長生きTSダークエルフはひっそり暮らしたい〜今はごく普通の占術師なので、どうか放って置いて下さい〜   作:きつね雨

94 / 94
63 砂糖菓子

 

 

 

 

 

 クラウディア=オベ=オーラヴは目を覚ました。

 

 まだ外は薄暗い。この高い天井は見たことがなく、鼻に届く匂いも知らないものだ。だから白の姫は、ここが自分の、いつもの寝床ではないと理解する。掛かっているのはフワフワの、薄目な毛布。ベッドは縦横に大きく、あと三人は寝れそう。端っこで寝ていたのを勿体無く感じた。

 

 少しの時間、白の姫はぼんやりと窓を眺めて過ごす。

 

 間も無く朝が訪れるのだろう。でも今は時の流れが曖昧で、精霊達の声も遠いのだ。何か、大切な何かを忘れている気がして、頑張って思い出そうとしてみる。そんな風に時間が過ぎていき、クラウディアは反対側に頭を倒した。

 

 瞬間、全てが、自分の存在全てがそこに収束していく。

 

 ベッドの淵で、その女性は倒れ掛ける様に眠りに落ちている。世界中でも、ましてやオーラヴではまず見掛けない褐色の肌。長い耳は時折ピクリと揺れて、ずっと歳上なのに何故か可愛らしい。スースーと僅かな寝息が聞こえる。不思議な幸福を覚えた。

 

 二百年前のあの夜と同じ、手をそっと握ってくれている。

 

 今すぐにでも起こして話がしたい。たくさんキスをして、ギュッと抱き締めて欲しい。そんな強い欲求が襲ったが、そんな事は後で幾らでもして貰えるだろうし、してあげないといけない。だから今は、ようやく再会出来た愛する者を、しっかりと焼き付けていくのだ。自分の眼と記憶に。

 

 金色の髪は変わらず肩で切り揃えているようだ。握ってくれている手とは反対側、そちらは添木と包帯で固定されていた。横になったままでは見えないが、恐らく足首も同様だろう。

 

 そうしてあの戦闘を思い出し、シャティヨンや他の皆は無事だろうかと頭に浮かぶ。それでも今はセナから目を離せない。

 

「変わってない。何も」

 

 セナは今も自分を想っている。重なる手の温かさが証明してくれた。二百年経とうと自分達の繋がりは決して無くならない。どんなに鋭い剣であっても、それを斬るなんて不可能なのだ。

 

 森の上位精霊(エント)のミスズが話してくれた。その想いが強いからこそ、セナは怒りの上位精霊(フューリー)に祝福される。回避出来るとしたら、クラウディアへの気持ちを捨て去る事だけ。そしてセナは狂戦士(バーサーカー)となった。

 

 上位精霊に祝福される程に今も愛されているのだ。それがどれほどの幸せを運ぶのか。クラウディアはそんな感覚に身を任せ、ただセナをずっと眺めるだけ。その時間と空間さえ愛おしい。

 

 そんな風に、星明かりが朝焼けに消えるまでそうしていた。

 

 朝と、待ち望んだ時が訪れる。

 

 モゾとセナが動き、続いて重なる手を確かめる様に握りしめた。それはギュギュと二度、そのあと安心する様に力が抜ける。言葉など無かったが、無事に存在する事が確かめられて、セナがホッとしたのが手に取るように分かる。

 

 もうそれだけで力一杯抱き締めたくなったが、クラウディアは必死で我慢した。

 

 セナが頭を上げる。髪がサラサラと流れ、ほんの少しだけの寝癖が不思議と可愛らしい。

 

 ゆっくりと開いた瞼の奥には「夕焼け」。澄んだ輝きは、懐かしいあの色だった。

 

「……クラ、ウ」

 

「うん」

 

 焦点が合ったとき、夕焼けは雨を降らし始める。ハラハラと、そのあと直ぐ夕立の様に。それは止まらなくて、握り合った手に落ちていく。感じる温度は冷たいけれど、心の中は暖かい。

 

 暫くして、慌てた様にセナは手を離した。

 

 二百年前の冬の朝と同じ、無理矢理感情を殺して話しかけてくる。冷静を装って、流した涙なんて幻だと訴えているようだ。

 

「あ、あんな無茶をして。死んでしまったら終わりなんだよ?」

 

 少し突き放す様な響き。以前ならば慄いて、悲しみに沈んだだろう。でも、今のクラウディアは全てを理解しているから、心の奥底に隠したセナの愛情を疑ったりしない。何より、流れた歳月が自分を強くしてくれたのだ。

 

 しっかりと上半身を起こして、クラウディアは返していく。右肩辺りに走った痛みも、これが夢じゃないと教えてくれた。

 

