勘のいいガキはデカパイハーレムの夢をあきらめない! 作:そとみち
────遅かった。
魔族がどんな理由で湖の精霊を狙ったのかはわからない。俺の勘に響いた瞬間にはもう襲われていたのかもしれない。
相当な戦闘があったと見えるが、しかし俺の目に映る女魔族に大きな負傷はない。余裕の表情だ。
そして踏みつけされているセントクレアちゃんは明らかにやられている。ダンジョンに潜る前にあった全身の潤いが抜け、水のような体はまるで溶けるように形を失いかけていた。
「……このッ!!」
状況を目にした時点で、メルセデスさんがまず動いた。
魔族がいるかもしれない、という可能性を生んだ時点で既に手には彼女の魔装具である神弓を携えており、そして瞬時に矢をつがえて魔族に向けて解き放つ。
魔力こそ十全に籠めてはいないものの、金級冒険者トップクラスの彼女が放つ魔装具の一撃を、しかし。
「おっと……怖いわぁ。話も聞かずに撃ってくるなんてずいぶん野蛮なセントールね?」
「っ、貴様……!」
こともなげに避けやがった。
距離があるとはいえ光の帯とも見紛うほどの矢の軌道を見切り、一度セントクレアちゃんを踏みつける様に横っ飛びして回避された。
とんでもない俊敏性だ。ダンジョンでかつて俺らが遭遇したバアルはパワータイプだったと思うが、アイツよりさらに速い。スピードタイプの魔族か。
あるいはコイツが
「すぅーっ……!!」
「待てリン!! お前は下がれ!! イレヴンと俺でやる!!」
「エクスアームズ01『ドリルブラスター』……!! 魔族には私かメルセデスの神弓でなければ通じません!!」
「全員構えろッ! 湖の精霊を救出する!! 何とかしてアイツに隙を───」
「───作らせると思う? 一番厄介そうなお前から殺すわ」
メルセデスさんが放った矢が避けられたのを見て、全員がそれぞれ戦闘態勢を取るが……リンだけは逃がしたい。
くそ、ここに来るのに急ぎ過ぎてリンを逃がすのを忘れてた。魔族がいるかもしれなかったんだから、まだ子供のリンだけはせめて逃がしてやるべきだった。
だがもう逃がしてはもらえないだろう、ならば討伐するしか……と、しかし。
クソ魔族はこの中でメルセデスさんが一番危険と判断したようで、間髪入れずに距離を詰めて来た。
アーチャーの射程に自分の身を置かず、接近戦を挑んできたのだ。その突撃が余りにも早過ぎた。
「メルセデスっ!!」
「団長っ!?」
「ぬぅッ……!」
「これには反応できないわねぇ馬だからァ!! 『デス・ネイル』ッ!!」
沈み込む様に身を沈めた魔族に、メルセデスさんが反撃できない。
弓を下に構えるにも角度が悪い。馬体で前蹴りを放つにも四つ足を地についている都合でどうしても後ろ脚の踏み込みが必要になりワンテンポ遅れる。
俺もイレヴンも、アルトさんもティオもシミレさんもメルセデスさんへの攻撃から庇いに向かうが……間に合わない。
「───ご、ぽッ」
「ハイひとぉつ♡」
女性の姿をしていた魔族の手から鋭い爪が伸び、メルセデスさんのプレストメイルを貫通した。
───心臓を貫かれている。
一瞬遅れて、ごぼりとメルセデスさんの口から真っ赤な血が零れ落ちた。
死。
その一文字が、脳裏によぎる。
「ッきっさまぁぁぁぁぁ!!!」
「待っ……アルトさんっ!!」
「は? ザコがイキっちゃって可愛いわね♡ 死にたいんだ?」
その光景に唖然とするソプラノさんやマルカートさんとは対照的に、アルトさんは激高して感情のままにランスを魔族に向けるが……しかしそれでは勝てない。
殺られる。
今度こそ止めなければならない。躊躇いはなかった。
「─────ッ」
「『デス・ネイル』っ!!」
メルセデスさんに向けて飛び込もうとしてた体勢を無理矢理軌道修正し、アルトさんと魔族の間に挟まるように突撃。
クソ魔族の爪による刺突から逃がすようにアルトさんを突き飛ばしつつ……既にその攻撃は見せてもらっている。
捌き斬る。
「……かはっ!? なッ……にぃッ!?」
「っはぁ! ぶねー!! 今だイレヴンッ!!」
「くたばれッ!!」
『捌き斬り』によるカウンター。
爪が伸びる速度はすさまじいが軌道はシンプルだ。一度見れば俺の勘なら外さない。
女魔族の胸に穴こそ開かなかったが確実に効いた。魔族の動きが乱れる。
そして、それにより生まれた隙をイレヴンが狙っていた。
両腕を最大出力で廻し、俺のカウンターで抉れた胸元にさらにドデカく穴を穿とうとしたとした……が。
