勘のいいガキはデカパイハーレムの夢をあきらめない!   作:そとみち

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94 さよならと伝えた話

 

「ギリッギリセーフだったな!! まったく萎びた体で無茶しやがってよぉ!!」

『みゃ!』

「ロック……お前……」

「GRRRRRrrr…………!!」

 

 ディセットは驚きを隠せなかった。

 唐突に、そう、まるで物語の主人公のように死合の場に飛び込んできたロックの姿が、死に際に見る幻覚かとさえ疑った。

 何故ここにいるのか。

 何故ここまで来られたのか。

 何故、自分でも敵わないエンペラーゴブリンに立ち向かえるのか。

 

 どう考えても理屈が合わないのだ。

 ディセットがウォーレンからゴブリンの話を聞いたのは今朝だ。報告があったのも今朝のはずで。

 そこから考えられる限り最短でこの洞窟に向かい、最速で最深部まで進んだのだ。

 ありえない仮定だが、ウォーレンが山小屋に行ってロックにこの事を伝えたとしても、そこから準備して入ってきたとしても、普通の冒険者ならこの規模のゴブリンの巣は踏破に時間がかかる。

 その上でロックはまだ冒険者としては未熟、のはず。

 勘はともかく、攻撃力も防御力も並みのゴブリンと戦っても苦戦する程度のレベル、のはず。

 

 それなのに。

 それなのに、無傷でコイツはここまで来やがった。

 

「ロック、てめェどうやって……」

「木こりしてたら()()()()()()()()()()!! だから斧片手に勘のままにぶっ飛んで来たら洞窟があったから入ったらこれだよ!! じーさんこそ何してんだこんなところで死にかけてよ!!」

「勘、だと……? そんな……バカな」

 

 知らない。

 儂はそんなことを教えていない。

 儂の知る勘は、そんなに便利なものではない。

 コイツの勘は儂の勘とは違うのか。イーリーアウスのそれとは一線を画すのか。

 普段着のままに飛び込んできたロックを見れば、その片手に確かに木こりに用いているなまくらの斧だけで。攻撃力など皆無なそれ一本で、ここまで降りて来たってのか。

 

「道中のゴブリンはどうやって……」

「ぜーんぶスルーしてきたわ気配消してよぉ!! たまに道中にいる邪魔なやつは捌き斬りで一撃で殺して……ってか言ってる暇ねーぞじーさん!! このでっけぇゴブリンも殺しちまうから下がってろよ!!」

「バカ野郎、逃げろっ!! そいつはお前が考えてるような魔獣じゃ……」

「GURUUAAAAAAAAAAAAッッ!!!」

 

 だがのんびり会話するような暇はない。

 目の前のエンペラーゴブリン……金級冒険者数名でも不覚を取るような化物が、先程の槍の一撃をロックに返され、憤怒の表情で闖入者を見ているのだ。

 力量は魔獣も肌で感じ取るのだろう。

 例えるならば、中々の獲物を狩り殺そうとしていた時に急に蠅が闖入し、その蠅がしかも自分の攻撃を押し返してくるというあり得ないことが起きているのだ。

 早急に叩き潰した方が良い。

 そうエンペラーゴブリンは考え、目の前の少年に再び槍を突き放つ。

 

 攻撃だ。

 質の良い得物を使った一撃なのだ。

 当たれば、いや掠るだけでも間違いなく殺せるのだ。

 当たり前にして当然にして最善の行動を選択したエンペラーゴブリン。

 ()()()()()()()()()()

 

「おっらぁいッ!!」

「GA……GYAAAA!?!?」

「ロック……!?」

 

 死の予感を感じさせる豪快な一撃を、その少年は一瞥もせずに捌き斬る。

 雑に振るわれた少年の斧が高級な槍とぶつかり合った瞬間に、その威力を数倍、いや十数倍にしてエンペラーゴブリンの体内に爆発的な衝撃を以て返され、血反吐を吐いた。

 全ての勢いを心臓に直接流し込まれたような、体内で爆発が起きたかのような唐突なダメージに、エンペラーゴブリンのぎょろりとした瞳が驚愕の色に染まる。

 

 それを目の当たりにしたディセットは、目の前で起きている現象が信じられなかった。

 ()()()()()()()()()()

 

 知らない。儂はそんなことを教えていない。

 タイミングを極めれば数倍の威力で返せる奥義。

 3()の間を捉えれば等倍。1()を捉えれば4倍。

 それ以上はない。少なくとも自分はその極みの先の間を捉えられない。

 これまでの訓練でも、ロックがそんな動きを見せたことはなかった。

 

 だが今。

 誰かを守るという状況に於いて、ロックが覚醒を見せている。

 イーリーアウス家に伝わる『誰かを守るためにこの技は或る』という、その言葉の通りのような……少年の覚醒を、魅せられた。

 絶望に立ち向かう英雄のような、その少年の背を見た。

 

