勘のいいガキはデカパイハーレムの夢をあきらめない!   作:そとみち

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164 敗者は敗れた理由も判らず、勝者は当然のように勝つ

 

【side 数分前】

 

 建物の最中央に設置されたルーレットスペース。

 このカジノの中でも最高のレートを誇るそこで、一人の女傑がディーラーと真剣勝負を果たしていた。

 

「────スピニングアップ」

 

 このルーレットを仕切るディーラー、店舗内人気ナンバー1の女性……エイシスがルーレット板であるウィールにボールを投げ入れる。

 ウィールの外周を回る球が掠る様な音を立て始めた。

 このボールの回転が弱まり始める10秒間は、プレイヤーが自由にベットできる。

 

「……ここだ」

 

 ボールの投入を受けて、エイシスの正面に座る女傑……赫赫の髪と鱗を持ち、さらに明るい紅色のドレスに身を包んだドラゴニュート、ヒルデガルドが玉の回転を見てチップをベットした。

 エイシスはそれを涼やかな目で眺める。

 ヒルデガルドがチップを置いたのは、3つ連続する数字に賭けるストリートを3か所。

 赤の割合が多い列である、1~3、16~18、25~27にベットした。

 どれかの数字に当たれば12倍。バランスのよいベットだと表現できるであろう。

 無論、当たる確率は高くはない。

 シングルゼロルーレットを採用しているこのウィールであれば、出る目の総数は36+0番で37通り。

 9/37の当たり確率と言うわけだ。

 

「────ノーモアベット」

 

 ボールの回転が僅かに弱まり始まったところで、エイシスがきめ細やかな褐色に染まった手をひらりと盤上に振るい、ベットタイムを打ち切った。

 

「ふん。今度は考えを読み切ったぞエイシス。今日こそ私が勝つ番だ」

「おや、ヒルデガルド様にしては奇なるお言葉を。()はただただ球を投げ入れているだけでございます。勝ち取るならば己の運にて……それに、若しもお言葉の通りに次に出る目を読み切っていたのならば、単数字(ストレートアップ)で賭ければ宜しかったのでは?」

「ほざきよるわ」

 

 緊迫した内容の会話をディーラーと零し、しかしお互いの顔に浮かぶ表情は不敵な笑顔だ。

 ヒルデガルドはこのカジノを過去より愛用しており、そして前々回からこの最高レートの台を任されているエイシスと言うディーラーを気に入っていた。

 このランクのカジノであれば、ルーレットを仕切るディーラーが狙った数字にボールを入れられることは最早疑うに値しない。

 故に、プレイヤーに求められるのは次にどの数字にディーラーが玉を入れるのか、その思考を読む力だ。

 赤が3連続したから次は黒か? 偶数が続いたから奇数に入るか? 同じ数字が2回続いて3回目はあり得るか? ラインは? アウトサイドベット? インサイドベット? まさかの0か?

 必ずそこにはディーラーの誘導があり、操作があり、根拠がある。

 

 そして、人の嘘を見抜けるヒルデガルドにとっては、並大抵のディーラーが回すルーレットには勝ちきれるだろう自信があり、実際に勝利を重ねていた。

 しかし3年前にこの台を任されているエイシスという女。

 この女との対決だけは、負け越しているという事実。

 その事実にこそヒルデガルドはむしろ昂りを覚えていた。

 ここは世界最高のレートの台。客の求める勝利の味も敗北の味も提供できてこそ至極のディーラーと言えた。

 

「……決まりました。プットオン・ドリー。黒の13です。ノーウィナー」

「ぐ。……くそっ、負けだ負けだ! まったく、今日の稼ぎがこれでパーだ!! 相変らずだなエイシス!! 投げる時に自分でも入る数字が分からぬようにランダムなブレを入れただろう!! 嘘はついていないが真実も零さなかったな!?」

()にはさっぱり何のことだか。さて……ネクストゲーム。続けられますか、ヒルデガルド様?」

「もうミニマムでしか賭けられん。一旦やめだ。またタネ銭をポーカーで稼いでくるしかあるまいよ」

「またの遊戯をお待ちしております」

 

