勘のいいガキはデカパイハーレムの夢をあきらめない!   作:そとみち

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165 その男に選択肢を与えてはいけない

 

 空々(からから)と音を立て、ウィールを回るボールの勢いが落ちていき……次の瞬間には中央部のナンバールーレットに飛び込み、決着を示した。

 

 入賞した数字は、紛れもなく────赤の1。

 

「……決まりました。プットオン・ドリー。赤の1です。ロック様、ストレートアップにより36倍の配当となります」

「うっしゃッ!!」

「あはははは!! 流石だぞロック=イーリーアウス!! いの一番で()()かっ!!」

 

 ディーラーであるエイシスが盤上に手を伸ばし、熟練の手つきでドリーと呼ばれる目印となる小筒を運び、ロックがベットした赤の1のチップの上に置き、勝利を確定する。

 他のベットはないため回収はせず、36倍となるチップの配当をロックへ差し出した。

 1億Gのチップを3枚、1000万Gのチップを6枚。

 凄まじい()()

 なるほど、これが伝説の英雄か。まさか初戦から単数字(ストレートアップ)に賭けて、なお勝利するとは。

 このロックの勝利に対して、エイシスは感嘆と驚愕を覚えて……しかし、当然にしてそれだけで動揺を表に出すほどではなかった。

 ルーレットと言うゲームを行う以上、誰かは外れ、誰かは当たる。運が良ければストレートアップでも当てることはできる。

 その1/37が、たまたま初回でロックに降りて来ただけで。

 

 さて、しかしこれでロックにも軍資金が出来たことになる。

 ならばここからは遠慮は無用であろう。

 この赤毛の少年の性格を読み切り、数字の予想を先読みし、投げ入れる数字を操作して、気持ちよく勝たせて、気持ちよく負けさせて、このゲームをかけがえのない経験として持って帰っていただく。

 そのために最適なゲーム采配を。

 ディーラーとしての心構えのランクを一段引き上げて、改めてエイシスがロックに向き合った。

 

「初参戦の初勝利、おめでとうございました。……それでは、ネクストゲーム。続けられますか、ロック様?」

「モチのロンっすよぉ!! 嫌だって言うまで続けてやりますからねウヘホホ!!」

 

 エイシスが蠱惑的な表情を作り次のゲームに誘えば、やはり劇的な初勝利で調子に乗ったのか、次のゲームも続けて参加することを宣言したロック。

 随分とだらしない笑顔にも優しく微笑みを作って応じたエイシスが、次のゲームを始める準備を整えた。

 

「それでは……プレイヤー、ロック様────プレイスユアベット」

 

 ベットの開始を宣言する。

 この時点で、エイシスは己が技量、洞察、経験をフル動員し、ロックが次に賭けるであろう数字を予測し始めた。

 先程は赤の1で当たった。少年の言動、調子の良さ、ノリの良さ……ウィールを回るルーレットを眺めていた時の目線、それらから番号を推理する。

 ボールが投げ入れられてからロックはベットした。

 しかし、実の所ロックがルーレットを眺めていたのは一瞬だ。目の動き、ベットの速さからして、落下位置を球の速度から予測できていたとは思えない。初心者と言う話は嘘ではなかったと感じている。

 ならば運か。運を重視するならば、さっき勝利した赤と奇数に連続性の重きを置くパターンが多いか……次のベットこそは広い範囲で小額をベットしてくるだろうという読みも込めて。

 黒の28。

 そこならばロックのあらゆる予測から漏れる確率が一番高いものとエイシスは推理した。

 故に、そこに投げ入れる事を決めた。

 

「…………投げ入れるまで結構時間あるんすね」

「────」

 

 やはりロックは球を投げ入れてからベットする構えのようだ。

 初心者だから、あまり複数の個所へのベットはしないだろう。まだ行や列に賭けるインサイドベットは不慣れなはず。

 なればこそ、黒の偶数に賭けなければよし、そうならなくて万が一勝利してもロックという少年の思考を読む材料が増えるだけ。

 まだまだ勝負は二戦目。ここからだ、と考えて、エイシスが優雅にボールを投げ入れる。

 

「────スピニングアッ──」

「黒の28。オールイン(全額賭け)

「プ────っ」

 

 投げ入れた、瞬間。

 ウィールにボールを適切な力を籠めて投下し、ボールが指から離れた瞬間に、ロックが黒の28に持ちチップの全てをベットした。

 この余りにもギャンブル・オブ・ギャンブルなベットに、周囲の観客がざわざわと沸き立った。

 エイシスもまた、己の心のざわめきを収める事に集中を果たしていた。

 

