―――ガンッ!ガンッ!ドン!バタバタバタ…
壁が壊される。彼と私の小さな世界に穴が空く。ぼんやりと過ごしていた私の世界に、外の光が差してくる。
『白い人』達は唐突に訪れた。私は何も知らなかったけれど、『白い人』はあたかもお宝を見つけたかのようににっこりと、暖かいはずなのに冷えて見えるような恐ろしい微笑みをたたえて、床に座り込む私にこう言った。
「やぁ。僕はルーク・盤上・クロスフィールド。君を助けに来たんだ。――連れて行って。」
ぼろぼろに壊された壁、扉。あんなに頑丈だったのにな。
あの人はどこなんだろう。私を外に出していいのかな。
それとももう…必要無くなったのかな。
『白い人』に指示されたであろう周りの人間が私の腕を掴んで立ち上がらせようとするが、私はすぐに床に倒れてしまう。当たり前だ。私はこの部屋でずっと過ごしているから、筋力なんてまともにない。歩くことも前にしたのはいつかわからないくらいの、ぼろきれを纏って床で寝起きするだけの生活。
「ん?立てないンすか?」
「いや、こんなか細い足だ。ろくな筋力もないのだろう。伯爵がずっと閉じ込めていたんだろうから。」
「…可哀想っスね…」
そんな言葉を交わしながら、一際大柄な人間が私を抱き上げる。目があった瞬間ぎょっとしたような顔をされた。たぶん私が想像以上に軽かったからだろう。あの人が来なくなってからはほとんど水だけで生きていたから、そうなるのも無理はない。
―――私は驚いた。あの人から外の世界は恐ろしいと聞いていたのに。拷問でも何でも受けるつもりでいたのに。何故か今私は―――
「湯加減はいかがですか?」
お風呂に入れられてた。本で読んだことはあったが、自分が経験できるなんて、とぼーっとしていると、扉の向こうから声を掛けてくる人間がいる。何と答えていいのかわからなかったが、とりあえず
「だい、じょうぶ…」
とだけ答えておいた。すると
「髪などはご自身で洗えますか?」
「…」
正直、できる気がしなかった。というのも、いつもあの人がしてくれてたから。お風呂に入ったことこそなかったけど、着替えや整容はあの人がしてくれていた。沈黙をどう受け取ったのか、扉の向こうの人間はすぐにどこかへ連絡を始めた。しばらくすると女の人が1人、浴室におそるおそる入ってきた。
「失礼します…。えーっと…髪とか身体洗うの、私がお手伝いしますから。」
かくして私は、久しぶりの整容をほとんどその人間にやってもらうことになった。彼女の手つきは本当に優しくて、あの人とは違うなぁと感じながら身を任せていると浴室の外から声がする。
「メイズ、いかがですか?彼女の身体に傷などは?」
「ビショップ様、それが…特に何も無いんです。古傷すら無く…。」
「何も無いに越したことはありません。それを聞いて安心しました。ルーク様にもご報告して参りますから、貴女は彼女に身支度をさせてあの部屋まで連れてきて下さい。」
「かしこまりました。」
何のやり取りなのかよくわからなかったが、たぶん私のことを案じてくれているのだろうと思った。優しいな。
入浴を終えて、着せられたのは清潔感のある白いワンピースだった。さらさらしてて着心地もいい。世話をしてくれた女の人は、私の髪を乾かし一つに結うと不思議な部屋へと連れてきた。だだっ広くて、明るくて、たくさんの物が床に置かれている。
「好きなものを解いてみて下さい。」
と声を掛けられた。椅子に座らされ、目の前に幾つかの物が置かれる。これは…パズル?
「…すきな、もの…」
思わず声に出た。好き…好きとは何だろう。パズルは、あの人がぼろきれの布団と服の他にくれた物だった。あれ以外にもこんなにパズルがあることも、こんなにカラフルな事も驚きだ。解いてみたいものを解けばいいのだろうか。女の人は私が何を選ぶのか緊張しながら見ている。
「なんでもいいの…?」
「!…も、もちろんです!ほら、これとか…」
そう言って差し出して来たのは、組木パズルだった。中の物を出して戻せば解いたことになるのかな。
かちゃかちゃ、かちゃかちゃ
「とけた。」
「は、早っ…!じゃなくて…では、これはどうですか?」
数字の羅列…ナンプレ。これもあの人からもらった中にあった。
「とけた。」
「えぇぇ…すごいわ…。で、ではこれは?」
迷路。これは得意。
「できた。」
「は、はぁ…。」
―――うぃん
音がした方を見ると、先刻私を部屋から連れ出した『白い人』と数人の人間がいた。
「どうだい?メイズ」
「ルーク様…!この子、恐ろしい子です…。これらを、一瞬で解いてしまいましたの…。」
「なっ…すごいな…。さすが伯爵の子孫だ…。」
ルーク様、と呼ばれた『白い人』は私の方へ歩いてきた。髪も服も白。綺麗な人だなぁと私は思った。
「君、名前は?」
「なまえ…?」
名前、なまえ…あの人は私を何と呼んでいたっけ。随分呼ばれてないから忘れてしまった。
「名前は、あるのかい?」
こくり、と頷いておく。――そうだ、思い出した。
「スキュア」
私の名前、のようなもの。あの人がよくそう呼んでいた。
「スキュア、か。僕はルーク・盤上・クロスフィールド。今朝1度会ったのは覚えているかな?」
こくり。
「君の世話をしてくれていたのはメイズっていうんだ。ありがとう、メイズ」
「い、いえ私は…。」
狼狽えてはいるがうれしそうにも見える。やっぱりあの人が言ってた通りだ。人間はいろんな顔をする。
私は、1番聞いてみたかったことを聞くことにした。
「あのひとは、どこ?」
「っ…。あの人、というのは…ピタゴラス伯爵のこと…かな?」
こくりと頷く。たぶんそう。
「あの人はね、随分前に…1年ほど前に、亡くなったんだよ。」
なくなった?どういうことだろう。頭の中がぐるぐるする。しんだってことなのかな。なくなるって、もうないってことだもんね。…そっか。それならあの部屋にも来られないよね。
「…伯爵は、貴女の…スキュア様のことをどなたにも明かさずに亡くなられました。今回、改修のためPOG施設内を全て調査させた際に、伯爵がお使いになられていた部屋から謎の鍵と封書が見つかりました。封書には貴女について、ご両親や伯爵との関係・生い立ちなどといったことが書かれていました。
部屋を隅々まで調べさせると、本来設計図にはない場所に壁があることがわかりました。そこで破壊してみたところ…貴女様を発見したのです。」
『白い人』の隣りにいる『黒い人』(黒髪・黒服のためそう呼ぶことにした)が淡々と告げる。
「君の部屋にはたくさんパズルがあったみたいだけど、あれは―――」
『白い人』が何か話し始めたけど、私はもう聞き取れなかった。全身から力が抜けてしまい、椅子から崩れるように落ちてしまったから。次いで意識も飛んでしまった。
もう限界。