リアルではモブなわたしは、GBNでずっと暮らしたい。   作:ゼラチナマスター

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良い感じで切れる処がなかったため。
びっくりするようなボリュームになってしまいました。
覚悟してお読みください。

次回11/3(日)を何とか目指したいと思います。



ミッション4-3 作り物の世界を歩いてみよう。

 

 

 リニアシート式コクピットの全天周囲モニターに、宇宙空間が映し出されていた。

 マリコはアームレイカー式操縦桿を握り締め、モニターの景色に必死で注意を払う。

 背後には先ほど出発したサイド3のコロニーがまだ大きく間近にあった。

 左右モニターではサイド3の他のバンチコロニーの明かりが遠くで輝いている。

 

「どうです?

 デコヴォルヴァは凄くシンプルだから、扱いやすいと思うんですが」

「わたし、作業用のプチモビ免許しかもってないのよ?」

 

 モニターの通信ウィンドウから喋るロウジに、マリコは悲鳴じみた呟きを返す。

 マリコの操縦経験は作業用の非武装小型MS(モビルスーツ)だけだ。

 マリコは恐る恐るブーストボタンを押し込み、機体のスラスターをゆるやかにふかす。

 モニターに映るサイド3がゆっくりと遠ざかっていく。

 

「基本はオペレーターだから操縦は業務外、ほとんどペーパーパイロットだってのに……!」

 

 みっともない悲鳴とは裏腹に、マリコの操縦はびっくりするほど順調だった。

 今のマリコはロウジから借りた機体、デコヴォルヴァのコクピットにいた。

 ロウジいわく、ここは非戦闘エリアの宇宙空間フィールドらしい。

 個人でMSを所有するとか、ひょっとしてロウジくんってば大企業の御曹司なのかしら。

 そんな思考が頭をもたげた瞬間、モニター正面、巨大なスペースデブリ……おそらく戦艦の残骸が映る。

 

「パトロールは何してるの!?」

 

 コクピットに響く接近物警報とほぼ同時、マリコはブーストを全開にする。

 プチモビ教習所なら一発で教官ストップものの急加速で、デブリをすんでのところで回避する。

 ぞっとするような無茶な機動だが、オートバランサーが優秀らしく、機体はスピンどころかまったく制御を失わない。

 ブーストボタンを緩めれば、オートのAMBACが行われ、緩い逆噴射で機体はゆっくりと静止する。

 

「ね、簡単でしょ?」

「……信じられないぐらい簡単ね」

 

 マリコは目を剥き、率直な感想を漏らした。

 ド素人もいいとこのマリコが、初めての慣熟飛行で上下を失わずに巡航できる。

 恐らくオートバランサーとオートのAMBACシステムが凄まじく優秀なのだ。

 

「次は、重力下の走行訓練してみたいのだけど」

「えっと……ああ、サイド3コロニー内の基地周辺がいけるみたいです。

 ガイドしますから、誘導に沿って移動してください!」

 

 矢印マークがモニターに映り、目的地のコロニー港湾部の開口部が黄色く発光する。

 驚くほど正確で的確なナビゲーションだ。

 マリコは慎重に矢印に向かってスラスターで機体を移動させる。

 開口部に近づくと、機体のスラスターが自動で減速し、ゆっくり静かにコロニー床へ着地する。

 こんな動き、プロ軍人以外みたことがない。

 

「ブリオン社がプチモビ扱ってるなら、会社戻ったら導入を強く上伸するわ……」

「へへ……まいどあり、です!」

 

 デコヴォルヴァの操縦性の素晴らしさに、マリコは驚きを隠せなかった。

 コンピューターの補助があまりに親切で便利する。

 アナハイムの開発部が見たら絶句モノの利便性なのではないか。

 マリコは驚嘆しながら機体の訓練を続けるのだった。

 

 

 

 見慣れたピンク色の機影が、ロウジのガンプラハンガーに戻ってくる。

 初めてのオペレーター業務が終わり、ロウジはこっそり安堵の息を吐き出す。

 

「おかえりなさい、マリコさん!

