勘のいいガキはデカパイハーレムの夢をあきらめない!   作:そとみち

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189 祈る神なんて存在しないこの世界で

 

【side another】

 

 

 ミル孤児院の施設内にある聖堂の内部、司祭用の祭壇の前。

 孤児院を経営するシスターであるミルと、その傍に義娘たるティオがいて、さらに傍の長椅子にはリンが座っており。

 そしてミルの正面、長椅子が並ぶ通路の中央、片膝をつく形で床に佇み、首を垂れる純白の女の姿があった。

 石造りの床に白を広げる女の後ろには、いつでも武装を展開できる準備を果たしたイレヴンが構えていた。

 

「────私の話は……これで、おしまい。全てを、語り終えました」

「…………」

 

 かつて魔王軍で第四席の将軍として人類と争っていたその女。

 そして永い時を経て封印から解かれ、今は人類軍の英雄であるロック=イーリーアウスのペットとして生きていた……ミャウ。

 真の名をベルベッド。

 亡国の王女、ヴァンパイアという希少な血を継ぐ世界唯一の女であった。

 

 そんな女が、ティオに素性を明かし、裁きを求め、このような場を整えられた。

 相対するは150年前に生まれたエルフの生き残り。

 ベルベッドの女々しくも愚かしい所業の果てに、ミルは迫害を受け、実母を亡くし、100年以上も人の愚かなる疎外を恐れ隠れ生きて来た。

 この世界において、誰よりもベルベッドによる被害を受けた女性。

 そんな相手に、全ての所業を明かし、経緯を明かし──聖女の裁きを求めた。

 

「…………」

「シスター……」

 

 全ての話を聞き遂げて、ミルは無言を貫いた。

 それは、彼女にとっては余りにも唐突に明かされた歴史の真実であったこともあるのだろう。

 いきなりが過ぎた。ここ数日に、義息子たるロック=イーリーアウスが主に起こした様々な事件により、戦争が起きて、己が種族への偏見が解かれ、義娘が義息子を襲い、親友が生き返り……感情的に余りにも退屈をしない日々を送ってしまっていた中で、さらに、()()だ。

 深く被ったヴェールが、彼女の傷跡に塗れた長耳も、表情もすべて隠していた。

 

 発露する感情が見えないままに無言を貫くミルに、ティオも心配そうに声をかける。

 性急が過ぎたのかもしれない、と今更ながらに感じていた。

 一昨日、カジノのホテルで自分にとっても青天の霹靂となる告解により知った真実。

 自分にとっても、そしてミルにとってもいつか知りたかった歴史の真実を知り得たことを、一刻も早く伝えるべきだ、と思ってこの場を整えた。

 兄であるロックからミャウを借り受けて、孤児院に連れて行き、ミルに話をしてもらう。そんな予定を早急に組み立てた。

 

 場を整える事はそんなに難しい事ではなかった。

 現在、孤児院の子供たちは体育の授業と称し、ロックとサザンカとノインが相手してくれている。

 ミャウを借りて、イレヴンとリンを呼び、ミルと大切な話があるから……とティオから切り出してこの場面を作り上げたが、ティオが真剣な表情でそれをロックにお願いした時点で、ロックも深く理由は聞かずにそれを了承した。軽薄な性格と裏腹に、真剣な想いに対して思い遣れる長兄であった。

 サザンカもノインも、何かあるのだろうと察して主の、夫の意向に従い止めることは無かった。ただしサザンカの文字通り懐刀である魔刀『黒鴉』に宿るノワールはマナの流れで何が起きているのかを察しており、ノインの丁寧に隠蔽した感知魔法は聖堂内の会話を聞き取っていた。

 ロックだけが何も知らずに孤児院の子供たちの攻撃をひらりひらりと避け続けていた。

 

 ティオがこの会合を作る事は、彼女自身が朝早くにロックの家に伺い、イレヴンとリンには事前に相談をして、了承を貰っていた。

 イレヴンは既にミャウの正体を看破しているため驚くことは無かった。

 リンは今初めて聞く話のため、説明した時に驚くかとティオは思っていたが……リンの驚きはそこまで大きなものではなかった。

 

「……リン。一応聞いておきますが、ベルベッドは……」

「うん。ここまでのおはなしに、うそはついてなかったよ」

 

 魔族に、将軍に対する悪意のようなものを抱えることはなく、フラットな感情でリンはイレヴンからかけられた質問に答えた。

 リンのこの執着の薄さは、彼女が闇のマナを統べるドラゴンである事が一つの要因であろう。

 素より人類領と魔族領の境目であるホエール山脈で、闇のマナを管理する使命を持つブラックドラゴン。

 魔王軍側からの裏切りが無ければ、人類に与する側の存在でもない。中立なのだ。

 無論、今はその裏切りが起きてしまっていたため、魔王軍を滅ぼす目的を持っている。父を殺した魔王を滅ぼすことを躊躇う事は無い。

 しかし、それでではかつて人類と争った者まで、今は害意の無い魔族にまで敵意を向けるかといったら否であった。

 それに、何よりもベルベッドは……ミャウは、愛する(つがい)であるロック=イーリーアウスが何も知らずに愛を注ぐ飼い猫。

 その正体が果たして魔王軍のかつて第四席に在籍した将軍であっても、ロック本人の勘がそれを捉えて危機と感じていないのであれば、それを無関係な己から咎めるほどリンは情緒が育っていないわけではなかった。