「オラッ!! トドメだクソゴブリン!! お前ら女の子攫ってエッチな事ばっかしてんの許せねぇからな!! 二度と生まれてくるんじゃねぇぞ俺が冒険者になったら根絶やしにしてやるからなオラッ!!」

「GUuu……ッッGA」

「ほいっとォ!!」

「ッ……!! G、a……──────」

 

 そうしてトドメを差さんと突撃したロックに、その隙をついてエンペラーゴブリンが動いた。

 ロックの首をねじ切らんと伸ばされたその腕は、しかしそこまで勘で読み切っていたロックの拳による捌き斬りで再び衝撃を体内に叩き込まれ、心臓が破裂。

 ビクン、と大きく体を最後に振るわせて絶命。魔獣の死を証明するように、光の塵になって消えていった。

 

「……っふー!! なんとかなったな!! おいじーさん、大丈夫か!? ゴブリンなんぞに苦戦しやがってンモー!! こんなんが師匠とか俺は恥ずかしいですわよ!?」

「ロック……」

「何ぼーっとしてんの! ほらアイテムボックス貸して! 回復薬くらいは持ってきてんだろー……お、あったあった。オラッ酒の代わりにこれ飲めオラッ!!」

「ゴボッ……!!」

「死ぬにはまだ早いぜじーさん!! 俺まだ研修終わってねえんだからなー!! くたばるならちゃんと合格もらってからだかんな!!」

 

 そして自分が討伐した相手をただのゴブリンだと勘違いしたままのロックがディセットを乱暴に介抱する。

 回復薬を飲ませ、傷の手当てをして包帯を巻く。

 それに抵抗する気も起きないディセットはされるがままになりながらも……目の前の現実を、少しずつ受け止めていた。

 

 ロック。

 てめェは。お前さんは。

 儂なんかよりもはるかに、誰かを助けるために力を発揮できるヤツなのか。

 

「ったくもー……ホント一人で乗り込むなんて無茶しやがって。後でちゃんと事情聴かせてもらうからな!! 一人でダンジョン潜るなっていっつもじーさんが言ってたのによー。ホラ肩貸すから。立てるか? 帰ろうぜ」

「…………」

「返事くらいしろよなー! ジジィがスネてもなんも可愛くねぇわンモー!! 帰りますよ!!」

 

 儂は。

 儂は、妻も娘も孫も失い、何も為せない男で。

 ここでくたばるのがお似合いの、家名すら残せない屑だと思っていたが。

 

 最期に。

 

 ───お前という男を遺せたと。

 ───お前という男に託せたと。

 

 そう、想ってもいいのだろうか。

 

 

 

※    ※    ※

 

 

 

 三年がもうすぐ経過しようとしていた。

 

「…………ロック……」

「ん。どーした、じーさん」

 

 エンペラーゴブリンが討伐されたことは公表されなかった。

 あの後無事洞窟を脱出した二人は、ウォーレンが派遣した調査隊に発見され、ディセットは王都の病院で治療を受けることになった。

 エンペラーゴブリンを討伐したロックはまだ冒険者登録をしておらず、ギルドカードを所持していない。ディセットともパーティ登録をして戦ったわけではなく、討伐記録は残らなかった。

 病室に面談に来たウォーレンに、ディセットはそこで起きた全てを伝えて……そして、この事実を秘匿することを望んだ。

 ゴブリンキングを超える個体を、まだ冒険者にもなっていない少年が単独で撃破したという事実を、本人にも伝えないように願った。

 報酬金は一度ディセットが受取り、後日全てロックに遺産として渡す事を伝えた。

 ウォーレンもその事実を重く鑑み、またロックという少年が調子に乗らせると大変であるということをディセットからも出身先の修道女であるミルからも聞いてもいたので、裏から手を廻して便宜を図り、ゴブリン騒動は大事(おおごと)になる前に終息した。

 

 そして、ディセットの体は快復とはならなかった。

 もとより15年以上自棄酒を続け、蝕まれていた身体に深く刻まれたダメージは、回復薬でも治癒魔法でも完全に回復させるには至らず。

 徐々に衰え、やせ細り、命の終わりを迎えんとしていた。

 山小屋に戻ることはなく、終末医療が町医院の病室で行われていた。

 

 ロックはそんなディセットの元に甲斐甲斐しく通い続けた。

 山小屋で生活は続けつつも、毎日のコインによる宿泊権のギャンブルはなくなっても……小屋は綺麗に管理し、これまで通り勘の鍛錬を続け、そして空いた時間はディセットの介護に時間を費やした。

 ロックもまた、ディセットに死が近づいているのを察していた。

 いつか来る別離。

 別れ、離れるそれを迎えるまで……少年が選んだのは、最後まで寄り添う事だった。

 碌な扱いをされた記憶がなくとも、3年を共にしたこの老爺がベッドで弱弱しく横たわる姿を見て、もう関係ないと見捨てる様な心は少年には存在しなかった。

 

 そんな、終わりに向かう生活が4ヶ月ほど続いたころ。

 

