蹴りの姿勢に入る。それを認めたクラウディアは両手を交差した。

 

 次いで更に宙へ飛ばされ、遅れて軽い痛みも走る。

 

「くぅっ……もう時間がない! ごめん、セナ!」

 

 生命を喰らう赤黒い霧はますます広がり、決死の戦いを続ける冒険者達に届いてしまうだろう。そして何より自分たちも。

 

 だからクラウディアは、伸び切ったセナの足首を空中で掴み取り、そして一気に力を込める。バキと肉の内側から折れた音、手のひらには破壊の感触。嫌な感じに思わず目を閉じたくなるが、これで少しは動きが鈍る筈だ。

 

 そのまま、掴んだ足ごとセナを振り回し、力任せに遠くへ放り投げる。生み出した僅かな時間を利用し、次の手を頑張って考えることにした。歴戦のシャティヨンがいれば何か良い助言を貰えただろうが、残念ながらまだ意識を取り戻していない。

 

 そんな、思わず救いを求めたクラウディアの視線。

 

 確認した先を、何故だがセナは見ていた。そして、片方で着地したその足で、常識外の力を使い蹴る。爆ぜる音と飛び散る土の破片を置き去りにして、セウルスとシャティヨンがいる方へ。

 

「なんで……!」

 

 今のセナに攻撃を受けたならば、彼らの肉体など簡単に破壊されてしまう。それを後で知ってしまったら、セナは絶望するだろう。だから、涙など望まない白の姫は走り出した。

 

「だめぇ!」

 

 セナの手刀は真っ直ぐに進む。シャティヨンに覆い被さり、せめて彼女だけでも守ろうとするセウルスの頭部へと。

 

 一気に加速し、クラウディアはセウルス達の前に立ちはだかった。続いて攻撃を弾こうとしたが……焦りと、余りにもギリギリだったため、まともな防御など不可能だ。だからせめて、当たり前に、その身を盾にする。誰よりも大切なセナならば、きっとそうするだろうと思ったからだ。

 

 その手刀は白の姫の身体をあっさりと貫く。驚いて顔を上げたセウルスの目の前に、真っ赤に染まるセナの指先と手があった。

 

「……う、うぐぅ……ゲホ」

 

 右肩の少し下にセナの腕先が埋まり、指先は突き抜け、そして止まっている。

 

 赤い血を大量に吐き出しても次から次に溢れてくるのだ。朦朧とする意識で、それでも、クラウディアは絶望感に抗うことをやめない。このまま自分が負けたならば、セナは空の異常に喰われて死んでしまうのだから。

 

「ク、クラウディアさん!」

 

 すぐ後ろ、セウルスはその凄惨な姿に思わず叫んだ。そして、暴力的な精霊力に負けていた精神が、再び元のカタチを取り戻していく。

 

「ぐ……ゲホッゴホッ」

 

 三度も血を吐き、クラウディアは力を振り絞る。口元は既に真っ赤で、流れ出た血は白の姫の身体さえ染めていた。

 

「せ、精霊視……セ、ウル、ス、あいつ、を」

 

 腕を抜こうと暴れるセナを抱き締め、クラウディアは必死に声を出す。視線の向かう先には怒りの上位精霊(フューリー)。変わらぬ姿のまま、割れていく空を見上げていた。

 

「……斬って」

 

 消えそうな、か細い声。

 

 それでもセウルスにだけ見えた。すぐそばに転がっている愛剣に強い「精霊力」が贈られてくる。ソレはまるで祈りのようだった。

 

「はい!」

 

 我が片手直剣(バルトワセナ)をしっかりと握り、セウルスは走り出した。矮小な存在と思っているのか、アイツはこちらに意識を向ける気配もない。

 

 怒りの上位精霊(フューリー)は気付いていないのだ。この剣の銘が持つ意味と、込められたヴァランタンの想いを。白の姫クラウディアが……精霊の愛し子として"怒り"さえ理解し、剣を包むのが優しい"灰色の精霊力"であることも。

 

 ズバと空気の破断音、同時に怒りの上位精霊(フューリー)の首元も斬り裂いた。

 

 最初は無関心に見えた表情。それも僅かな時間だった。次第に驚愕に染まり、続いてズレていく首と身体。

 

 この世界に在る限り、精霊に真の意味の消滅はない。しかし、一時的ならば影響が出る。氷と雪の上位精霊(フェンリル)がセナに残した言葉通りに、森の上位精霊(エント)のミスズが預言したままに。

 

 《……そんな……私は、願いを……》

 