 初めての機体、ちゃんと操れてましたね。さすがです!」

 

 即席のオペレーター席から立ち上がり、ロウジは愛機とマリコを手を振って出迎えた。

 ここはロウジのガンプラハンガーだ。

 大きめの体育館みたいな空間に、アスティカシア学園式のコンテナ型ハンガーが3基設置されている。

 駐機されたデコトレーナーの横に、帰投したばかりのピンクのガンプラがゆっくり運ばれていった。

 自動でハンガーの固定アームが働き、がっちりとピンクのガンプラを固定し、スムーズに駐機が完了する。

 

「ありがと、ロウジくん。

 この世界のMS、凄まじく高性能ね……」

 

 ハンガーに直立駐機されたガンプラの胸部コクピットから、マリコが作業用タラップをリズミカルに伝っておりてくる。

 あんな高さから良く生身で乗り降りするなあ。ロウジはマリコの度胸と運動神経に思わず感心した。

 マリコが乗っていた機体は、水星の魔女に出て来る量産型機体、ガンヴォルヴァだ。

 ロウジが二機目に作り上げたガンプラで、ピンクに塗装した上で機体名デコヴォルヴァとして使用登録されている。

 

「う、うーん……デコヴォルヴァは正直、

 割とシンプルでロースペックな方ですよ?」

「ウソでしょ? 凄いわ、この子。

 どんな動きしてもひどい転倒がなかったわ。

 そもそも滅多に転ばないし、転んでも受け身をとって破損を抑えてくれるもの」

 

 ううん、カルチャーギャップ。ロウジは腕組みしてうなる。

 多分、ゲームならではのセーフティがきっちり働いてるのだろう。

 思えば確かに、この前の強襲降下だってデコトレーナーがオートで降下速度を減速してくれていた。

 

「それより、武装のテストは本当にしなくて良かったんですか?」

「わたし、民間人よ?

 軍人さんと違うんだから、武器は使えなくていいの」

 

 デコヴォルヴァを貸し出したのは、マリコからの希望によるものだった。

 異世界人を名乗るマリコとの異文化交流、責任重大さに怯えたロウジであったが、

 マリコの最初の希望は、身を守るための力が欲しい。この世界のMSが見たいと言うものだった。

 

「了解です。現在のデコヴォルヴァの使用者権限、一時的にマリコさんに譲渡しておきます。

 ひとまず期限は一週間。もっといい機体が見つかるまでの繋ぎにしてください」

 

 ロウジは喜び勇んでマリコをガンプラハンガーに案内し、デコトレーナーとデコヴォルヴァについて熱く語った。

 そのまま勢いでマリコが搭乗しての完熟飛行が提案され、今に至る。

 

「いいの? そんな気軽にMSを貸し借りしちゃって」

「サブ機だから大丈夫です!

 あ、それより、役に立つか判らないですけど……」

 

 帰って来たマリコにペットボトルのお水を差し出し、ロウジはガンプラハンガーの奥を指差す。

 購入したオブジェクトで組み上げた即席ハウジングが雑に鎮座していた。

 

「何あれ!?

 出た時にはなかったわよね」

「GBN通貨で購入したコンテナハウスです。

 ベッドとトイレ、小さめのデスクがついてました。

 ひとまず寝起きするための拠点として使ってください」

 

 驚くマリコを中へ案内し、入室権限をマリコとフォースメンバーに限定する。

 林間学校の学生向け合宿所のような、清潔だが簡素な一室だった。

 目を見開いて部屋をチェックしていたマリコが向き直り、ロウジの手をぎゅっと握る。

 

「ロウジくん、何から何まで……

 本当にありがとう、あなたは恩人ね」

「いえ、異世界からのお客様なのに、こんなお部屋しか用意出来なくて……」

 

 マリコの掌から温もりと感謝の思いが伝わる。

 ロウジは思わず顔を赤らめ、謙遜した。

 これがエニルさんなら、立派なフォースネストにマリコさん用のオシャレな一室をきっと用意していただろう。

 でも、うじうじしてたって仕方ない。僕は僕に出来ることをしよう!

