スキュアとの外出は楽しかった。たこ焼きを物珍しそうにほおばり、街を不思議そうに眺めるアメジストの双眸が美しかった。
しかし彼女はあの日以降、何か考え込むようになった。楽しくなかったのだろうか…と最初は思ったが、尋ねても大丈夫と返されてしまう。人の感情の機微を見極めることに長けているビショップですら、
「何を考えていらっしゃるのか…」
と首を傾げる始末だ。もちろんメイズにも何も話していないらしい。
こうなるとルークにはお手上げであったが、何とかして彼女自身の考えを探ろうと努力は続けていた。
そして今も、彼女について情報が無いかPOG内のあらゆるデータベースを洗い出してるところであった。
―うぃん
「し、失礼致します!!ルーク様ッッ!!!!!」
突然、酷く慌てた様子で1人の幹部が走り込んできた。
ルークの隣に控えるビショップが咎める。
「騒々しい。ルーク様は執務の最中です。ご要件は私が――」
「へ、ヘルベルトが、ヘルベルト・ミューラーが…再教育施設内から脱走しましたッ!!!」
「「なっ!?!!」」
ビショップとルークは顔を見合わせる。まずい。だってヘルベルトは―――過去の災禍が思い起こされる。
「ビショップ。火急、施設内の全ての出入口を封鎖しろ。車1台、ネズミ1匹も出すな。そして君、状況を詳しく報告してくれ。」
「かしこまりました…!」
「は、はい!」
ビショップが執務室から走り出ていく。その姿を見送るとルークは静かに部屋にロックをかけた。
「?…ルーク様?」
幹部の声は震えている。当然だろう。だって彼は、ルークの部屋に入る権限を持たないはずの存在だから。
そう、POGの幹部ですらない『侵入者』。
「僕が気づかないとでも思っていたの?……まず、あの再教育施設からヘルベルトが逃げ出すことは不可能だ。彼には発信機付きのリングを付けていたからね。それも何の力もない、金属の塊。ある意味本物のレプリカリングだ。それに君自身も、調査不足がありすぎる。ビショップ達には教えていないけど、ここに入れるのは一部の人間だけにしてあるんだ。君は僕が許可した人間ではないし、POGの人間ですらない…ということは、」
「ふッ…ははっ、なるほど、さすがルーク様ですね…顔を覚えてらっしゃるとは…。えぇ、そうです。俺がここのシステムをハッキングして侵入しましたよ…ヘルベルト様のためにねッッ!!!」
いつの間にか空は暗雲が立ち込めている。遠雷が鳴り、空気を震わせる。彼がルークににやりと笑いかける。
「何のためにこんなことを?ヘルベルトは統率力はおろか、もう何も持たない1人の――」
言いかけたところで、彼の顔つきが変わった。わなわなと震え、今にもルークに殴りかからんとするような怒気を放つ。
「黙れ黙れだまれぇぇぇ!ヘルベルト様は!!ヘルベルト様こそがッ!俺の真の主なんだ!!…あの方はなぁ、お前でも怖気付いて手が出せなかった…神のパズルに挑まれるんだよ!!オルペウスの腕輪をつけ、未来を見て、真のファイ・ブレインの子供になったんだ!!!」
狂っている。ルークは背筋に冷や汗が流れるのを感じた。
第一、もうレプリカリングの大半はPOGが回収し、厳正な処分をルークやフリーセル立ち会いのもとやらせている。此奴の頭がおかしいのか、或いは…ルークの目をかいくぐったか。
『ピピッ』
奇妙な電子音が響くと彼は耳に手を当て、ぶつぶつと会話をし出した。相手は恐らくヘルベルトだろう。
「はい、はい、おめでとうございます。いえ、私は役目を果たしましたから…。貴方がPOGを変え、私を救って下さるまで待ちますよ。えぇ、それでは…。ん?あぁ、今絶賛対峙しておりますが…え?…ははっ、それは傑作ですね!えぇ、お伝えします。…それでは。」
通話を切った彼は、さも幸せそうな顔でこちらを見てこう言った。
「我が主は、どうやらピタゴラス伯爵の子孫をも手中に収めたそうですよ?」
思考が停止する。それは、スキュアのことか?何故?
気づいた時にはルークの拳はしびれるように痛み、頬を押さえた彼が倒れていた。
「ふっ、殴ったところで現状は変わりませんよ?」
「そんな事はわかっている…!」
どうする、スキュアがヘルベルトといるとしたら…いや、その前に「伯爵の子孫」であることがバレているのだから…ファイ・ブレインの子供であることは気づかれて…
―うぃん
「ルーク様!!」
鋭く叫びながらビショップとフンガが執務室に突入してきた。
彼奴はフンガに押さえつけられ、通信機を潰される。
ルークの元にはビショップが駆け寄ってきた。途中で事態の重さに勘づき戻ってきたのだろう。
「ルーク様、ご無事で?」
「あぁ…。メイズは何処に?」
「メイズ、にございますか?ダイスマンに探させていますが…。」
「スキュアが攫われた」
「なっ…!?」
ビショップの中でも、ルークと同じように様々な考えが巡ったようだった。
その後メイズによって、スキュアが失踪したこと・ヘルベルトの脱走が真実であることが確認された。
再教育施設内の職員は、今にも死にそうなほど顔を真っ青にして平身低頭謝り続けている。
処分は追って伝えること、ひとまず捜索に徹底するよう言い渡すビショップの声を聞きつつ、ルークはずっとスキュアのことを考えていた。
その時、一通のメールがルークのPCに届いた。
外はいつの間にか、土砂降りとなっていた。