長生きTSダークエルフはひっそり暮らしたい〜今はごく普通の占術師なので、どうか放って置いて下さい〜 作:きつね雨
「やっちゃった……」
両手で頭を抱えたセナが俯いている。長い耳はフニャフニャに萎れて力なく垂れていた。
「ノックもなく入って来たんだから仕方ないよ」
まだオーラヴ村にいた頃に、そのノックを全くしなかった白の姫。そんなクラウディアはセナの肩にポンと手を置き慰めてくれた。彼女も当事者なのだが、ほとんど気にしていない様だ。
早朝。本当に久しぶりの再会で感情が昂り、白と黒のエルフはかなり濃厚な身体的接触を行っていたのだ。
そんな時、オーフェルレムの癒し手が部屋を訪れた。クラウディアはかなりの重傷で、おまけに意識も無かったのだから、ノックなしも仕方ない事だ。毎日セナも寄り添っていたが、騒がしくない様に気を遣ってくれていたのだろう。
そもそもセナの常識に照らし合わせた場合、入院中の病室でのことである。しかも相手は大怪我で入院している患者。反論や抗議など出来るはずも無かった。
「でも、アーシアにまで見られたんだよ? うぅ、恥ずかしくて顔を合わせらない……」
「シャティヨンもいたから」
「何の慰めにもなってないからね?」
寧ろ余計に精神的ダメージが大きい。セナからしたらシャティヨンは古い友人であり、クラウディアの保護者でもあるエルフなのだ。
そんな女性陣に見られた。乱れてはいたものの、衣服や下着はギリギリ装着されていたから、まだマシなのかもしれない。
「続きは?」
「……ま、また今度で」
クラウディアの図太さに慄くセナ。遥かに歳下の恋人なのだが、もはや主導権は決しているのだ。まあ二百年前から余り変わらないが。
「セナって恥ずかしがり屋なのも変わってないね」
「恥ずかしいとか、そんな段階の話じゃないでしょ」
「そう?」
「そう。と言うかクラウの怪我まだ治ってないからね? 早くベッドに戻って。傷口も開いたみたいだし、診てもらわないと」
「分かった。言う事聞くから、もう一回だけギュッてして」
「……うん」
上目遣いで可愛らしいお願いをされて、セナは思わず頷いた。そのまま最初はそっと、直ぐに力を込め直して抱き締める。離したくないと思ったが、クラウディアはまだ万全ではなく、此処は自分の家でもないのだ。内心で我慢しながら、平気なフリをして手を離した。まあ戻っていた両耳が再びフニャリと垂れていたから隠せていたかは怪しい。
身体は離したが、一方のクラウディアが視線を切らない。青い瞳はセナの顔を見詰め続けていた。
「……クラウ。早くベッドに」
「分かってる。でもちょっと待って」
そう返すクラウディアは手を上げて、そっとセナの頬や額に指を這わせた。それを二度繰り返し、最後は唇に。
「な、なに?」
「ううん、気にしないで。大体理解したから」
「理解?」
「
「え……」
精霊の愛し子である白の姫の"願い"は直ぐに実行された。いくら歴戦のセナといえど完全な不意打ちな上、精霊魔法を行使したのは敵などでなく心から愛するクラウディア。抵抗など出来なかった。
あっさりと眠りに落ちたセナを受け止めて、そのまま横抱きにする。右肩からまた痛みが走ったが、そんなことに構わない。優しくベッドまで運び、そっと横たわらせる。髪を撫でて、頬に二度キスを落とした。
「……もう離さない。これからは私が絶対に守る。どんな敵も、
そう言葉を残し、クラウディアは部屋から出て行った。
◯ ◯ ◯
「確かに……体温がかなり高いと思います。唇も少し乾き気味ですね。ですが、御安心くださいアーシア様。命に関わるような病ではありません。恐らく緊張が抜けたのと、疲労からくるものでしょう」
「そう、ですか。本当に良かった……」
クラウディアが呼んできたのはオーフェルレム聖王国の王女と、癒し手の女性、その二人だった。
抱き締めて貰ったとき、クラウディアは直ぐにセナの体温が高いことが分かった。もちろん精霊達からの報せもあり、目の下の隈も気付いたのだ。愛する者の無事が確かめられて、張っていた緊張の糸が緩んだのだろう。
「昼夜を問わずクラウディア様にずっと寄り添ってらっしゃいましたから。目を覚ましたら水分とお食事を。身体に良いものを用意致しましょう」
「ありがとう。お願いします」
アーシアも安心出来て、思わず側にあった椅子に腰を落とした。
少し前、廊下を真っ直ぐに歩いてきた白の姫に驚いたのだが、更には「セナの体調が悪い。診てほしい」と伝えてきた。慌てて様子を聞きつつ、専門の者を呼び出したのがついさっきだ。おまけに「精霊に頼んで眠らせた。意識を失ったわけじゃない」と。
「クラウディア様にも御礼を」
「なぜ?」
「それは……セナ様の不調を教えて頂けましたから。
「そう。でも御礼なんて要らない。私も助けて貰ったし、シャティヨンもお世話になってる」
「私達には古の約定による友誼が御座いますから。ましてやセナ様は、我が聖王国の歴史に於いて大切な御方。そのセナ様のお知り合い……いえ、想いを寄せるお相手ならば惜しむ物などありません」
「歴史に於いて?」
「クラウディア様はご存知でないのでしょうか?」
