リアルではモブなわたしは、GBNでずっと暮らしたい。 作:ゼラチナマスター
「魔法の少尉、ブラスター・マリ……だと!?」
「おや大佐、ご存じでしたか。
……大佐の第七機甲師団のご趣味とは正反対だとは思いますが」
これはロンメル大佐か。これはあの露出度の高い女ダイバーか。
マフティーは、操縦桿を握ったまま呆然とモニターを見るほかなかった。
聞こえるはずがない会議室の声が、戦闘中のガンプラのコクピットに聞こえてくる。
これはサイコフレームの効果で、通信が混線でもしたと言うのだろうか。
「サイバーコミックスを読んだことぐらいあるとも。
だが、公式キット化されたことはないはずだが……当然フルスクラッチなのだね」
「はい。ロウジくんと親しい、もっとも腕の良いガンプラビルダーが作ってくれた品です」
パパの、だろう!
ロウジの言葉を思い出し、マフティーの心はきしむように叫んだ。
悪かったテストの点数、ヒステリーの母、床に叩きつけられるダイバーギア。
踏み躙られ、傷を負った大切なガンプラ……
フラッシュバックする記憶の奔流にもまれ、言葉が思わずこぼれる。
「ありかよ、そんなの!」
モニターに映るデコトレーナーを睨み、マフティーは吐き捨てるように叫ぶ。
いいや、アリだな。だって現実にそこにいる。
マフティーの心の冷静な部分がそう指摘する。
あれは悪夢ではない現実だ。GBNと言うシステムの保証した、れっきとした戦闘用ガンプラなのだ!
ならば、やる事は決まっている。
オレは強い。強ければ正しい!
「……決闘を再開しよう、ロウジ・チャンテ」
奇跡を呼ぶ魔法の杖とやらを構えたまま動かぬピンクのデコトレーナーへ向け、マフティーは宣言する。
いつの間にかジオン軍服に着替えたロウジがモニターに映り、マフティーとロウジは再び向顔する。
「勝敗はガンプラの性能のみで決まらず」
「ダイバーの技のみで決まらず」
胸を張り、マフティーは声高に宣言する。
続いてロウジが静かな声で宣言し、二つの声が最後に唱和した。
「「ただ、結果のみが真実!」」
叫びと同時、マフティーはウェポントリガーを引き絞る。
腰溜めに構えたハイメガが、舞い上がるデコトレーナーに吸い込まれように伸び、デコトレーナーの右手の杖によって斜めに弾かれ、霧散する。
「……Iフィールドバリアー!?」
愛機にブーストをふかして上昇させながら牽制に放ったグレネードが、デコトレーナーの右手の杖でまるでテニスボールのように軽々と弾かれるに至り、マフティーは先ほどの光景が幻覚ではないと悟った。
「奇跡を呼ぶ魔法の杖……このブラスターロッドは、内蔵されたサイコフレームによりいかなる飛び道具も反射するんだ!」
「ビームだけでなく実弾もなど、デタラメすぎる!?」
ロウジの叫びに、マフティーの混乱は極まった。
距離を。とにかく距離をとらねば!
ふわりと重力を無視したような飛行で迫るデコトレーナーから必死にスラスターで後退する。
ダメだ、振り切れん!牽制のつもりでグレネードを放ったのはほぼ無意識だった。
そのグレネードを正確にこちら目掛けて弾き返され、マフティーは絶句した。
必死に構えたシールドにグレネードが着弾し、モニターが爆炎で真っ赤に染まる。そしてロックオン警告が高らかに響く。
大きく杖をふりかぶるデコトレーナーが、爆炎の中からぬっと顔を出す。
「そんなもので!」
マフティーは己を鼓舞するように叫び、左手のシールドをΖに構えさせる。べきん、ごきん、そんな激しい音と共にシールドが左腕部のグレネードごとえぐりとられる。
「うっそだろぉ!?」
マフティーの声はもはや悲鳴だった。
思い切りバックステップするΖにおいすがり、デコトレーナーが杖を返す刀で逆袈裟にふりぬく。
スウェイバックで避けきれない。構えたハイメガの砲身が、左手マニピュレーターごと呆気なく粉砕される。
必死に引き絞るウェポントリガーが、Ζの残る右手にビームサーベルを引き抜かせた。腰溜めに突きこむサーベルを杖が受け止め、鍔迫り合いエフェクトが発生する。
二度、三度、振るう一撃が受け止められ、打ち込まれた杖を三度、四度、構えたサーベルで辛うじて受け流す。
「……バケモノめ!」
ダメだ、勝てない! 思わずマフティーは吐き捨てる。
明らかな劣勢、初めての経験だった。
マフティーは目の前が暗くなる気持ちだった。飛び道具はきかない。パワーすら何故か互角だ。残る武器は右腕のサーベルとグレネードのみ。ハイメガと盾を失い、変形も奪われた。
「ええぞ、魔法少女の坊ちゃん!」
「そのままやっちゃえ、ロウジ!」
幻聴まで聞こえる。それともまだ混線中なのか?