 気持ちを切り替え、ロウジはマリコへ力の抜けた笑顔でにへらっと笑いかける。

 

「さて、じゃあ拠点と机が用意できたところで……

 マリコさんにやってもらいたいことがあります」

「ええ、わたしに出来ることならなんでもするわ」

 

 そろそろ、マリコさんの誤解を解いておく必要がある。

 ロウジは後ろ手に隠していた小箱と工具を机に並べ、にこやかに宣言する。

 

「はい、それではマリコさんには……

 ガンプラ作りに挑戦してもらいます!」

 

 パッケージには、マシンガンを構えた一つ目巨人が雄々しくポーズを決めていた。

 HGUC1/144ザクII ジオン公国の誇りを具現化したガンプラである。

 

 

 

 まさしく驚天動地。常識のコペルニクス的展開だ。

 ここが異世界であり、自分は異邦人なのだ。

 マリコは今、それを何よりも実感していた。

 

「これが……ガンプラ」

 

 運動部の男の子が食べる大きめ弁当箱くらいの紙箱の表面に、我らがジオンの誇り、ザクがプリントされている。

 これは一品モノでなく、量産品のはずだ。なんて精緻なイラストだろう。

 震える手で箱を開け、中身を見る。組み上げ前のパーツらしいものが枠に繋がって入っている。

 

「これが完成すると、さっき搭乗したあのMSになる。

 ……本当に?」

「はい、そうです。

 デコヴォルヴァだって、ホントはこんなサイズなんですよ」

 

 笑顔のロウジが、机の上に完成済みのデコヴォルヴァのガンプラを置いてくれた。

 サイズは縦に握り拳二つ分くらいだが、その姿は見間違えようがない。

 さっきマリコが搭乗した機体、デコヴォルヴァそのものだ。

 

「これがガンプラ……なんてクレイジーな兵器なの」

「違います、ホビーです!

 MSは確かに兵器ですけど、これはあくまでゲームでの使用を前提としたれっきとしたホビーです!」

「ああ、ごめんなさい。向こうの常識に囚われちゃってるわね

 作業用や観賞用はあるけど、わたしにとってあくまでMSは戦争のための兵器だったから……」

 

 断固として抗議するロウジに、マリコは申し訳なさそうに頭を下げる。

 なんのことはない。ロウジが所持していたのは2機のMSではなく、おもちゃが2つと言うことなのだ。

 そして、マリコが衝撃を受けた事実はもう一つある。

 

「正確に言うと、マリコさんの目の前にあるのはガンプラそのものじゃないんです。

 これはガンプラ製作体験キットです。

 僕らのリアル世界のガンプラを、このGBNが正確に再現したアイテムなんですよ」

「まずもって、この世界が丸ごと造り物だってのが驚きだわ……」

 

 そう、この世界はこのホビー……ガンプラで遊ぶために造られた世界らしいのだ。

 MS操縦シミュレーターならサイド3の基地祭で見せてもらったことはある。

 恐らくこの世界はそのシミュレーターを凄まじく大規模にスケールアップしたものなのだろう。

 

「すごいものね。ロウジくんの生きる”リアル”も。この世界も」

 

 呟きながら、マリコは説明書を読みながら、手渡されたニッパーでパーツを慎重に切り取っていく。

 切り取られたパーツを向きを揃え、慎重に噛み合わせる。まるで立体のジグソーパズルだ。

 しかも溶接や糊付けなし、はめこむだけでしっかり固定される。

 これを作る工場機械、それこそ凄まじい高精度なのではないだろうか。

 

「こんな正確な工芸品が玩具として大量生産されてるって言うの……?」

「はい!

