長生きTSダークエルフはひっそり暮らしたい〜今はごく普通の占術師なので、どうか放って置いて下さい〜 作:きつね雨
最近の赤の旋風は羽振りがいい。
冒険者ギルド内で多く流れている噂だ。
いや、噂では語弊がある。斧使いのイェンは愛娘にこれでもかと色々買い与えているし、クォーターエルフのキーランは消耗品として使える訳もない高級ナイフを手に入れた。冷静と思われていた老魔法士のベレルマンでさえ、新品の魔法杖を撫で回している始末だ。
だが、リーダーであるセウルスだけは違った。
いつも遠くを眺めるようにぼんやりしていて、僅かな間に溜息を何度も。暫く依頼を請けない予定なので、その力の抜けようが凄まじい。
「セウルス、お前大丈夫か?」
「……あ、ドティルさん」
「あ、じゃねえよ。最近溜息ばっかりだぞ」
「そう、ですか?」
「あの依頼から帰って、それからずっとだな。結果的に何とかなったし、セナだって無事と聞いてる。達成報酬もたんまり、王女殿下から感謝の言葉まで頂いたんだ。なのに辛気臭え。どした? 何か悩みでもあんのか?」
よければ話を聞くぞと、ドティルは優しい顔で向かい側に座った。まだ昼のため、周りには赤の旋風やバイアの連中もいない。軽い昼食をモソモソと食べていたら、偶然ドティルに見つかったわけだ。
「……どうしたらいいか分からないんです」
「ふむ」
「久しぶりに会えたのに、まともな会話も出来なかった。話したい事がたくさんあって、でも彼女はずっと城から出て来ません。会いに行きたくても王城にはおいそれと入れませんし……」
盛大な溜息をこぼし、セウルスは俯いた。一方のドティルはちょっと意外に感じ、同時に悩みも理解した。と言うか、自分と似た感情を抱いていると仲間意識まで働く。
「俺も……結局告白もしてねぇよ。せめて盛大にごめんなさいしてくれたら諦めもつくのに」
間違いなく玉砕するが、区切りが必要な場合もあるのだ。
「ドティルさんも?」
「まあセナも困るだけだし、大体アイツには心に決めた相手がいた。向こうからしたら迷惑なだけだから、早く忘れようとしてるとこだ」
「忘れる……」
「セウルスは? せめて気持ちを伝えるくらいしたいだろ」
正直、ドティルはセウルスの言う相手が誰か知らない。王城にいるらしいから、その辺の町娘ではないだろう。そんな事が頭に浮かぶ程度だ。それでも、せめて話すくらいはして欲しいと思う。目の前のセウルスはまだ若く、自分のような大人ではないのだ。
「それは」
もちろんと言葉を続けようとした時、店の扉が開いた。天気も良い日なので、明るい光がドティルの背中を照らし、セウルスは眩しそうに目を細める。
「聞いて来た通り、やはり此処にいましたか」
入って来たのは背の高い女性。銀髪は陽の光を反射し輝いている。細い身体は昔から全く変わっていない。丁寧な口ぶりと、美しい所作も。
「シャ、シャティヨン?」
「はい」
セナの様にローブで隠したりしないので、シャティヨンの全身は余す事なく視界にある。ちなみに、周囲の何人か、ドティルさえもポカンと眺めて固まっている。エルフが珍しいのもあるが、不思議な圧迫感を感じるのだ、彼女から。
「アナタはドティルさんでしたか。バイアの御活躍、我が姫に代わってお礼を伝えさせて下さい」
「あ、ああ。こちらこそ?」
緊張のあまり意味不明な返しをするドティル。何となく席を譲り、目配せでセウルスに頑張れと伝える。別名を逃走とも言うが。
「失礼しても?」
「も、もちろんです。シャティヨン」
「ありがとうございます」
その座る所作さえ美しい。澄んだ雪解け水を想起させるのも昔と同じだ。
「……どうして此処に?」
「セナから叱られました。セウルスと黒の森以来話してないと言ったら。なのでアナタが現れそうな場所を幾つか教えて貰い、こうして会えた、そんな感じですね」
