勘のいいガキはデカパイハーレムの夢をあきらめない! 作:そとみち
【side サザンカ】
試合開始の合図の銅鑼が鳴り響き、数秒。
お互いの沈黙を破ったのは、意外にもロック殿からだった。
(……っ、よせ……ロック殿、来るな、逃げろ……逃げてくれ!!)
己の体の自由をすべて奪われ、そして己が磨いた技量を十全に使い果たしている、この身を犯す魔族。
それが取った構えは、間違いなく我が奥義『隼断』の構え。
相対する敵を鏖殺するための業。
放てば必中。
放てば必勝。
それが定められている奥義の構えに、しかしロック殿がイレヴン殿の前を歩き、こちらに近づいてくる。
「イッヒヒ……なるほどヴィネア様やバアル様が一目置くだけはあるなぁ……とんでもねぇイカレだ。この技のヤバさは見ただろうが手前ェも。死にてェんだな?」
己の口から、己の声で、余りにも下種な言葉が漏れる。
ああ、拙者をいの一番に狙ったこの魔族……その狙いだけは違えていなかっただろう。
ヴァリスタ殿との戦いで見せた実力。それを見て自分の体を奪うことを画策していたのだろう。
不覚。悉く不覚。
体の自由が効けば、今すぐにでも腹を切り詫びたい程の不覚だ。
常在戦場などと謳っておいて。悪しき気配に気づくことすらできなかったのだ。
これを不覚と言わずして何といえよう。
「あァ……分かった!! お前あれだろ? カウンターが得意技なんだよなァ!? そんなことを聞いたぜェ……狙ってんだろ? この技に対してよ! クックク……バカがッ!! 出来るわけねェだろうがッ!!」
ああ、今すぐ己が舌を引っこ抜いてやりたい。
身体を操る魔族がどうにも挑発をやめない。絶対に負けないと分かっているこの構えを取っているからこそなのだろう。この技の特性をこの魔族も分かっているのだ。
口惜しいが、言う通りだ。
ロック殿がカウンターを得意としていることは初めて耳にする。しかし彼の勘の良さならば、なるほどそれも可能性としてあるのかもしれない。
蜻蛉の構えから放つ大上段ならば、その隙を突き穿つようなことも、彼の身軽さを考えればあり得たのかもしれない。
だが。
『隼断』だけは別なのだ。
(頼む……!! 止まって、ロック殿……っ!!
ヒノクニにおける居合の究極の奥義は、これまで『燕返し』とされてきた。
瞬きの間に空を飛ぶ燕すら二度両断するほどの居合の冴えをもって斬り放つ奥義。これを使えるものはヒノクニでも指で数えられるほどで。
だが、自分はその極みを超えた。
修行と命の遣り取りを、気の遠くなるほどの回数繰り返し、磨き上げ、
それがこの技───『隼断』なのだ。
放った瞬間には、斬ったという結果が残る。
瞬きなどと言う
必殺たる理由がそこに在る。この技を避けられる道理はなく、ああ、たとえ魔王だろうとその身に刃を浴びるであろう。
もっともこの大太刀は名刀でこそあれど魔装具ではない。斬撃が威力を残すかは話が別だが……避けることは能わない。
「ってかよォ、俺が繰り出す技にカウンター出したらこの女にダメージ返っちまうんだぜ? 最低だなオイ、俺様がコイツの体乗っ取ってんのは分かってんだろ? おっとそっちの人形は動くなよ? 舌を嚙み千切ってやってもいいんだぜ? もしくは観客席に飛び込んでやってもよォ……一瞬で血の大輪が咲いちまうなァ!! ────オイ。ここまで言っても止まらねェのはモノホンのバカか? いいからそこで死ぬのを待ってろよクソガキ」
魔族の、私の口が飛ばす挑発にロック殿は応えない。
その表情を、私は初めて見た。
これまでの、だらしなく口元を緩めた微笑みではない。
真一文字に口を結び、真っすぐにこちらを両の眼で見据えるその貌。
怒っているのだ。
誰に?
決まっている。
私に、ではない。
私を犯している、この魔族にだ。
死なせたくない。
(逃げ、て……ッ!!)