関西弁のアッガイと褐色銀髪のメスガキのはしゃぐ姿がまるで目に浮かぶようだ。
ずいぶん憎まれたもんだ。打ち込まれるブラスターロッドをサーベルで必死に受け流し、自嘲気味にマフティーは呟く。
だがそれも自業自得だ。乱入し、蹂躙し、一方的に強さを誇る。
憎まれるだけの罪を重ねてきただけだ。マフティーは独りごちた。
無駄な事はやめろと叱る母、母にぎゅうぎゅうに詰め込まれた習い事のスケジュール、もぎとった余暇時間でGBNへ逃げ込んだ自分。
心に刻まれたトラウマが浮かび上がる。
何をやっても母の罵声がリフレインし、楽しいはずの体験も喜びも灰色に塗り潰されていく。
そんな中、楽しげに騒ぐダイバー達の姿に、マフティーは苛立たしさを募らせた。
……そうか。オレは楽しげなファンプラ達が、ただ妬ましたかっただけだったのか。
「ガンプラの“粛清”なんて……抱えた不満の八つ当たりでしかなかったってのかよ!」
目の前のこいつも、誰のガンプラも、過ちなんか犯してはいなかった。
モニターに映る敵機を睨み、操縦桿を握り締め、マフティーは血を吐くように叫ぶ。
それは、ずっと直視を避けてきたマフティーの本心だった。
頑なに心を覆っていた憎しみが薄れていく。
打ち込みを受け止め、コクピットが揺れる。関節負荷警告がレッドゾーンの悲鳴を上げる。
もう、いいんじゃない? マフティーの心で誰かがそう囁く。
正義の味方にそろそろ勝ちを譲ってやるべきだよ。
マフティー・ナビーユ・エリンを名乗る以上、敗北し、裁かれるのが定めなのだから。
続けざまの重い連撃に、Ζがぐらりと体勢を崩した。
チャンスとばかりにデコトレーナーが大上段からブラスターロッドを振り下ろしてくる。
まだだ! ビームサーベルを必死に投げつけ、デコトレーナーの脚を思い切り蹴り、必殺のはずの一撃を不様に飛び退って何とか避ける。
操縦桿を握る腕はまだ動く。最後に残ったもう一本のサーベルを引き抜き、もう一度構える。
それでも!と言い続けろ、マフティー・ナビーユ・エリン。
諦めかけたマフティーとは別の誰かが、心のなかでそう叫ぶ。
どれほど相手が正義でも、どれほど相手が懸命でも、どれほど相手の勝利が望まれていようとも。
憎しみなど、もうない。それでも。
勝ちたい理由なら、ある!
「Ζ! オレの身体をキミに貸す!」
『ミッション報酬使用:バイオセンサー』
「キミは、兄さんが! オレに、作ってくれた!
世界で一番カッコいいガンプラなんだぁっ!!」
覚醒BGMと共に、サーベルが太く大きく伸びる。
レッドゾーンの各部負荷が消えていく。
認めるよ、ロウジ・チャンテ。
お前はオレに勝つため、真剣に戦術を練ったんだろう。
あんな膨大な時間を稼ぎ、一発逆転の武器の使用条件を満たした。
お前のガンプラはふざけちゃいる。けれどお前は誰よりも真剣だった!
