長生きTSダークエルフはひっそり暮らしたい〜今はごく普通の占術師なので、どうか放って置いて下さい〜 作:きつね雨
クラウディアは強い痛みを覚え、同時に吹き飛んだ。
白の姫は大地に叩きつけられた。
「くっ……ゴホ」
嘔吐感に任せ、クラウディアは口内に溢れた血を吐き出す。致命傷ではないが、かと言って無視出来るほど軽くも無い。そしてまともな意識などないセナの追撃は止まらなかった。
地に両手をつき、ようやく上半身を起こしたとき、次の衝撃が走る。何とか肩と腕で逃したが、それでも全ては不可能だ。
ただの横蹴り。それでもクラウディア再び宙を飛び、何度も地面を跳ねていく。しかし今度は姿勢を制御しながら見事に立ち上がった。ズザザと両脚が地面を削る音、そして迫り来るセナを視界に捉え、精神を研ぎ澄ました。
片腕しか使っていないから、セナの攻撃は何となく読める。ましてや狂戦士となった今、本来ならば当たり前の駆け引きや戦術さえ失っていた。長きに渡り培ってきた戦闘の経験が生かされていない。
躱した腕を掴み、捻ると同時に足を払う。昔、最初に襲い掛かったときに組み伏せられたあの技だ。やはり、溢れた膂力をセナは制御出来ていなかった。
地に転がしたあと覆い被さり、暴れる無事な方の腕を押さえ付ける。通常ならばこれでほぼ勝利となるだろう。しかし相手は
続いた衝撃に意思を取り戻したが、既に自身は上向きに飛ばされていた。膝蹴りだけで浮かされたようだ。
折れた腕でなど、痛みでのたうち回っているだろうに……無表情なセナは、起き上がりの流れのまま、蹴りの姿勢に入る。それを認めたクラウディアは両手を交差した。
次いで更に宙へ飛ばされ、遅れて軽い痛みも走る。
「くぅっ……もう時間がない! ごめん、セナ!」
生命を喰らう赤黒い霧はますます広がり、決死の戦いを続ける冒険者達に届いてしまうだろう。そして何より自分たちも。
だからクラウディアは、伸び切ったセナの足首を空中で掴み取り、そして一気に力を込める。バキと肉の内側から折れた音、手のひらには破壊の感触。嫌な感じに思わず目を閉じたくなるが、これで少しは動きが鈍る筈だ。
そのまま、掴んだ足ごとセナを振り回し、力任せに遠くへ放り投げる。生み出した僅かな時間を利用し、次の手を頑張って考えることにした。歴戦のシャティヨンがいれば何か良い助言を貰えただろうが、残念ながらまだ意識を取り戻していない。
そんな、思わず救いを求めたクラウディアの視線。
確認した先を、何故だがセナは見ていた。そして、片方で着地したその足で、常識外の力を使い蹴る。爆ぜる音と飛び散る土の破片を置き去りにして、セウルスとシャティヨンがいる方へ。
「なんで……!」
今のセナに攻撃を受けたならば、彼らの肉体など簡単に破壊されてしまう。それを後で知ってしまったら、セナは絶望するだろう。だから、涙など望まない白の姫は走り出した。
「だめぇ!」
セナの手刀は真っ直ぐに進む。シャティヨンに覆い被さり、せめて彼女だけでも守ろうとするセウルスの頭部へと。
一気に加速し、クラウディアはセウルス達の前に立ちはだかった。続いて攻撃を弾こうとしたが……焦りと、余りにもギリギリだったため、まともな防御など不可能だ。だからせめて、当たり前に、その身を盾にする。誰よりも大切なセナならば、きっとそうするだろうと思ったからだ。
その手刀は白の姫の身体をあっさりと貫く。驚いて顔を上げたセウルスの目の前に、真っ赤に染まるセナの指先と手があった。
「……う、うぐぅ……ゲホ」
右肩の少し下にセナの腕先が埋まり、指先は突き抜け、そして止まっている。
赤い血を大量に吐き出しても次から次に溢れてくるのだ。朦朧とする意識で、それでも、クラウディアは絶望感に抗うことをやめない。このまま自分が負けたならば、セナは空の異常に喰われて死んでしまうのだから。
「ク、クラウディアさん!」
すぐ後ろ、セウルスはその凄惨な姿に思わず叫んだ。そして、暴力的な精霊力に負けていた精神が、再び元のカタチを取り戻していく。
「ぐ……ゲホッゴホッ」
三度も血を吐き、クラウディアは力を振り絞る。口元は既に真っ赤で、流れ出た血は白の姫の身体さえ染めていた。
「せ、精霊視……セ、ウル、ス、あいつ、を」
腕を抜こうと暴れるセナを抱き締め、クラウディアは必死に声を出す。視線の向かう先には
