勘のいいガキはデカパイハーレムの夢をあきらめない! 作:そとみち
「表」
「…………ちッ」
「毎回舌打ちするのなんなん?」
「五月蠅ェ。とっとと鍛錬行ってこい」
「ほいほい」
『みゃあ』
ロックとディセットの奇妙な生活が始まってはや1年が経過した。
早朝に行われる宿泊権をかけたコイントス。これをロックが外したことは一度もない。
今日の宿も無事取りつけたロックは指示された通りまず裏山の木こりに向かう。
そんな彼の着るパーカーのフードには小さな子猫が存在していた。
名前をミャウと言った。ディセットの元で暮らすようになり、1カ月ほど経ったころにロックが裏山で拾って来た猫であった。
「毎日毎日代わり映えしねーで……ホントに強くなってんのかね、っと!!」
『みゃ』
斧の一撃で楢の木を見事に伐り倒し、倒れた木をまたパコパコとまるでネギでも切るかのように手ごろなサイズに分割していく。
一日一本の木を切り倒し、分割して、薪にして、近所の農村部の農家に売りに行く。
これで日銭を稼いでロックは暮らしていた。
生活費は自分で稼げ、勘の鍛錬にもなるから効率的だ……とはディセットの言であった。
「絶対いいように使われてるだけな気がする……ロクに教えてもらってねーしよー!」
確かに、薪割りの速度は早くなった。
出会った当初は木を一本倒すのだって一日がかりの仕事だったが、今は朝飯前に終わらせられる。
おおよそ切り分けた丸太を運び終えて、そこで大体幼馴染のカトルかティオが鍛錬という名の喧嘩を売って来るのでそれを雑に捌いて、遅い朝食をとるのが日課となっていた。
ディセットが放っておくと酒ばっかり飲むぐうたらだったので、料理や掃除などの家事関係はロックが果たしていた。
孤児院時代に子どもたちの中で最年長であった彼は、シスターや年下の子供たちの負担を減らすためにいやいやながらも家事を覚えていた。
軽薄な言動とは裏腹に、面倒見の良さもある少年だった。
「おいこらじーさん!! 朝飯食いながら酒飲むんじゃねーっていっつも言ってんだろが!! 体壊すぞそんな酒飲んでたらよー!!」
「五月蠅ェ。儂の体だ、てめェに四の五の言われる筋合いはねェ……ゴホッ」
「ほらまた咳き込んでるしー。しっかし毎日俺に飯作ってもらってさぁ、せめて飯が美味いとか世話んなってるなとか殊勝な言葉はないの?」
「……食える」
「それはただの感想であって感謝の言葉ではないし感想にしたって下の下やろがい!!」
『みゃふ……みゃっみゃっ』
「ん、ミャウお前ミルクに頭突っ込みすぎて真っ白になってんぞ。食べ方ヘタクソかー? 拭いてやるから……」
『みゃみゃみゃ!!』
「五月蠅ェな……」
騒がしい朝食。
ディセットがここ十数年失っていた、団らんとも呼べる何かがそこにはあった。
「……で、じーさん。いつになったら俺に捌き斬りを教えてくれんだよ。あれ覚えたら最強だよなー!! どんな技でも返せるんだろ? 早く教えてくれよなー!!」
「まだ早ェ。薪を割るのに斧を使わなくてよくなったら教えてやる。毎日怠惰に同じことを繰り返すんじゃねェぞ……自分で考えろ。勘は他人に教わってよくなるもんじゃねェ……己で磨け」
「そーやってまた煙にまくー。見てろよ来月には素手で割ってやっからな!! あとで見本見せてね!!」
「……明日の朝は丸太一本とっとけ。儂が一回だけ見せてやる……ゴホッ」
「うっし!! 約束したぞ!! んじゃ俺今日は図書館行ってくっから!! 冒険者の勉強しないとねグヘヒヒ!!」
「どうせまたエロ本読みに行くんだろうが……月末には筆記テストやるからなァ。冒険者法の32章までの内容全部覚えておけよ」
「わかってらい!! それじゃ行ってくらー!!」
『みゃあ!』
朝食を取り終えた後は、基本的にロックは時間を自由に使える。
毎日の鍛錬などはロックの性格から考えてもそぐわなかった。力を鍛えても才能がないため伸びない。ディセットは早期にそう判断し、勘の鍛錬一本に切り替えていた。
自由時間で薪売りで金を稼いだり、孤児院に顔を出したり、図書館でとある女性と感想戦したり。
充実しているとまでは言えないが、少年らしい呑気な生活を送っていた。
※ ※ ※
2年が経過した。
「……ふんッ!!」
「タイミングが遅ェ」
「もげーっ!?」