 僕らのリアルお小遣いで買える額ですよ」

 

 そう、”リアル”が別にあるのだ。ロウジもまた別世界からここにダイブ……ログインしているらしい。

 組み立ての手をふと止め、マリコはロウジに確認した。

 

「リアル……ロウジくんは別のところからこのシミュレーターをプレイしてるって認識でいいのよね?」

「はい、ダイバーギアを通してログインし、アバターを操っています」

「アバター……わたしも多分同じなんでしょうね、きっと」

 

 ロウジはログインし、この世界に入り、ログアウトしてリアル世界へ戻るようだ。

 だが、マリコはログアウトできない。

 ロウジに教えてもらい試したが、システムウィンドウのログアウトボタンがグレーアウトしており、無反応だった。

 

「道理で、空腹も喉の渇きも感じないはずよね」

「そうですね、僕らもこの世界じゃ飲み食いはしませんから」

 

 ロウジの言葉に、マリコはうなずき、自分の身体の状況と照らし合わせた。

 GBNのロビーで目覚めた後、ここはどこだと随分と歩き回った。

 疲労感みたいなものはあったが、足の裏やふくらはぎに痛みはまったくない。

 結構な長時間何も食べていないが、空腹ものどの渇きも感じていない。

 

「シミュレーター内で栄養補給なんてしないものね」

 

 呟きながら、マリコは心の中で仮設を組み上げた。

 やはりあの時わたしは一度死に、なんらかの形でアバターのみで存在しているのかもしれない。

 手元でガンプラ作りを再開しながら、マリコはのんびりと呟く。

 

「ロウジくん。教えてもらった事を整理するわ。

 このGBNって世界は、”機動戦士ガンダム”シリーズの世界観を模したものなのよね?」

 

 丁寧に切って、パーツ単位ではめ込み、シールを貼る。

 この単純作業は頭の中を整理するのに実に向いている。

 

「はい、そうです!

 このザクは初代ガンダムのアニメで出て来た機体をキット化したものです。

 ガンプラとして何回もリファインされた名量産機なんですよ!」

 

 確かにこの子、お父さんが使ってたザクとは細部が違う。きっとリファインの結果ね。

 出来上がったザクの頭部を眺めながら、マリコはロウジの言葉を噛みしめる。

 マリコのリアルは、ロウジにとってのフィクションなのだ。

 

「そうだ。わたしの世界はなんて作品名なの?」

「あ、はい! マリコさんの見たというアクシズ落としは唯一無二の出来事です。

 まず間違いなく”逆襲のシャア”って作品ですね」

 

 気軽に聞いた言葉に、なかなか衝撃的なタイトルが返ってきた。

 アクシズをめぐりぶつかりあう白いガンダムと赤い専用機を思い返し、マリコは悲しげに呟く。

 

「逆襲の……シャア総帥、ね」

 

 シャア大佐はジオンのトップエースで英雄だった。

 英雄がアクシズを落としての大量虐殺なんて行為に手を染めれば、逆襲とも呼ばれようか。

 ダイクンがどうとか大義とか、マスコミやニュースサイトの説明など、マリコにはさっぱり判らない。

 

「ただ、僕の知ってる逆シャアって作品に、多分マリコさんは映ってないんです。

 多分マリコさんは逆シャアと時間軸が同じの、漫画とかの外伝作品の出身なんじゃないでしょうか」

「そりゃそうでしょ、うちの会社は運び屋よ?

 ドンパチ出来ない登場人物なんて、戦記物に出て来ないわ」

 

 向こうのマリコはプチモビ免許しかもたない民間人の非戦闘員に過ぎない。

 それこそ出ても画面の端っこにちょっぴりだろう。

 ザクの脚部を胴体にセットしながら、マリコはフランクに肩をすくめる。

 

「運び屋って事は、サイド3の運送業者なんです?」

「いいえ、違うわ。

 ジオン系じゃない民間の小さな運送会社で、わたしの勤務地はサイド6の支局、

 もっぱら貨物船のオペレーターでコロニー間を行き来してたわ」

 

 ロウジの問いかけに、マリコは明るく身の上話を始めた。

 マリコの手元のガンプラ作りの方も順調だ。

 各部パーツは出来上がり、後は頭部をはめこむだけ。工程は武装を組み上げるところ移る。

 

「シャア総帥率いる第二次ネオジオンの蜂起、輸送業は大変だったんじゃないです?」

「ええもう、大惨事だったわよ。

 うちの会社もすわ戦争だって実働メンバーで色々あって、

 わたしが乗ってる船に会社の臨時雇いの船長が来ることなったのよ。

 ところがその船長、ガッチガチのネオ・ジオンのシンパ!