「ロック……そこに、いるか?」

「いるよ」

「…………話を、聞いてくれ……」

「……あいよ」

 

 ベッドに横たわるディセットが、ロックにそう語りかけた。

 今日だ。

 それを、二人とも理解っていた。

 理解っていて、最後まで普段通りに接しようと決めていた。

 

「……儂にはな……娘がいた……」

「なんで今それ言ったの? そういう重要なことはもっと早く教えてくれる? 今おいくつ? 独身? 美人?? 人妻??? 嫁にくれる感じ????」

「…………そう言うと思ったから……今まで、言わなかったんだ。……もう、死んでる」

「っ……マジか」

「……出来の悪い娘、だった。勘が悪い、ヤツでな……冒険者やって、いい歳になって、ダンナ見つけて、結婚して、孫こさえて…………家族旅行に向かう途中で、魔獣にやられて、みんな死んじまった……」

「……」

「お前さんが、討伐してくれた、ゴブリンに殺されて、な……。…………今更だが、礼を言うのを、忘れてたと、思って、よ……」

「……そうか。だからじーさん、あの時にあんな慌ててゴブリンの巣に突っ込んだのか……」

 

 そして、これまで誰にも語る事のなかった己の過去もロックに伝えた。

 その事情を聞き、なんと答えればいいのか……その答えをロックは持っていなかった。

 ただ聞いて、それを自分がずっと覚えていることが、ディセットの為になるような気がした。

 

「…………儂はもう、死ぬ。ロック……ロックよぉ。儂の遺言を聞いてくれ……」

「じーさん」

「儂は、何も遺せない男だった……勘がいい、なんて、笑いものだ……自分の娘の危機を察せもしねぇ……娘夫婦と、孫が死んで、天涯孤独になって、名も残せず…………酒に溺れて死ぬだけの……男だった…………」

「……じーさん」

「……だが、よ…………ロック、儂は……お前さんに出会った。お前さんと過ごした、最後の三年は…………悪く、ねぇと。こんな男が、そう思っちまえるくらい…………託しても、いいのかと、思っちまうくらい…………悪くない、時間だった…………」

「……」

「………………儂の遺言は、財産は、全部、ウォーレンに、話して、ある……ギルドに行って、ウォーレンに聞いて、くれ…………」

「……わかったよ」

 

 浅い呼吸で、振り絞るように零れる言葉をロックは全て聞き届けた。

 聞き逃すまいと集中して、言葉を聞いた。

 死に際の者が零す遺志を、受け継ぎたかった。

 

「…………はぁッ……ロック、よ。お前は……合格、だ。冒険者として、立派に、やっていける、だろうよ………」

「っ!!」

「遺言を、聞いて……お前さんの、好きにして、もらっていい。儂は……ロック、お前が、お前らしく……楽しく、生きてくれりゃ……それでいい…………ありがとうよ、お前さん。最期に、儂は、お前さんと、すごした、時間が…………たの、しく………………────────」

 

「…………じーさん?」

 

 

「……じーさん……」

 

 

「─────!!」

 

 

 

 そして、最後の一言まで聞き届けたロックは。

 逝く者へ、「さよなら」を伝えた。

 

 

 

※    ※    ※

 

 

 

 一頻(ひとしき)り涙を流したのち、看護師に亡くなったことを伝え……ロックはすぐにギルドに向かい、ウォーレンと面会した。

 ロックの姿を見て察したウォーレンはその日の業務をすべてキャンセルし、ディセットの葬儀の手続きを速やかに行い、荼毘に伏されたディセットの遺骨は遺言の通り山小屋の傍の裏山に散骨された。

 

 葬儀を終えたロックに、ウォーレンは託されたディセットの遺言を伝えた。

 

 暮らしていた山小屋は土地も権利も国に売り、金にしてロックへの相続金となること。

 ディセットが所有していたアイテムボックス他、全ての物的財産はロックに相続となること。

 娘夫婦の家としてディセットが購入し、しかし使われた期間は極めて短かった新築の一軒家は、今までディセットが管理だけ続けていたが、それもロックに譲渡されること。

 ロックに養子縁組の登録をしてあり、ロックには「イーリーアウス」の姓を継ぐ権利があること。

 そして、これらは全てロック自身が相続するか、名を継ぐかを決めていいということ。

 

「……ディセットさんは私が若い頃に大変お世話になった冒険者だった。当時は金級冒険者として尽力なされていた。……そんな彼が見い出した君という才能を、我らギルドは新たな冒険者として歓迎する」

「…………」

「こちらは遺産相続に関する書類。そしてこちらは冒険者登録をする魔導羊皮紙(スクロール)。内容を確認し、了承したならば君の名前を書きたまえ。君の選ぶ、君の名前を」

「……はい」

 

 ウォーレンから渡された書類の内容に目を通して、ロックはペンを手に取った。

 羊皮紙に、己の名前を書き記す。

 

 そこには、こう記されていた。

 

 

 

 

 

 

 『Rock Eeliaas』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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