「ッちぃっ……!!」
「くっ……!!」
そこで魔族が一瞬で身を翻してイレヴンの渾身の一撃を回避した。
俺の捌き斬りによるカウンターすら大したダメージにはなっていないのか、それともダメージがあってもあれだけの速度で動けるという事なのか。
イレヴンの突撃に重ねて追撃しようとしていたシミレさんも、余りにも速すぎる魔族の動きに追撃を躊躇った。
リンは距離を取ってブレスの為の呼吸を溜めているがお前は撃つなよ。狙われちまうぞ。
「団長!? 団長っ……!? 目を開けて!!」
「ソプラノ、回復魔法を!! ティオもお願いします!! まだ団長は死んでいませんっ……死ぬはずがないのですっ!! 絶対に!!」
「あら、心臓を貫いたのよ? 即死なのに夢見ちゃってかわいそ。……で、何なのよお前は。私に何をした……?」
俺らパーティの前衛と大きく距離を開けた魔族が俺を睨みつけてくる。
斃れたメルセデスさんを庇うようにみんなで構えるが……くそ、さっきの見るとイレヴンの攻撃がぶっちゃけスピード不足だ。魔族の動きを捉えられなかった。
メルセデスさんもやられちまった以上、俺が何とかアイツに特大の隙を作ってイレヴンの攻撃をぶち込むしかない。前の時と同じだ。
だからこそ、まず俺がすることは────
「俺はノックス!! てめぇのお仲間のバアルとやらのコピーをブッ殺した金級冒険者だ!!」
「まだそれ引っ張るの!?」
「ノックス? ノックス、ノック……ああ、そんな名前を言ってたかもね確かにアイツ。なるほど。お前ね? おかしなガキってのは」
「改めて俺の名がノックスであるということをバアルに伝えておいてくれ。多分アイツ聞き間違えてるから。ロックなんて名前じゃないから俺は」
「そうなんだ? 分かった、伝えておくわ」
「応じるのか……」
「意外とバカよあの魔族」
「マスター!! 今はそんな話してる場合じゃないでしょう!!」
「うるへー! 必死こいて時間稼いでるんだから早くメルセデスさん回復してもろて!! イレヴンも腕の回転貯めろい!! トドメ任せる予定なんだから!!」
「それ私にも聞こえるように言っちゃうんだ? 面白いガキねお前」
時間稼ぎするしかねえやろがい!!
俺の捌き斬りだって必中必殺じゃねぇんすよ! ミスる事だって普通にあるし!!
俺以外の誰かを庇うのだってさっきのアルトさんはたまたまうまくいったけど!! 次も出来るって限らないし!!
だったら今必死に治癒魔法かけてるティオとソプラノさんの時間稼いでメルセデスさんが戦線復帰するのを期待するしかないやろがい!
もう一回あのスピードで突撃されて、俺以外のメンバーから狙われると多分対処しきれない。これ以上被害は出せない。
俺が囮になる。
「ま、名乗ってもらっちゃったから折角だし私も名乗ろうかしらね。私はヴィネア。六大将軍の一人、幻魔将アイム様の腹心よ」
「ヴィネア!! なんでセントクレアちゃん狙ったんだ答えろ!! あとお前の好みのタイプも答えろ!! スリーサイズもだ!!」
「これを時間稼ぎと呼んでいいのでしょうか」
「ふふっ、お前は欲張りね? そういうの嫌いじゃないわ。……精霊狙ったのはコイツが町の守護結界の要だったから。精霊を殺して結界を無力化して、この街を滅ぼそうとしてたのよね。この湖は今、魔力が滞留してる……魔族にとって悪くない環境でしょう? ここを人間界侵攻の為の拠点に出来たら便利だと思ったのよね。だから幹部の私がわざわざ出張ってきたワケ」
「そんなことさせるわけないでしょうが!! アンタだけは絶対に殺してやる……!!」
「ちなみに好みのタイプは身長180cm以上で支配してくれるオトコ♡」
「よォし!! あと1ヶ月で20cm身長伸ばすから俺に支配されるっていうことでどうだろうか!!」
「無理でしょ」
「あはははは!! お前おもしろ。気に入ったわー……スリーサイズは私に勝てたら教えてあげる♡ ────まぁ、万が一にもそんなことはないのだけれど」
「ッ……ちっ」
何とか問答を継続させ、僅かでも時間を稼ぐのを積み重ねたかったが……しかし流石にこれ以上は引き延ばせなかった。
最後の言葉を述べ終えてからヴィネアの表情が変わる。俺の小粋なトークで楽しんでた顔から、まるで虫でも見るかのような無機質な瞳に変わった。
俺への興味を失ったのだ。排除しにかかってくる。
くそ、こうなりゃ全部の攻撃はじき返して───いや、嘘だろ?