 ネオ・ジオンに情報流して船ごと拿捕、そのまま強制徴用されるとこだったわ」

 

 別に知られて困るような情報はない。マリコは人事への愚痴を気軽にぶちまけた。

 

「シャア総帥が温情で解放してくれなきゃどうなってたかしら。

 ただ、解放する代わりにって、荷物運びを頼まれて輸送任務についたんだけど、

 今度は連邦の大規模独立艦隊に拿捕されちゃったわけ」

「え、ロンド・ベルに!?」

 

 なかなか波乱万丈だった自覚はあるが、このGBNにいる限り、別世界の罪で拘留される事はないだろう。

 

「あ、そうそう、そんな名前だったわ。

 連邦のエースと名艦長さんのいる部隊よね。

 わたし達の船が運んでた荷物が大問題だったらしくて、事情聴取後、船ごと拘留よ。

 小さなボックスに入ってた、T字型の不思議なパーツだったわ」

「……まさか、サイコフレーム!?」

 

 正直、連邦に捕まった時の事はあまり思い出したくない。

 ネオ・ジオンの協力者だと疑われてしまったのだろう。

 何故こんな希少物品を民間船が輸送しているのだ、とさんざん尋問されたのだ。

 

「ええ、多分それよ。ニュータイプ用の機体に必要なものなんですって?」

「はい、連邦のエース、アムロさんの愛機νガンダムの最重要パーツですよ。

 マリコさん、凄いことに関わってたんですね……」

 

 さっきからロウジが驚いてばっかりだ。

 あの一連の出来事は本当に大事件だったのだ、マリコは苦笑する。

 

「社会人として頑張ってるだけで凄いのに、

 そんな大事件に巻き込まれて生還するなんて、マリコさん尊敬します!」

「別に、大した事ないわ。

 会社には大学中退して入って……ええと、まだ五年目よ?」

 

 ロウジの尊敬の眼差しがむず痒い。

 世話になった我が職場に愛着はあるが、正直なところ万年人手不足の中小企業に過ぎない。

 大人になる事が特別に思えるなら、ロウジはきっとまだ子供なのだろう。

 

「ってことは、グリプス戦役と第一次ネオ・ジオンの真っ只中かその直後に就職なさったんですか?」

「ええ。高校まではサイド3だったのだけれど、

 大学はリベラルな校風のサイド6へ留学するのを選んだのよ。

 ところがそこがいきなり学生運動でしっちゃかめっちゃかでね」

 

 ため息と共に、マリコは当時を振り返る。

 講師と学生が対立し、校舎に籠城した火炎瓶やゲバ棒の運動家と治安維持隊が揉み合う。

 授業も休講ばかりで、とてもまともに学べるような状況になかった。

 

「ええ!? めっちゃ大変じゃないですか。

 サイド3を出るのを選ばれたってことは色々弾圧とか、

 ティターンズの横暴とかやっぱりあったんですか?」

「ええ、当時は、そうね……」

 

 大学からさらに記憶を遡り、マリコははたと動きを止めた。

 ジオン第6小学校を卒業してから中学高校へ、学生時代に起きた記憶がまったく思い出せない。

 修学旅行は? 同級生たちはどんなメンバーだった?

 大学から就職、アクシズを巡る攻防戦の記憶はさっきのようにすらすらと出てくるのに、中高の記憶はぽっかり穴が開いている。

 

「そうそう、小学校の頃は連邦の空襲がひどくて、町内会で疎開の話まで出たのよ……」

「えっ、ジオン本土にまで攻撃があったんですか!?」

 

 背筋がまるで凍り付いたかのようだ。マリコは焦燥に駆られて自分の記憶を辿る。

 小学校の記憶は鮮明だ。だが、小学校を出る前の記憶となるとぼんやりして、具体的なエピソードが出て来ない。

 マリコは襲い来る寒気に、両手で身体を掻き抱き震えた。

 この不気味に欠落した記憶は、開けてはならないパンドラの箱なんじゃないの?

