勘のいいガキはデカパイハーレムの夢をあきらめない! 作:そとみち
「ちょっ、急になんなのトゥレス……え!? 妊娠した時の注意点!? 知らないわよそんなの! バカにしてるの年齢イコール彼氏いない歴の私を!? 私は孤児院の営業権を通す手続きで忙しくて……って、ええぇーーーーーーー!?!? ワンちゃんに子どもできたぁ!? なんでそれを早く言わないのぉ!?」
「おやトゥレス殿、王城まで珍しい……そんなに慌てているのは本当に珍しいですな。ふむ……────なんとまぁ。それは……まず、誠にお目出度く存じます。心より祝福して差し上げたいのですが……心配も不安も当然でございますな。分かりました、アンドロイドが人の子を妊娠したケースがあったのか……現存する歴史書を全て紐解き探しましょう。重ねて通常の妊娠出産、その後の子育てに至るまでのハウツー本も準備してご自宅に伺います。……ん? ああ、そちらは全く問題ございません。第九王女ノルン様はあの幼さで大変に聡明なお方でしてな、教えるこちらが教わるようなことも多いのです。多少お暇を頂いても困る様な事はありません」
アンドロイドであるワンの懐妊。
その報告にたいそう慌てたトゥレスが一番頼りにしている二人に相談に行くのは当然の事と言えただろう。
同じ女であるミルはワンのメンタル面をケアし、トゥレスに並ぶほどの器用万能さを見せるルドルフは出産に際して何があっても対応できるように医学知識なども修め、不安が残る中でもワンのお腹は日に日に大きくなっていった。
アンドロイドが妊娠する事がある、といった記述はどの古文書を紐解いても記載されてはいなかった。史上初の事態に、万が一があってはいけない。
ただただ、無事に赤ん坊が生まれてくれれば。
その想いを共有する4人が万全な準備とケアを行って。
そして、とうとう
「っ、うっ、ふぅーっ、がっ、あーっ!! あ───────ぐ、ぅぅっ!! ひっ、ひっ、ふぅぅぁぁぁ……!!」
「ワン!? 大丈夫かワン!?」
「落ち着いてトゥレス! 子ども生むのって本当に痛くて苦しいらしいから呻くくらい当然なの!! ワンちゃんを信じてあげて!」
「ワン殿、呼吸を教えたとおりに! 赤ちゃんの頭が見えてきましたぞ!!」
出産には全員が立ち会った。
アンドロイドの出産ということで、一般の病院では中々咄嗟の対応が難しい。
ルドルフの伝手で国王直々に手配したベテランで口の堅い助産師と看護師、そして医学をマスターしたルドルフも同席し、回復魔法をすべて網羅しているミルを添えて、万全の態勢で執り行われていた。
彼らパーティが挑んだどんなダンジョンよりも、どんな魔獣と相対した時よりも気を張り詰めるような、生命の戦いが繰り広げられていた。
万全の準備の甲斐もあって、出産自体は順調に進んでいた。
少しずつ赤ん坊の頭も出てきて、ベテランの助産師はこれはいけるだろう、と内心で思える程度には順調に進んでいた。
はずだった。
「ふぅーーーっ、ふぅー…………う、あ、あ? あ……? あ……嘘……。……マスター……ごめん、なさい……」
「なんだ! どうしたワン!?」
娩出期に入り2時間ほど経過した時だった。
赤ん坊の頭がおおよそ露出され、後もう一息でぬるりと抜け出るであろう、誕生の瞬間までもう間もなくといった時に、それは起きた。
それを最初に感じ取ったのは、出産の最中であるワンであった。
「──────私の魔力炉心、この子が持ってっちゃってる、みたい………」
「な───」
アンドロイドの心臓を兼ねる、魔力炉心というパーツ。
全身に魔力を行き渡らせるポンプの役割と、魔力を生み出す役割を同時に果たすこのパーツは、アンドロイドにとって失ってはならない要の部品であった。
通常は人間の心臓部にあるはずのそれで、拍動を行わずに恒常的に魔力を廻し続けているはずのそれなのだが……体外に赤ちゃんを産み落とす最終工程で、ワンは己の体内の魔力回路に通っているはずの魔力の流れが弱くなったのを如実に感じた。
これまでのあらゆる検査でも気づかなかったのだ。
人工的に生み出された子宮の中で育まれていた己の子に魔力炉心が受け継がれ、吸収されていたことに。
胎内にいるからこそ、へその緒代わりの魔力回路を通して、母体にも魔力が廻っていたことに。
心臓代わりの魔力炉心が己の子に受け継がれており、胎内にいた赤子が心臓の役割を果たしていたのだ。
そんな我が子を産み落とし、出産するという事。
それすなわち、己の機能停止を意味することをワンは悟った。
「そんなっ!? このまま産んだらワンちゃんが……!?」
「否、しかし最早どうにもなりませぬ!