デコトレーナーを真っ向から睨み、マフティーは静かに心の中で呟く。
それでもオレが勝つ。勝って証明する。オレのΖが一番カッコいいんだって!
青く輝くリーブラが、戦いを静かに見守る。
そう。ただ、結果だけが真実なのだ。
心が軽い。機体が軽い。こんなの、奇跡以外ありえない。
「待てマフティー、逃さないぞ!」
モニターに映るマフティーのΖガンダムが、どこかの寮のハンガー奥へと逃げ込む。
ロウジはマフティーを追うため、背中のリボンユニットの浮力を切り、足裏のローラーダッシュでコロニー地面を踏みしめる。
リボンの翼が消え、いつものデコトレーナーにフォルムが似る。奇跡の出力が集中し、ブラスターロッドの光が強くなる。
操縦桿を握ってぺろりと舌なめずり。悠然と閉鎖空間へ脚を踏み入れたデコトレーナーを、ハンガー奥でグレネードを構えたΖガンダムが出迎える。
「効かないよ!」
グレネードを弾き返そうとブラスターロッドを小さく構え、真正面へとローラーダッシュ。だが発射されたグレネードはデコトレーナーでなくハンガー天井で炸裂した。
「え、うわ!?」
老朽化か既に流れ弾で弱っていたのか、天井の瓦礫がデコトレーナーへ降り注ぐ。真正面、モニターに隻眼のΖが大写し!
猛烈な踏み込みとサーベルを、構えたブラスターロッドで弾く。もう一撃!構え直した瞬間、降り注ぐ瓦礫がロッドに運悪く直撃した。
質量に押され、ブラスターロッドの構えが大き崩れる。
「ヤバっ!?」
回避、ダメだ!盾代わりに構えた左手腕が難なく切り飛ばされ、左腰のフロントアーマーが削り取られる。
強い!この人ホントに強い!
「……よくもやったな!
ブラスターフォームの魔法を受けてみろ!」
強気な笑みと共に、ロウジはサブウェポンボタンを長押しし、ブラスターロッドで足元の瓦礫を一つ真上に弾き上げる。
「喰らえ、ムービガン!」
まったく無意味な叫びと共に、ブラスターロッドでテニスサーブのように弾かれたボール大の瓦礫が、Ζの顔面に直撃する。
そのまま前方へ突進、テニススマッシュの動きでブラスターロッドを叩きつける。だがマフティーのΖは身体をひねり、辛くも一撃を避ける。肩アーマーとウィングバインダーだけをねじ切り、ブラスターロッドが空振りする。
横回転しながら叩きつけられるΖのロングビームサーベルを、ブラスターロッドが真正面で受け止める。
「初見殺しを簡単にいなさないでほしいな、もう!」
戦闘時間、ゆうに三十分近い。
肩で息をしながら、ロウジは呼吸を整える。
けれど何も辛くない。楽しいがあふれて止まらない。
「ロウジ・チャンテ」
多分きっと、マフティーも同じなんだろう。
通信ウィンドウに映るマフティーも、荒い呼吸を繰り返している。
「訂正し、謝罪しよう。
……貴様のガンプラは、そして今まで倒してきたガンプラは、過ちなど犯してはいなかった」
傲然とした態度はもうどこにもない。口元を噛み締め、こちらを必死に睨みつけてくる。
「……ありがとう、とても嬉しい!」
心からの笑顔で、ロウジはマフティーにお礼を言った。
「けど謝ったって勝ちは譲らない!