セウルスは思い出した。セナと会った最初の頃に占術をしてもらっていたのだ。その内容は恋の悩み。憧れのシャティヨンと、いつかもう一度会えるのか。そんな依頼を不思議なカードで占い、必ず再会は叶うと言ってくれた。
あの森で確かに占い通りとなった。気持ちを知るセナがシャティヨンを此処に導いてくれたのだろう。
「まずはお詫びを」
「え? な、なんで」
「セウルスが持つ特別な力。それを知りながら、導くこともなく利用しました。でも、後悔はしていません。もしもう一度選択するとしたら、また同じ事をします」
「……セナさんが教えてくれました」
「よく知っています。セナならばそうするだろうと思っていましたから。彼女は私と違い、誰にも優しい女性です」
「知っていて、だから僕に近づき、剣を教えてくれた。そう言うことですか?」
「はい」
はっきりと、視線を逸らすことなく答えた。シャティヨンには間違いなく後悔がなく、目的のためなら全てを捧げるエルフだ。
「……変わっていませんね、シャティヨンは」
「?」
「何も謝る必要がありません。シャティヨンが伝えてくれた知識、言葉、剣技、全てが僕の歩む道を照らしてくれた。それに、最初からシャティヨンは隠したりしてませんでしたよ? 私の行動は全て同行しているあの娘の為にある。だから感謝は要らないって言っていたじゃないですか」
「そうでしたか?」
「ええ。忘れたり出来ません」
他者のために自らを捨てる。そんな誇り高いシャティヨンにセウルスは憧れたのだから。
「シャティヨン。また旅に出るんですか? クラウディアさんと」
当たり前。そう返ってくると思っていたセウルスに意外な答えが齎された。
「いえ、これから暫くは別行動ですね」
「え? 本当に?」
「あの娘の横にはセナがいますから。私はクラウが歩む道を助けたかっただけ。まあ要は、お邪魔虫になりたくありません」
「や、やっぱり
「見た通りです」
「で、でも、異種族で、年齢だって随分違いますよ?」
「関係ありません」
「関係ない……」
フツフツとセウルスの心が震え、そして赤く燃え上がる。異種族であろうと、年齢が離れていようと、関係ないのだ。
「シャティヨン!」
「な、何ですか?」
急な大声で、普段冷静沈着なエルフも吃驚したようだ。
「今日の夜、もう一度僕に会ってください! 大事な話があります!」
「え、ええ。構いませんが」
この夜。シャティヨンに更なる驚愕が襲うこととなる。
◯ ◯ ◯
「セナ。もう慣れた?」
「この弓? もう大丈夫だよ」
「やっぱりあの弓じゃないから」
「クラウ。その話はお終いって言ったでしょ」
ヴァランタンに頼んだのはクラウディアの剣だけでなく、セナが使う弓もだ。如何に名工の老ドワーフであろうと、あれほどの紅弓は用意出来ない。精霊に祝福された武具は少なく、ましてやアダルベララとなると不可能だ。
それでもセナは笑い、ポンとクラウディアの頭に手を乗せた。ついでにナデナデまで続ける。最近、白と黒の距離は随分と近付いた。何かあったか誰もが想像するが、それを言及するのは許されないだろう。
「お互いの怪我も癒えたし、そろそろかな」
「うん。いつまでもオーフェルレムのお世話になってられない」
「だね」
間もなくセナ達は旅立つ。
かなり前から決めてあったが、それぞれの回復具合と新しい武器の練度が高まるまで。そう話していたのだ。両者とも相当な使い手とは言え、世界は広くて深い。油断などしたら悲惨な結果が待つだろう。
まあセナの力は多少落ちたが、クラウディアは白の姫。この精霊使いたちに害を及ぼす存在など、それこそ上位精霊くらいだ。
「最初は何処に行こうかな」