 出た目はヒルデガルドがベットしなかった黒の13。これで3000万Gをヒルデガルドは1ゲームで失った。

 つい先ほどまで高レートのポーカーで相手の嘘を見抜いて勝利し荒稼ぎした儲けだが、浮いてる分が全て吹き飛んでしまったというわけだ。

 やれやれ、と降参の宣言を果たして、ヒルデガルドが席を去ろうとする。

 この最高レート台は座るだけでも勇者だ。勝負を挑むこと自体が一つのイベントとしてカジノ内でも扱われており、周囲にギャラリーが生まれるほどであった。

 絶世の美女のディーラーに、絶世の美女のドラゴニュートが挑んだのだ。無論のこと、下種な一線は超えずとも、周囲の男性客の目を潤すには十分すぎるそれであった。

 

 無敗の女帝。

 このカジノで動くチップを支配するエイシスという女に挑むこと、それ自体がこのカジノではステイタス(栄誉)だ。

 

 さて、しかし。

 この瞬間を境にして、エイシスは理不尽という言葉の意味を深く噛み締める事になる。

 

「あ、ヒルデガルドさん辞めるの? そんじゃ次、俺行っていい?」

「ん? おお……。やりたいのか?」

「そりゃもうこんなエッチなお姉さんがディーラーしてたら突撃しかないっスよぉ!! でもごめんなさいルール教えて!!」

「ふっ……ははっ。ああ、良いだろう。私もエイシスにはアガリを巻き上げられて頭に来ているんだ。好きにやってみろ……どれだけ勝っても誰も文句は言わんぞ」

 

 ヒルデガルドが退席しようとしたその後ろから、見慣れぬ少年が彼女に声をかけたのだ。

 赤毛の少年。着用している礼服は実に質の高いもので、しかしその表情には気品の欠片もない。それがエイシスの初見の感想だった。

 ヒルデガルドと知り合いのようなので、怪しい出自ではなさそうだが……しかし、このカジノには少々そぐわない、素朴でお調子者といった雰囲気の少年が、ヒルデガルドの次にルーレットのプレイヤー席に座った。

 

「お客様。このルーレットは当店で最もレートの高い台でございます。ミニマム1000万Gより受け付けておりますが、よろしいでしょうか」

「大丈夫っすよォ!! 一回賭ける分のチップはあるんで!! ところでお姉さんめっちゃ美人っすね彼氏とかいたりします!? いなかったら今度デートなんてどうっすかグヘヘ!! おっぱいとお尻とアイシャドウがエッチで素敵ですよ!!」

 

 無論、エイシスは己がディーラーとしての責務を忘れない。

 この台に初めて座る人には必ずレートを説明し、プレイすることに責任を持たせるようにしている。そうでなければ諍いの元だからだ。

 しかしこの目の前の赤毛の少年はそんな説明を聞いたところでも全く関係ないといったふうに遠慮ない視線を己の体に飛ばし、後ろに控えるヒルデガルドに呆れられていた。

 何なのだこの少年は。いや、アイシャドウは確かに一番気を遣っている所なのでそこに注目を貰ったのは悪い気はしないが、しかし余りにも鼻の下が伸びすぎている。

 色香にやられて記念に一回勝負、と言った所だろうか。

 表情には出さずに、エイシスは内心で嘆息をついた。こういう輩は割と多いのだ。

 それでカジノが潤うのだから文句を口には出さないし態度にもおくびにも出さないが、しかしこの時点で少年のなけなしの1000万Gはカジノの運営資金にしてやろうとエイシスは心に決めた。

 3戦以内にケリをつける。そう決意を果たしたところで。

 

「まったく、お前はいつも相変らずだな……()()()()()()()()()()

 

 ヒルデガルドが述べた名前に、エイシスは驚愕を隠し通した。

 その名前はこのローティリッチまで響いている。王都を救った英雄。

 一人の少年の活躍で、滅びの運命をたどるはずだった王都は魔王軍を討ち果たしたと。

 それがこの目の前の少年なのか。この、覇気の欠片も感じられない少年が?

