勘のいいガキはデカパイハーレムの夢をあきらめない! 作:そとみち
「えっ、シスター……!?」
「……」
「シスター?」
その答えを聞いた各々の反応は、三者三様であった。
ティオは驚愕した。
無論、このベルベッドという女は自分達エルフにとって間違いなく仇敵である。
同胞が洗脳され、人類と殺し合いをさせられ、滅びた……それを実行した張本人。
しかしその命令を下したのは魔王である。
人類と魔族の戦争の中で、新たな戦力としてエルフを拐かして魔王軍側に取り込んだ。
それに抗えなかったエルフも、止められなかった人類にも責任がないとは言えないとティオは思っていた。
ベルベッドに罪がないとは言えない、言えないけれど……それでも、はっきりと許さないと述べたミルの様子に、見たことがない育ての親の怒りの色に、ティオは驚愕を零した。
イレヴンは納得した。
それが当然の感情の機微であろうと感じたからだ。
ミルというエルフが歩んだ生涯。
本人から直接は聞き及んでいないが、迫害されていた過去の時代を生き延びた、という部分はベルベッドとの話の中である程度は察していた。
生き残りのエルフが、
声を掛けられればすぐにでも魔力炉心を起動させ、ベルベッドを塵に変える準備は整えてあった。逃がさぬように心も構えることにした。
リンは困惑した。
余りにもドラゴンたる己が聞き届けたミルの言葉の感情の色が異様だったからだ。
「……赦しません。ベルベッド、貴女が犯した罪を、私は赦すことが出来ない」
「ッ──!!」
ミルが改めて己が意志を強く籠めた言葉を零す。
懺悔室に膝をつくベルベッドを見下ろす瞳がシスターヴェールよりこぼれ出る。
その瞳には、様々な感情が籠った色が見て取れた。
「貴女は多くの責任を持つ立場に生まれ、しかし責任を果たすことが出来ずに己が命を優先しました。同胞を失った貴女は、同じ恐怖を我らエルフに味わわせた。種を滅ぼされた者が種を滅ぼした。なんて残酷な因果を紡いだのか……」
「……申し開きもないわ。私がかつてエルフを操り滅ぼした。それは変えられない事実だから……」
「……悍ましく、血に濡れた貴女の所業。それを赦すことはできません。私が
「…………」
言葉を聞き届けるベルベッドの表情は窺えなかった。
罪を背負う彼女は、決して、許されると思ってこの場に臨んだわけではない。
イレヴンに正体が看過され、罪の意識からティオにも明かした経験があり……そして、生憎とそれら2件では直接の御咎めはなくて済んでしまった。
無論、告白した場所や、二人の性格などもあっただろう。喫緊の断罪は果たされずに今までを過ごせていた。
しかし、己が向き合うエルフ──目前にいるこのご主人様の育ての親たるミルは、彼女の言う通り、私を赦す理由が欠片も存在しない。
己が所業で親を失い、住処を失い、耳に痛々しいほどの傷跡を作り、絶望の内に永い時を過ごした経験を持つ彼女が。
その原因を作った私を許すはずがない。
ここが死に処か、とベルベッドは考え、その己が思考に恐怖を覚えて……しかし、震える手は強い意志で止めきった。
ご主人様に見つけられてから過ごした今までの日々が、自分には余りにも分不相応な温かい日々だったのだ。
あれ程の咎を背負いながらも、甘受していたそれがようやく、正しい裁きを得られる時が来たのだと。
そう感じた。
そして、そう感じられたことを、誇らしく思えた。
死を恐れるあまりに罪を重ねてきた自分が、己が死の理由に納得を出来たのだから。
きっとこれは、ご主人様であるロックの影響だろう。
納得の内に死ぬことを良しと出来たのならば、己が内の何かが救われた。
ベルベッドはそう考えて、もう間もなく至るであろう己が死に、恐れを抱くのをやめた。
「……私は貴女を赦さない。だから────」
かつ、と音を鳴らしてミルが脚を進め、床に傅くベルベッドの前に移動した。
その足音で顔を上げるベルベッドの、手を床についた姿勢に視線の高さを合わせるようにミルが片膝をついて、お互いの瞳が同じ高さになって。
「────貴女自身が、貴女を赦せるようになりなさい」
「え……?」
ミルの口から零れた想定外の言葉に、ベルベッドは眼を見開き、思わず声が漏れた。
今、彼女は何と言った?
