テーブルをはさんで二人の男が向かい合って椅子に腰かけている。
「ハイ&ローっつうゲーム知ってるか? やんのはあれと似たようなもんで、山からカードを引いて前のカードとの大小関係を当てるゲームだ、単純だろ?」
整えた髪に小奇麗にめかし込んだ服装をしている男がルールの説明をした。男の名前は
透の背後には黒いスーツ姿の少年が後ろ手を組んで立っており、向かいに座る男がちらりと目線を向けた。
「ああ、気にすんな、後ろの奴はただのディーラー兼ボディーガードだ、お前が掛け金を払わなかったりオレに危害を加える事がなければ何もしねェ」
少年と目が合う男、細い目でじっくりと相手を観察すると息を吐き、透に視線を戻す。
「いいですよ、そのルールで、細かいルールの確認さえできれば」
透は頷くと、ボディーガードに新品のトランプを持ってくるように指示する。
「使うのはジョーカーを除いた52枚のカードだ、ハイローを当てればもう1枚カードを引き、外せば相手の番って訳だな、例外で同じ数字の時はハイでもローでも正解ってことにする」
ボディーガードに持ってこさせたトランプからジョーカーを引きシャッフルして目の前のテーブルに置く。
「山を全て引き終わった時、正解数の多い方が勝者だ、質問は?」
透が聞いた瞬間、目の前の男からギギギと奇妙な音が鳴り始めた。
それは男の首が段々と傾いていく音だった。
ギ…ギ…と首の骨が軋む音がしていき、直角に曲がったところで止まる。
その異様な光景に透とボディーガードの動きも止まる。
訪れる静寂に二人が唾を飲むと、男がそのまましゃべり始めた。
「そうですね~、例えば正解数が同じだったときはどうするんですか?」
男の問いに透は思わず笑ってしまった。
「クッハハハ!いや…そうだな、同点の時はもう一度シャッフルして再度勝負を行おう」
使用するトランプの合計枚数は13×4の52枚、初めに山札から一枚を引くので実質51枚を使う事になる。
つまり一回の勝負でどれだけ僅差になったとしても26対25となり、同点はあり得ない。
そんなことにすら気付かなかった相手を透は格下認定するが、
「……じゃあ例えばボクが最初から最後まで全ての大小を当ててカードがなくなってしまった場合はアナタのストレート負けになりますか?」
男の質問に今度は透は笑わなかった。
(こいつ…さっきの質問もそういう事か)
「その場合はもう一度シャッフルして相手の番になる、勿論外した時点で相手は負けだ」
もし男が質問をしなければ透は全て当てた段階で『山からカードがなくなったから終了だ』と有無を言わさず勝負を終わらせていた。
透が男の評価を少し改めると、曲げていた首を元に戻し、男は頷く。
「ルールは分かりました、掛け金はいくらですか?」
「お前が決めていい、ここに来たって事はそれなりの金は用意してきてるんだろ?」
「……じゃあ2億円で」
「あ?」
法外な額に耳を疑う透、とてもではないが目の前の男がそんな金額を所持しているようには見えなかった。
「丁度今日オレが持ってきた額が2億だが…お前本当に持ってるんだろうな」
「ええ、ボクの名前は
「……」
透はその名前を聞いたことがあった。
(その名前…いくつも殺し屋の組織壊滅させて懸賞金賭けられてたやつか…本人なら確かにこいつ自体に2億の価値はある、か)
例え騙っていたとしても搾れるだけ搾り、臓器でも売りに出すか、と考え透は頷いた。
「分かった、その額でやろう」
「じゃあゲーム開始という事で、そうですね…1回目はアナタからでいいですよ」
どうぞ、と槞彁は山の一枚目をめくり山から3cm程離してテーブルに置く。
出たカードは♣の9。
(1回目だとこいつ……初めから何回戦もやるつもりか)
「9か…確率的に言やァ、ローを選ぶべきだろうな」
透は目の前に置かれたトランプの山を見る。
「…ハイだ」
透がカードをめくると出てきたのは♥の10。
「危ねェ危ねェ、次もオレの番だな」
「……そうですね」
気味の悪い笑みを浮かべたままの槞彁に舌打ちして次のカードに手を伸ばす。
「次はロー」
♣の4。
「ハイ」
♠の7。
「ハイ」
♦のK。
「これは確実にローだな」
♥の3。
「五連続正解だ、クハハ! 今日もオレは運がいいぜ」
いわゆるカウンティングと呼ばれるカジノなどで禁止されているトランプカードの技術がある。
やり方は単純で、カードゲームで既に出たカードを覚えて点数をカウントするだけである。
これだけで次のカードを予測しゲームの勝率を上げることができる。
