勘のいいガキはデカパイハーレムの夢をあきらめない! 作:そとみち
【side ノイン】
ロックくんのお家の、自室にて。
オフィスチェアに似せて作らせた高級椅子に深く背をもたれかけながら、室内を散り散りに飛び回る紙々を眺めていた。
記述魔法と呼ばれる高等魔法だ。
私の頭の中にある文章を、自動で出力してくれるこの魔法。
書き上げているのは、私がペンネーム『異世界転生チート』として書いている作品の、その続き。
今が王都にとって、ロックくん達にとってとても大変な時期であることは分かっている。
分かっているけれども、だからこそ、こうして執筆して、落ち着く時間を作りたかった。
舞い飛ぶ紙片の海に沈みながら、天井を見上げてそっと目を閉じる。
(…………不安、なんだよね)
それはきっと、己の不安を少しでも紛らわせるために。
魔王の城が浮かび上がり、王都への奇襲を仕掛けている。
ここまでくれば、もう、本当にシナリオの終盤が近いのだろう。
この世界の元となっているAIオンラインの、第四部のエンディングが迫っているという事だ。
第三部までが完結し、第四部が始まる大型アップデートと11番目のアンドロイドの存在がリークされた直後にサービス終了したAIオンライン。
その世界に転生を果たした私は、誰もプレイヤーが他にいないこの世界に対して、若干のアドバンテージがある。
それは、シナリオの進行に一定のルールがある事を知っているということ。
(多分……もう、第四部として想定されているシナリオからは、相当ズレていると思うけれど)
第一部から第三部までのシナリオは、凄まじい自由度の中に、必ずこなさなければならないストーリー進行のフラグがあった。
魔族のドッペルゲンガーと戦って一度敗北するのもそうだし、魔装具を見つけるのもそうだし。
普通に町の人と話をしていればヒントが出てきて、それに沿って行動するといつの間にかフラグを踏んでいる。
もしフラグを踏み損ねても、しばらくすれば強制的にフラグに向けた行動がシステムに示され、話の大筋を無視することなく進められている。
もしくは、いつの間にかAINPCが他のプレイヤーの代わりにフラグをこなしており、話が自動的に進んでいるという場合もある。
フラグの立て方やシナリオの進行は多岐に分かれているが、進まないという事だけはない。
だが、この第四部のシナリオだけは私も全く把握していない。
どんなふうに物語が進んで、どんなふうに物語が決着する予定だったのか。
150年という作中時間が経過しているこの世界のスタート地点。そもそもフラグは進んでいたのか。
(ロックくんがこの世界に生まれたのが15年前。そこから何かが進んでる……と思うんだけどなぁ。もしかしたらだけど、滅ぼされた魔族の誰かが復活することでフラグが進む……と仮定するなら、ベルベッドのそれがかなりタイミングとしても合致してる気がするんだけれど)
この仮定に意味はない。ただの思考遊びだ。
でも、第三部の最終イベント、第二次人魔大戦で魔族は滅びて……そこから150年、歴史書によれば魔族復活の兆しも何もなかった。
それが急に、このタイミングで将軍格や魔王が復活し始めた。何かきっかけがないとそうはならない。
そのフラグが、ベルベッドの復活なのでは……と、疑わずにはいられない。
だって、それをやったのがロックくんなんだもん。
(ブラックドラゴンとホエール山脈が第四部のシナリオの中心になっているのは間違いないんだよね。だって第三部が終わるまで、ブラックドラゴンはシナリオに一切出てこなかったし、ホエール山脈は進入禁止エリアだったんだもん。それにアクセスできる導線が結ばれてた……という事は、多分だけど、第四部のシナリオの序盤の方で、リンちゃん……ブラックドラゴンの子を救出、保護するというイベントから、ブラックドラゴンの親に会いに行く……という流れがあったはずなんだ)
ロックくんのその後の行動から、そういった推理も出来る。
明らかに異質なのだ。リンちゃんと、ノワールの存在だけが。
これまでのシナリオでも、ドラゴニュートは重要な意味を持つ種族だった。
第二部で限界突破するためのフラグとして訓練に付き合っていたヒルデガルドの他、
そんなドラゴニュートの、闇の魔素の元締め。
第四部シナリオに深く絡む存在なのは間違いなくて。
(……きっと、ブラックドラゴンの子が、違法奴隷商人に人間の好事家に売り飛ばされた後に救出する、というシナリオが本筋だったはず。ギルドから調査依頼が出てて、ロックくんはその依頼を受けて、すぐにリンちゃんを見つけ出した上に救出して、さらに懐かれて……っていう流れだったけど、それはロックくんの勘があったから。本当は調査依頼で僅かな尻尾だけを掴ませて、リンちゃんは売り飛ばされて、っていうのが本当のシナリオだったんじゃないの?)
