勘のいいガキはデカパイハーレムの夢をあきらめない! 作:そとみち
【side サザンカ】
全く以て見覚えのない、壮年の男の顔を見る。
フードに隠れ気味の顔が見せる表情は……感情の色が全く感じ取れなかった。
暗殺者。
それに属する者が良く見せる眼差しだ。
「
「────────」
ヒノクニの時代、己の命を狙う権力者が派遣する
任務を達成するために感情の全てを圧し殺せる強い意志。
先程僅かに漏れ出ていた殺気すら今は感じ取れぬ。
恐らくは目的を果たすまで碌な情報は零さぬであろう。
であれば、命の遣り取りの果てに相手が命を繋ぎ止めていれば、それからノイン殿に自白魔法を掛けさせればよい。
手加減が出来るかは、相手の力量次第ではあるが。
「…………」
「────────」
言葉で語ることはなくなった。
故に、愛刀たる『黒鴉』を鞘より解き放つこととした。
路地裏に対峙するように立つ互いの間合いは、今現在……一足一刀の間合い。
(拙者の踏み込みによる有効射程を見切られている。確かに、先日の闘技大会にて拙者は刀を振るったが……あれを見ただけで、ここまで
物言わぬ暗殺者が姿を現して、こちらに近づいてきて今の場がある。
つまり、この間合いを選んだのは向こうだ。
もしも己の殺戮圏内に一歩でも踏み込めば、その瞬間に『隼断』を解き放つ考えもあったが……その、僅か一寸先の所で相手は脚を止めた。
加減は出来ぬ。そう確信した。
「…………」
「────────」
隙を見せぬままに刀を蜻蛉の構えに取る。
最速で刀を振り下ろせる迎撃の構え。
迂闊に踏み込めばものの見事に両断して見せよう構えを前にして、しかし相手は未だ得物を見せようとはせぬ。
こやつ、魔法を使うか?
否。この赤備えの耐魔力性能は大会でも見せた。向こうにも知られているであろう。
魔法を放つ構えでも見せた途端に踏み込んで斬り捨てる。
それがわかっているから、向こうも下手な動きはしない。
だが僅かでも動きがあればこちらから踏み込み、捌けぬ連撃を放つ。
周囲全てを読み取る自然体を崩さず、他に襲撃を考えている不意打ちを狙う不届き者が他にいないことも確認して。
その、のちに。
「────────
口
開
喋
踏ッ
前
間
斬ッ──────
「───
「……っ!?」
避け、られた。
信じられぬ
こちらは向こうの口が僅かに開いたのを合図に吶喊し、吐息が言の葉を紡ぐ前に蜻蛉の構えから全速力で踏み込んでの振り下ろし、振り上げ、胴薙ぎを放ったのだ。
殺意を乗せた一撃。先ほどまで闘技場の舞台でヴァリスタ殿と戯れていたような、命の遣り取りを介さぬそれとは芯が異なる。
触れれば殺せるほどの速度で薙いだはず、だったのだ。
だがこの暗殺者。
こちらの刀の軌道を読み切り……最低限の、理想的な動きで体を僅かにずらして回避した。
主殿のような、奇想天外な動きで惑わせるそれとも違う。
達人。
それを感じ取ってしまうほどの、武の極みに近い動きであった。
「─────ッッ!!」
咄嗟に、兜を脱ぎ捨てた。
直観による行動であった。
当然にして続けて連撃を振るう選択肢もあっただろう。
間合いを一度離してもよかっただろう。
だが、己の内に育んだ経験が兜を脱ぐ選択肢を取らせた。
かつて経験があったからだ。
相手の体捌きが速い。速すぎた。
位は並ばねど同様の理屈で速度を欲した者を知っていたからだ。
このまま殺り合っては速度差で不利になると確信したからこそ、装備を捨てての敏捷性の確保を求めた。
それは、ヒノクニで一撃必殺を狙うもの特有の軽装。
それは、
この暗殺者は─────
「…………」
「く、ッハァ!!」
刹那で弾きが間に合った。
こちらの初撃で相手も僅かに体を捩り回避している……その一寸の間で兜を脱ぎ捨てていたからこそ、相手の得物にこちらの得物を間に合わせることができた。
『闘龍呼吸法』で気を隅々まで行き渡らせ己の速度を数倍にしてなお、僅かに及んだその受け身。
さらに言えば……どこまでも拙者が見慣れたそれが、相手の得物でもあったことも功を成した。
「刀……小太刀とな!! この
「…………」
暗殺者の獲物は小太刀であった。
なるほどこの刀ならば重量も抑えられよう。
拙者が選んだ
この王都で、よくぞまぁこのような武具を揃えたものだ。
そういった伝手でもあるのか?