「……斬って」
消えそうな、か細い声。
それでもセウルスにだけ見えた。すぐそばに転がっている愛剣に強い「精霊力」が贈られてくる。ソレはまるで祈りのようだった。
「はい!」
ズバと空気の破断音、同時に
最初は無関心に見えた表情。それも僅かな時間だった。次第に驚愕に染まり、続いてズレていく首と身体。
この世界に在る限り、精霊に真の意味の消滅はない。しかし、一時的ならば影響が出る。
《……そんな……私は、願いを……》
力のままに暴れるセナが、段々と大人しくなる。懸命に抱き止めていたクラウディアにもそれが分かり、朦朧となる意識をそのまま空を見上げた。
割れた空は元の姿へと。走っていたヒビも薄くなり消えていく。赤黒い霧でさえフワフワと漂い、そのまま見えなくなったようだ。
そして、二百年の間待ち望んでいた、愛しい女性の瞳を視界に入れようと頑張る。酷い痛みが襲うが、そんなものに構わない。
黒く沈んでいた瞳。それは緩やかに、別の色へと置き換わっていった。
「ああ……」
クラウディアの万感の想いは吐息として吐き出される。夜に似た闇色は「夕焼けの輝き」へ、そしてその視線は「白」を捉えた。
「……ク、ラウ?」
懐かしい、艶のある、それでも弱々しい声。何も、二百年前と何一つ変わっていない。それが分かり、クラウディアは微笑を浮かべた。
「うん……セナ。ようやく、会え、たね」
呆然と、セナは腕を引き抜いた。肉を削る嫌な感触、鉄錆の匂い、赤い液体。それを知りながら、大嫌いな血から目を逸らせない。
「そんな……う、嘘だ……こんな、こんなの……」
その声には深い絶望が混じっている。彼女だけが知るカードで見た未来が今、目の前にあった。
チラチラと雪が降り始める。支配していた
雪は次第に強くなっていき、セナとクラウディアを染め始める。シンシンと、肩や髪へ。
「クラウ……! 何で、何でこんな事を……」
「泣かない、で。理由なんて、知ってる、でしょ」
「だめ、ダメ、ダメだ! お願い、目を開けて!」
しかし、セナの視界に青は映らない。瞼を閉じたクラウディアから力が抜け、パタリと腕は泥濘む土へ落ちる。それでも、まだ感じる体温だけが、僅かに命を繋いでいる事を知らせていた。精霊達が何とかして白の姫を守ろうとしているのだろう。
だがそれも時間の問題でしかない。それが分かって、セナはただ叫び続ける。
「クラウ! クラウ!」
「誰か、誰か助けて! 助けてよ!」
「こんなの……いや、だ……」
「きっと……嘘だ、悪い夢なんだ! いつもの、奴等が見せる悪夢に決まってる……! だからお願い、お願いだからクラウ……」
抱き締め震えるセナの周りには、戦闘から戻って来たエルフたち。そして、雪はどこまでも深く、強くなっていった。赤く染まったクラウディアは白に埋まり、降り積もる雪の様に絶望が襲うだけ。
そのときだった。
「構うな! 急げ!」
若い男の声が響く。青年にはまだ届かず、少年と言うほどには幼くない。
「セナ! どこだ!」
馬を駆り、オーフェルレムの若き王子が森の淵から躍り出た。続いて数十に届きそうな隊列。誰もが目を見開き驚いている。円形に伐採された場所、地形さえ変わっていた森の中だ。
だが、レオアノはそんな全てを無視して声を上げた。
「セナ!」
中央あたりに黒エルフの女性が蹲っている。小柄な誰かを抱き締めながら、涙を流して叫んでいた。
見事に馬を操り駆け寄る。そのまま飛ぶように地に降りると、レオアノは壊れ物でも扱うように手を添えた。
涙に濡れた顔を向け、子供のように泣きじゃくっている。そんなセナはレオアノを認め、振り絞る様に、祈る様に唇を震わせた。
「レオ……レオアノ……お願い、お願いだからこの娘を助けて……助けてよ……」
腕の中で意識のない女性、いや大人になる一歩手前の女の子だろうか。すぐに異種族であるエルフと分かったが、そんな事も意識の遥か彼方へと消えていく。
セナが子供の様に泣く姿など、今まで見た事もない。ましてや心から助けを求められた事さえも。
だから、はっきりとした使命感がレオアノの奥底から噴き上がり、声となって飛び出した。
「全力で、我らの総力を以て彼女を救え! これはオーフェルレムの王子として、いや、初代女王陛下から連なる聖王国の王命である!」
「「「はっ!」」」
どこまでも、雪は世界を染めていった。