推理は進む。
ロックくんが勘で見つけ出したという事は、最速最短で奴隷商人の元に救出に向かったのは疑う余地はないだろう。
それと同じことが
あのカリーナが裏で糸を引いていた奴隷業者だ。探査魔法などからも除けられるように対策していたのは間違いない。プレイヤーには直接見つかるように作られていないはず。
それを救出まで果たしてしまったロックくんが、シナリオを進めると同時にシナリオを破壊し始めている。そう考えたくなってしまう。
(イレヴンを見つけたのだって、経過を知ればありえないでしょ、の一言だし……今こうして魔王城が迫ってくるところまでシナリオが進んでいるからいいけど、絶対に道中のやるべきフラグの2つや3つはすっ飛ばしてる気もするなぁ……大丈夫かなぁ……)
転生者特有の無気力感を伴いながら、現状に思考を伸ばす。
多分だが、人類が魔族領に150年ぶりに進入したことで、また一つフラグが進んだんじゃないだろうか。
トゥレスがカリーナの策を潰した例の件で、魔族領に脚を踏み入れたことで、魔王が城の発見を恐れて魔王城を浮かび上がらせた。そういうシナリオになっていたんじゃないかと疑わずにはいられない。
だって、本来は今この時、既に闇の魔素が世界中を覆っているはずなのだ。
幻魔将アイムも王都に潜入していたし、それ絡みのイベントもあったはず。
それがロックくんの起こしたいくつもの奇跡のせいで台無しにされて、闇の魔素は不足した状態。
本当は城を空に浮かばせられるはずもない。闇の魔素が足りない。
でも、シナリオ上はフラグが立ったら城が飛ばなきゃいけないから、飛び立ったのではないか……と。
そのように、私は推理している。
(多分、今日の件も……ただ何の手掛かりも無く魔王の城を探しても見つからなかったんじゃないかな。綿密なフラグ立てが複数必要なおつかいクエスト……の、一歩目のフラグを踏まないとその先の魔王城発見に結ばないやつだったのかも。だからその一歩目をロックくんが踏んで、その後の調査はトゥレスが進めた……そう考えちゃう。そうじゃなければ、ロックくんがすぐに城の場所を把握するはずだもん)
あくまで仮説だが。
今日のロックくんの、ものすごく冴えているように見せかけてとんでもない遠回りに発揮された勘にも、理由があったのではないか。
今朝老人を助ける事、そのものが魔王城発見イベントのフラグのとっかかりだったのではないか。
そう考えられてしまう。そういう迂遠なおつかいクエストでプレイヤーの手間を増やすようなシナリオ構築は第三部までのイベントでも散見されていた。プレイヤーからは酷評されてたけど。
でも、だからこそロックくんがそれを見つけている。何の手掛かりも無く、答えに結び付けている。
そうなのではないか……と、いくつもの仮説がぐるぐると頭の中を回っている。
部屋中を飛び回る紙片と同じように、私の思考も理路整然とした答えには結びつかない。
この世界の事を誰よりも理解しているはずなのに、誰よりも事実を真っすぐ受け止められていない。
(……怖いなぁ)
真剣に考えこむと、恐怖しか浮かんでこない。
怖い。
今の私の存在が、なぜ、どのようなものなのか、一切の答えが出ないから。
いっそ、ロックくんに答えを教えてほしい。
私ってなに?
なんで、私だけがプレイヤーの記憶を引き継いで、異世界転生なんてしているの?
私はこの世界にいていいの?
このまま、この世界で一生を終えることが出来るの?
(……怖いよ)
その答えだけは、ロックくんにも分からないだろう。
AINPCには、私の悩みなんて理解できるはずがないのだから。
この世界に存在するAINPCの絶対の縛り。禁則事項。
この世界がゲームである事だけは、何がどうやっても理解できないから。
現実世界の存在を匂わせる言葉は、どれだけ叫んでも受け止めてくれないから。
(ロックくん……)
舞い飛んでいた紙片が、一つの本に束ねられた。
執筆が終わった。これで三冊目。以前ロックくんが読み進めてくれた話の、その先まで単行本三冊分は書き終えた。
結末まではまだ先で。読んでもらいたい物語も、もっともっといっぱいあって。
私の知る物語を、最後まで君に読んでもらえるのだろうか。
(……抱いてほしいな……)
一人きりになると不意に胸に沸き上がるこの不安を、貴方に慰めてもらいたい。
今日は私の番じゃないから、我慢をしているけれども。
ハーレムを作るロックくんが好きだから、絶対に口にはしないけれども。
でも、独占したくないかと言われたら否だった。
貴方に愛してもらえている時は、不安も何もかも、どろどろの快楽で上書きされて、安心できるから。
(……ロックくん曰く、あと五日で魔王の城が王都に来ちゃうんだよね。そこが決戦のタイミング……それまでに、二回は抱いてもらおう)
己の性欲に妥協を果たした決意を胸に秘めて、さらにもう一冊の単行本執筆作業に入る。
ロックくんに抱かれている時ほどではないけれど、物語を執筆している時も、ある程度頭が空っぽにできるから。
迫る最終決戦に向けて、胸の内に広がる不安を少しでもかみ砕く努力を続けた。