勘のいいガキはデカパイハーレムの夢をあきらめない!   作:そとみち

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過去編は全3話。
折角なのでこの3連休で連日投稿します。
その後はまた土曜日更新に戻りますのでお含みおきください。



92 さよならを伝える話

 

 三年と、半年と、少し前。

 地図を片手に王都の町はずれに向かって歩く一人の少年がいた。

 赤毛のくりっとした頭にくたびれたパーカーを羽織り、泣き顔を見せながら歩くその少年の名前はロックと言った。

 

「何で研修先がジジィなんだよクソー! そこはデカパイ甘々お姉さんだろ……どうなってんだよ俺の英雄譚の一ページ目はよ」

 

 彼は今朝孤児院を卒院し、その足で早速王都の中央ギルドにカトルと共に立ち寄って、冒険者になるための研修を申し込んだ。

 監督官の元で3年間の研修を積み、その期間に潰れなかった若者だけが冒険者を名乗ることができる。

 年間約1000名の向こう見ずな若者がこの門戸を叩き、3年を無事に乗り越えて冒険者に登録できるのは50名弱。

 輝かしい名声の裏側、命懸けの職業であることをその身に叩き込まれるこの研修課程では、才能が試される。

 冒険者としての才能がない、力を持たないものは研修中に失格を言い渡されることも多い。

 

 そしてロックがこれから向かう先は、彼はまだ知り得てはいなかったが、この研修課程において過去に一人も合格者を出したことがないとギルド職員の間では噂の、いわゆるハズレの担当官の元だった。

 研修申し込みの際に窓口で受け付けてくれた女性職員にセクハラ発言をしまくった結果の当てつけであることをロックは知らなかったが、まぁ自業自得と言えるだろう。

 

「えーと……町はずれの農村地区のさらにはずれの……こんなところに冒険者がいるもんなんかね。…………おー、ここかぁ!」

 

 王都中央から1時間半も歩いた先、すぐ近くには山林が広がる裾野にぽつんと建てられた、さびれた小屋の前にロックは辿り着いた。

 

「ボッッッッロ!!!」

 

 余りにもさびれた虚しい廃墟。それがロックの第一印象だった。

 手入れなど何年もされていないような、風化した小屋の外壁。

 戸建てというには寂寥感に溢れすぎているそこが、ロックの研修を担当する冒険者が住んでいる家だというのだ。

 

「ドハズレやんけ!! クソー騙したなギルドのデカパイおねーちゃん!! シスターよりも胸が小さいくせに!!」

 

 まだ12歳のロックとしてはこんな寂れたところにいる冒険者に宛がわれたことに怒りを感じるのも当然という物だろう。

 しかし彼は妙な所で律儀であった。ここで引き返してギルドで訴えてもそれは弱虫と捉えられかねず、同時にミル孤児院の風評を落としかねないと考えられる優しさも持っていた。

 普段のセクハラな言動が既にロック自身の風評を地に落としていることには欠片も考えは及んではいないのが残念ではあるが、それはそれとして根っこに善を持つ逞しい少年でもあった。

 

「……たのもー!! イーリーアウスさんいますかー!! 冒険者の研修を受けに来たロックでーす!!」

 

 とにかく行き当たりばったりに。

 もしかすればこの担当官の冒険者……『ディセット=イーリーアウス』なる老爺(ろうや)にも家族がいるかもしれない。

 娘がいれば熟女で美人かもしれないし、孫娘がいれば自分くらいの年齢かもしれない。もしかすればそんな女性たちとお近づきになれるかもしれない。

 そう己に言い聞かせ、ロックは逃げることなくその山小屋の玄関の扉をノックし、大声で声をかけた。

 

 しかし返事がない。

 

「……たのもー!!」

 

 再度ノックして叫ぶが、またしても返事は来なかった。

 不在にしているのか─────そう考えるのが普通であろう。通常の12歳の少年ならばそう考える。

 しかしロックには確信があった。彼の『勘』が囁いていた。

 

 小屋の中に目当てのじーさんはいる。

 いて、あえてシカトしている。

 そしてこの人との出会いは……自分にとって、悪い事にはならないと。

 

 そう、なんとなく感じていた。

 昔からこのように謎の勘が働くことがあった。

 そしてそれは今まで一度もロックを裏切ったことがなく、今回もそれに殉ずることをロックは決めた。

 

「……たのもぉぉーーーーー!!! オラァーーッ!! 中にいるのは分かってんねんぞこっちはァ!!! 出てこいオラッ!!! 早く俺を鍛えろーー!! このまま居留守使われたらギルドに『その場で一目見て合格だと思った、3年間の研修は不要で今日から冒険者になっていい』って言われたって報告に行くからなぁぁーーーー!!!」

 