この善戦は実力じゃない、神様とパパがくれたこの時だけの奇跡だから。
……勝利を、パパへ捧げるトロフィーにするんだ!」
「勝ったところで、言う台詞はさっきと変わらないぞ」
サイコフレームの心の光が、判りあわせてくれたんだろうか。
ロウジはこのガンプラバトルがただ楽しかった。
「だって負けたらデコトレーナー取られちゃうじゃん!」
「……ああ、うん、所有権は借り受ける。その上で貸与して使用許可は出す!」
きっとマフティーも同じだ。
このバトルは、無駄な時間なんかじゃ絶対にない。
「いや、そういう問題じゃあないな」
「そうだね。関係ないね」
お互い笑顔を浮かべ、じゃれ合うように言葉を投げつけあう。
「デコトレーナー・ブラスター・フォームは、世界で一つしかない最高のガンプラだ」
「Ζガンダムは、オレの兄さんが作ってくれた、世界で一番カッコいいガンプラだ」
にやりと笑いあい、通信を切る。
「改めて、貴様が勝ったらどうする、ロウジ・チャンテ!?」
「そうだね、この決闘、僕が勝ったら……」
Ζの全身から紫のバイオセンサーの輝きが吹き上がり、サーベルが長く鋭く伸びる。
まるで呼応するように、デコトレーナー右手のブラスターロッドから、サイコフレームの輝きが吹き上がる。
次の交錯で決まる。確信と共に、ロウジは操縦桿を魔法の杖であるかのように強く握り締める。
一度見せた攻撃は当たらない。
迂闊に撃てば避けてカウンターが来る。
避けてカウンターすら回避される。
攻撃を当てるなら……
「……僕が勝ったら、フレンドになってよ!」
左肩を前に、ブラスターロッドを後ろに隠し、ロウジはデコトレーナーを突進させた。
飛んでくるΖのグレネードを掻い潜り、低い姿勢で脚目掛けて肩からタックル。読まれていたか、マフティーのΖが小さくサイドステップ。後ろを取られた!
「終わりだ、ロウジ・チャンテ!」
無防備な背中目掛け、Ζのサーベルが振り下ろされる。
「はばたけ、ブラスターリボン!」
刹那、背中のリボンユニットが全力で吹き上がった。
強い斥力がΖを真後ろへと猛烈に吹っ飛ばす。
「あああああああ!」
獣のようにロウジが叫び、機体を半身に捻ったデコトレーナーが、体勢を崩したΖへ、ローラーダッシュで突進する。
崩れた体勢のまま振り下ろされたΖのロングビームサーベルと、デコトレーナーが交錯する。
激しい衝撃音と共に、コクピットモニターが真っ暗になり、外の景色が見えなくなる。
確かな手応えが、あった。
『Battle ended WINNER! ……ロウジ・チャンテ!』
システムメッセージと共にモニターが回復する。
モニターには突き立てられたブラスターロッドを境に真っ二つに折れ曲がったΖガンダムと、削り飛ばされたデコトレーナーの頭部があった。
相討ち覚悟の特攻戦法。ロウジは頭部カメラを引き換えに敵ガンプラのコクピットを打ち貫いたのだ。
「この決闘、勝者はロウジ・チャンテとする!」
「ありがとう、デコトレーナー。
ありがとう、皆。
……ありがとう、パパ」
悲しくないのに、涙がこぼれてくる。ロウジはコクピットに置かれた魔法のふとん叩きを、そっと胸に掻き抱くのだった。
●読み飛ばしても構わない巻末プチ解説
・魔法の少尉ブラスターマリ
サイバーコミックスから1990年に発売されたれっきとした商業コミックスである。
魔法のふとん叩きを手にした少女が魔法の少尉ブラスターマリに変身し、1日号と呼ばれる愛機に乗り込む物語だ。
一年戦争時のサイド3を舞台に、家族の絆をテーマにドタバタコメディが繰り広げられる。
もちろん映像化されてないし、世界観もほぼ間違いなくパラレルだけどね!
筆者は真面目に大好きなのだが、マフティーみたいに叫ぶ皆様の気持ちもとても良くわかる。
“赤い彗星の人”とは、ブラスターマリに登場するシャア少佐そっくりの謎の人物のことである
GBNでは映像化されておらず、ガンプラとして発売されていない準公式作品扱いだが、熱意あるビルダーによって再現されることが稀にあるようだ。
ガンプラの出来次第ではもちろん高いパワーや再現度を誇るが、今回のデコトレーナーの強さは多分にサイコフレームのパワーによる……ってか正直バグってねぇ?
「サイド3にあった魔法のふとん叩き、その残骸を回収研究し、アナハイムエレクトロニクスがサイコフレームを作り上げた事は知っているな?」
「さすがの私も寡聞にして存じ上げないよ、エニル少佐」
うむ。色んな意味で、オフィシャルではございませんぞぉぉ!
次は5/5投稿予定です。