(……あり得ない。こちらの考えが読まれていた? いえ、このカジノ内はスキルは使えない。ヒルデガルド様のような種族特有の権能はあれど、それすらも覆した勝負も()は出来る。なのに……)

 

 己が投下したボールが、狙い通りの推進エネルギーでウィールを回る。

 そして徐々に勢いを落とし、ボールが転がり落ちたポケットは……狙い通りの、黒の28。

 

「……決まりました。プットオン・ドリー。黒の28です。ロック様、ストレートアップにより36倍の配当となります」

「がははー!! 俺様最強ー!!」

「あははははは!!! 流石だぞロック=イーリーアウス!! もっとやってやれ!! エイシスを泣かせてみせろ!!」

 

 ルーレットが決定した瞬間に、周囲の観客全員からの大喝采が生じた。

 1000万Gの36倍の36倍。129億6000万Gがロックの元へチップで配られる。

 ここまでの勝利となるとチップの数も随分と増えて。片手では掴み切れない枚数となった。

 しかし、それを受け取ったロックは、ふと首をひねり、新たにエイシスに質問を投げかけた。

 

「んー……ねぇエイシスさん」

「何でございましょう」

「こんなに枚数があると()()()()()()()()()()()()大変そうなんだけど。どうすればいいかな?」

「ッ────でしたら、特殊なチップをご用意いたしましょう。オールインチップ……今卓上に積まれているチップをすべて一か所にベットするという意思表示の際には、こちらをご利用ください」

「おお。便利なもんありますね! そんじゃこれ使います!」

 

 それは最早宣言であった。

 エイシスは戦慄する。

 

 ここから先────この少年は、全て単数字(ストレートアップ)オールイン(全額賭け)してくる。

 

「……ネクスト、ゲーム」

 

 このカジノのトップに君臨するディーラーとして、絶対に負け続けることが許されない勝負が始まった。

 

 

 

※    ※    ※

 

 

 

 15分が経過した。

 

「……決まりました。プットオン・ドリー。黒の17です。ロック様、ストレートアップにより36倍の配当となります」

「おひょほほほ!! ヤバい事になって来た!! さぁエイシスさん次行きましょ次!!」

 

「ロック=イーリーアウス……いいのか? お前はそれでいいのか……?」

「マスターが随分と元気そうですね」

「まぁこうなるよな~。知ってた速報~」

「もう周りの観客もドン引きしてるもんな」

「お兄ちゃんそろそろ……そろそろいいんじゃない??」

「ディーラーが美人だから調子乗ってるわよアイツ」

「…………誰かアイツを止めろ」

「お兄様……あれがロックくんの本当の力、ということなの?」

「そうかもしれないな。……しかしロックくんは何も悪い事をしているわけじゃない。ただギャンブルに勝利しているだけだ。店の者も止めてはいない。ギャンブルをする以上、誰が挑んでもこれが起きないという理屈はないからな」

 

 その後、4回のゲームが行われた。

 その全てにおいてロックは単数字にオールインし、そしてロックがベットした数字にボールが転がり込んでいた。

 余りの光景に、普段であれば拍手喝采で盛り上がる富裕層の観客たちも最早戦慄し声も上がらぬほどの状況となっていた。

 

 3戦目と4戦目までは、それこそ大盛り上がりだった。

 一戦ごとに観客は増えていき、そんな騒動を見咎めたロックの周囲の女性たち……これがまた一人と漏れず美男美女ばかりのそれらも集まり始めて、いつしか周囲には人だかりと呼ぶには余りにも騒々しい塊が形成されていた。

 このカジノではスキルの使用は許されていない。ディーラーも超一流。故にイカサマは行われていないことが絶対の掟。

 それを知るからこそ……この、ストレートアップを当て続ける少年に、畏怖を抱かざるを得なかった。

 

 そしてディーラーであるエイシスもまた、渾身で抵抗した。

 

 3戦目もまた、見事に読みを当てられた。

 

 4戦目は球の投擲にランダム性を作った。回転する球を見るだけでは絶対に当てられないように計った。誰にも読み取ることはできない乾坤一擲のテクニックを披露した。当てられた。

 

 そして続いた5戦目、エイシスは己の思考をロックが何かしらで読み取っているのではないかと疑った。

 思えば一戦目は自分がウィールの回転を見て、赤の1と確信した瞬間にロックがベットをしていたからだ。

 2戦目以降もどこに球が入るのか自分には分かっていて、ロックもベットに時間をかけていなかった。

 だからこそこの5戦目では、完全なランダムで球を投擲した。

 どこに入るのかもわからない。球が転がり落ちる音がするまで自分もルーレットを目に入れない。

 これならば運の勝負。1/37は当てられない……そう思って投げ入れたのに、ロックは何の気負いもなくまたしてもストレートアップ・オールイン。

 的中させた。

 