 近くには山林の他には何もない所だったのが幸運だった。

 どれだけ叫んでも暴れても他人に迷惑はかからない。

 ロックは全力で扉をノックし、中にいるディセット老を引きずり出さんと叫び続けた。

 攻撃力が低すぎて扉が壊れなかったのもまた幸いか。

 

 そして15分ほども殴り続けたころだろうか。

 

「あと100回ノックする間に出てこなけりゃ俺の脳内で家の中にデカパイハーレムが俺の事を待ってる妄想でシコふんぎゃッ!?!?」

「───────五月ッ蠅ェ……」

 

 とうとう天岩戸は開き、しかし玄関に顔を擦りつけるレベルで近づいていたロックの顔面に扉が直撃した。

 扉を開いて中から出てきたのは、厳つい老人であった。

 

 その眉根には深く深く皺が刻まれていた。

 その息は深い酒の匂いがした。

 その瞳には希望の光の一つもない闇が映っていた。

 その体は厳つい筋肉に覆われているものの潤いは失っていた。

 その声は怒りと諦観の色が混ざっていた。

 

 そして、そんな老人が倒れたロックを見下ろしていた。

 12歳の少年にとっては十分に恐怖に思えるその風貌。

 これがもし孤児院の妹分のティオであれば、8歳まで治らなかったおもらし癖を再発させてしまっていたかもしれない。

 

 しかしロックはタフだった。

 

「うるせぇとはなんだこのくそじじい!! あんなにノックして叫んでようやく気付いたってのかよ!! 耳が遠くなってんじゃねぇのか……うわ酒臭っ!! 真昼間から酒飲んでやがる!! ホントに教わる事あんのかよこんなじーさんからよぉ!?」

 

 そしてバカだった。

 そこに年上への、先輩冒険者への敬意などというものは欠片も存在せず、ただただ15分もノックさせられたことへの怒りをぶつける最悪のファーストコンタクトになった。

 

 だがしかし、そこまでガキに捲し立てられてもディセット老は冷静だった。

 否。関心がなかった。

 目の前の少年に、何も見い出そうとしなかった。

 誰が来ても同じだった。既に彼の体に冒険者としての熱はなかった。

 

「……()ぇれ。テメェみてぇなガキに何も教える事はねェ……時間の無駄だ。才能のねェやつに何やらせても……無駄だ。死ぬだけだ」

「はぁーん!? 初対面でなんじゃいその物言いはー!? キレるぞしまいにゃ……あっコラー!! 扉閉めんな逃げるなー!!」

()ぇれ。冒険者なんてカタギのやる仕事じゃあねェ……二度とくんな」

「来るなって言われて帰る馬鹿がいるかーい!! ちゃんと教えてくれるまで帰らねぇぞ帰る場所も今ん所ねぇんだからなー!!」

 

 懶惰なため息をついてロックを一瞥し、帰れと云い捨てて扉を閉めるディセット。

 その態度に怒り心頭なのはロックである。

 斡旋された研修先であり、自分が冒険者になるための教師であり恩師になるはずの人間からこれほどまでにぞんざいな扱いを受けたこと、それ自体に怒っていた。

 本来ならば、ここで一度ギルドに戻り斡旋先に粗末に扱われたので別の研修先を宛がってもらうよう主張することも出来ただろう。

 だがロックは怒っていた。激怒していた。

 女にバカにされるのは許すが男にバカにされるのは許せない少年であった。

 

「そっちがそのつもりならこっちだって諦めねぇからな!! 俺からは絶対に折れねぇからな謝らせてやるからなバーカ!!」

 

 ここで持ち前の開錠技術を使って扉を開けるのは簡単だ。

 だがそれでは事態は好転しない。クソジジィの機嫌をさらに損ねて、騎士団を呼ばれるいい理由を作ってしまうだけだ。

 クソジジィに反省を促さなければならない。

 それをダンスによって成すのではなく、根競べによって成してやろうとロックは考えた。

 

「俺が諦めるかじーさんが諦めるか勝負だ……!!」

 

 玄関の前、地面に胡坐をかいて座り込みを始める。

 向こうから折れてくるまでずっとここにいて根競べだ。

 そうロックは決意し、再び玄関が開かれるのを待ち続けた。

 

 

 

※    ※    ※

 

 

 

 ディセットの家の前が静かになってから10時間が経過した。

 既に日はとっぷりと暮れ、3つの月が煌々と夜空を照らし、日の跨ぎを迎えようとする頃。

 

(……そういやあのガキ……もう帰ったか)

 

 酒が回った頭でもう寝ようとする頃、ふとディセットは今日の昼に騒がしく来訪した少年の事を思い出す。

 元気だけはいいガキだった。

 だがディセットの経験からすると、アレは冒険者になったら早死にするタイプだった。

 どう見ても才能がない。諦めた方がいい。

 それがあいつ自身の為でもあるだろう。わざわざ命を捨てる事はない。

 命を捨てる選択肢を取るものは愚かだ。

 それがディセットの長く生きた経験が作った結論だった。愚か者を増やす仕事はしたくない。

 