「そんな……バカなことがあってたまるかッ!? なにかあるはずだッ!! ワンを助ける手段が……何か……!!」
トゥレス達も、その事実で出産後にワンがどうなってしまうのか理解した。
己の心臓を子に引き継いで、しかしその後はアンドロイドである彼女は……死ぬ。
だが既に出産も佳境、退く択などというものは無くて。
急な事態に、現場の混乱が極まった、その時だ。
「マスター」
気丈な声色で、脂汗が浮かぶ顔を傾け、ワンが己の主の顔を見る。
「……赤ちゃんを優先します。絶対に、この子を……ふぅっ、無事に、取り上げてくださいね」
「ワン!?」
「名前は……っ、はぁっ、決めて、たんですよね……
それは、我が子を愛する母の言葉であった。
「ぐ、ぅぅー……ミル、さん……!!」
「ワンちゃん!? 無茶をしないで……今、回復魔法を!!」
「炉心が無くなっても、効きます、かねぇ……? はぁっ……どうせ、マスターのことだから、子育て、たい、っへん、に……なると、思うんですよ、ねっ……!! 助けてあげて、くれると、うれしい、ですっ……!!」
「わかった、わかったから……!! お願い、どうか諦めないで、最後までっ……!!」
「ふーっ、ふぅー……ルドルフ、さんっ……!!」
「……ここに、おりますぞ」
「今から、思いっきり……ふっ、ふっ、イキみます、ので!! ぜったい、ぜぇーーったいに、無事に、取り上げてっ、ください、ね……!! 私の、赤ちゃん……!!」
「命を賭けましょう。必ずや無事に取り上げて見せます」
「マスター……!!」
「ワン……俺は……お前はっ……!!」
「……カトルの事、どうか幸せに、してあげてねっ……!!」
「ワン────!!!!」
「……ッふ、ぅぅぅぅぅ~~~~~~…………んだぁーりゃあーーーっっ!!!」
稀代の天才トゥレス。
彼はその両腕に、生まれたての己の息子と、死した己の妻を抱くことになった。
※ ※ ※
「俺が」
部屋に、声が響く。
その声は、つい先ほどまでアイムが語っていた内容の当事者……そう、人間とアンドロイドが育んだ愛から生まれた、人外の存在から。
「俺が……母さんを殺したのか……?」
「…………」
石化して動けなくなったカトルから、零れ落ちるように呟かれた言葉。
その言葉に、トゥレスおじさんは肯定も否定もしなかった。
どんな言葉を選んでも、己の息子を傷つけることが分かっていたからだろう。
「そんな……こと、って……」
「……成程、読めました」
続けてティオからも、己の幼馴染とその父親が辿った数奇な悲劇の運命を嘆く言葉が零れる。
それと対照的に、俺の相棒であるアンドロイドのイレヴンからは、納得の言葉が零れた。
「道理で……私を初めて見てもトゥレスもミルも驚かなかったはずです。貴方たちはアンドロイドの存在を知っていた……知り過ぎているほどに」
「…………」
「……出会った初日に、マスターが買取した今私が装備している服。どうにもドリルブラスターを使う上で便利過ぎる構造をしているものと感じていましたが、これは貴方の奥様の使われていた装備だったのですね、トゥレス」
「…………」
「魔剣も息子であるカトルに託して。……貴方は、妻を失った悲しみを……呑み込み、乗り越えたものと……思って、いましたが……」
「───乗り越えられるわけがないだろう」
イレヴンの語る内容に、俺も同様の推測が追い付いてきている。
トゥレスおじさんは……今この場で起こした行動を除けば、奥さんの事を決して外には出さなかった。
