ルークはその日、いつも通りに執務室で仕事をしていた。春のうららかな日差しが降り注ぐ、机と椅子以外の家具等何も無い、まさしくルークに似合う『白い部屋』で。
「失礼致します、ルーク様」
恭しく礼をとり入室してくるのはビショップ。彼の側近であり、中央戦略室付きギヴァーという役目も負う。いつもは冷静沈着で、何を考えているのかわからないとまで言われる彼の鉄仮面が今日は珍しく崩れていた。酷く狼狽え慌てた様子でいる。こんなに焦りながらも礼を尽くすのは流石だなと思いながら、ルークは尋ねた。
「どうしたの、ビショップ?そんなに慌てて」
「それが…ピタゴラス伯爵のお部屋の、調査についてですが…」
どきり、と心臓が跳ね、冷や汗が吹き出す。キーボードを打っていた手が止まる。
「まさか、やはりあったのか…!」
大門カイトやその周囲を巻き込んだパズルを巡る喧騒は、つい1ヶ月ほど前に漸く落ち着いた。カイトは旅に出て、周囲の人間―ノノハやギャモン、キュービック、アナといった面々―もそれぞれの道に進み始めた。
そこでルークは今度こそ彼らに災難が降りかかることが無いよう、POG内部はもちろんオルペウス・オーダー、アムギーネ共和国など今まで彼らと関わりのあった組織や、それに準ずる集団・個人を徹底的に調べ上げることにした。
まずは自分の居る場所と組織からと思い、施設内の隅から隅までを調べさせていたのに、まさか本当に火種が見つかるなんて…。
「はい…。調べさせていた職員が、ピタゴラス伯爵の部屋より鍵と封書を発見しました。封書の中は私が立ち会い中身を検めましたが、中にはある少女の事柄のみ記されていました。それがこちらです。」
ビショップから手渡された黄ばんだ紙は、所々が判別不能となっているものの確かに伯爵の筆跡で書かれた遺書であった。
「その後不審な作りの壁を発見し、当施設の設計図を確認したところ…そのような物は存在しませんでした。」
つまり、中に何かがある―――。
「…わかった。フンガ・メイズ・ダイスマン、発見した職員とそのペアに連絡を。あと壁を壊せるような物を用意させて。」
「かしこまりました。」
―――ガンッ!ガンッ!ドン!
壁はコンクリートのようなものだったが、経年劣化からなのか意外と簡単に壊すことができた。扉はあったものの、鍵穴そのものが壊れており開かなかったため破壊の判断を下した。
パラパラと埃や塵が舞う中、その暗い空間に、居た。
乱れてこそいるものの、稀有なほど美しいプラチナパープルの長い髪・雪のように白い肌・そして…見るものを全て陶酔させるかのような、アメジストの瞳。
皆が息を飲む中、ルークは1人空間へと入りその少女へと歩み寄った。身じろぎ1つしないものの、怯えた目でこちらを見る床に座り込んだ少女に、ルークはできる限りの笑顔を作り名乗った。
「やぁ。僕はルーク・盤上・クロスフィールド。君を助けに来たんだ。――連れて行って。」
振り返り、後ろに控える部下に指示をする。はっとしたように動き出し各々の役目に徹する彼らを見つつ、ルークは部屋の観察を始めた。床には古い絨毯が1枚と擦り切れた布が1枚、その上には幾つもの空になった缶詰やびん、錆び付いた食器が置かれている。扉から見て右の壁にはベッド…だったものだろうが、埃を被った硬い物と化した台。申し訳程度に設置された水洗トイレ。あとは全て…
「ルーク様、これは一体…」
「たぶん、伯爵が封書に残していたという少女だろうね。ここに閉じ込め、飼い殺していた…もしくは、」
性的対象、奴隷、身代わり、暴行、幾つも非人道的な言葉が浮かぶ。それを汲み取ったかのようにビショップも目を伏せる。
「一体、何を考えていらしたのでしょうか…ピタゴラス伯爵は…」
「さぁ……ん?」
ふと1つのパズルに目が止まった。全て解かれているが、これは…いや、ここにある全てが―――。
「…ビショップ、これを見てくれ」
「はい。…パズル、ですか……。えっ…!?こ、こんなめちゃくちゃな物を、あの少女が…?」
「恐らくはそうだろう。」
彼女に与えられていたのはとんでもないパズルばかりだった。悪意に満ちた、一介のソルヴァーが解くには条件が無さすぎて機能しないようなもの。伯爵は未完成ともいえるこれを彼女に渡し、作らせ、同時に解かせていたのだろう。そう思った瞬間、ルークの頭のなかで全てが繋がった。まずい。