「……これほどの魔力ッ!?」
「…………ケタが、違う……くそォッ!!」
「ッガアアァァァーーーーーー!!!!」
周囲が歪んで見えるほどの魔力をヴィネアが全身から迸らせ始めた。
俺にすら感じ取れるほどの圧倒的な力の差。恐怖と絶望の色が俺達パーティの中に染み出し始めた。
今、そんな魔力の放出を穿とうとシミレさんがダガーを投げ、リンも
「アッハハハハ! この程度で私の魔力障壁が抜けるわけないでしょう!! セントールも殺した今、何かできるのはノックスだけなのに!!」
「くっ、ドリルブラスター最大───」
「お前はもういいわ人形。弱っちいのよお前」
「くっ……!?」
二人の攻撃は効かなかった。魔力障壁に弾かれてしまう。
同時に迎撃しようと構えたイレヴンに対して、指先を向けて魔力砲を放ち牽制するヴィネア。
恐らくは今籠めている魔力の一部を使ったそれだろうが、イレヴンの回避が間に合わない。防御姿勢で凌ぎはしたが、吹き飛ばされた。
その上でさらに尋常ならざる雰囲気の魔力がヴィネアの周囲に集まりはじめた。
あの魔力をすべて使った広範囲魔力砲を放たれたら……捌けるか?
俺の腕前と勘で捌き切れるか?
「ノックスだったかしら。お前、私の爪をカウンターしたわよね……それだけでも大したものだけど。果たして
「ッ!!」
「つまりお前を巻き込んで全部まとめてぶっ飛ばせばいいってわけよね!! 加減はしないわッ!!」
俺は強く拳を握り締めた。
遠方で練り上げた魔力を両腕にまとめ、暗い輝きを放ち始めるヴィネアに対して俺が出来ることは余りにも少ない。
魔力を放つ瞬間を勘で捉えて、俺が受けるダメージだけではない、全てを返す……事が、俺に出来るのか?
「じゃあさよなら。私に魔装具なしで一撃を入れたことをあの世で誇っていいわよ、お前」
来る。
両手を前に突き出したヴィネアの、その魔力が放出するタイミングを読め。
勘で読み切れ。失敗は許されない───
───来る
一瞬先 いつ
今
すぐ後 来る
まだ 今か?
来るぞ
ここ
否 次 瞬間
今か
ここだ
手を降ろした
今だ 今 今
今 今だ
いま 今
今
今 いま───笑った?
「────────ッッ!!!」
やった。
俺の『捌き斬り』は、確かにヴィネアの魔力放出をカウンターで返した。
拳による『捌き斬り』を成すという矛盾があるが、そんな理屈はこの技には通らない。
成功した。こちらに放たれた魔法をそのままヴィネアに返したのだ。
───囮として放った、ただ光るだけの閃光魔法を。
「───アハ、やってくれると思った♡ 意外と素直ね、お前」
囮だった。
俺に対して会話したのも、俺の油断を生むため。
広範囲の攻撃を宣言し、それさえ返せばと俺に思わせるため。
両手に籠めた魔力の1%も使わなかっただろう光の放出に俺は反応しちまった。拳を振り抜いてしまったのだ。
慌ててもう片手で捌き斬りの構えを取るが……もう遅い。
「それじゃ改めてさようならノックス。堕ちてくたばりなッ!!」
本命の魔力砲がヴィネアから放たれた。
その魔力砲は今度こそ全力。広範囲に破壊と死を齎す暴力の塊だった。
先程の光よりはるかに強い闇の魔力の奔流に、俺の腕は空を切った。
放つ瞬間のタイミングを逃したのだ。勘では察知したが、体が間に合わなかった。
フェイントに乗っちまった。
─────死が迫ってくる。
もう捌き斬りで返せない。その瞬間を逃した。
全滅する。地面ごと抉り抜き、俺達パーティ全員を包み込み、後方の湖まで吹き飛ばすだろう。
走馬灯を見る暇もない。全滅だ。
せめて。
せめて少しでもみんなを護る為に。
魔力の奔流を少しでも俺の身で受け止めるために、両腕を広げて砲撃に立ちはだかった。
この行為に意味が無くても、俺はみんなを護りたくて───
※ ※ ※
『───護ればいいのね? パパ♡』
~登場人物紹介~
■ヴィネア
女性型魔族。藍色の際どいドレスを見に纏っている。98:59:104。
いつも気ままで刹那的な思考を好み独断行動も多い。具体的に表現するとバカ。上司のアイムは割と胃を痛めている。
爪攻撃は防御無視属性付き。