「セナ。私が決めてもいい?」
「ん? もちろん」
セナとしては特に目的地のない旅になる。この二百年はクラウディアから姿を隠すことだけを考えていた。そんな理由も失われ、まさに気の向くままの旅。ちょっとワクワクしてたりする。ましてや隣には、誰よりも大切なクラウディアがいるのだ。
「じゃ、カルフルゼに行きたい」
「カルフルゼ? 北方のヒトの国だね」
「国じゃなくて、森に」
セナの身体は強張った。目の前の彼女が何を考えているか分かったからだ。言葉を返せないセナを見て、クラウディアはそっと抱き締める。
「ごめんね。私の我儘だけど、どうしてもエルジュビエータと話をしたいの。もうセナのことは心配いらない。安らかに眠って欲しいって。だめ?」
セナの古き友であり、揺り戻しの犠牲となったエルフ。彼女はカルフルゼ近郊の森が故郷であり、今もその地で眠っている。
「……ううん、行こう。私も、エルとずっと話がしたかったから」
「うん」
クラウディアは両手に力を込め、大丈夫だよと伝える。言葉がなくとも、きっとセナは分かってくれるはずだ。
「ありがとう」
だから。そんな全てを察してお礼を言うセナが大好きなのだ。もう一度、これから先も、クラウディアは力を込めて抱き締めるだろう。
アーシア発案により作られた通路を通り、セナとクラウディアは城外まで歩いてきた。
普段は封印されていて、そもそも存在を知る者は僅か。そのためヒトの気配は少なく、限られた者だけが追随しているだけだ。
最後の小さな門。閉じられたその前で振り返る。
「みんな、本当にありがとう」
「セナ様……」
アーシアは寂しそうに呟いた。分かっていても別れは悲しいものだ。ましてや、二度と会えないかもしれない相手ならば尚更だろう。
「アーシア」
手をそっと握り、目を合わせる。燻んだ翠、見詰めるのは夕焼け色。セナはニコリと笑う。
「この城の日々は楽しかった。絶対に忘れないよ」
「私も、私も決して……!」
静かに泣き始めたアーシアの手を、そばに立っていたレオアノに預ける。同じように涙を溜めるオーフェルレムの王子は、頑張って声を出した。
「セナ! また必ず! 必ず戻ってきてくれ! このオーフェルレムに……僕や姉様じゃなくても、次代の誰かでもいいから。待ってる」
「うん。そうだったら幸せだね」
決して肯定しない。もし運命に嫌われたなら、オーフェルレムに害が及ぶなら、セナは二度と現れないだろう。アダルベララは失われても、世界の「敵対者」である事実は消えない。
「セナは今も昔も綺麗なままだ。偶には俺にも涙を見せてくれよ」
「もう、レオンは相変わらずだね。でも、そんなレオンも好きだよ」
隣で黙っていたクラウディアがジロリとセナを睨んだが、幸い見ていなかった。まあレオンにはバッチリ目撃されて、ちょっとびびっていたが。
ギギと門を開き、明るい朝の光が道を作る。
「じゃあ行くね」
「ああ。白の姫よ、セナを頼む」
「任せて」
「……ねえ、そんなに私って頼りない?」
「セナはそんなのじゃないの。ね、シャティヨン」
「そうですね。私からも頼みます」
「ええ……シャティヨンまで……?」
シャティヨンは暫くの間、この聖都レミュで過ごすことになった。理由は聞いてないが、セナは何となく幸せな気持ちになる。きっと、また何かが動き出したのだろう。
セナとクラウディアは寄り添い、門を通り抜けたあともう一度振り返る。
そして暫しの、別れの言葉を紡いだ。
「いつの日か、また」
これで完結です。
今まで読んでくれて、何より評価やコメントありがとうございました。本当に励みになりました。
気紛れで後日談を書くこともあるかもしれませんが…セナとクラウディアの物語は一区切りとします。それではまた何処かで。