「貴女は……そう、イレヴンさんやティオに正体を明かして、恐らくは最も正体を晒したくなかったであろう私にも、全てを嘘偽りなく明かしました。きっかけはイレヴンさんに気付かれたことだったとしても、この場に来るまでに……逃げようと思えば逃げられたはずです。霧化する力もあると聞き及んでいますし、ロックを人質に取る事も出来た」
「それは……その。でも……!」
「でも、逃げずに私に全てを伝えた。命を惜しむ気持ちを呑み込み、この場を迎えた。貴女は裁きを求めてこの場に来た。己が犯した罪の重さを理解した者が、罪を清算したいと思うこと。それを、人は懺悔と呼ぶのです」
「…………」
真正面、間近に見えるミルの深い色の瞳を、ベルベッドの深紅の瞳が見つめ返している。
お互いの瞳に映るお互いの表情は、驚愕と……笑顔であった。
「改めて言いますが、私は貴女を赦せない。なぜなら、私が赦しても意味がないからです。私が背負えるのは私の罪のみ。我儘で母の言伝を守らず、うかつに人の街に降りて母の命を失ったこと、その後に恐怖に怯えて人と関わろうとしなかったこと……それが私の抱える罪。私はそれの清算をするのに手いっぱいなのです。貴女の罪までは背負えないし、赦すことはできない。貴女の罪は、その罪の重さを理解した貴方が赦すしかないのです」
「っ……で、も! 私は、同胞を奪われた復讐も果たせず、己が身の可愛さに同じことをエルフにしたのよ? 恨まれて当然、断罪されて当然の、貴女の罪とは比べ物にならないほどの罪を……!!」
「わかっているではないですか。貴女の罪の重さは、それこそ貴女が分かっている。ロックに絆され、つかの間の平和を享受しながらも……かつて犯した罪が重すぎることを、何よりもあなたが分かっている。だからこそ、ここでエルフ種の当事者たる私が感情で裁きを下しても、何よりも貴女が納得しきらないでしょう。だからこそ、貴女が貴女の罪を赦せるようにならなければなりません」
ミルが語る話の筋は、少しずつこの場での断罪から離れていった。
そのことを言葉の端々から察したティオはほっと小さく息をついた。自分が知っていた、立派な修道女たる彼女のイメージから離れない結論に落ち着きそうだったからだ。
イレヴンも、この場でベルベッドを殺さない流れになりそうなことを察して、武装のロックを閉じた。
リンは少々迂遠な言い回しをするミルの言葉を十全に理解はできなかったが、しかし感情の色から話の流れは読み取れていた。
「……あ……ぅ……!」
ベルベッドの瞳からは、涙が徐々に溢れ出した。
先程、赦さないと言われた時点で、己が死を受け入れていた。納得できていた。
しかし、そこからミルが己に投げかけた言葉は、赦しはしないがこの場での死を求めるような内容でもなかった。
命を永らえることが出来たことに、醜い安堵が胸の内を見たし、それは涙となって零れ落ちた。
「……ですが、償いは求めます」
「っ!」
だがここで、手のひらを返すようにミルが重ねて言葉をかける。
それに驚き、俯いて涙を流していたベルベッドが再び顔を上げる。
ベルベッドが見た彼女の表情は……突き刺すように引き締まった、真剣な面持ちだった。
「償いなさい。己の罪を自分で赦せるようになるまで償い続けなさい。貴女が守れなかった同胞と、貴女が滅ぼしたエルフという種に対して、償いを果たしなさい。それが貴女の責任です。貴女が犯した罪の重さは、安易な死などで救われてはならない。私は貴女に、償う事を求めます」
