長生きTSダークエルフはひっそり暮らしたい〜今はごく普通の占術師なので、どうか放って置いて下さい〜 作:きつね雨
オーフェルレム聖王国。
その城は淡い配色が目につくが、同時に畏怖も覚える姿だ。聖都レミュのほぼ中央で、約百五十年前に完成した。
現在の城内は静けさが支配していて、少しの緊張感もあるようだ。二人の姉弟が話しているのも、そのことに関係していた。
「レオアノ。セナ様は?」
「アーシア姉様なら知ってるでしょうに、いつもの所ですよ」
「……やっぱりそうですか。あれ程に強い想いを持つセナ様なんて、今まで想像も出来なかったので」
「まあ、確かに」
二人は顔を見合わせ、困惑なのか分からない表情を浮かべた。
六日前に戻って来たレオアノ率いる救援部隊は、大恩ある黒エルフを連れていたのだ。しかもエルフ種であるシャティヨンと、噂だけは知っていた"白の姫"までも。
黒の森深部は地形さえ変わっており、火災が何度も起こったようだった。誰もが酷い負傷を負っていたが、その中でも白の姫は瀕死の状態だったのだ。セナも腕と足を折っていて、火傷や打撲跡も複数。しかしセナは自らなど構わず、ただ白の姫を助けてくれと叫んでいたらしい。
「赤の旋風の皆は回復も問題ない様ですし、そろそろ話を聞かせて貰わなければなりませんね」
「まあセナがあの調子じゃ、話なんて無理でしょうし」
「あの憔悴では当たり前です。今はただ休息を取って頂かないと」
「姉様、休めてなんてないですよ。ずっと毎日、あのエルフの娘のそばから離れないのですから」
「……まともな食事も摂っていないそうですね。何と痛々しい。白の姫とはそれ程に重要な存在なのでしょう、エルフ種や黒エルフにとって。私もまだまだ知らない事が多いです」
実際には愛した合った恋仲なのだが、流石のアーシアも想像出来ないようだ。
「まだ意識が戻ってないから、セナも気を許せないのか……しかしあれ程の負傷で生きていた方が信じられないですよ。やはりエルフ種は凄まじいですね」
「あの森に雪が降ったのは精霊の仕業と聞いています。何よりエルフと言うより白の姫が特別なのでしょう。報告によると、負傷に対して出血が極端に少なく、体温や水分量にも変化が薄かった。合併症も全く起きていなかったそうです。これは他言無用ですが……エルフであったとしても、何故死ななかったのか分からない、と」
「はあ、信じ難いですが……まあ今は考えても仕方ないか。ところで姉様、肝心のセナの怪我は?」
クラウディアに助けが入るまで、自身の負傷など無視していた。オーフェルレムの癒し手達の手を振り払い、ただ白の姫だけを想っていたとのことだ。複数の骨折であれば痛みも相当で、耐え難いものだったはず。だからこそ、レオアノの不安はまだ消えていない。
「クラウディア様が多少落ち着いてから、ようやく私達の手当を受けてくれましたからね。手足は既に固定し、他の傷も同様です。報告も先日受けましたが、時間が掛かるものの回復に至るだろうと。流石に頑強と言われる黒エルフ。本当に良かった」
「それなら安心しました。じゃああとは、そのクラウディア?ですかね」
「レオアノ。クラウディア様、です。エルフ種を代表する白の姫にして、何よりセナ様があれほどに大切にされる御方。我が聖王国の全てでお守りしなければならないのですよ? ようやく、少しだけですが、御恩をお返し出来るのですから」
「え、えっと、すいません」
少し久しぶりとなる姉の静かな怒り。レオアノからしたら逃げ出したくなるのだが、これもある意味の日常だ。こんな時は話題転換が肝要と弟は知っている。
「そ、そう言えば、そのクラウディア様とセナはどんな関係なんですかね。種族も違うし、オーフェルレムで口伝して来た内容にも無かったし」
「……それはまだ分かりません。ただ、シャティヨン様に伺えば何か教えて頂けると思います」