 怒りの上位精霊(フューリー)はセナの方へ手を伸ばし……そのまま粉々に崩れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 力のままに暴れるセナが、段々と大人しくなる。懸命に抱き止めていたクラウディアにもそれが分かり、朦朧となる意識をそのまま空を見上げた。

 

 割れた空は元の姿へと。走っていたヒビも薄くなり消えていく。赤黒い霧でさえフワフワと漂い、そのまま見えなくなったようだ。

 

 そして、二百年の間待ち望んでいた、愛しい女性の瞳を視界に入れようと頑張る。酷い痛みが襲うが、そんなものに構わない。

 

 黒く沈んでいた瞳。それは緩やかに、別の色へと置き換わっていった。

 

「ああ……」

 

 クラウディアの万感の想いは吐息として吐き出される。夜に似た闇色は「夕焼けの輝き」へ、そしてその視線は「白」を捉えた。

 

「……ク、ラウ?」

 

 懐かしい、艶のある、それでも弱々しい声。何も、二百年前と何一つ変わっていない。それが分かり、クラウディアは微笑を浮かべた。

 

「うん……セナ。ようやく、会え、たね」

 

 呆然と、セナは腕を引き抜いた。肉を削る嫌な感触、鉄錆の匂い、赤い液体。それを知りながら、大嫌いな血から目を逸らせない。

 

「そんな……う、嘘だ……こんな、こんなの……」

 

 その声には深い絶望が混じっている。彼女だけが知るカードで見た未来が今、目の前にあった。

 

 チラチラと雪が降り始める。支配していた怒りの上位精霊(フューリー)の影響下から脱したことで、氷と雪の上位精霊(フェンリル)の力が再び動き出したのだろう。

 

 雪は次第に強くなっていき、セナとクラウディアを染め始める。シンシンと、肩や髪へ。

 

「クラウ……! 何で、何でこんな事を……」

 

「泣かない、で。理由なんて、知ってる、でしょ」

 

「だめ、ダメ、ダメだ! お願い、目を開けて!」

 

 しかし、セナの視界に青は映らない。瞼を閉じたクラウディアから力が抜け、パタリと腕は泥濘む土へ落ちる。それでも、まだ感じる体温だけが、僅かに命を繋いでいる事を知らせていた。精霊達が何とかして白の姫を守ろうとしているのだろう。

 

 だがそれも時間の問題でしかない。それが分かって、セナはただ叫び続ける。

 

「クラウ! クラウ!」

「誰か、誰か助けて! 助けてよ!」

「こんなの……いや、だ……」

 

「きっと……嘘だ、悪い夢なんだ! いつもの、奴等が見せる悪夢に決まってる……! だからお願い、お願いだからクラウ……」

 

 抱き締め震えるセナの周りには、戦闘から戻って来たエルフたち。そして、雪はどこまでも深く、強くなっていった。赤く染まったクラウディアは白に埋まり、降り積もる雪の様に絶望が襲うだけ。

 

 そのときだった。

 

 

「構うな! 急げ!」

 

 

 若い男の声が響く。青年にはまだ届かず、少年と言うほどには幼くない。

 

「セナ! どこだ!」

 

 馬を駆り、オーフェルレムの若き王子が森の淵から躍り出た。続いて数十に届きそうな隊列。誰もが目を見開き驚いている。円形に伐採された場所、地形さえ変わっていた森の中だ。

 

 だが、レオアノはそんな全てを無視して声を上げた。

 

「セナ!」

 

 中央あたりに黒エルフの女性が蹲っている。小柄な誰かを抱き締めながら、涙を流して叫んでいた。

 

 見事に馬を操り駆け寄る。そのまま飛ぶように地に降りると、レオアノは壊れ物でも扱うように手を添えた。

 

 涙に濡れた顔を向け、子供のように泣きじゃくっている。そんなセナはレオアノを認め、振り絞る様に、祈る様に唇を震わせた。

 

「レオ……レオアノ……お願い、お願いだからこの娘を助けて……助けてよ……」

 

 腕の中で意識のない女性、いや大人になる一歩手前の女の子だろうか。すぐに異種族であるエルフと分かったが、そんな事も意識の遥か彼方へと消えていく。

 

 セナが子供の様に泣く姿など、今まで見た事もない。ましてや心から助けを求められた事さえも。

 

 だから、はっきりとした使命感がレオアノの奥底から噴き上がり、声となって飛び出した。

 

「全力で、我らの総力を以て彼女を救え! これはオーフェルレムの王子として、いや、初代女王陛下から連なる聖王国の王命である!」

 

「「「はっ!」」」

 

 どこまでも、雪は世界を染めていった。

 

 

 

 

 

 

 

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