全霊をもって。
全身が使えなくとも、全霊をもって己の体のコントロールを奪い返さんと心に力を籠める。
よしんば、僅かでも体の動きが阻害できれば『隼断』は使えない。隙が出来るはず。
そう祈り、籠める心の力に……しかし、魔に侵された体は応えてはくれない。
理解ってしまう。
万全の『隼断』が放たれてしまうことを。
己の体が、恩人たるロック殿を真っ二つにしようとしてしまっていることを。
「はぁー……OK分かった、バカ相手に情報引き出そうとした俺が悪かったよ。じゃあな」
駄目だ。
すまない。
すまない、ロック殿。
すまない、イレヴン殿。
私は貴方らに、何も恩を返せぬまま、その命を────────
「ほいっと」
※ ※ ※
【30秒前】
【side ノルン】
一瞬、悩んだ。
(ロック、くん……!!)
前回の試合で、私の鑑定スキルによりサザンカの奥義『隼断』の性能を見ていた。
私の知らないスキルだった。
ゲームがサービス終了するまでには間違いなく存在しなかったユニークスキル『隼断』。
その性能の恐ろしさを見て……1フレームに合わせてカウンターを取らなければならないロックくんが使う『捌き斬り』では対抗できないことを悟っていた。
でも。
今、そんな彼が怒りと確信に満ちた顔で、サザンカに向かっていって。
(勝算があるの……!? 君は、本当に主人公なの……?)
そんな彼の前に飛び込むことを一瞬、悩んでしまった。
そして試合は始まって。今から飛び込んでしまうと今度は私が不覚を取りかねないタイミング。
今の私は王族として観戦に来ただけの身軽な軽装だ。
自身のレベルは限界突破していても、
既に隼断の構えを取っているサザンカの前には飛び込めなかった。
(なら、私は何があってもいいように!!)
だから、私は次善の策を備えていた。
ロックくんがもしあの一撃を受けても、本当に死んでしまう前に全力の蘇生魔法をかけられるように。
NPCには使用できない蘇生魔法『レイズデッド』。
プレイヤー専用スキルであるこの魔法だけが、唯一瀕死を超えても復活させることができる。
死亡し、心臓が止まっても間に合うのだ。体が現存していれば何とか回復できる。
同時にテオヒールもかけて、その後にイレヴンと共に魔族を打ち倒せば、と……パニックになりそうな頭で、考えていた。
(ロックくん……!!)
穴が開きそうなほど睨みつける舞台で、お互いの間を埋めるようにロックくんが歩み出す。
まるで散歩にでも行くような気軽さで、体幹だけは崩さないような独特の歩みでサザンカに近づいていく。
だが、間合いに入っていれば『隼断』に距離は関係ない。放った瞬間に0フレームで斬ったという結果が残る技なのだ。
冷や汗と共に体内に蘇生魔法用の魔力を循環させて……そして、サザンカの体を乗っ取ったゼパルが煽るように口を動かしている。
舞台の声は観客には聞こえない。大声と言うほど叫ばなければ響かない。
鍛えている私や、アサシン職の冒険者くらいにしか聞こえないだろう。
しかし、舞台の異様な様子に観客席もざわめきを深め始めて……今にもそれが爆発すると言った瞬間に、とうとうそれは放たれた。
私の目にも見えない、『隼断』の一閃。
サザンカの姿が消えて、ロックくんの後ろに現れて、そして。
「───えっ!?」
思わず声を上げてしまった。
ロックくんの後ろに現れたサザンカの、その背中から。
痛みに捻じれ狂うようにゼパルが飛び出してきて。
そして、ロックくんは────全くの無傷で。
その時の彼の手の形から、何をしたのかを私は察した。
彼は。
なんと。
※ ※ ※
「ほいっと」
デコピンを放つ。
手の中でずっと親指に中指を引っかけてスタンバイしながら近寄っていた。
近づいた理由は簡単で、舞台の外にいる実況のおねーさんから距離を離したかったからだ。
俺の作戦。
あの構えから放たれる居合斬りに『捌き斬り』をぶつける。
『捌き斬り』で返す威力は
それで魔族が死ねばよし。
死なずにサザンカさんの体から逃げ出したら、イレヴンがトドメを刺す。
そのようにイレヴンにも事前に伝えていた。
完璧な作戦だ。