故に後半になればなるほどカウンティングの能力が高い方が有利になっていくのだが───
「ロー」
♣の2。
もはやそんな技術で片付けられるレベルではなかった。
まるで流れ作業の様にカードをめくり続ける透。
明らかに次のカードの内容が分かってなければおかしい。
しかし30枚目でその勢いが止まる。
「なんのつもりだお前?」
身を乗り出し、山の上に手をかざす
「ボディーガードの少年…ジュースカードって知ってるかい?」
急に呼ばれて驚いたが少年は静かに首を横に振る。
「イカサマ用のトランプだよ、裏の模様を見るだけでそのカードが何なのか分かる仕組みになっている、ね」
透はため息を吐いて再び槞彁の評価を下げた。
「…その方がお前の気が晴れるっつーならそのままで構わねェが、オレはそんな安っぽいギャンブラーじゃあねェぞ、ハイ」
見えてない山から一枚目をめくり横に出すと♠のJ。
「ハイ」
続けざまに透が言う。
♥のQ。
「ハイ」
♣のK。
確率的にはあり得るが、
「……」
めくられたカードを見た槞彁は手を戻し、椅子に深く腰掛けた。
ルール上特に指摘はされていなかったが、二人の共通認識として相手がイカサマをすればその場で指摘し実力行使の後に金を払わせる、というものがある。
当然、バレれば即射殺なんてこともあり得る。
ただし逆に言えば、それでもイカサマを使ってくる者は、絶対にバレないという自負があるという事である。
「これで分かったろ、無駄だったことが」
「……ええ、大体分かりましたよ」
あくまでも笑みを絶やさない槞彁の顔に舌打ちし、透はさっさとゲームを終わらせにかかる。
(バカが、んなことでオレの
この世界にはそういった能力を持つ『能力者』が存在し、透もその一人だった。
(トランプのカードもそれを遮る物もオレの前じゃあねェのと同じだぜ、どんなギャンブラーだろうとオレに心理戦を仕掛けるのは負け戦だ)
透は勝利を確信し、カードをめくった。
◇◇◇
「ハイ」
51枚目のカードは♦の3。
これで山が全てなくなった。
本来ならばここで終わりだが、槞彁の質問のせいで槞彁から再びゲームが始まる。
槞彁はボディーガードにカードをシャッフルさせテーブルに置かせた。
「凄いですね、51回連続正解…超人的な運の持ち主だ、有名なだけはある」
一枚目をめくり♠のJが出る。
そのカードを見て槞彁の口角が少し上がったのに透が気付く。
「おかげでボクも一度もミスが出来なくなりました」
「──幸運を祈るぜ」
「ありがとうございます、一枚目のカードは───ハイ」
♦のK。
「……」
透は何か嫌な予感がした。
何故この男はハイを選択したのか? 明らかに確率の高いローではなく何故?
「ロー」
♠の8。
「ロー」
♥の3。
「ロー」
♦のA。
再びテーブルでは同じ光景が繰り返され始めた。
槞彁のカードをめくる手はとどまる所を知らず、51枚目をめくり終えた。
「51対51で正解数が同じなのでもう一回戦ゲームを行って頂きます」
ボディーガードが宣言し、カードをシャッフルしテーブルに置いた。
(……あり得ねェな…自分でいうのもナンだが51回連続で当てる事はあり得ねェ、つまりこいつは何らかのイカサマをしているか、もしくはオレと同じように能力者っつー事か……)
考え始める透だがどちらにせよ、正解数の変わらないままであれば千日手である。
(この一戦でこいつの能力を探らねェとな…)
「一回戦では透様からゲームを始めたので、二回戦では槞彁様からのスタートとなります」
山から一枚目を槞彁がめくる。
♣の6。
「悩んでるみたいだから教えてあげますよ、ボクの能力──ロー」
♠の3。
意外な提案にピクリと身体が反応する透。
(十中八九ブラフだろうが何かヒントになるかもしれねェな、白ァ切るふりで乗ってみるか)
「……能力? どういう事だ?」
「ハイ───ボクの能力は完全記憶、一回戦でアナタを先にやらせたのはカードの裏と表を記憶するためです」
♦のJ。
「……ブラフにすらなりゃしねェな、そもそもこのカードは新品で傷も汚れもついていない状態だぜ、仮に記憶することが出来たからっつって一体何を記憶するってんだ」
「ロー、アナタがカードを触った場所と触り方ですよ、見てください」
♣の10のカードをめくり、裏返す。
カードの傾きを変えると明かりに反射してカードについた指紋が見えた。
「……皮脂か」
「その通りです、よく分かりましたね」
槞彁の顔を睨みつけながら、その言葉の真偽について考える。
(カードのめくり方なんてほとんど同じだろうが……こいつは数mm単位の差異すら記憶できるのか…?)