 

「マリコさん、マリコさん!

 大丈夫ですか、顔色が真っ青ですよ!?」

 

 必死な声がマリコの耳を打つ。

 心配してます!と顔に描き、ロウジがマリコの掌をぎゅっと握ってくれていた。

 

「ごめん、大丈夫よ、ロウジくん。

 ところどころ思い出せない記憶があって……」

「……ええっ!?

 ひょっとして別世界へと転移したショックで記憶に悪影響が!?」

 

 わたしより、ロウジくんの方がよっぽど動揺しているじゃない。

 親身になって心配する年下の少年の姿に、マリコは少し落ち着きを取り戻した。

 

「となると、部分的に記憶喪失になってるのかもしれませんね……」

「そうね、そうかも……そのうち何かの拍子にぽろっと思い出すわ」

 

 不安げなロウジを勇気付けるよう、マリコは笑顔を作り、明るい声で言った。

 そのままマリコは手元のガンプラの最後の工程へ挑む。

 ザクの頭を胴体へとパチリとはめ込み、もうランナーには何もパーツは残っていない。

 頭部に胴体、手足、背中にランドセル、両肩にショルダーアーマーとシールド。

 ヒートホークもザクマシンガン、パーツが完全に揃い、ザクが見事に完成した。

 

「ね、ロウジくん。

 完成したこの子にデコヴォルヴァみたいに乗れるのよね?

 サイド3みたく、GBNの世界を観光できたりするのかしら」

「あ、はい。観光、いいですね!

 ガンプラさえあれば、色んな世界見て回れますよ。

 マリコさん、見てみたい景色とかないですか?」

 

 素人の手でもきちんと立体で自立してくれる! ガンプラを眺め、マリコは満足げにうなずいた。

 ばらばらのパーツだったザクのキットも、こうして出来上がったのだ。

 ピースの欠けたマリコの記憶も、いつかきっと完成する時が来るはずだ。

 

「そうね、それなら一つ、見てみたいところがあるわ。

 ロウジくんの魔法でぱぱっと連れて行ってくれる?」

「オッケーです! じゃあ、観光のための簡単な準備です。

 まずはザクを機体として使用登録して、ハンガーにセット……」

 

 マリコは明るく笑って、ロウジへ希望を述べた。

 ロウジが手早く、ザクの仕様準備を整えてくれる。

 

「オッケーです。じゃあ次はシステムウィンドウで練習モードを呼び出し、

 ザクが起動できるかチェックし、操作感を確かめるのを10分ぐらいお願いしていいですか?

 僕、マリコさんとは別件で、ちょっと連絡一本入れておきたい人がいまして」

「判ったわ。あせらずお話してらっしゃい。

 ロウジくん、わたしにずっと付きっ切りだったもんね」

 

 ロウジがぺこぺこと頭を下げ、コンテナハウスを出ていく。

 にっこり笑ってロウジの背中を見送り、マリコはふとシニカルな笑みを浮かべた。

 自分の記憶をシミュレートするモードとか、実装されないかしら。

 心の中でそう呟いた後、マリコは大きく息を吐き出し、コンテナハウスのベッドに身を横たえた。

 

「……まったく、何を焦っているのかしら。

 練習していけば乗りこなせる事もあるでしょ。

 異世界の歩き方なんて、まだ若葉マークの練習モード中なんだから」

 

 いつかはきっと、自分に眠るパンドラの箱を開けねばならないだろう。

 けれどそれは多分まだ。今でなくてもいいはずだ。

 息と一緒に焦りを吐き出すと、猛烈な眠気が襲ってきた。

 スーツ脱がなきゃ、しわになっちゃう。

 呟くが、身体は言う事を聞かない。マリコはそのまま固めのベッドで睡魔に意識をゆだねるのだった。

 