弟の小賢しさに当然のごとく気付いた姉だが、敢えて乗ってあげることにした。自身も凄く気になっている事柄だからだ。
「ああ、もう一人のエルフの女性ですね。回復も問題ないと聞きました。ならばそろそろ良いのでは?」
「確かに……古の約定への影響も……」
「え? 何て言いました?」
「いえ。女性同士の話です。レオアノは暫く遠慮してください」
「ええ……? それは無いですよ、姉様」
残念そうな弟を置き去りにして、ぶつぶつ呟く姉はゆっくりと去って行った。
◯ ◯ ◯
白の姫が治療を受けている居室から二間ほど隣。そこが現在シャティヨンに与えられている場所だ。
因みに、両者に挟まれた部屋はセナのものだが、当の黒エルフはほぼ全ての時間をクラウディアと一緒に過ごしている。
ゆっくり、小さめに扉を叩き、アーシアは一歩下がった。通常ならば護衛などが付くが、王女の指示により離れた場所で待機させられているようだ。
「どうぞ、お入りください」
少しだけ待つと、中から凛とした丁寧な声が届いた。幾度か話したが、アーシアはやはり緊張してしまう。不思議な凄味と、緩やかな圧迫感を感じるのだ。ヒト種が到底及ばない時間を生き、何よりも相当な戦士なのだから当たり前かもしれない。ヒト一個人では、ほぼ勝利など不可能な相手だ。
「失礼します、シャティヨン様。少しお時間を頂きたくて」
扉のすぐ近くに立っていたシャティヨンは、見事な所作で片膝をつき、しかも頭まで下げた。慌てたのはむしろアーシアだろう。
「何を……お、おやめ下さい! 我等は約定により対等なのです! お怪我だってまだ完治していないのですから、シャティヨン様、どうか」
しかしシャティヨンは姿勢を全く変えない。そのまま言葉を返してくる。
「いえ、本来ならば私の方から真っ先に伺うべきでした。我が姫への限りなき尽力に心からの感謝を。アーシア王女殿下」
「そ、それは当然のこと。同胞たるエルフの皆様が我が城に訪れたのですから。その様な礼など」
「不要、など有り得ません。あれ程の癒しが例を見ないのは私にも分かります。ヒト種として、いやエルフであろうと最高峰の技術と薬でしょう」
「それは……」
確かにその通りだ。現在持ちうる最新の技術、薬、その全てを注いでいる。僅かではあるが、オーフェルレム聖王国の国庫を削るほどの。
だがそれも、いつか姿を現すセナ=エンデヴァルの助けになればと、毎年一定の予算を投じている部門が開発してきたものだ。もちろん聖王国そのものにも役に立ち、医療技術の知見は周辺諸国と比べて高くなっている。
つまり、シャティヨンは知る由もないが、ある意味で本来の目的に沿っていた。そもそもレオアノの部隊がその様に準備して出立したのだ。
今回の、その癒しの対象。
エルフ種の白の姫にして、聖王国が成り立つ最初から関わってきた黒エルフ、セナ=エンデヴァルの知己なのだから。セナには初代女王であるレオナでさえも命を救われている。つまり、アーシア達王家からしたら、重なった恩義にはまだまだ到底釣り合っていない。
「……私達聖王国の者は誰一人としてセナ様を裏切りません。そう、絶対に。あの御方があれ程に大切に想うクラウディア様ならば、私達にとっても何よりの大事。ですから、シャティヨン様が頭を下げる必要などないのです。どうか、この私の気持ちを汲んで下さいませんか」
丁寧な、心の籠った声に、ようやくシャティヨンは頭を上げた。そして、彼女としては珍しい微笑を浮かべて小さく呟いた。
「セナは運命に踊らされ、悲しい過去を旅して来ましたが……でも、それでも、その数々の行いに意味があったのですね」
シャティヨンは二百年前の出会いを頭に浮かべ、同時にセナの過ごして来ただろう日々を思い描く。そう、クラウディアだけではない。ヴァランタン、セウルス、赤の旋風やバイアの冒険者、レオン、アーシア、レオアノ、ミスズや助けてくれた数々の上位精霊たち、他にもたくさん。いや、この巨大な街レミュを抱く聖王国そのものもだ。