ブチ切れた俺の頭の中では、とっくに勘は最高潮の状態になっている。
いつ、どの瞬間に『捌き斬り』の返し点が来るかも掴んでいる。
試合前にイレヴンと話した時、俺は捌き斬りはしたくないといった。
これがサザンカさんが相手なら間違いなく殺すダメージを返しちまうから結局使えなかっただろう。俺の心に迷いが生じただろう。
だが中に魔族がいるなら別だ。俺はそいつに返し技の焦点を当てられる。
過去に一度そういう経験をしておいたのが活きた。
確信があった。
勘もそう言っていた。
ただし一点だけ。
技を放つ速度だけが問題だった。
俺が見る限りではサザンカさんの居合斬りは全くカウンターを取る間がない。
仮に剣や拳で『捌き斬り』をしようとしても、剣を振る、拳を放つ、その間にぶった切られる技だ。
やる、と考えてからほんのわずかでも動作に間があったら後の先を取られる。
ヴァリスタさんの奥義っぽいのが負けたのもこれが理由だろう。
つまり、こちらもやると思った瞬間にやれる何かで捌く必要があった。
で、今この場で突貫で考えたのがこのデコピンだ。
親指と中指でずっと力を突っ張ってれば、後はやると思った瞬間に親指から中指を解放するだけだ。
やるための動作もいらない。やると思った瞬間に攻撃の判定が出る。
だから、後は相手の放つ瞬間に勘で此方が合わせるだけで。
そして、合わせた。
「───ッギャアアアアアアアッッ!?!?」
サザンカさんの口から断末魔のようなモノが上がるが……その体に欠片も傷をつけていない。
抜き放たれた刃の威力を『捌き斬り』で完全にいなして、魔族に直撃させている。
おおよそ死ぬだろうなと思われるほどの威力だったが……体から抜け出せばダメージをリセットできるのか、慌てて魔族がサザンカさんの体から飛び出してきた。
そして、その隙を今度こそ俺の相棒が逃さない。
「エクスアームズ09───『ファントムレーザー』ッ!!」
闘技大会用に新たに解放したスキルを掌から放った。
シンプルな魔力砲で、両掌から放てる。現在イレヴンが持つスキルの中では発射速度が群を抜いて速い。
ただし威力はドリルスティンガーキャノンやカーニバルミサイルには及ばない……が、それはあくまで対人戦の場合である。
光属性の魔力そのものを放つこの技は、魔族にとって特攻の兵器となる。
「ギッ!? ギィ……ヤァァァァァァ………ァ…………」
黒い霧みたいな身体をしていたその魔族だが、どうやらバアルやヴィネア程の耐久力を持っていたわけでもないらしい。
俺の捌き斬りのダメージも加わって、イレヴンのファントムレーザーが見事に霧を祓うように散らし、断末魔の叫びと共に文字通り塵となった。
油断なく捌き斬りの構えを取る俺と、同様にもう片手でもファントムレーザーを撃てるように構えていたイレヴンだが……しかし、どうやら無事に撃退したようだ。
魔族が体から飛び出して、その後に倒れたサザンカさんのほうは……意識こそないものの、呼吸音は正常。どうやら問題はなさそうだ。
勝った。
サザンカさんを助けられた。
『ななな……何が何やらわかりませんがっ!? とにかく赤カブト選手が倒れてロック選手たちが立ったまま!! カウント取りまーす!! ワーン! ツー!! スリー……』
と、そこで実況のおねーさんも今の一瞬のやりとりを見てもよくわからなかったが、進行役としての務めを果たすためにカウントを取り始める。
ヴァリスタさんの時みたいな明らかなTKOだった場合以外はテンカウント制なんだよな。いや、別にもうこの試合に勝ちたいとかそういうのは無いんだけど。
っていうか。
俺の勘、まだ鳴り響いてんだけど。
『フォー!! ファイブ!! シックス……ほええっ!?!?』
ぞわりと全身に鳥肌が立つような怖気が来て。
次の瞬間に、俺達が立っている舞台の全体に───謎の魔法陣が浮かび上がった。
「なんっ、だぁ!?」
「マスター!! 気を緩めないで……この魔法陣は魔族が使う紋様です!! 王都内に魔族の手が伸びている……!? まさか、これは……
そしてイレヴンの叫びの直後。
舞台から、凄まじい数の魔族が召喚され始めた。