 

 

 一方、その頃。

 

 

 

 アポをとり、約束時間より前にGBNへとログインする。

 余裕をもって所定の場所へログインし、相手の待つルームへ入室しようとしたまさにその瞬間だった。

 

『ロウジ・チャンテよりエニル・エルへ着信です』

 

 モーリン・キタムラのシステム音声が響き、エニルはかすかに眉根を寄せ、足を止めた。

 システムコマンドの入室ボタンから手を離し、エニルは眉根を寄せ、考え込む。

 約束の時間にはまだ時間がある。エニルは小さく頷き、ロウジへリアルタイム通信を開いた。

 

「もしもし、こちらエニル。

 久しぶりだな、ロウジ」

 

 ここはGBNの運営用サーバー、アポのある外部メンバーも入れる打ち合わせ用の空間だった。

 近代的なオフィス風の廊下で少し奥まったスペースに入り込み、エニルは優しいお姉さんの顔でロウジへ応答した。

 

「こんにちはエニルさん、急に通信入れちゃってすいません!」

「大丈夫、今はまだ大丈夫だ。

 それよりも、何か緊急事態か?」

 

 壁へと映し出された通信ウィンドウに、申し訳なさそうなロウジの顔が映し出される。

 声を聴くのもしばらくぶり、セセリアのリアル事情あれこれを教えてもらって以来だ。

 相変わらずだな、ロウジは。

 エニルはクールな微笑みのまま続きを促す。

 

「すっごい急なお誘いではあります。

 ただ、緊急事態!って感じじゃあなくって……」

 

 いつもながら、前置きが長い。

 ロウジらしい言葉選びにエニルは笑いを噛み殺しながら続きを待った。

 

「もし、予定が空いてましたら……

 今日この後、いっしょに戦って欲しいミッションがあるんです!」

 

 セリフと同時にロウジからのメッセージが着信する。

 そこにはミッションの詳しい内容が記載されていた。

 なるほど、そういう事か。メッセージを一読し、エニルはうなずいた。

 

「大規模PVPレイドのメンバーが足りないのだな」

「はい。ホントに急な話でごめんなさい!

 急遽メンバーが減っちゃったらしくって、規定よりだいぶ人数が少ないそうなんです」

 

 指定のミッションはランダムマッチングがなく、ダイバー同士が人を集める必要がミッションだ。

 今日とはまた急なと思ったが、なるほど確かに良くあるトラブルだ。

 頭を抱えたロウジが、困ってエニルへ声をかけたのだろう。

 ロウジが自分を頼ってくれたことは確かに嬉しい。だが……

 エニルはメッセージの日時を確認し、しばし熟考した。

 

「すまない、ロウジ。

 力になりたいのはやまやまだが、今回は先約がある」

 

 だがエニルは、先約への義理を優先した。

 

「うーん、残念!

 次はもっと早く声をかけますね」

 

 大げさに肩を落としたものの、ロウジは食い下がることなくあっさりと諦めた。

 人見知り解消のため頑張っていると聞いたが、どうやらその結果が少しずつ出ているらしい。

 

「声をかけてくれてありがとう。

 力になれなくてすまないな」

「いえ! エニルさんがいればもちろん心強かったですけど、

 たまにはエニルさんやセセリアに頼らずがんばれって神様が言ってるんですよ!」

 

 明るく笑うロウジの姿には、確かな自信を感じた。

 

「ふふ、がんばれロウジ。

 乗り越えた先には、きっとキミは大きく成長出来るだろう」

 

 あのおどおどしたニュービーが、立派になったものだ。

 エニルは目を細め、ロウジへ笑いかけた。

 

「今回の埋め合わせと言う訳じゃないが……

 今度こちらからバトルミッションに誘わせてくれ」

「わ、うれしーです!

