『ザコの事をニコって呼ぶのやめろ』 作:kurokawa
吸血鬼、それは魔族の中でも長い歴史を持つ強力な種族。
その中でも「黒紅」と呼ばれる一族は飛びぬけて有名で人間だけでなく同じ魔族にすら恐れられる。
ただの身一つでオーガ種の要塞を粉々に粉砕した『破砕のリオ』
一夜にして人間の都市国家一つを支配した『無月のエレウ』
特に戦闘力に長けた人狼種の英雄を再起不能にした『英雄殺しのカオン』
神話や御伽噺に見られる様な怪物にも引けを取らない、そんな恐ろしい者達を輩出する黒紅の一族だが……。
どうしても例外は生まれるものだ。
黒紅の一族が持つ暗夜の様な髪に血の様なメッシュのツーサイドアップ、首の継ぎ目のような紋様、十字型のハイライトの入った目、儚げな細い肢体、そんな麗しい外見を持った少女。
彼女の名は『ザコのニコ』破砕のリオの妹であるが、姉に全ての才能を持っていかれた出涸らし、大ガエルのおやつ、壁のシミ、クズ肉と呼ばれる程のザコだ。
最低限度の吸血鬼としてのパワーはあるものの、本当に最低限度、水は平気だがニンニクで気絶するし日光を浴びようものなら即灰になる。
そんなザコがどうやって生きて来たかというと、「呪い」である。
呪いの力で相手をどうこうするのではない、むしろ呪われたが故に死んでも何事もなかったかのようにその場で復活させられるのである。
これはそんな彼女の日常譚である。
吸血鬼はとても危険な存在である、小規模な都市程度なら簡単に壊滅させれる程の戦闘力を持ち、卑劣で邪悪な精神性に相応しい恐ろしい術をいくつも身に着けている。
ニコもまたそんな恐ろしい吸血鬼の一人であるが故に、当然ながら人間を見下し、食糧としてしか見ていない。
「……取るに足らない、こんなくだらない人間の血などいらない」
夜の街の中、チンピラを叩きのめし、地に伏せさせたニコの顔には青痣やたんこぶ、そして鼻血。
一応全力で殴ればチンピラを血煙にしてしまう事も出来るが吸血鬼が、仮にも黒紅がチンピラに全力を出そうものならただでさえ実家で肩身の狭いのに待遇がさらに悪化しかねない。
それ故に力を加減して挑んだのだが、これがニコがザコと言われる所以……戦闘センスがまるでないのである。
おかげで全身ボロボロの満身創痍、チンピラ相手でこれなのだから当然ながらまともな戦士なんて相手にできる筈もなく……。
「とにかく……血、血を飲んで回復しよう……」
チンピラの懐から金品を抜き取り、追い討ちの蹴りをかましてから夜の街での獲物探しを再開。
そんな時である。
「あなた…!?大丈夫!?」
修道服を着た一人の少女がニコのあんまりな姿に驚きながら駆け寄って来る。
「(聖女……これはついてる……!今日はこれにしよう)」
この世界を創った女神に仕える協会に所属し、祝福の力を使って人助けをする。それが聖女だ。
ブロンドの髪、白い肌、青い目、そして愛らしい顔……誰もが振り返る美少女を、ただの一食として消費する……なんと冒涜的で退廃的で……恐ろしい程に心地良いことだろうか!と心を躍らせる邪悪な吸血鬼。
「ひどい怪我……女神よ、この者に癒しを与えたまえ」
治療の祝福でニコの傷を癒そうと目を閉じ、祈り始める聖女……そしてその瞬間を狙って口を開けるニコ……このまま彼女は犠牲になってしまうのか!女神様!あなたは眠っておられるのですか!?
「アババババーッ!!!!」
「エエッ!?!??」
聖女が光る。それは女神に与えられた神聖な輝き、邪悪なるモノが浴びれば……当然ながら致命傷となる。
ボロボロとはいえ10人中10人が美少女と答えるような美少女吸血鬼は服だけを残して灰の山となった。
聖女はそれが邪悪な存在だったと気づき、何か申し訳ない事をした様な……でもなんか悪い事する前に祓えたからよかったようなと複雑な気持ちのまま、灰の山を見下ろす。
「……アンデッドだったんだ……」
「いきなりなにするの」
「エエッ!?!?」
その灰の山が次の瞬間には何事も無かったかのように先程の少女の姿に戻っている事に驚愕すると同時に、脳裏にある言葉が浮かぶ。
「あっ…あなたもしかして黒紅のザコ」
「私はザコじゃない…ザコじゃない!ニコ!」
ザコのニコの名は結構有名で『聖騎士に3桁回討たれたアホ』『討伐報酬0』『ワームの腹に入ってたおまけ』『ダンジョンの壁に何か張り付いてると思ったらペチャンコになったニコだった』など数えきれない程のエピソードがある。
「なんでボコボコだったの」
「しつこいナンパを追い払った」
「勝てるんだ…」
「チンピラごときに本気出したら恥」
ともあれ聖女は完全に警戒を解いた、なんせ目の前の吸血鬼はザコである。
もはや脅威ではない、そう判断したのだ。
「という訳だから吸わせて、私お腹がすいて仕方がない」
「はいどうぞって言うわけない、私は聖女……この身は女神様に捧げてるの」
「三か月ぐらい吸えてない」
あまりにも獲物を選り好みする癖に力がない、当然ながらそうなると食事にもありつける訳もなく。
だが干からびても呪いのせいで即復活させられるので、実のところニコは血を吸う必要すらないのだが、そこは嗜好と本能には抗えないのだ。
「あなた達聖女の血は本当においしいと聞く、私だっておいしいもの食べたい」
「だめ」
「苦しんでるものへの施しもないなんて本当に聖女?」
「それは別、ついでに魔族は魔族の神様の管轄」
頼み込むも手ごたえは無し、となるとニコに取れる手はもう一つしか残っていなかった。
「あなたに拒否権はない……無理矢理にでも食べさせてもらう……!」
実力行使だ、最初からそうすればよかったのではないかというが力を振るわなくていいならそれに越したことはない!
「えっ早ッ!?」
全力を出したニコは一瞬で聖女の後ろに回り込み、首筋に顔をうずめ、匂いを堪能する。
「ああ、おいしそう……いただきま」
聖女はこのままニコに食べられてしまうのか!その時である!
「イーッヤーッ!!!」
聖女の見事な背負い投げ!そう、聖女は困った人を助ける存在だ……時には魔族と戦う事すらもある、故に時には戦う力だって必要になってくるのだ。
凄まじい勢いとパワーで石畳に叩きつけられたニコは哀れ、地面にキスをすることとなり、まるでマンホールかパンケーキの様な円盤状に潰れてしまい、無力化された。
聖女はそれを拾いあげ、ニコがぐるぐると目を回して気絶してるのを確認すると身をよじり、街の外に向けて全力で投球。
「それじゃ、さよなら!」
まるで空を流れ星の様に駆け抜けていくニコ円盤は街の建物を軽々と越えて行って、夜の闇の中に消えていった。
そしてしばらく飛び続けた末に夜明けの光を浴びてポフッと煙となって消えたのである。
南無阿弥陀仏!