長生きTSダークエルフはひっそり暮らしたい〜今はごく普通の占術師なので、どうか放って置いて下さい〜 作:きつね雨
クラウディア=オベ=オーラヴは目を覚ました。
まだ外は薄暗い。この高い天井は見たことがなく、鼻に届く匂いも知らないものだ。だから白の姫は、ここが自分の、いつもの寝床ではないと理解する。掛かっているのはフワフワの、薄目な毛布。ベッドは縦横に大きく、あと三人は寝れそう。端っこで寝ていたのを勿体無く感じた。
少しの時間、白の姫はぼんやりと窓を眺めて過ごす。
間も無く朝が訪れるのだろう。でも今は時の流れが曖昧で、精霊達の声も遠いのだ。何か、大切な何かを忘れている気がして、頑張って思い出そうとしてみる。そんな風に時間が過ぎていき、クラウディアは反対側に頭を倒した。
瞬間、全てが、自分の存在全てがそこに収束していく。
ベッドの淵で、その女性は倒れ掛ける様に眠りに落ちている。世界中でも、ましてやオーラヴではまず見掛けない褐色の肌。長い耳は時折ピクリと揺れて、ずっと歳上なのに何故か可愛らしい。スースーと僅かな寝息が聞こえる。不思議な幸福を覚えた。
二百年前のあの夜と同じ、手をそっと握ってくれている。
今すぐにでも起こして話がしたい。たくさんキスをして、ギュッと抱き締めて欲しい。そんな強い欲求が襲ったが、そんな事は後で幾らでもして貰えるだろうし、してあげないといけない。だから今は、ようやく再会出来た愛する者を、しっかりと焼き付けていくのだ。自分の眼と記憶に。
金色の髪は変わらず肩で切り揃えているようだ。握ってくれている手とは反対側、そちらは添木と包帯で固定されていた。横になったままでは見えないが、恐らく足首も同様だろう。
そうしてあの戦闘を思い出し、シャティヨンや他の皆は無事だろうかと頭に浮かぶ。それでも今はセナから目を離せない。
「変わってない。何も」
セナは今も自分を想っている。重なる手の温かさが証明してくれた。二百年経とうと自分達の繋がりは決して無くならない。どんなに鋭い剣であっても、それを斬るなんて不可能なのだ。
上位精霊に祝福される程に今も愛されているのだ。それがどれほどの幸せを運ぶのか。クラウディアはそんな感覚に身を任せ、ただセナをずっと眺めるだけ。その時間と空間さえ愛おしい。
そんな風に、星明かりが朝焼けに消えるまでそうしていた。
朝と、待ち望んだ時が訪れる。
モゾとセナが動き、続いて重なる手を確かめる様に握りしめた。それはギュギュと二度、そのあと安心する様に力が抜ける。言葉など無かったが、無事に存在する事が確かめられて、セナがホッとしたのが手に取るように分かる。
もうそれだけで力一杯抱き締めたくなったが、クラウディアは必死で我慢した。
セナが頭を上げる。髪がサラサラと流れ、ほんの少しだけの寝癖が不思議と可愛らしい。
ゆっくりと開いた瞼の奥には「夕焼け」。澄んだ輝きは、懐かしいあの色だった。
「……クラ、ウ」
「うん」
焦点が合ったとき、夕焼けは雨を降らし始める。ハラハラと、そのあと直ぐ夕立の様に。それは止まらなくて、握り合った手に落ちていく。感じる温度は冷たいけれど、心の中は暖かい。
暫くして、慌てた様にセナは手を離した。
二百年前の冬の朝と同じ、無理矢理感情を殺して話しかけてくる。冷静を装って、流した涙なんて幻だと訴えているようだ。
「あ、あんな無茶をして。死んでしまったら終わりなんだよ?」
少し突き放す様な響き。以前ならば慄いて、悲しみに沈んだだろう。でも、今のクラウディアは全てを理解しているから、心の奥底に隠したセナの愛情を疑ったりしない。何より、流れた歳月が自分を強くしてくれたのだ。
しっかりと上半身を起こして、クラウディアは返していく。右肩辺りに走った痛みも、これが夢じゃないと教えてくれた。
「大丈夫。ほら、生きてる」
「それは……! それは偶然で」
「偶然、か。そうかもね」
「何であんな事をしたの?