 その時は新生デコトレーナーをお披露目しますね。

 それじゃ、今回はお時間割いていただいてありがとうございました!」

 

 ロウジが礼儀正しく頭を下げ、ロウジ側の通信ウィンドウが閉じる。

 エニルは閉じた通信ウィンドウを見ながら、先約を確認する。

 完全に時刻やミッション名が一致している。

 これはつまり、運命というヤツか。

 エニルも通信を切り、にやりと笑って呟いた。

 

「ああ。楽しみにしているよ」

「通信は終わったかい?

 もういいなら、少し早いが打ち合わせを始めよう」

 

 ひょいと顔を出した見覚えある顔が、エニルへ声をかけてきた。

 黒幕ロールを気取ったところに不意に声をかけられ、エニルは憮然と腕を組んで相手のアバターを睨み返す。

 

「カツラギ。盗み聞きしていたみたいなタイミングで声をかけるのはやめろ」

「ないしょ話なら、聞こえない場所まで移動したまえ」

 

 エニルと背丈同じぐらいのSDガンダムサイズのアバターが、真面目くさった顔で返答する。

 相手はGBN運営の責任者の一人、”ゲームマスター”だ。

 だが、エニルはゲームマスターへ個人名で呼びかけ、カツラギも口調は気さくなものだった。

 

「多忙なゲームマスター殿がよければ、このまま打ち合わせで構わないか?

 この後の予定もある、前倒しにしたい」

「判った、そうしよう。

 なるべく早く終わらせるよ。ロウジくんと遊ぶのかい?」

 

 カツラギ操るガンダイバーのアバターがボタンを押して応接室のドアを開け、エニルを中へ招き入れた。

 エニルは縁あって2年ほど前から運営側の仕事を受け始めた。だが、カツラギとの付き合いはもっと長く、学生時代からだ。

 仕事中では上司と部下とはいえ、二人での会話中はついつい昔の気軽さに戻る。

 

「ああ、そうだ。

 ロウジ”と”遊ぶ事になるだろう」

 

 俄然、この後の予定が楽しみになってきた。

 応接室へ足を踏み入れながらエニルは再びにやりと悪い顔で微笑んだ。

 

「それより、打ち合わせだ。

 緊急で重要な要件なのだろう?」

 

 勧められたソファに浅く腰をおろし、エニルは真顔に表情を切り替える。

 メール一本ではなくGBN内へわざわざ呼び出したのは、おそらく相当大事な事だ。

 

「ああ。かなり重要で、秘匿性が必要な案件だ」

 

 上座に座るカツラギが、ゲームマスターとして真剣な表情でエニルへと告げる。

 

「ああ。きみにも知っておいてもらうべき事柄だ。

 ”異邦人”について」

「……”異邦人”?」

 

 真剣なカツラギが発した単語は、あまりに突拍子もないものだった。

 エニルは目を見開き、カツラギへと聞き返す。

 それはエニルにとって、寝耳に水な案件だった。

 

 

 

●読み飛ばしても構わない巻末プチ解説

 

・ガンプラ製作体験キット

 

 初心者にガンプラ作りを体験できるよう、GBN内で用意されたガンプラそのもののオブジェクト、それがガンプラ製作体験キットである。

 GBNではガンプラなしでログインした初心者用に無料で使用出来る機体を幾つか用意している。

 機体の種類はザクやジム、ゾロ、ガンイージ、リーオー、ストライクダガーなど、ほかにも多数。

 ステージが作られているガンダム作品から1-2機が無料機体として選ばれており、各機に製作体験キットが存在する。

 キットは初心者でもGBN内通貨で安価に購入する事が出来、ミッション報酬としてキットそのものがもらえる機体もある。

 キットを完成させなくても機体は無料使用出来るため、機体への愛着を強めるだけの意味しかないが、

 ガンプラ作りへ誘導する導線としては一定の効果はあるようだ。

 ガンプラベースの3Dプリンターで、ランナーについた組み上げ前の状態としてリアルに成型する事は出来るが、

 残念ながらGBN内で組み上げた機体を完成状態のまま成型する事はまだ不可能となっている。

 

 

 

 

 

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