『みゃあ』
ロックの勘は順調に伸び、『捌き斬り』のコツをディセットから教わり……日々の習慣の他、ディセットとの組手で捌き斬りの練習をするようになっていた。
組手をするようになって初めて、ロックはこの老爺の強さを味わっていた。
「いってて……ンモー!! そっちの動きが速すぎるんだよじじぃの癖に!! フェイントかけてきやがって!!」
「五月蠅ェ。てめェは魔獣相手にも動きが速いから手加減しろって言うつもりか? これが捌けねェのは俺が速いからでもてめェが遅いからでもねェ……目でタイミングを掴むんじゃねェんだよ。勘でその瞬間を掴め。目を瞑ってもクソしながらでも自然に体が動く様にしろ。儂はともかく、てめェはそれくらいできねェとすぐ死ぬぞ」
「わかってるわよー!! んぐぬぬ……回復薬飲んだらもう一回だオラッ!!」
「今日はあと3回は成功させねぇとメシ抜──」
「───オラァッ!!」
『みゃ!?』
「……チッ。不意を突くと反応しやがる……奇妙なやつだ。ゴホッ!」
「酒にしなびたじーさんの考える事なんざ丸わかりオゴーッ!!」
「……喋ってるとき隙だらけなんだよ。喋りながらでもやれるようにしろ」
聞けば、ディセットは金級の称号を獲得した冒険者であった。
勘による捌き斬りだけではない。その動きの全てが速く強かった。
木の棒を使った組手だとしても、ロックがただそれだけで及ぶはずもない強さだった。
だが、捌き斬りならば返せる。
何度も組手をする中で、ロックはこの技への信頼を深めていき、そして使いこなしていった。
「……今日の訓練はこんなもんだ。朝飯食ったらダンジョン行くぞ。受けてる依頼がある……そこでてめェの勘をさらに磨け。宝箱の回収と、ザコ相手にはてめェが前線に出て戦ってもらう……ゴホッ!」
「わかっとるわい!! 昨日のうちに準備もしたよ回復薬もキャンプの準備もバッチリじゃい!! アイテムボックス入れといたからな!! じーさんこそアイテムボックス忘れんなよなー!!」
「誰にモノ言ってやがる。……先に上がるぞ。汗くせェから裏の滝で水浴びとけ」
「あいよー」
『みゃ』
何度も捌き斬りを試し、老爺の攻撃の半分は返せるようになったロックが汗だくで地面に横たわる。
それを一瞥して小屋に戻るディセット。
扉を閉め……そこで、ロックに悟られぬように静かに
「……ゴホッ……ハァ、ハァ……クソ……衰えたな……」
それを己の身で試し続けるディセットは、捌き斬りで返される己の攻撃の数倍の威力を甘んじて受け止め、そして……それを、喜ばしく想ってしまっていた。
あの少年の才能は、本物だ。
自分の名である『イーリーアウス』は、代々その子孫に己の技を、勘を受け継いできた。
ディセットが木の伐採から薪割りまで、今のロックのスピードで出来るようになるまで3年かかっている。
捌き斬りを出来るようになるまでさらに3年。使いこなせるようになるまで10年。
それでも親に言わせれば才能があるほうだった。勿論ロックとは違ってディセットは力もレベルも高く、若い頃は冒険者として活躍していたが……しかしロックの勘、あれは異常だ。
レベルはさっぱり上がっていないのに、勘だけが異常な成長を見せている。
シーフとしての才覚にも噛み合う勘の鋭さ。察しの良さ。
(……本物だ。儂や……ティセ、お前とは違う……本物の才能なんだ……。……だから、あいつに儂の全てを託したいと思っちまっている儂を許してくれ、ティセ……)
捌き斬りのせいだけではない、自棄酒を続けた十数年で体に深く刻まれたダメージを回復薬を飲むことで誤魔化して、ディセットはふらりとアイテムボックスから一枚の写真を取り出す。
それは、自分の愛娘と、その夫と、生まれたての赤子が映っている写真だった。
色褪せたその写真は、しかしその先の時を刻むことがなかった。
彼の娘夫婦とその孫は、家族旅行中に魔獣に襲われて亡くなっていた。
ディセットは、その悲劇を勘で読むことができなかった。
出発前に旅行はやめろという事が出来なかった。
事前に何が起きるかを読めるものではないのだ。勘とは咄嗟の判断の力であり、未来予知ではない。
ディセットにとっては少なくとも、勘とはそういうものだった。
ディセットの娘として、出来は悪くも銀級冒険者には成り上がった娘ティセもまた同様だった。