そのまま最後のカードをめくり終え、槞彁の番が終わった。
もはやカードをめくるだけのゲームになってきている。
どちらかがアクションを起こさない限り終わりはない。
ボディーガードが四度目のシャッフルしテーブルにカードを置く。
「さあ、アナタの番ですよ」
そう言って槞彁が山からカードをめくる。
♥の5。
目の前に出されたカードに手が止まる透。
(どうする、このままやっても決着はつかない、膳藤の話がブラフだったとしても102回連続でカードを当てたのは事実だ)
「……ハイ」
♥のJ。
(考えろ、こいつの能力の弱点を…)
それは40枚目のカードをめくった時だった。
まさに天啓。
(そういえばこいつ一回戦で───)
牛歩戦術の様にゆっくりとカードをめくっていた透だったが、段々とそのスピードが速くなる。
最後のカードをめくり終え、透は勝利を確信した。
「クハハハ……、おい膳藤、お前が最初にオレにやってきたことだよなァ?……カードを視えないように遮るってのはよォ!」
「……」
槞彁の言った通り、本当に能力が完全記憶ならば見えていなければ話にならない。
仮に嘘だった場合は振り出しに戻るが、透が負けることは無い。
「次、オレは全てのハイローを当てる、膳藤…お前の負けだよ、抵抗すんのは構わねェが指一本でもオレに触れたら後ろのボディーガードが何するか分かんねェぞ」
だが、透には槞彁の能力に思い当たる節があった。
(一回表でこいつがカードを遮った時に
そしてJのカードさえ分かれば、後は失敗することは無い。
一つ前のカードがQ以下の場合はハイと言えば次のカードが♥のQでも♣のKでも正解となる。
そしてKだった場合はローと答えればいい。
故にJが出た時に槞彁は笑みを浮かべた、彼の一番の懸念点は♠のJ、♣のKが分からないときに引いたカードがQになる事だからである。
二択を間違えれば命を失う可能性もある。
(その安堵がお前の敗因だぜ)
透の顔に笑みが産まれた瞬間───
ギギギと静かになった部屋に音が響いた。
気味の悪い笑みを浮かべながらその顔が直角に傾いていく。
透の背筋に冷たいものが走った。
(んだァ?……この、掴まってる崖から指が一本一本外されていくような感覚は…)
ギ…と音が止まり、槞彁が口を開いた。
「ボディーガードの少年、二回戦を終わらせてくれ」
その声で本来の仕事を思い出したのか再び正解数の宣言を行う。
「51対50で正解数の多い槞彁様の勝利です」
「──は? なんッ…あァ!? おかしいだろうが!! んでオレの正解数の方が少ねェんだよ! 一回もミスってねェだろッ!!!」
思わず声を荒げる透、確かに彼はハイローを間違えてはいない。
「彼のジャッジは正しいですよ」
いつの間にか首を戻している槞彁が話し始める。
「アナタは透視能力なんて大層なモノを持ってる割には見たいようにしかモノを見れていない」
「……ッ!! んでオレの能力を……!?」
「本質を見ようともせずに甘言に食いついたのがアナタの敗因だ」
テーブルのトランプを手に取りシャッフルをし始める槞彁。
「ボクの行動のおかしな所に気付きませんでした? 分かりやすいように四回全部同じことをしてあげたんですけどね」
混ざったトランプをテーブルに置き、カードをめくる。
「……あ」
「そうです、四回ともボクが一枚目のカードをめくっていた、ただし…最後を除いて」
槞彁がめくられたカードを横にずらすともう一枚、その下からカードが見えた。
「『山を全て引き終わった時、正解数の多い方が勝者』、アナタは山が1枚少ない状態でゲームを始めていたんですよ」
「ふざッ……イカサマだろうがこんなの!! ハナから一枚少なかっただと!? 」
蓋を開けてみれば単純、だが自身の能力を過信し過ぎた者には見破ることは出来なかった。
完全に敗北したことを透は分かっていたが、彼のプライドが許さなかった。
「オレが負けるわけがねェ……!! こんなクソくだらねェサマが通ると思ってんのか!? 無効だ今の試合は!!」
喚き散らす透を黙らせようと槞彁が手を伸ばすとそれよりも先にボディーガードが透の後頭部を掴み、テーブルに叩きつけた。
「──ッ!!」
その一撃で透は気絶し部屋が静かになった。
「いいのかい? キミの雇い主なんだろう?」
「今止めなかったらもっと酷いことになってただろうしな、一応身を守るのが仕事なんで」
「いい判断だね」
分厚いアタッシュケースを二つ槞彁の前に置くと、ボディーガードは透を担ぎ上げる。