 6戦目。

 たまたま先程のゲームが1/37を引き当ててしまった可能性は排除しきれない。乱数の偏りという物を心底信じていないディーラーという職についているエイシスは、再度無予測の投擲を試みた。

 関係がなかった。再び死の宣告のようなストレートアップ・オールインが入り、ロックは36倍の勝利を手にした。

 

 

 そして迎える7戦目。

 ……もう、エイシスという稀代のディーラーが縋れる物は、何もなくなっていた。

 

(まずい……まずい、まずい! 次に()が負ければ、カジノの支払余力(ソルベンシー・マージン)を超えてしまう!! でもこのカジノで唯一、()の台だけは青天井!! 客がベットすることをカジノ側から止めることはできない!! どうすれば、どうすれば……!!)

 

 現在ロックは36倍に全額ベットし続けて6連勝中。

 端数は省くが、2京1700兆Gが現在ロックの手元にある計算になる。

 これにさらに36倍を当てられてしまえば……約80京Gの出費となる。

 このカジノの支払余力(ソルベンシー・マージン)は50京。リゾート施設すべてが買い取れる金額になる。

 

 エイシスは、それでも己の表情から鉄面皮を崩さなかった。

 最後に彼女が縋る拠り所は、己のプライドだけ。

 ディーラーとしての矜持だけは貫き通す。

 泣き崩れる様な事があってはならない。

 そう己に誓い、震えようとする腕や足、声を裂帛の気合で押し殺す。

 

「それでは……プレイヤー、ロック様────プレイスユアベット」

 

 ベット開始を宣言した。

 これまで通り、ロックは球が投げ入れられるまでベットをしなかった。

 エイシスは考える。これから自分が投げるボールを、運任せにして投げるのか、意思を籠めて投げるのか。

 僅かな逡巡。そしてエイシスは、己の意志で数字を選ぶことを決意した。

 最後に運任せで勝負していては、ディーラーたり得ない。

 その誇り(プライド)だけは手を離さない。

 

 これは真剣勝負なのだ。

 ロックという少年との真剣勝負に、最後まで向き合うことを決意した。

 

「────スピニングアップ」

 

 運命の投擲を行う。

 エイシスの狙う番号は─────『0』。

 所謂ジョーカーナンバーだ。

 この数字はアウトサイドベットの全てに該当することがなく、インサイドベットで数字を選択した場合のみヒットする、プレイヤーにとってのジョーカーとなり得る数字。

 無論、今相手するロックのベットは最早アウトサイドもインサイドもない。数字の一つを的中させる魑魅魍魎。この『0』という数字も難なく当ててくるかもしれない。

 だが、ディーラーとしての経験が、重ねた歴史が、これまでエイシスに多くの勝利を齎してきた最も価値のある数字『0』を選ばせた。

 

 その投擲を受けて、ロックがベットを選択する。

 にっこり、という顔が似合いすぎるその少年が行うベットの、カジノの運命を決めるそれが零れる。

 その言葉は、しかしエイシスの予想をはるかに超えるような、そんな選択で。

 

「────()()()()────」

「ッ─────!!!」

 

 叫び出さなかったことをエイシスは賞賛されてしかるべきであろう。

 異なっていた。己が狙った数字に、しかしその数字とは違う数字がロックの口から零れた。

 赤の32。0の隣に並ぶ数字だ。0ではない。

 

 勝った。

 勝った……勝った!!

 

 どろり、と脳が薬物中毒に犯されそうになるほどの脳内物質の奔流をエイシスは感じた。

 それはもはや官能に近い、甘美な疼きとなって彼女の体を襲う。

 生理現象として必然溢れる液体が体の一部を濡らす感覚に、しかし震えを意地でも止めて、回るルーレットの運命を見守る。

 見守る……だけ、であるはずだったが。

 

「───に、すみません。オールインから1000万G差し引いた金額を賭けさせてもらっていいっすか? 流石にもうチップ置けないんで」

「んひぇっ? ……あっ、か、かしこまりました……っ!」

 

 続けてロックの口から零れたベット金額に、あまりにも想定外だったそのベット金額に、しかしベットとしては正当なそれに、エイシスが遅れて反応する。

 オールインチップの上に急ぎ仮差し引き金額を示すマイナス1000万Gチップを置いて、そうしているうちにウィールを回るボールの勢いは落ちて行って。

 既定の秒数である10秒を超えたところで、最早反射で行われるベット打ち切りの合図の為に腕を動かし始めたところで、さらなる動揺が。

 