勘の良さを謳う一族が不慮の事故で亡くなる。こんな滑稽なことがあってたまるものか。
(すまねぇな、ティセ……不出来な親父でよ。ロックをいっちょまえにしたら、儂もすぐ会いに行くからよ……)
最近は、昔を想い返すことが多くなってきた。
死期が近づいた人間によく見られる行動だ。
死の気配。
それを勘で読むことなど彼らには造作もないのだろう。
ディセットも、そしてロックもそれを分かっている。
分かって、触れないでいる。
分かっているからこそ。
この生活を、もう少しだけ。
※ ※ ※
2年と、8ヶ月が経った。
「────GYAOOOOOOOO!!!!」
「……糞ッ……」
ディセットは今、まさしく死の淵にいた。
事の始まりは今朝。
ディセットがロックに向けた初心者向けのダンジョン攻略の依頼を探して王都ギルドに訪ねたところから始まった。
「……ディセットさん!!」
「ん。……なんだ、ウォーレン。そんな慌てて……人の上に立つモンがそんな声あげんじゃねェよ……ゴホッ!」
一年前よりギルドマスターの地位に就いているウォーレンが、慌てた様子でディセットに声をかける。
ディセットは20年前に冒険者を半ば引退し、17年前の娘夫婦と孫を失った事件以来酒浸りになったことで他の冒険者との交流も失われていたが、ウォーレンだけはディセットの身を案じていた。
ウォーレンが若かりし頃に、金級冒険者であったディセットとパーティを組み、世話になっていた経験もあったからだ。勿論娘のティセの事も知っていた。その悲劇も。
時折体を案じて様子を見に来ることなどもあったが……しかし、今日の剣幕は明らかにそのようなものではない。
何があったのか。ディセットはそれを怪訝に思い、そして
「……大型魔獣確認の報告があった。王都のすぐ近く、ゴブリンの巣が出来ている」
「なんだァ……いや、待て。まさか……」
「そのまさかだ、ディセットさん……
「ッ!! オイ、それは……ッ!!」
「……ティセたちが殺られた個体かもしれない」
ゴブリンキング。
モンスター辞典に掲載がある、極めてレアなゴブリンの最上位種。
その目撃例は直近では17年前のみ。街道に現れ、旅行者を次々襲ったという事件があったのみで。
そして、それはディセットの娘夫婦に不幸があった事件そのものであった。
ゴブリンはすぐに住処を移し、巣も簡単に放棄して逃げるため根絶が困難であることが有名である。
下級のゴブリンならば力も頭も弱く、銅級冒険者でも容易に勝てる雑魚魔獣として有名ではあるが……最上位種は話が別だ。
危険度は高い。ギルドとしても、早急に対応しなければならない案件だった。
ウォーレンはこれをディセットの耳に入れておかなければならないと判断した。
自分以外の誰かからこの話が伝わってしまえば、一人でも行くと言い出しかねないからだ。
迅速に調査隊を作り、金級冒険者にも声をかけて退路も封じた上で討伐する。
その際に改めてディセットには同行してもらう。
そのために今は待ってほしい、と伝えるつもりだった。
「……どこだ」
「ディセットさん! 今大至急調査隊を……」
「どこだ。その巣は……ヤツはどこにいる……!!」
だが、ディセットの怒りはウォーレンが想像していた以上の物だった。
死期が迫っていることを悟っていたのも後押ししたかもしれない。
死に際に判明した、娘夫婦と孫の仇。
己の身を燃やしても復讐を成す。
既にディセットはそれを誓ってしまった。
「……」
安易に伝えてしまった失態を歯痒く思うウォーレン。
しかしここで自分が言わなくともギルド中に知られているこの情報はいずれディセットの耳にも入ってしまっただろう。
どうしようもできなかったのかもしれない。
何を言っても、彼の怒りと哀しみの深さをどうにもできなかったのかもしれない。
ウォーレンは己の胸倉を掴むディセットに、今ある情報を伝えることにした。
伝えて、その上で。
無駄とは分かっても、止める言葉を。
「……ロックはどうするんだ、ディセットさん、アンタには今、その未来を託された若者がいる……命を捨てるようなマネをして悲しむ人間が二人はいるんだ」
「…………」
「確実に討伐したいのは私も同じだ! だからどうか堪えてくれないか……!! その時になったら必ず呼ぶ!! だから……」