「やっぱり覚えてるんだ?」
「……話を逸らさないで」
「じゃあ私が無理矢理セナを怒らせたのも知ってるよね。だから、この怪我も、無事だったシャティヨン達にも、罪悪感を感じる必要なんてないよ」
「……」
「分かってる。言葉にしなくていい。ね、さっき言ったでしょ? 全ては
「……何で」
「うん。ミスズと話したんだ」
クラウディアもそれ以上の説明をしなかった。詳細は分かっていなくても、本質を掴んでいるのだ。セナの未来視の恐怖を知ることはなく、でも愛されている事を確信しているから。
涙に滲んだまま、セナの瞳は再び揺れている。
本当に、目の前にある幸せを掴んで良いのか。もし揺り戻しが起きたら、
微笑を浮かべるクラウの頬に指を添え、抱き締めて二度と離したくない。そんな願望が絶えなく襲ってくるけれど、唇を噛んで我慢している。
「セナは変わってないね、ふふ」
「え?」
「だからずっと大好き!」
ガバリとベッドから起き上がると、さっきまで繋いでいた手を握った。
そのままベッドに仰向けにされた。覆い被さる様にクラウディアが乗り、可愛らしいお尻で体重を掛ける。それからセナの無事な方の腕を拘束し、慌てふためくセナを下に眺めた。
「ちょ、ちょっと……!」
「二百年も逃げ回ってたセナだから、これくらいしないとね」
「あ……クラウ! 傷口が開いてるから!」
「ん? ああ、ホントだ」
右肩あたりに血が滲んでいる。腕を突き刺されたのだから、僅か数日でふさがる訳もない。だけどクラウディアはニコリと笑った。
「二百年振りにつけてくれた怪我だもん。こんな痛みも幸せ。はあ、やっぱり強かった、セナは。もっとしてくれていいんだよ?」
「……しないよ、そんなこと」
とんでもない事を平気で、そして本気で話す。先程セナは変わってないと言ったが、クラウディアも大きく変わっていなかったようだ。いや、セナへ向かう気持ちはずっと大きくなっていたが。
「嘘じゃない。セナが望むことなら何でもする。私の心も体も好きにして」
真っ直ぐな気持ち、言葉。白の姫は本質をそのままに。ずっと昔から変わらない。
「じゃ、じゃあ早く離してよ」
ばっちり拘束されたままなのだ。
「だから」「私も好きにしていいよね?」
「……え?」
「巣篭もり、約束してた」
「あ、あれは……」
全部嘘だったのだが、その偽装した約束さえクラウディアが百歳を迎えたとき。いまは既に三百歳を数えている。
「け、怪我してるんだよ!」
それにもう朝になるし!
そんな風に抗うセナだったが、相手は精霊に愛されるクラウディアだ。
「
セナとクラウディアの近くだけ、真っ暗な闇に包まれ、
「
セナが嫌う血を、視界と鼻腔から消してしまう。
「そんなのただの誤魔化し」
必死に抗弁を繰り返していたセナの言葉は途切れた。クラウディアの唇で蓋をされたからだ。思わず逃げようとすると、舌を入れられ、歯や歯茎を舐められた。そのうち唾液が次々に運ばれて、混ざり合い、それごと吸い出される。
呼吸が苦しくて、なのに幸せ。朦朧とする意識さえ夢のよう。
空気を欲して開いた口をまた塞がれる。
それを何度も何度も繰り返されて、気付いたら自分からもキスをしていた。拘束は既に解かれていたが、自由になったはずの腕は相手を自分に縛り付けることに使われる。それはお互いに自然で、世界は自分たちだけになっていった。
止まらない。
止められない。
止めたくない。
ずっとこうしていたかった。
砂糖菓子の様に甘く、トロトロと溶けていく。
カチャリ。
静かに、癒し手であろうヒト種の女性が扉を開けて入って来た。手には何かの道具と塗り薬、包帯。それを抱えたまま固まっている。
彼女の視界には、薄ぼんやりと闇に包まれ、もつれ合うエルフ達が映ったはずだ。行使者から離れた場所だから精霊力も曖昧。風の精霊が踊っているのかほんのりと微風が届く。
「どうしました?」
固まった癒し手の女性。そんな様子を不思議そうに眺め、後ろから部屋に入って来たのはオーフェルレムの王女だ。更に背後にはエルフのシャティヨンが続いていた。
「……あ」
何故か
「し」
「失礼しました……」
ギギギと変な挙動をする王女。呆れた表情なのはシャティヨンだ。
固まっていたセナはガバリと起き上がり、乱れた衣服を整えて、更には必死に何かを訴え始める。ちなみに、中断されたクラウディアは誰が見ても明らかな不満顔だ。
「ち、違うから」
何も違わない。
「こ、これはその、違うんだよ?」
見たままだ。
「アーシア! 待って! 行かないで!」
ごゆっくりとか、そんなセリフ要らない!
そんな声も虚しく響くだけ。
だって、もう一度背中に抱きついたクラウディアが、トロリと溶けた表情へ変わったから。