アーシアから見て、超絶と言ってよい美貌が簡単に歪んだ。決して嫌味で選んだ質問ではないが、白の姫からしたら悔しかったのだろう。エルフ種である以上明らかな歳上に当たるが、外見だけなら逆だ。少しだけ弟を思う様な気持ちになり、アーシアに微笑が浮かんだ。
「御免なさい。事情により二百年も逢えなかったと聞いていました。この聖王国は建国から百五十年程度。クラウディア様とセナ様が別々であったときの事でしょう。宜しければ説明致しましょうか?」
「お願い。私と一緒じゃなかった時間、何をしてたのか知りたいの。セナは自分の事をあまり話さないから」
「はい。私共が知っている事など一部と思いますが、許される限り。ただ、セナ様から形に残るもの、つまり記録を残してはならないと厳命されています。我等の口伝だけになってしまいますが」
可愛らしい顔で頷き、クラウディアは大切な質問を追加した。
「あと、セナに余計なちょっかい掛けたヤツとか知ってたらそれも教えて欲しい。私がいることを分からせないといけない」
「は、はい」
アーシアは、セナと二人で湯浴みしたあの夜を伏せる事に決めた。綺麗な褐色の肌も見たし、磨く為に手も触れたのだ。この予感は間違いない筈と、冷や汗も隠すだけ。弟のレオアノは更にまずい立場だが、男として受け止めるしかないだろう。とは言え、後で少しだけ助言はしないといけないが。
「お願いばかりで悪いけど、オーフェルレムの王様にも会いたい。幾つか話しておきたい事があるの」
「分かりました。元々そのような予定も考えていましたし、聖王国とセナ様の事もそのときに。直ぐに準備致します。宜しいでしょうか?」
「うん。ありがとう」
クラウディアに笑顔が浮かび、アーシアは絶句して見惚れた。シャティヨンも美しかったが、白の姫はそれを上回り、可愛らしいまで合わせ持つのだ。「セナ様が大切に想うお相手ならば当然かも」とそんな風に思った。
「お父様。こちらの御方がセナ様の」
「ああ」
「白の姫クラウディア様。そしてご存知のシャティヨン様です」
「以前にシャティヨンと会っていたし、エルフの者の美は知っていたつもりだが……目の前にすると想像を超えるものだな。特に白の姫は」
ある種の礼儀として褒め称えたが、レオンからしたら本心以外の何ものでもなかった。あまりにも整った容姿だと現実感も剥離するのだと、それ以上言葉を探すことを諦めるほどだ。
「かなりの負傷を負ったと聞いていたが……その様子だと問題ないようだな」
「うん、大丈夫」
「それは良かった。さて、ではまず聖王国の歴史から」
「お待ちください、レオン陛下。まずは我が姫よりお伝えしたい事が」
シャティヨンが割って入り、クラウディアに促した。王の話を遮るなど不敬だが、エルフ種は王政に縛られない。もちろん一定の礼節は保つが、そもそも種族間の文化的違いも大きい。
「ふむ? では聞こう」
レオンも気分を害した様子がなかった。そのままクラウディアも話し始める。
「まずは御礼を。シャティヨンと私、手厚い癒しと温かい日々に。クラウディア=オベ=オーラヴはこの恩を絶対に忘れない。ありがとう」
胸に手を当て、真っ直ぐにレオンを見ている。青い瞳に吸い込まれそうで、隣に座るアーシアまで身動ぎした。
「その礼を受け取ろう。だが、セナの大切な者が困っていたら、我等聖王国にとって助けるのは当たり前でもある。だからその言葉で十分だよ」
「アーシアから聞いた。それでも、必ずこの恩は返す事になる。今から十数年先、だけど」
「なに?」
「詳しくは言えない。でも私は貴方たちの剣となり、戦う。セナはそのとき、来たくても来れないから」
普通ならば戯言と吐き捨てるだろう。だが、相手は白の姫。凡ゆる精霊に愛される特別な存在と聞いていた。何よりも、聖級占術師のセナ=エンデヴァルが唯一愛する者なのだ。
「戦う」と暗い未来も暗示された以上、しっかりとした準備がいるだろう。今は自分が王であるが、その頃は恐らくレオアノが戴冠して間もない時。つまり、直ぐに準備を始めないといけない。
その意味を込め、レオンは隣にいる娘に目線を送る。当然に、察したアーシアも頷いた。
その戦いで特に活躍するのが"赤の旋風"で、セウルスの名声は確固たる物となるが……伝える必要も、意味もない。
「分かった」
「それとお詫びを」
「詫び?」
「黒の森を壊してしまったから。あれでは精霊も長い間宿らない。樹々も成長が遅くなる。だから、ごめんなさい」
なるほどとレオンは顎髭をさすった。正直な話、精霊がどうとか意味も分かっていない。
「聞かせてくれ」
「うん」
「セナを助けるために必要な事だったのか」
「それは間違いなく」
「それならいいさ」
力が抜けるほど軽い返しに、シャティヨンですら眉が揺れた。だが、それがレオンという男だ。
「そうだな。じゃあ代わりとしてセナとの仲を教えてくれよ。どんな出会いだったんだ? どっちから告白したか興味がある。聖王国との話はその後な」
「お、お父様!」
余りに失礼な質問にアーシアが立ち上がり制止をかけた。だがこれも、レオンらしさを示しているだけなのだろう。