「中に2億円入ってる、確認してもいいけど、万札一枚少なく入ってるなんてこすい真似はしてないよ」
部屋から出ようとするボディーガードを槞彁が呼び止める。
「キミ名前は?」
「
「ボクと勝負しないかい?」
「え、嫌だけど」
槞彁の突然の打診をにべもなく断る柏木。
「ボクに勝ったらこのケース片方あげるからさ、ゲームのルールもキミが決めていい」
(こいつ…帰すつもりないな)
すごく嫌そうな顔をした後、柏木は渋々頷き透を下す。
「分かったよ、でも俺大金なんか持ってないぞ」
「別にいいよ、ボクはただ闘いたいだけだから、キミが負けてもボクは何も請求しない」
ため息を吐きながら柏木は尻ポケットから財布を取りだし、100円玉を見せる。
「コイントスだ、百って書かれてる方が表な、表が出たら俺の勝ち、出なかったらお前の勝ちだ」
ギギギとまた音が鳴り槞彁の首が直角に傾いた。
「お前それやめろよ怖いから、あとそれ首折れてない?」
「“ひゃく”って言うのは数字の100の事かな?」
「…そうだ、まあ流石にバレるか」
100円玉には表に100、裏には百円と書かれている。
当然柏木はどちらが出ても『ひゃくが書かれてる方が表と言っただろう』というつもりだった。
槞彁は柏木の持っている100円玉をじっと見つめると、
「ルールはそれでいいよ、ただし勝利条件は逆にしよう、表が出たらボクの勝ちだ」
「……」
一瞬渋い顔をする柏木。
「問題はないよね、それとも…逆にできない理由があるとか?」
「…まあ負けても俺に不利益ないから、いいよ表が出たらお前の勝ちで」
「よし、なら勝負しようか」
何故、槞彁は勝利条件を強引に変えたのか、それは透とのゲームまで遡る。
槞彁はゲーム中自分の能力は完全記憶だと言っていたが、あれは全くのブラフ。
そんな能力は持っていない。
ではどうやって102回もハイローを当てることが出来たのか、それは彼の能力が他人の能力をコピーすることが出来る能力だったからである。
ただしコピーできる条件は一度でも自分が能力の対象になることである。
例えば触れる事で発動する能力の場合、自分が触れられてからではないと能力をコピーすることはできない。
先のゲームでは使われたトランプがジュースカードであると敢えて指摘することで自然なままに自らの手を透視させ、能力をコピーすることに成功した。
つまり、今槞彁は透の
柏木がピンッと100円玉を上に弾く。
槞彁が
柏木の持っていた100円玉は表裏が同じエラーコインだったのだ。
槞彁はその用意周到さに気味の悪い笑みが零れた。
恐らく日常生活で使っているであろう財布にエラーコインを入れ、あまつさえ表裏どちらが出ても自身を勝利させることができるルールもさりげなく入れる。
槞彁は柏木が気に入った。
気に入って、見入った。
故に思考を止めた。
柏木は100円玉が地面に落ちる前に空中で掴み取った。
そして手のひらを槞彁に見せるように開いた。
「俺の勝ちだな」
柏木は中指と薬指で挟むように100円玉をキャッチしていた。
表でも裏でもない。
「勝利条件は『表が出たらお前の勝ち』だったな、出なかったから俺の勝ちだ」
「……三個目の罠、か」
一つ目は、『ひゃく』のトラップに敢えて気付かせる事。
二つ目は、裏と表が同じコインを使う事。
三つ目は、裏も表も出さない事。
「それじゃ
片手に1億、肩に透で柏木は部屋を出ていく。
「──ねぇ、最後にキミの仕事先教えてもらってもいいかな?」
「ごめん俺バイトだから」
柏木は笑顔で迫ってくる槞彁から扉を閉めて逃げた。
「あれ! 開かない!! 柏木君!! 開かないよ~!」
◇◇◇
「社長…あ、ごめんなさいボス、何ですか急に呼び出して…また俺何かやっちゃいましたか?」
後日、英警備会社に呼び出された新人バイトの柏木。
「次そのセリフ喋ったらクビにする、社長って言ってもする」
「ごめんなさい」
「新しいバイトが入った、教育係をやってくれ」
「ごめんなさい」
「ありがとう、おい入ってくれ!」
「え、俺今断りましたよね?」
扉を開けて入ってきたのはまさかの槞彁だった。
「本日より英警備会社で働く
「俺その扉から入って来たのに遭遇しないのおかしくない? 後お前どうやってここ特定したんだよ!」
「いや~先輩の下で働けるなんて嬉しいです」
「気持ちわりぃ~!!!」
いいコンビになりそうだと頷くボスだった。
違法賭博ダメ絶対