冒険者であった当時に使っていた装備も、息子に受け継ぎ、アンドロイド専用の装備は息子の親友である俺の相棒がそれだったため、それに受け継ぎ……次代に託してくれていた、ようにも見えた。
しかし、そんなイレヴンの言葉に、トゥレスおじさんが強い否定の言葉を放った。
「乗り越えられるわけが……忘れられるわけがないだろう!! ワンを!! 俺が……俺がただ唯一、この世界に生きる意味だったアイツを……忘れられるはずがあるかッ!!」
「っ……おじさん……!!」
「親、父……!!」
「なぜだ!! なぜワンは死ななきゃならなかった!? なぜ赤子が出来た時に魔力炉心の異常に気付けなかった!? なぜっ……なぜ俺は、アイツを助けてやれなかったんだ……!! なぜ────…………っっ!!!」
『トゥレス……』
『みゃ……』
トゥレスおじさんの慟哭が響く。
余りにも強い想いを乗せた言葉に、心臓を鷲掴みにされるような哀しみの色に、ここにいる全員が目を伏せる。
それでも、最後……『なぜ生まれた』とは口にはしなかった。
カトルが生まれたことだけは、ワンさんが否定するのは許さないだろうから。
俺は。
俺は今の話を受けても、やはりキレ続けている。
「……アイム」
「はっ……!!」
「お前……おじさんに乗り移って過去を知って、それを
「……はい。私は……この男の感情が、ロック様を殺すに至る強い理由になると思い、扇動いたしました。アンドロイドの……ワンと呼ばれる彼の妻の遺体は、今もなおこの家の地下室に安置されております」
「……アンドロイドだもんな。そりゃ腐ったりもしないか」
「しかしアンドロイドはご存じの通り魔力炉心が無ければどれだけの魔力を注ごうとも再起動は出来ません。失った魔力炉心を、ロック様に仕えるアンドロイドより強奪できれば……貴方の妻は蘇ると。私が蘇らせることができると、そう精神に囁きました」
トゥレスおじさんが正気に戻ったうえで俺を狙った理由を、アイムの口から語らせる。
この女は、トゥレスおじさんの哀しみを、俺を狙う動機作りに使った。
俺を殺して、俺の相棒であるイレヴンの身柄を確保できれば、その炉心を使ってワンさんを生き返らせるなんていう──────
「────
嘘を。
「ッ──────!!」
「うそだよ。そのおんなにはそんなことできない!! つごうのいいことばならべただけ!!」
「……だってよ。どうなん、アイム」
「ッ……
「て、ッめェ……!!」
「ひどいっ……!! ……っでも!」
アイムの囁きは……嘘だ。
トゥレスおじさんの逆恨みを誘発させる嘘。俺の命を狙う理由に足るそれを囁いて促しただけのそれだ。
もちろんそこまで俺の勘は分かっていた。
その事実を聞き、カトルとティオが憤慨するが……しかし、ティオが続ける言葉は、当然にして考えられるもの。
「トゥレスおじさん! お気持ちは……私にも、察するに余りあるけど!! 理由は分かったけれど! でも、今ここでロックや私達を殺しても何にもならないって!! 悲しいけど……トゥレスおじさんも騙されてて、被害者で!! だから……!!」
トゥレスおじさんがやっていることが、無意味になったという事だ。
今ここで俺を殺してアイムの命令権を奪ったとして、イレヴンを無力化し魔力炉心を取り出したとして、それでもトゥレスおじさんが求める奥さんの蘇生は叶わない。
どうやっても奥さんは助からないんだ。
それをトゥレスおじさんは知ってしまって。
だから。
「────ふざけるな……ッ」
そう呟くのも、当然だった。