さらに言えば、刀を選んでいることがなにより現在の用途に合っていると言えよう。
ヒノクニ特産の武器であり、それ以外の地ではとんと姿を見ぬ得物であるが……刀には共通の武器特性がある。
かつて己が振るっていた大太刀『鳶丸』にも備えられていたその特性。
闇に染まったことでその
刀には押し並べて『
「…………」
「ぬッ……かァァァァッ!!!」
超近接での殺劇。
こちらの大太刀で弾いた小太刀に、しかし怯むことなく暗殺者がこちらの喉を、鎧の隙間を、首を狙い無数の斬撃を繰り出してくる。
ヒノクニの鎧武者と相対する手際としては上々。
さらにこの剣閃、明らかに刀を扱い慣れている。
刀は西洋剣と比較すれば重さで斬る用途よりも刃筋を立てて斬る必要がある。そうしなければ威力が出ない。
慣れぬ者が振るっても中々に攻撃力の出ない扱いの難しい得物ではあるが、しかしこやつの振るうそれは全てが見事に刀の性能を引き出していた。
重ねて、刀以外に装備をつけていない事により、凄まじい回転の
だが
拙者がヒノクニでどれほどの刀と相対して来たか、貴様は知るまい。
「……、…………っ」
「─────ぜぇぇェェいッ!!」
己でなければ既に命は絶えていたであろう、無数の剣戟。
しかし捌く。
大太刀というこの場にそぐわぬ武器で在れども、捌くだけならば困難な事ではない。
刀で受けて弾くだけではなく、時には鎧で受け、時には回避して、深く入る攻撃は一撃も受けてはいない。
かつて失態を見せた、バアルとの戦いのような……こちらの攻撃が一切通じないような相手ではない。
斬れば殺せる。
ならば斬れる隙を作るまで捌き続ける。
主殿ならば最初の
だが己の強みは理解している。
負けぬ一手を打つことはできる。
「…………、ふぅ…………」
「────────」
1分ほどであったか。
至近距離で続けられた無数の斬撃を、無数の金属音をかき鳴らして刀と鎧で受け切って、とうとう向こう
無呼吸で5分は剣戟を放ち続けられる己とは違う。
これほどの剣戟を見ればもはや相対するこの暗殺者のレベルが
最後の刀弾きの衝撃を利用し、暗殺者が己から飛びのいて距離を開けた。
仕切り直しか、それとも逃亡せんとしたか。
好機。
今ならば、こちらが攻撃の態勢を作れる。
「奥義─────」
瞬間、納刀。
鞘走りを用いた己の奥義『隼断』にてケリをつけんと腰に履いた鞘へ大太刀を収納する。
無限に繰り返した手順。
鞘の位置も刀の位置も違える事はない。
瞬きの間に構え、そして瞬きの間すら生まれぬ必殺の奥義を放たんとして────
「─────ッ!?」
肝が冷えた。
何度もこの構えを繰り返し、極みに達した自分だからこそ感じ取る違和感。
刀が魔刀に変化したことが原因ではない。
既にこの魔刀でも『隼断』を放てることは先の戦場で実践している。
しかしそんな己の掌が握る刀の柄より感じ取った、僅かな違和感。
(
歪んでいた。
ほんのわずかに、鞘の方が歪み、刀に摩擦という違和感を返していた。
(先程の連撃の最中か!? しかし鞘に攻撃をされた覚えはない……感じ取れぬほどのそれを!? 否、もしや
急速に脳を廻し、原因を探る。
否、原因は間違いなく眼の前の男であろう。
確かに
どうやったかは知らぬが────知れぬ事をこそ真に恐れるべきであるが────先程の零距離での連撃の最中に、こちらの鞘に打撃を与えたのだ。
鋼鉄製の鞘を、拙者に気取らせぬほどの精度で穿ち、歪ませた。
それにより『隼断』の不発を狙った。