 なんなら、リンは闇の竜の権能を親より受け継いだ瞬間にミャウの体から闇の魔素の、魔族の気配を感じとっていた。

 それでも何も言わなかったのは、ミャウが……ベルベッドが、ロックを騙そうと、害を働こうとしているような気配を、感情を見せていなかったからだ。この環境に安心を覚えていた。

 だから、それを求める誰かが声を上げるまでは見守るつもりでいたのだ。

 見守っていて……そして、その結果が今の場だ。

 ミルにも大恩がある。リンはミルの出す答えを尊重する方向で決意を固めていた。

 だからこそ、この場ではどんな嘘も許さない。

 本心でぶつかり合うべき場だからこそ、己が権能を発揮して嘘を見抜く構えを崩さない。

 

「…………」

 

 嘘が無かったことをリンの言葉で確認し終えて、再びイレヴンは無言の間に走る緊張に身を浸した。

 イレヴンにとっては、魔族は滅ぼすべきものだ。そのために造られた存在。

 本来ならば、今この場においても霧化による脱走という手段があるベルベッドを殺さない理由はない。

 それが本来アンドロイドという存在に与えられた使命なのだから。

 だが、しかし。

 そんなアンドロイドとしての矜持は、いつの間にか随分と形が変わってしまっていた。

 ロック=イーリーアウスという異常の極致を煮詰めたような少年に見つけられてしまったのがその原因であることを、イレヴンは疑わない。

 命在る者が不在になったこの世界において、彼に見つけられていなかったら恐らくは既に機能を停止していたであろう。

 本来は人類側に余りにも不利な盤面を、しかしロック=イーリーアウスはひっくり返し続けて来た。

 主たる少年が要所要所で文字通りの魔の手を食い止め続けているから、王都は未だに無事平穏を果たせてる。

 そんな少年が自分よりも先に見つけて解いたベルベッドの封印。魔族と既に心を通わせているという事実。

 イレヴンはそれを軽視できない。あの何にも知らない呑気なマスターだが、しかし勘だけはどんな言葉でも尽くせないほどの理不尽の塊で。

 それが見逃し続けていたミャウという猫、ベルベッドという女。

 恐らくはこの状況も、彼の勘の内では織り込み済みの事実なのではないだろうか。

 そんな奇妙な考えに至ってしまうほどに、イレヴンは己が主たる少年の判断を信頼していた。

 ベルベッドを許す最も大きな理由がそれである。

 イレヴンは己が内心、ベルベッドという女が己とベッドを共にしたときに零した言葉が嘘ではなく、己の咎める言葉を受け止めて、このような場で懺悔を果たしたことを胆斗の如く感じていた。

 死を恐れる女が、それでも罪を償って主の傍にいたいが為にここまでやれたならば、大したものだと。

 

 だからこそ。

 だからこそ。

 だからこそ────ミルの答えを、全員が待った。

 

 ベルベッドという罪人を裁けるのは、この(エルフ)しかいないから。

 

「…………」

 

 長い、永い沈黙だった。

 彼女の半生、130年に近い時間を絶望と恐怖におびえ過ごしてきた彼女の一生を振り返る様な時間。

 それほどの、数多の想いがミルの胸の内に沸き上がっていた。

 

 己が冤罪により迫害され、刻まれた恐怖は今でも鮮明に思い出すことが出来て。

 己が生き延びる事だけを願った母の、最期に見た悲痛な表情は……二度と会えないとわかって流した涙の熱さは、どれほどの時が経っても忘れることが出来るはずがなくて。

 人を恐れ、隠れ忍び命を繋げるだけの無為な時間の虚無の空白は、胸の内にふとした時にこみ上げてくるような日常の一部となっていて。

 母が最期に願った『死なないで』という言葉を守るために生き続けていた……そんな己に、転機が訪れたのは20年前。

 

 トゥレスと、ルドルフに出会って。

 ワンに出会って。

 ワンと別離(わか)れて。

 カトルに出会って。

 

 ロックに、出会って。

 

 ティオに出会って。

 色んな子達が、出会ってくれて。

 リンと出会って。イレヴンと出会って。

 いろんな出会いと、出来事があって。

 

 エルフである自分の、偽りの咎による楔をロックが抜いてくれて。

 ワンと再び出会えて。

 

 そうしてまた、新たに出会った────ベルベッドという女。

 

 

「…………」

 

 

 胸の内に渦巻く、様々な色の想い。

 それを、一つずつ己の内で問いかける。

 

 

 何を感じましたか(Diliges proximum)

 何を選ぶのですか(Domine, quo vadis)

 何を求めるのですか(Petite et accipiētis)

 何を裁くのですか(nolite iudicare)

 何を望むのですか(id est cum amore)

 

 

 数多の想いを、己が人生で学んだ教えから導いて。

 その全ての想いを己の腑に落とし、呑み込み終えて────ミルは、答えを出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────(ゆる)さない」

 

 

 

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