リアルではモブなわたしは、GBNでずっと暮らしたい。 作:ゼラチナマスター
「あ、あの、すいません……」
「水星ミッションの続きいこ!」
「ミッション報酬のガンヴォルヴァ、凄くいじりがいがあるんだってさー」
どうにか振り絞った声と、差し出した手をスルーされ、
ロウジは暗い顔で手を引っ込め、にぎやかに歩いていく学園制服の一団の背中を見送った。
「……水星ファン仲間だと、思ったんだけどなあ」
「どうしよう……」
どんよりした顔で、ベンチに腰を下ろす。
見知らぬ人に声をかけるだけで、一大決心だったのだ。
ログアウトしてしまおうか。
自爆ボタンに手を伸ばすヒイロ・ユイのごとき心境で、
ロウジの心にログアウトの選択肢が浮かび上がってきたときだった。
「坊や。いったい、どうした?」>ロウジ
澄んだクールな声とメッセージが耳と目に飛び込み、
ロウジはぎょっと目を見開き、思わず左右を見回した。
「見たところ、来たばかりのニュービーだな。
このサーバーはPVPフリーだ、あまり初心者向けじゃないよ」>ロウジ
まるで男かと思うようなセリフだが、その声は確かに女性のものだ。
そして周囲全てに聞こえる近距離会話ではなく、これはロウジ宛の個別メッセージ。
間違いなくロウジ宛に声をかけてくれている。
顔をあげたロウジの視線の先には、とても……肌面積の露出の多い、おねえさんがいた。
赤毛のショートヘアと、猫めいた切れ長の瞳、真っ赤なルージュが色っぽい。
エニル・エル。機動新世紀ガンダムXのエニルが、ロウジを見下ろしていた。
知っているキャラだ。でも、知らない人だ。
声をかけてきてくれている。
何か、返事をしないと!
会話で? でも個別返信だと……
「大丈夫。焦らなくてもいい」>ロウジ
慌てるロウジの心を見透かしたように、エニルは目線を合わせてそう言ってくれた。
人見知りで引っ込み思案の心に、優しい思いやりがすっとしみこんでいく。
「アタシは……エニル。
坊や、名前は?」
「わた……僕はロウジ、です」
早鐘のように脈打つ心臓の音が、ゆっくり、ゆっくり、落ち着いていく。
「友達と、このサーバで待ち合わせしてたんです。けど……」
ようやく絞り出した言葉は、とめどなく流れ出していく。
気付けばロウジは、見知らぬエニルに自分の事情をぶちまけていた。
「なんてつれないお友達だと思ったが……
リアル事情じゃ仕方ないね」>ロウジ
「はい。セセリアの事は寛大な心で許してあげます。
……代わりに明日、ジュースおごらせますよ」>エニル
まなじりをわざとらしく吊り上げ、冗談めかしてロウジはエニルにそう応える。
ロビーの片隅、ベンチにエニルと横に並んで腰かける様子は、まるで仲の良い姉弟のようだった。
「薄情者のセセリアはともかくとして、今日どうしようかな……」
「ソロでガンプラバトル、してみればどうだ?」>ロウジ
エニルの何気ない提案に、ロウジは思わず目を伏せる。
「それが、セセリアのガンプラに複座で体験させてもらうつもりだったから……」>エニル
「ガンプラ、持ち込んでないんだな」>ロウジ
けして責める調子でないエニルの問いに、ロウジは後ろめたそうに首を縦に振った。
「おためしで遊ぶニュービー向けのプレーン量産機もある」
「そうですね、それを使ってみるしかなさそうです……」
GBNは、自作のガンプラを持ち込み、”駆け抜けろ、ガンプラ!”するフルダイブ型オンラインゲームだ。
ガンダムが好きで、ガンプラが好き。そんなダイバーたちが集まるゲーム世界。
そんな遊び場に、ガンプラなしで乗り込むのは、いかにも失礼ではないだろうか……?
暗い思考がロウジの心で渦巻き、表情がどんよりと曇っていく。
「よし。なら、アタシと遊ぼう」>ロウジ
ロウジの曇った心と表情を、エニルの唐突な言葉が吹き飛ばした。
「遊ぶ……何を!?」
「ガ、ン、プ、ラ、バトル。決まってるだろ?」
額を指で押され、悪戯っぽく笑いかけられ、ロウジの声が裏返る。
「時間はあるんだろ。嫌かい?」
「嫌っていうか……」
まじまじとロウジはエニルを見つめる。
いったい、この人は何を言い出したのか。
いったい、この人は何故こうも……
「どうして、僕に優しくしてくれるんですか?」
ロウジは素直な気持ちを、まっすぐにエニルへとぶつけた。
エニルの顔が、ロウジをからかうような笑みから、真面目なものへ変わる。
「楽しいからさ、キミみたいな子と話すのが、ね」
見据える瞳もまっすぐに、誠実な態度でエニルはロウジにそう対してくれた。
「キミを見て、すぐにニュービーだとわかった。
モニターを見上げ、辺りを見回し……」
自分のみっともない姿を思い返し、ロウジの頬が思わず赤らむ。
「初めてGBNに来た時の、自分を思い出したよ」
けれど、懐かしげに語るエニルの表情に、ロウジへの悪意は感じられない。
「だからこれは、昔のアタシを助けてくれた人達への恩返し。
気恥ずかしい台詞だけど、これが多分、一番正直な答えだ」
やさしい微笑みから一転、冗談めかした仕草でエニルがロウジに手を差し出してくる。
「それに、南極条約にも書いてある。”ニュービーには優しく”とね」
ロウジの視界で、エニルの姿がセセリアと重なって見えた。
セセリアは勉強は苦手だし、がさつなところはあるし、嫌なところはいっぱいある。
けれどロウジの手を引いてくれたのは、いつだってセセリアだった。
今度、セセリアにもエニルと同じことを聞いてみよう。
ロウジは温かな気持ちでそう呟いた。
「だから、アタシのため、遠慮せず遊びにつきあうといい。
もちろん、キミが嫌じゃなければ」
差し伸べられたままのエニルの手に、ロウジは静かに視線を落とす。
だから、きっと。この手をとっていいのだと、ロウジは信じた。
しなやかな手をそっと握り返しながら、ロウジは顔を上げ、言う。
「こちらこそ……よろしくお願いします。ご迷惑じゃ、なければ」
それでも予防線を張ってしまうのが、いかにもロウジなのだった。
●読み飛ばしても構わない巻末プチ解説
・個別メッセージ
他のダイバーには聞こえない、対個人用の会話方式。
他のネットゲームではテル、ウィスパー、フレンドチャットなどと表記される。
この物語では >ロウジ などで表現されるが、時々作者が表記を忘れる。
ミノフスキー粒子の影響も受けずに届くが、相手はガンプラバトルで激戦中かもしれないので気をつけよう。
たとえ隣にいても他人には絶対聞こえないが、運営はログを調べられて閲覧できる。
暴言、セクハラ、迷惑チャットはダメだぞ。守ろう心の南極条約!