「大丈夫。ほら、生きてる」

 

「それは……! それは偶然で」

 

「偶然、か。そうかもね」

 

「何であんな事をしたの? 狂戦士(バーサーカー)を相手にするなんて、いくら白の姫だろうと」

 

「やっぱり覚えてるんだ?」

 

「……話を逸らさないで」

 

「じゃあ私が無理矢理セナを怒らせたのも知ってるよね。だから、この怪我も、無事だったシャティヨン達にも、罪悪感を感じる必要なんてないよ」

 

「……」

 

「分かってる。言葉にしなくていい。ね、さっき言ったでしょ? 全ては()()で、私はただセナに会いたかった、それだけ」

 

「……何で」

 

「うん。ミスズと話したんだ」

 

 クラウディアもそれ以上の説明をしなかった。詳細は分かっていなくても、本質を掴んでいるのだ。セナの未来視の恐怖を知ることはなく、でも愛されている事を確信しているから。

 

 涙に滲んだまま、セナの瞳は再び揺れている。

 

 本当に、目の前にある幸せを掴んで良いのか。もし揺り戻しが起きたら、クソッタレの世界(やつら)に気付かれてしまったら。そんな風に苦悩しているのだろう。だからセナは、立ち去ることも出来ずに動けなかった。

 

 微笑を浮かべるクラウの頬に指を添え、抱き締めて二度と離したくない。そんな願望が絶えなく襲ってくるけれど、唇を噛んで我慢している。

 

「セナは変わってないね、ふふ」

 

「え?」

 

「だからずっと大好き!」

 

 ガバリとベッドから起き上がると、さっきまで繋いでいた手を握った。()()()()()()()力を入れると、セナの身体はフワリと浮かぶ。クラウディアにとっては軽いものだ。

 

 そのままベッドに仰向けにされた。覆い被さる様にクラウディアが乗り、可愛らしいお尻で体重を掛ける。それからセナの無事な方の腕を拘束し、慌てふためくセナを下に眺めた。

 

「ちょ、ちょっと……!」

 

「二百年も逃げ回ってたセナだから、これくらいしないとね」

 

「あ……クラウ! 傷口が開いてるから!」

 

「ん? ああ、ホントだ」

 

 右肩あたりに血が滲んでいる。腕を突き刺されたのだから、僅か数日でふさがる訳もない。だけどクラウディアはニコリと笑った。

 

「二百年振りにつけてくれた怪我だもん。こんな痛みも幸せ。はあ、やっぱり強かった、セナは。もっとしてくれていいんだよ?」

 

「……しないよ、そんなこと」

 

 とんでもない事を平気で、そして本気で話す。先程セナは変わってないと言ったが、クラウディアも大きく変わっていなかったようだ。いや、セナへ向かう気持ちはずっと大きくなっていたが。

 

「嘘じゃない。セナが望むことなら何でもする。私の心も体も好きにして」

 

 真っ直ぐな気持ち、言葉。白の姫は本質をそのままに。ずっと昔から変わらない。

 

「じゃ、じゃあ早く離してよ」

 

 ばっちり拘束されたままなのだ。怒りの上位精霊(フューリー)の祝福が失われた今、セナは黒エルフとしての標準的な筋力しか持っていない。解こうと足掻いても、細くて白い腕はビクともしなかった。

 

「だから」「私も好きにしていいよね?」

 

「……え?」

 

「巣篭もり、約束してた」

 

「あ、あれは……」

 

 全部嘘だったのだが、その偽装した約束さえクラウディアが百歳を迎えたとき。いまは既に三百歳を数えている。

 

「け、怪我してるんだよ!」

 

 それにもう朝になるし!

 

 そんな風に抗うセナだったが、相手は精霊に愛されるクラウディアだ。

 

闇の精霊(シェイド)。私達を夜で包んで」

 

 セナとクラウディアの近くだけ、真っ暗な闇に包まれ、

 

風の下位精霊(シルフ)は血の匂いを」

 

 セナが嫌う血を、視界と鼻腔から消してしまう。

 

「そんなのただの誤魔化し」

 

 必死に抗弁を繰り返していたセナの言葉は途切れた。クラウディアの唇で蓋をされたからだ。思わず逃げようとすると、舌を入れられ、歯や歯茎を舐められた。そのうち唾液が次々に運ばれて、混ざり合い、それごと吸い出される。

 

 呼吸が苦しくて、なのに幸せ。朦朧とする意識さえ夢のよう。

 

 空気を欲して開いた口をまた塞がれる。

 

 それを何度も何度も繰り返されて、気付いたら自分からもキスをしていた。拘束は既に解かれていたが、自由になったはずの腕は相手を自分に縛り付けることに使われる。それはお互いに自然で、世界は自分たちだけになっていった。