 

 内心での驚愕……しかし、それを欠片も表に出すことは許されない。

 ここはエーリュシオン、世界的なカジノで最も高い位にあるルーレット・ゲーム。

 そのディーラーであるエイシスが動揺を外に零すことはないと思っていただきたい。

 

「エイシス。この少年は私の知己でな……ルーレットは初めてなんだ。簡単に流れとルールを教えてやってもよいか?」

「勿論でございます。ファーストゲームが始まるまでにご質問を頂ければ、()も出来る限りご説明させていただきましょう」

「助かります! エイシスさんって言うんですね素敵なお名前ッ!! ……つってもさっきヒルデガルドさんが遊んでたの見たんで何となくは分かるんですけど……」

 

 ロックがルーレットを遊ぶのは初めてだという事で、全体のゲームの流れをヒルデガルドとエイシスが簡単に教える。

 それぞれの賭け方に振り分けられた倍率を説明した時は中々理解しきれていない様子であったが……やること自体はシンプルなものだ。

 ルーレットを廻して、球が転がり落ちる数字を当てる。

 それは赤か黒かの色で賭けてもいいし、偶数奇数で賭けてもいいし、1~18か19~36の大小で賭けてもいい。

 場の数字の上に置けば数字にもかけられるし、列や行にもかけられるし、線の上にチップを置いてその周囲の数に賭けることもできる。

 おおよそ説明し終えて、ロックもとりまOK、と雑な返事を零し……しかし、ゲームを始める前に一つだけ、ロックが自発的にエイシスに質問した。

 

「最後に念のため確認なんすけど……ベットするのは、()()()()()()()()()()()()()()()?」

「はい。()が『プレイスユアベット』と宣言してからベットを始めることができます。その後に、スピニングアップ……ウィールに()が球を投げ入れて、そこから10秒弱で『ノーモアベット(締切)』を宣言し、手をこのように振ります。ノーモアベットまでにチップを賭ける位置に置いてください。もし遠くてチップを伸ばすのが難しければ、賭ける数字や列を言葉に出してチップを卓上に置いていただければ、()が配置させていただきます」

「なるほどなるほど。ほんじゃだいたいOK……んじゃ早速やってみっかァ!!」

「承知いたしました。では……ネクストゲーム。プレイヤー、ロック様」

 

 ベットのタイミングという基本的な部分の確認に、一度試演を行って丁寧にエイシスが説明して、ロックがそれを受け取ってから、エイシスがゲームの開始を宣言する。

 この時点で、今回のプレイヤーではないヒルデガルドはロックから離れて、そばにある観覧席に向かった。

 しかし、最後に一言。

 

「……さて、エイシス。貴様の鉄面皮が崩れる様をようやく見させてもらうぞ」

 

 奇妙な確信の籠った、負け惜しみのような言葉を零していった。

 

「────プレイスユアベット」

 

 だがそれで動揺するエイシスではない。

 そもそもだが、この少年があの伝説の英雄ロック=イーリーアウスであるならば、何も確実な敗北に落とす必要はない。

 最初の2~3ゲームは気持ちよく勝利してもらって軍資金を作ってもらい、その上で正しくルーレットを楽しんでもらってもよい。なんなら勝ち逃げしてもらってもいいくらいだ。

 そのようにエイシスは考え、最初のスピニングアップでは数字の操作をせずに純粋な運勝負でロック=イーリーアウスを図ろうとした。

 勿論その一回目で負けることもあるだろう。おおよそ初心者は赤黒か偶数奇数で賭けて、二分の一での勝利から求め始めるのが定石。

 さてこの少年はどちらに賭けるか、勝つか負けるか……と、目の前の赤毛の少年の観察を始めたところで。

 

「…………まだ? 投げていいすよエイシスさん?」

「────」

 

 完全に、ボールを投げ入れてからのベットを求める様子が見て取れた。

 成程、さっき確認していたのはこのためか。球の走る速度などである程度入るポケットを予測しようというのだろう。

 勿論それはルールに則った戦術だ。エイシスは急かすようにかけられた言葉には頷かず、己に定めたコンマ1秒も狂わない普段通りの間隔をあけてから。

 

「────スピニングアップ」

 

 ウィールにボールを投下した。

 小気味よい音を立てて運命の歯車を回り始めるボール。

 今回はエイシスは何の操作も番号狙いもしていない。ただ単純に、ドキドキを少年が長く感じられるように、少し強めに投げ入れた程度で。

 しかし、ディーラーの目で見れば、現在のウィールの数字の回転状況とボールの勢いでおおよそどの番号に入るかは察してしまう。

 この勢いで行けば────

 

 

「────赤の1。オールイン(全額賭け)

 

 

 そう。

 赤の1に────え?

 

 

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