「……え、あ。ヤバ。嘘」

「────ノーモアベット」

「あ、ヤバい嘘ォ!? ちょっ、ベット取り消しって出来ます!?」

「えっ……、え? あ、いえ、で、出来ません。締め切られておりますので、ベットコーナーにお手をお出しになさらぬようお願いいたします」

「ええ……えええ……!? なんでぇ……!?」

 

 唐突に、ロックがベットの取り消しを申し出たのだ。

 しかし時すでに遅し。ノーモアベットの時間は過ぎ、腕を振るい終えている。ここから先は賭けられたベットの通りに結果を判定するしかない。

 混乱に混乱を重ねた頭でエイシスは考える。

 つい先ほど、ロックはオールインから1000万G差し引いた。手元に1000万Gを残したのだ。

 これまでにはそんなことはしなかった。つまり、何かしらの意図を以てそれを行ったのだ。

 つまり────もしや。

 

 ()()()()()()

 

 ここまでのスリルを楽しんで、最後にわざと外すために、こちらが選んだ数字からズラした?

 可能性はある。

 いや、それしか最早考えられない。

 

 だがしかし、その直後に唐突にベットの取り消しを申し出ようとしてきて。

 ノーモアベットの後だったためそれは有効にはならなかったが……かなり慌てた様子の赤毛の少年の顔がエイシスには見えて。

 なんだ? 何が起きている?

 つまりロックは、このゲームを当てないことを選択して……カジノにお金を返そうとして……その上で慌てているということは……もしや。

 この赤の32という数字が……()()()

 

 そして、その直後。

 

 

「──────ロックーーーーーーー!!!!!」

 

 

 子どもの声で、実に大きな声色が。

 カジノ全域に聞こえそうなほどの音量で、ルーレットテーブルに向けて響き渡った。

 

「おぅわ!? ……って何ィ!? リンの声だなぁ今のなァ!?」

 

「わ!? びっくりしたー……え、何? リンちゃん?」

「あれ程の声……リンに何かあったか……?」

「……カプチーノ、耳は大丈夫か?」

「ええ、驚いたけれども何とか。……でもお兄様。今の声で……()()()()

「なんだと?」

 

 その大きな声に、ロックも、周囲で固唾をのんで見守っていた観客も、エイシス自身も驚いて。

 しかし、その声が……音が。

 音の響きによる振動が、思いもよらぬ効果を生み出して。

 

「ロック、ロック……!!」

「何じゃい!! こちとらもう一戦になったよ最後の勝負にしようと思ってたのによー!! なんかあったんか!?」

「どうしたのですかリン、そんなに大きな声を出して……」

「それどころじゃないの!! とんでもないのがいて!!」

「あ……申し訳ありませんが、プレイヤーにお近づきにならないようお願いいたします。ゲームの最中です、ので……」

「おっとぉ~。リンちゃんストップ~」

「カプチーノ、何かを感じたのか?」

「ええ。カジノにとっては大変な不運だったかも。リンちゃんの声って指向性がとても強いから」

「もしやカプチーノお嬢様は……球が落ちる枠を音で判断されていたのですか?」

「え、何? 何が起きてるの?」

「なにやら随分とあわただしくなってまいりましたね」

「ケケケ。相変らずヤッてんなァロックの野郎はよ」

「この人ごみの中じゃ……」

「むぅ……この人だかり、間違いなかろう。ようやく主殿がいる所に合流出来たでござる……」

「…………何だ? 何が起きてる?」

「ちょっと、ロック?」

「リン、どうした? 何があった?」

「ぐぬー! 背が低くてルーレットが見れないです! どうなったんですか!?」

「────なんで?」

「嘘だろ?」

「……ああ、成程な。ロック少年が慌てた理由はこれか……」

 

 大声と、飛び込んできたドラゴニュートを制止するエイシスと、急な騒動で騒めく観客と、騒動が広がって行って。

 しかし、この大勝負の運命を決めるはずのルーレットは、リンの大声から放たれた空気の震えにより……運命を、捻じ曲げられていた。

 

 ほんのわずかな減速を果たしたボールが飛び込んだのは、0の隣で。

 

「……決まり、まし、た。プットオン……ドリー。あ、赤の32、です。……ロック様、ストレートアップにより、さ、36倍の配当となります……」

 

 エイシスは、とうとう声の震えを隠せなかった。

 

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