楽曲モチーフ小説 〜元ネタはご想像にお任せします〜   作:ひびき@不定期

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春に、

――先生が、死んだ。

 

私は大学で美術を専攻している、しがない大学生だ。この春で3年生になる、何処にでもいるようなありふれた学生の1人。4月も終わりかけ葉桜が見られつつある今日、そんな私を『先生』の訃報が襲った。

『先生』はご想像の通り、教員だった。私が高校生の時に美術と音楽を教えてくれた(本来は教科の掛け持ちなんて有り得ないが、教員不足が囁かれる昨今珍しいことではないそうだ)。専門は美術で、初老に差し掛かったいわゆるおじさん先生だった。教え方に癖があったとかかっこよかったとか、何か大きな特徴があった訳ではない。ただ、私にとっては彼が特別だった。

 

   初恋の相手だったから。

 

何処が好きだったか、と言われたら思い出せない。ただ『先生』が教えてくれたから、今まで好きでもなかった絵に魅了された。反対する両親を無理に説き伏せてまで美大を受験した。今まで何の色も無かった私の人生に花を添えてくれたのが、他でもない『先生』だった。

 

訃報の連絡をくれたのはフルネームすら思い出せないくらい関係の薄かった同級生だった。メッセージをくれた相手の名前は当時、周囲のみんなが呼んでいたあだ名にしたまま。何だか現実味が無くて、変な感じがする。

「『先生』…。」

声に出してもその感覚は変わらない。突如、部屋の窓から暖かな風が吹き込んできた。そういえば私は今の今まで掃除をしていたんだった。顔を上げると青空が見える。もう桜はほとんど散っているだろうけど、何故か見たくなった。風に誘われるように、私は外に出た。

 

 

自転車で来たのは、高架橋の下にある小さな公園。公園といっても川の近くにあるひらけたスペース…といった方が正しいような場所だ。ここは桜の木がたくさん植えられている上に、『先生』と最後に話した場所だったから。頭上からはまさに桜の雨が降っている。散る時をわかっていたかのように、私を待っていてくれたかのように思えたのはきっと感傷に浸っているからだと言い聞かせる。

少し汗ばむくらいの陽気で、時折吹く風が気持ちいい。ふと自分の頬に何かついていることに気づき、触れると桜の花びらが手に落ちた。

息が詰まった。

――まるで、『先生』と初めて話した時みたいだったから。

 

「お花見なんて、うちの高校しかやらないよなー」

「本当だよな。おかげで授業1時間削れるから様々だけどな!」

そんなことをボヤきながら歩く男子生徒を横目で見ながら、高校2年になったばかりの私は今と同じベンチに腰掛けていた。頬についた花びらを取り見つめていた時に話しかけてきたのが、『先生』だった。

「…君は他の子達と、写真撮ったりしないの?」

「…別に、興味無いので。桜は綺麗だけど、写真にするとあまり綺麗に感じないんです。見返すこと無い写真撮るよりは、今しっかり見ていてあげたくて…。」

「おっ、僕と似ているね。写真は見返さないタイプなんだ。」

よっこらせ、と隣に座る『先生』は少し嬉しそうだった。その笑顔が、なんだかほころんだ桜みたいだった。

 

ワンっ!!!!

突然犬に吠えられて我に返った。私の足元にコーギーが寄ってきて、いつの間にか落ちていたボールを咥え走り去っていく。向こう側で飼い主と思しき女性がこちらに向かってぺこり、と頭を下げるのが見えた。無視するのもばつが悪いので軽く私も頭を下げた。

ふと気になった。『先生』は私のことをどう思っていたんだろう。まぁ何とも思っていなかった・生徒の1人だった、がオチだろうけど。

――初恋とはいえ、これから人に話すこともないだろうし話す気もない、甘くも酸っぱくもない思い出だが何故かそんなことを考えた。

 

高校の卒業式が終わったあとも、私はここに座っていた。『先生』とここで待ち合わせていたから。

「やぁお待たせ。ごめんね、今日の主役を待たせてしまって…」

「いや、いいですよ。特に予定もありませんでしたし。」

「…今年は暖かいね。もうこんなに桜が咲いている。」

初めて話した日と同じように、『先生』は隣に腰掛けてきた。天気や桜のこと、大学に受かったこと等々をとりとめもなく話す。仄かな恋心に気づいたのは、皮肉にもこの時だった。少しでも『先生』に近づきたくて、『先生』の目に映るものを『先生』と同じように理解したくて、あの日からずっと追っていた。それに気づいた途端、過ぎる時間が名残惜しく感じた。卒業式では泣かなかった私が、『先生』にさよならを告げた時は少しだけ涙声になっていた。

 

ざあっと風が強く吹き、桃色の花びらが舞い上がる。思わず見蕩れたその瞬間、視界の遥か遠くに『先生』が――いた、気がした。

一瞬であるはずのその瞬間、懐かしい匂いがした。くたびれたジャケットとぼさぼさの髪が、シルエットが見えた気がした。卒業式の日、さよならと告げたあの背中――。

「『先生』…。」

思わず声が出る。私には手の届かなかった恋、気づくのが遅かった恋。貴方をもっともっと理解したかった。同じものを見て「感性が似ているね」とまた笑い合いたかった。愛を語るには言葉も時間も、何もかも足りなかった。そして言葉なんかで表すには、余りにも美しすぎた。

散りゆく桜の中で

「またね」

と声が聞こえたように思えた。

 

私はやっと、泣き声を上げることができた。

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