セナが影から手を差し伸べ、運命に抗った未来。たった一つでも欠けたなら、あの時クラウディアは助からなかったと確信出来る。きっとセナは預かり知らぬ所で死に至り、白の姫は絶望の淵に立ったはず。
だが今、セナとクラウディアは二百年の時を超え、共に同じ場所で生きている。この瞬間だって、数歩足を動かせば、寄り添う彼女たちをそっと眺める時間を設けることが出来るのだから。
「シャティヨン様?」
「いえ、何でもありません、アーシア王女殿下」
スッと立ち上がり、そのままアーシアを中へと促した。まだ足を引き摺っているが、歩行には問題ないようだ。そのまま設けられた席に案内すると、シャティヨンも向かいに腰を下ろした。
「改めて感謝を。オーラヴの村の者も含め、この恩は決して忘れません。何かあれば、我等は必ず駆けつけましょう」
「は、はい」
「それで、御用件は何でしょうか」
これ程間近でエルフ種の澄んだ美貌を見たのは、アーシアも初めてだった。黒エルフとはまた違う美しさは仄かな儚さを纏っている。思わずキラキラと輝く銀髪に見惚れ、そして直ぐに切り替えた。
「えっと、その、少しだけ伺いたい事があります」
「どうぞ」
「失礼に当たらなければ……セナ様とエルフの皆様、いえ、クラウディア様との間柄を知りたい、と。セナ様はとても優しい御方ですが、他者からは距離を置いていたと私達は聞いております。それなのに、あんな様子ですから驚いてしまって……あの、もし差支えなければ、ですけれど」
エルフ種にとって禁忌に触れたり、特別な過去が関わっているならば、この質問自体が失礼に当たるだろう。それを想像する王女の声は少しずつ小さくなっていった。
「なるほど」
冷静に頷くシャティヨン。一方のアーシアの緊張は高まる。
「無理にとは」
「いえ、そうでなく、どう伝えたものかと」
「は、はい」
どうやら教えて貰えるようだと、少しだけ力が抜けた。
「本来ならば私が言う事でもありませんが、アーシア王女殿下の御心と聖王国のセナへの信心は疑うまでもない。ですから、ただ事実だけを簡単に伝えます」
コクリと頷き、少しだけ唾を飲む。
「出会いは約二百年前」
「二百年前……」
「クラウの教導者として、セナが村を訪れたのです。あの頃のあの子はまだ幼く、何よりも道に迷っていました。しかしそんな灰色の世界から、心身全てを救い出したのがセナです。あの日、白の姫は真の意味で生命を自覚し、精霊と共に生きる存在へと生まれ変わりました」
詳細は全く分からないが、セナが白の姫を救ったらしい。あの善性に疑いなどないから、アーシアはそのままに受け取った。
「最初はクラウから想いを強くして、そのあとセナも。夜のひと時を互いだけで過ごし、心からの愛を誓い合う。そんな仲と言えばヒト種にも分かりますか?」
「愛を、誓う? そんな仲……?」
「はい。複雑な事情が重なり、長い時間離れ離れで過ごす事となってしまった。でも、ようやく、待ち望んだ再会を果たしたのです。想像してみてください。会いたくとも会えなくて、それが長く積み重なった歳月を」
アーシアは思い出す。セナを城に迎え入れたあの夜を。湯浴みの時間、綺麗な背中の肌を見ながら問い掛けた。誰か想っている方はいますか、と。
セナは答えてくれた。
「分からなくなるけど、きっと今も好きなまま」
「もう会うことはない」
その言葉で亡くなったと勘違いしたアーシアに、優しく返してくれたのを覚えている。
「相手は生きている。だって同じ長命の種だから」と。
「そ、それでは……お、お二人は恋人、同士?」
「はい」
いつも冷静沈着な、オーフェルレムの頭脳たる王女の、珍しい驚きの声が響き渡った。