「……ロックの事はお前さんに任せる、ウォーレン。アイツは本物だ……絶対に儂以上の、お前さん以上の冒険者になるだろうよ。儂がこの場で合格を出す。研修は合格だ。アイツの後はお前さんに託す。儂の最期の言葉として聞いてくれ」
「ディセットさん!!」
「お前さんにも世話んなった。……止めてくれるな、頼む」
「ッ……!!」
しかしそれはやはり無駄となった。
既にディセットは己の命に興味はなかった。己が死ぬことへの恐怖はなかった。
あるとすればロックのこと。そう思いウォーレンがかけた言葉は、しかし逆にその責任を自分に託す形で返されてしまった。
そして全てを覚悟し、襟首を掴んでいた手を離して……死にゆく背中に、ウォーレンがかけられる言葉はなかった。
その後、ディセットは山小屋には戻らず、真っすぐにゴブリンの巣を目指した。
普段から持ち歩いているSSクラスのアイテムボックスに冒険に必要な武器防具、道具はすべて揃っていた。
かつては金級冒険者として活躍をしていた老爺の、勘も力も併用する洞窟攻略は順調に、凄まじい速さで進められて……そして、洞窟の最奥にたどり着いた。
決して勝算がないわけではなかった。
ゴブリンキング。確かに危険な魔獣だ。
だが討伐できないかと言われれば否。
それよりも危険な魔獣は多数存在する。
難度の高いダンジョンの最奥のボスなどと比べればまだ御しやすい相手だ。
現役時代はそのような魔獣を相手に何度も勝利し命を繋いできた経験がディセットにはあった。
逃がさない事だけを気をつければいい。
必ず殺す。
そう娘の写真に誓い、ゴブリンキングとの戦いに挑んだ。
イーリーアウスの名に懸けて必ず討伐せんと始まった死合は、しかし。
「がッ……!!」
「GYAAAAAAAAAAAAA!!!」
圧倒的な力の差があった。
ディセットは、ゴブリンに欠片の傷も与えられずに瀕死になっていた。
何がゴブリンキングだ。
そんなレベルではない。この目の前にいる、異常進化した体躯を見ろ。
明らかにこれまでに観測されたことがない強さだ。
否────まさか、魔獣図鑑に記載されていた『エンペラーゴブリン』なのか?
150年前の冒険者飽和時代に唯一個体が観測されたというそのゴブリン。
当時の金級冒険者が
それが、これなのか?
振るった剣も刃が折れて。
受ける拳は捌き斬りで返そうとも怯まず連撃を繰り出されて。
無限に思えるようなタフさと凶暴さ、そして狡猾さを備えたこのゴブリンに……娘は、孫は、殺されたのか。
怒りだ。
怒りが───体から流れ落ちる血と共に、霧散していった。
それを人は、諦めと呼んだ。
(……ヘッ。娘と孫を失って、腐って、酒におぼれて、17年も何もしてねェで……仇を探そうともしねぇで。そんで、たまたま仇が見つかったからイキったジジィの末路か、これが)
出血で霞む目で見上げるゴブリンを前に失笑を零す。
己がどこまでも情けなくて、何も出来なくて、何も為せない人間なのだと突きつけられる。
ゴブリンの構える槍が……ああ、娘が使っていた逸品の槍だ。
それが、今にも己を貫かんと穂先をこちらに向けている。
娘の武器で、殺されようとしている。
(……儂を恨んでたのか、ティセ……そうだよなぁ、お前を助けられなかったもんなぁ。親父面して、結婚する時もケンカして……そんな儂を許してくれるはずねぇもんなぁ……)
ディセットは眼を閉じて、己の死を受け入れる。
クズだ。自分はどうしようもないクズで、何も為せず、娘にも託すことができず、ロックでさえ最後まで見る事の出来なかった……どこまでも中途半端な男だった。
殺してくれ。その槍で儂を殺してくれ。
地獄に落ちるような男だが、地獄に娘はいないだろうから会えないかもしれない。
それが妥当だろう。こんな男の末路にはふさわしい。
エンペラーゴブリンがそれに応じるかのように無慈悲に槍を振るう。
既に力が失われたディセットには……いや、もとよりそれを返すほどの捌き斬りができなかった何物にもなれない老爺が、その槍先に貫かれようとして。
「───どらっしゃーいッ!!」
「ッGYUUUAAAAA!?!?」
「……なッ……」
「───なーにボサっとしてんだじーさん!! たかがゴブリンごときによォ!!」
ああ。
それはなにか、人の持つ希望のような。