(…………寝るか)

 

 狭い部屋の寝床に向かう前、戸締りを確認するために玄関に向かう。

 もういないだろう。()()()()()()()()()()()()()

 ギルドに戻ったか、親元に帰ったか……とにかく静かになったから何よりだ。

 もう二度とこないでほしい。ギルドにも改めて俺の事は放っておくように伝えよう。

 ウォーレンに改めて文を飛ばすか、そう考えながらも扉を開けると、心臓が止まりそうなほど驚いた。

 

「……くぅ………くぅー…………」

 

 昼間のガキが地面に寝っ転がっていたのだ。

 幸せそうな顔をして寝ているが……昼からずっとここにいたのか? 飲まず食わずで?

 いや、そもそも……()()()()()()()()()()()()()

 気配を絶っていたのか? 寝ながら? この儂の勘に引っかからないほどの精度で? このレベルのガキが? なぜ帰らなかった?

 ディセットの脳裏にいくつもの疑問符が浮かぶ。

 だがその疑問は、すっとぼけた平和な寝顔を晒すガキの顔を見ているうちに、少しずつ霧散していった。

 どこか……気が抜けるような。そんな雰囲気の少年を、このまま一晩夜露に晒して罪悪感を感じないほどにディセットは世間に絶望していなかった。

 

「…………ちッ……」

「すぴー……」

「おいガキ……起きろ。おい」

「すー……ん、っは!? おお、じーさん!! ようやく俺の事を認める気になったかこんにゃろー!!」

「喧しい。もう深夜だ、声抑えやがれ。……てめぇ、名前は?」

「俺はロック!! 将来は美女ハーレムを作る英雄の卵だ!!」

「ロック。てめぇは才能がねぇ。俺が見る限り棒にも箸にもひっかからねぇ」

「んだとー!? 確かに俺はレベル低いし同年代の奴らとの喧嘩で勝ったことはねぇけどなぁ!!」

「自分でもわかってんじゃねぇか。……冒険者になりてぇなら取り柄が必要だ。てめぇが得意としてることは何だ。気配を感じなかった……シーフか? ガキの頃からコソ泥してやがったか?」

「犯罪になるような事するかい! 気配消すのと開錠と縄抜けは得意技なんだよー!!」

「どんな育ちしてきたんだてめェ……」

「いろいろあって。そして何より俺は勘がいい!! やっぱあんただ!! 俺が教わるのはアンタだって俺の勘が言ってる!!」

「っ─────」

「後悔はさせないぜ!! 俺を鍛えた冒険者だって名前が売れるぜじーさん!!」

 

 寝た子を起こし、才能がない事を伝え……その上で豪語するロックの言葉に、ディセットは息を呑んだ。

 勘がいいと。イーリーアウスが最も求める素質であるそれを、己から口にするほどの自信を持つこの少年が。

 こんな塩対応をした老爺に、己から教えを求める。

 それだけ、自分の勘に自信があるという事で。

 

「……ちッ……」

 

 勘が共鳴する。

 ()()()()()()()()

 ()()()()()()()()

 そんな考えが、お互いの勘に響いたような気がして。

 

「……コインを投げる」

「は? 急に何?」

「表か裏か当ててみろ。当てれば泊めてやる。当たらなければ今からでも帰れ」

「なんだそれー!? こっちは推薦状持ってんのやぞ!! 研修中は担当官が身元引受人になるってギルドで聞いて……」

「喧しい。とっとと決めろ。表か裏か」

「……じゃあ表で」

「…………」

 

 ディセットは懐からコインを取り出し、高く弾いた。

 ちゃりんと音を立てて地面を転がった100G硬貨はくるくると回り……そして、表を上にして止まった。

 

「っしゃあ!! ちょろいもんだぜェ!! ぐっへへそんじゃ泊まらせてもらおっかなー!! おっじゃまー!!」

「……フン……」

「ってうわ家の中酒臭っ!! 埃ひどっ!! ロクな暮らししてねーのはじーさんのほうじゃねぇか!! 明日はまず掃除からだな掃除!! 俺が快適に過ごせるようにしなければ……!!」

「おい、言っておくが明日も泊めるとはいってねぇぞ。コインが当てられなかったらテメェは野宿だ」

「なんでぇ、そんなら毎日泊まれるようなもんじゃん。ってか俺のベッドどこ? そこ?」

「そりゃ儂のだ。床で寝ろ」

「なんだとー!? 外で寝るのと変わりないじゃねーか!! 虐待反対ー!!」

「五月蠅ェな……毛布は貸してやる。今日はもう寝ろ」

「毛布があるならギリ許したろ!! ほんじゃお休み!!」

 

 奇妙な邂逅。

 ロックとイーリーアウスは、こうして出会ったのだった。

 

 





~登場人物紹介~

■ディセット=イーリーアウス
鬼籍。
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