「…………はい。そうね、おっしゃる通りです。私は償おうとしなかった……卑怯だった。イレヴンにも言われたけれど、ご主人様の……ロックの優しさに甘えるばかりで己から何かをしようとしなかった。────けれども、ミル」
罪は赦さない。
命は奪わない。
償いは成しなさい。
そう述べるミルに、ベルベッドは深く重ねて首を垂れた。
「貴女の言葉なら……私が150年前に犯した咎により哀しみを背負った貴女なら。ご主人様を育て上げた貴女の言葉なら、私は従うことが出来る。貴女の言葉で、私は償う勇気を出せる。償いたいと……想える」
「よろしい。ならば償いの手段を私が提示しましょう」
ベルベッドは、何よりも己の命を掬い上げてくれたロックの事を愛していた。信じて、殉ずることが出来る主人であった。
そんな主人を育て上げたエルフの女性。己の罪が遠因で親を失った彼女の言葉に、否を唱えられるはずもなかった。
むしろ、そんな彼女が述べる言葉だからこそ、卑怯な己が正しき道を歩む勇気を与えてくれたようにも感じられた。
続けるように、ミルが償いの方法を示す。
「ベルベッド、貴女の罪は数多くの命を奪ったことです。貴女の同胞の件は魔王が直接の原因ですが、エルフを滅ぼした事は確かな事実。それが魔王の命令によるものだとしても、戦争の敵味方に分かれた状況だからだとしても……赦されない行いです。貴女が懺悔の気持ちを抱えているならば、貴女自身が貴女の犯した罪を赦せるくらい、償いを為してほしい」
「……その通り、だとも思うのだけれど。償いのために何をすればいいのか……今の私にはすぐには答えが出せないわ……」
「私と同じことを為しなさい」
「え……」
「
「……!!」
「それを貴女への償いの方法として命じます。命を育む経験をすることで、奪った命の重さを改めて感じて、それでも前を向いて、子を育て上げてください」
子を育てろと。
己が奪った命の重さを、命を育てることで味わえと。
そして、奪った命を超えるほどの、多くの子達を立派に育て上げることが、償いだと。
そのようにミルは命じて……それをベルベッドは、己が罪の重さに課せられた咎だと受け止めた。
「────承知いたしました。ベルベッドの名に於いて、この戦いを生き延びたのち……必ず、そのようにさせていただきます」
「有難う。……ここまでが、貴女の罪に対する私の命令です。一生貴女を赦さない。私よりも長く生きられない貴女の最期まで、私が見届けることにいたします」
ベルベッドの種族であるヴァンパイアは、老いによる外見の変化は乏しくとも、エルフと比べて寿命は短い。人間と大差はない。
故に、共に子を育てるとして、無事平穏に過ごせばベルベッドが先に寿命を迎えるであろう。
それまでずっとベルベッドを見ていると。
その言葉に、ベルベッドは救いのような何かを感じ取り、三度瞳から涙を零し、ミルの提案に了承の意を伝えた。
「……そして、私からは最後にもう一つだけお願いがあります」
「はい。……どのような?」
ミルとベルベッドの遣り取りに、ティオもリンも安堵の心持になった。育ての親、教えの親であるミルが、厳しくも優しい結論に達したことを誇らしく思った。
イレヴンはベルベッドが仮に修道女になればさらに孤児院の子供たちの性癖が歪む可能性を考えて少々眉根を寄せたが、場の空気を読んで口を噤んだ。
そして、そんな穏やかな雰囲気が広がり出した聖堂で、最後にミルがベルベッドの手を取り、罪に対する罰ではなく、個人的な願いを託す。
「……魔王との戦いに臨まなければならない、私の子達……ロックとティオを、どうか守ってあげてください」
「────はい。必ず」
ベルベッドも強く手を握り返して、微笑みを返した。