 

 止まらない。

 

 止められない。

 

 止めたくない。

 

 ずっとこうしていたかった。

 

 砂糖菓子の様に甘く、トロトロと溶けていく。

 

 

 

 カチャリ。

 

 静かに、癒し手であろうヒト種の女性が扉を開けて入って来た。手には何かの道具と塗り薬、包帯。それを抱えたまま固まっている。

 

 彼女の視界には、薄ぼんやりと闇に包まれ、もつれ合うエルフ達が映ったはずだ。行使者から離れた場所だから精霊力も曖昧。風の精霊が踊っているのかほんのりと微風が届く。

 

「どうしました?」

 

 固まった癒し手の女性。そんな様子を不思議そうに眺め、後ろから部屋に入って来たのはオーフェルレムの王女だ。更に背後にはエルフのシャティヨンが続いていた。

 

「……あ」

 

 何故か闇の精霊(シェイド)はあっさりと去っていき、アーシアの目にも"くっついたまま動かない白と黒"が見えただろう。

 

「し」

 

「失礼しました……」

 

 ギギギと変な挙動をする王女。呆れた表情なのはシャティヨンだ。

 

 固まっていたセナはガバリと起き上がり、乱れた衣服を整えて、更には必死に何かを訴え始める。ちなみに、中断されたクラウディアは誰が見ても明らかな不満顔だ。

 

「ち、違うから」

 

 何も違わない。

 

「こ、これはその、違うんだよ?」

 

 見たままだ。

 

「アーシア! 待って! 行かないで!」

 

 ごゆっくりとか、そんなセリフ要らない!

 

 そんな声も虚しく響くだけ。

 

 だって、もう一度背中に抱きついたクラウディアが、トロリと溶けた表情へ変わったから。

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

転生者、娯楽に餓えて強さを求め、天衣無縫の修羅と化す(作者:暁刀魚)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

【書籍発売します!】▼異世界にTS転生し、前世の娯楽が失われたことで空虚な毎日を送っていたカグラは、ある日魔力を込めた剣で岩を切ることを経験する。▼前世ではあり得ない強さを手に入れる楽しさに目覚めたカグラは、剣の道を邁進するようになった。▼本人としては異世界での数少ない娯楽を楽しんでいるだけなのだが、自由気ままに強さを求めるカグラを、周囲は天衣無縫の修羅とみ…


総合評価:19074/評価:8.64/連載:133話/更新日時:2026年07月13日(月) 22:05 小説情報

TSオリ主は完璧なチートオリ主になりたいようです【本編完結】(作者:GT(EW版))(オリジナルファンタジー/コメディ)

 自分が転生した世界をいい感じの二次創作に仕上げる為に、意識高い系オリ主が完璧なチートオリ主を目指す話。▼ ヨロニモ様から表紙絵を頂きました!▼【挿絵表示】▼


総合評価:47649/評価:9.19/完結:132話/更新日時:2026年06月09日(火) 22:24 小説情報

異世界でチート美少女になればやり直せると思ってたけど燃え尽きた(作者:暁刀魚)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

どんな人生を送っていても、異世界でチート美少女になればやり直せると思っていた。▼でも実際にそうなった時、ミツキは自分の生き方を変えようとして挫折した。▼そして逃げるように冒険者となった時、気づいてしまったのである。▼力も容姿も手に入ってしまったから、これ以上を望む必要がない、と。▼今の彼女に残っているのは、いかにノンストレスに生きるかということだけ。▼これは…


総合評価:18491/評価:8.81/連載:39話/更新日時:2026年07月16日(木) 18:05 小説情報

うわぁぁ!!! エルフだ!!??!(作者:葛城)(オリジナルファンタジー/日常)

例によって例のごとく、神様のミスで異世界TS転生しただけでなくエルフになった人の話▼なお、異世界ではエルフはお伽噺の住人扱いされるぐらいで、本当にエルフっていたんだって超驚かれる存在である▼※セルフレイティングは、いちおう念のため


総合評価:3095/評価:8.25/連載:10話/更新日時:2026年07月04日(土) 23:35 小説情報

コミュ障TS転生少女の千夜物語(作者:テチス)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

 何かよく分からないが自分の好きなキャラを作ったらその姿で異世界に居た。どうやら『夜の化身』として凄い力を手に入れてしまったらしい。夜になるたびポンポン生まれる眷属がなんか強い。▼ だけどクリエイト時につけてしまったもう一つの設定の弊害によりコミュ障で表情の変わらない女の子になっていた。その表情と能力が周囲の勘違いを産み、空回りを生んでいく。▼8/13 完結…


総合評価:25093/評価:8.94/完結:72話/更新日時:2021年08月13日(金) 21:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>