恐るべき技量と言わざるを得ない。
鞘を狙われたのは初めてではないが、それを為されたのは正真正銘、これが初めてだ。
(危険だこの
鞘の僅かな歪みにより、『
だが『
『隼断』へ至る前の奥義。
ヒノクニでも使えるものは両手の指に足りるほどの秘術『燕返し』。
これ単独でも、それを使えぬ者を相手にすれば必殺を決定づけるものであった。
かつて己がそんな『燕返し』を破るために編み出した奥義が『隼断』ではあるのだが、この場では『燕返し』による一閃にてケリをつける。
『燕返し』同士の打ち合いであれば得物の長さが勝敗を分ける。
さらに言えば、この暗殺者はそもそも『燕返し』を放つことはできない。
見ているのだ。先ほど小太刀の得物を抜いた瞬間、この下手人は鞘からではなく刀そのものを腰のアイテムボックスから抜いていた。
フードとマントの上からとはいえ、明らかに腰に鞘をつけていないことが分かる。
故に、『燕返し』であろうとも放てば必殺。
「───────」
ここまでの思考で0.7秒を費やした。
己から飛びのいた暗殺者が、その足を地に着けようとする間の時間。
その足を地に着き、さらに飛びのこうとした時が貴様の胴を泣き別れにする瞬間だ。
来た。
来る。
───今。
「──────『燕
「『捌き斬り』」
※ ※ ※
──────体の内より、爆発するような衝撃が生まれて。
その驚愕と威力に、動きが止まったところに────
兜を脱いだ不完全な赤備えは、その魔法に抗いきれなくて。
(────────)
意識が落ちようとしている。
……かつて、主殿が返したほどの、それでは、ない。
一寸の間があった。
さらに言えば、こちらの放つ瞬間は、相手の隙を狙うもので。
すなわち、向こうからすれば読める一寸だった。
この瞬間に備えていたのだろう。
なぜ、この男が捌き斬りを使えるのか。
なぜ、拙者を狙ったのか。
理解は及ばない。
またしても敵に敗れた己の弱さを恥じる事しかできない。
ああ、でも。
(……よかった)
意識が落ちる寸前に、胸に浮かぶ想いは。
(……この男を、大嫌いなままで、よかった)
下手人への飽くなき敵意。
これで幾度目かになる敗北だが……その初回で自分の心が定まっていたことを確信し、安堵が生まれた。
主殿は、無拍子で放つ『隼断』を返したのだ。
あれが出来るものは主殿以外にはいない。
フォルクルスには当たった。
2度も『隼断』を受けてなお命を絶やさなかったが、続ければ勝機はあった。
バアルにも当たった。
闇の魔素の広がる場で、魔装具でない刀に依るそれだったため、受けられ、圧し折られたが……今ならば負けない。
そして、この男は捌き斬りで返してきた。
だがこれはどこまでも己の失態だ。最初に様子見で刀を抜いた己が未熟。
抜かなければ────否、抜いたのちも鞘に気を配っていれば。
燕返しを放つ際により機が熟すのを待てば。
ある意味では、言い訳だ。
負けたことへの正当性を求めるほど女々しい事はない。だからこれはそういう類のそれではない。
負けは、認める。
己の全てが足りなかった。
だが、それでも。
(主殿────拙者、多情は持ちませんでした。拙者にとっては、そなただけが────────)
主に心の操を立てられたことに、強き血を求める己の血筋に抗えたことに、安堵を抱えて。
そのまま、
『……っ、誰かッ!! 誰か近く──────』
「
最後に。
己の握りしめる刀よりノワール殿の叫び声が静音魔法により失われるのを聞き届け、拙者の意識は闇に堕ちた。