「ビショップ!あの少女を客人用ではなく、警護のある要人用の部屋に入れてほしいと連絡を。それと入浴させて、身体に傷が無いか調べさせて。できるなら…そうだな、メイズに手伝わせた方がいいだろう。そして関係職員全員に箝口令を。」
「かしこまりました、手配して参ります。調査が終了しましたら、お部屋にお戻りください。」
「あぁ、ありがとう。」
伯爵の育て方はよく知っているが、晩年はここまで壮絶だったのかとルークは愕然とした。そう、未完成なパズルを完成させ解かせるあの教育方針は、ギヴァーとソルヴァーどちらの才能も伸ばすためのもの。そんなものが必要になるのは…
「彼女は恐らく、ファイ・ブレインの子供だ。」
執務室に戻ったルークはビショップにそう告げた。伯爵の教育のやり方・彼女の生い立ち、そして散らばっていたパズルから察される類まれなる能力から言うと、その結論が1番適していた。
「伯爵の子孫…そしてファイ・ブレインの子供…。伯爵は存在を秘匿するために彼女を閉じ込めた、ということでしょうか…?」
「きっとね。それに、身体に傷や拷問の痕はなかったんだろう?」
「はい。」
「…」
メイズが彼女を子供用のパズル部屋へと案内したと聞いて、発見者となった者達を連れてルークは向かった。
部屋に入ると美しく整えられた人形のような彼女がいて、アメジストの瞳がこちらを見ていた。
「メイズ、どうだい?」
彼女のパズル能力、それを確認する目的もあってこの部屋へと連れてきたのだが…
「ルーク様…!この子、恐ろしい子です…。これを、一瞬で解いてしまいましたの…。」
「なっ…すごいな…。さすが伯爵の子孫だ…。」
連れてきた者達がどよめく。箝口令を敷きつつも彼らをここに連れてきたのは、彼女について理解させるため。自分達がその手で見つけた命をどうするのか、どうしていくのかを学ばせる。真っ当なやり方をしてこなかったPOGだからこそ必要な教育であり、2人目・3人目のルークを生まないための教育でもあるのだ。
「君、名前は?」
「なまえ…?」
彼女に近づき、目線を合わせる。まずは名前を聞いてみようと思った。名前さえわかればPOGの情報網から記録を探ることもできる。
「名前は、あるのかい?」
こくり、と頷く少女。無垢なアメジストの瞳は、しっかりルークをとらえている。
「スキュア」
名乗ってくれたことに安堵しながら、ルークはもう一度自らも名乗る。
「スキュア、か。僕はルーク・盤上・クロスフィールド。今朝1度会ったのは覚えているかな?」
こくり。
「君の世話をしてくれていたのはメイズっていうんだ。ありがとう、メイズ」
「い、いえ私は…。」
狼狽えてはいるがうれしそうにも見える。メイズは素直に感情を出せるため、この少女の世話には適任だと思ったのだ。無表情や無機質な人間から世話を受けることがどれほどの恐怖か、ルークは誰よりも知っている。
「あのひとは、どこ?」
唐突な質問だった。だが、彼女は閉じ込められていた。何も知らないのかもしれない。
「っ…。あの人、というのは…ピタゴラス伯爵のこと…かな?」
こくりと頷く少女。
「あの人はね、随分前に…1年ほど前に、亡くなったんだよ。」
ルークは遠慮しがちに、だけど真実を伝えた。この子にとって伯爵はどんな人間だったのかは、その反応からわかると思った。しかし、彼女は無反応だった。
「…伯爵は、貴女の…」
ビショップが彼女を見つけた経緯を話す。きっかけこそPOGを調査するためであったが、表向きは改修工事のためとしていたため嘘ではない。それよりもルークは、ずっと彼女―スキュア―を見ていた。何の反応も見せない、まさに人形のよう。ビショップの説明が終わり、ルークも気になることを聞いてみようと思った。
「君の部屋にはたくさんパズルがあったみたいだけど、あれは―――」
どさり。
うっかりしていた。倒れる彼女を見るまで失念していたが、今日1日でとんでもない疲労に襲われているはずだった。メイズが気絶などではなく睡眠であることを確認し、彼女を部屋へと運んでいく。
不思議な少女。何の因果になるのだろう。
そんなことを考えながら、ルークとビショップの1日は終わった。
次話は3/30 17時に投稿します。
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