リアルではモブなわたしは、GBNでずっと暮らしたい。 作:ゼラチナマスター
気付いたらジークアクス本放送ももうすぐですね!
圧倒的な力の差を前に、
想いも、祈りも、何の意味ももたない。
『全弾命中、敵機のダメージ軽微!?
うっそでしょ!?』
オペレーターを務めるマリコの悲鳴が、愛機デコトレーナーのコクピットで響き渡る。
手汗でべとつく操縦桿を握りしめ、ロウジは畏怖の叫びをあげる。
「こんなにも……遠いなんて!」
着弾でもうもうと巻き上がる砂煙の向こうで、敵機のデュアルアイが不気味に響く。
ビームガンも、ビームキャノンも、ミサイルも、あらゆる火器をフルバーストしたはずだ。
敵機は攻撃を全て真正面から受け止め、まるでダメージを受けた様子もない。
何より、敵機はまだ一歩も動いてすらいない。
「射撃でダメなら、白兵でっ!」
ロウジは操縦桿を反転、ブーストを逆噴射。愛機デコトレーナーが上空へ飛びあがる。
ここはGBNのいつものPVPフリーサーバー。
場所はサイド3、ズムシティのバトルフィールドだ。
砂煙の中、ズムシティ官邸前広場に立ち尽くす敵機の機影を睨み、ロウジは叫ぶ。
「これなら、どぉだぁぁぁぁぁぁっ!」
即座に操縦桿を切り返し、ブースト全開。デコトレーナーが墜落するような勢いで突撃する。
全質量を叩きつけるつもりでヒートアクスを振るう。
だがその一撃すらも、敵機が真っ向から白兵武器をかざし、受け止める。
これもダメ!? 驚愕を通り越し、賞賛が思わず口からこぼれ出る。
「これが……ν-ジオンガンダム!
これが、トップランカーの力!」
砂煙が収まったモニターには、ジオンの紋章をかたどった長大な実体剣が大写しになっている。
構えるのは、真っ赤に塗られた改造型のνガンダムだ。
つい先ほど、フラッグバトルで見たものと全く同じ機体である。
こちらの渾身の一撃をあっさりと受け止めた真っ赤なνガンダムが、泰然と動く。
つばぜり合いエフェクトから、敵機が長大な実体剣を払いのけた。
「……っ!?」
『ロウジくん!』
マリコの声も、オペレーションも何もあったもんじゃない。
ν-ジオンガンダムのわずかなその挙動で、デコトレーナーが上空へと大きく弾き飛ばされたのだ。
コクピットが激しく揺れ、モニターの景色がめちゃくちゃに回転する。
隙だらけの愛機だが、ν-ジオンガンダムからは追撃の射撃すら飛んで来ない。
サイズが同じHGのはずなのに、パワーがまるで違いすぎる!
作り込みによる性能差が、ここまで圧倒的に響くものなのか。
「これが……!」
「見たか少年。
これがGBNの秩序を守る力だ!」
ロウジのうめきに割り込むように、モニターに濃い顔の仮面男が映る。
アメコミヒーローみたいな顔立ちのそのダイバーこそ、νージオンガンダムの操縦者だ。
「これが……正義のG-Tuber
キャプテン・ジオン!」
圧倒的な実力差に歯噛みしながら、ロウジはただ叫ぶしかなかった。
このキャプテン・ジオンこそ、有名動画配信者にしてGBNのトップランカーだ。
勝つどころか、ロウジでは戦うことすらまず難しい相手だ。
こんな場末のPVPサーバーをうろついている事なんて、奇跡みたいな偶然の出会いだ。
矢も楯もたまらず対戦を挑んだロウジだった。
少しでも、何か糧にしなければ。焦る心が必死にそう叫ぶ。
「では……そろそろ終わらせるとしよう」
キャプテン・ジオンがニヒルに呟き、ν-ジオンガンダムがゆらりと動く。
盾のように構えていた実体剣を天目掛けて降り上げたのだ。
『ロウジくん、敵機に高エネルギー反応!』
「受けてみるがいい、キャプテン・ジオンの断罪の剣。
ジオニック・ソォォォォォド!」
その刃先から激しい光がほとばしり、視界からν-ジオンガンダムが消える。
そして残像を残すような勢いで、モニターの眼前にν-ジオンガンダムが現れる。
「ーっ!?」
ヒートアックスを構える事が出来たのが、奇跡みたいなものだった。
大上段に構えられた実体剣が振り下ろされ、刃先のビームの刃が一閃される。
先ほどと攻守が逆になっただけなのに、結果は大違いだった。
一瞬発生したつばぜり合いエフェクトと共に、ヒートアックスとデコトレーナーが吹き飛ばされる。
コロニーの大地に叩きつけられ、デコトレーナーが深々とめりこむ。
振り仰いだカメラとロウジの目に、迫る赤い影とビームの刃がかすかに見えた。
反応する暇すらなく、視界が真っ二つに縦割りされ、ブラックアウトする。
「ジオニィィィィック・斬!」
残身を決めるν-ジオンガンダムの姿と叫びが、ロウジへ届く。
……ごめん、パパ。仇討ちどころじゃなかった。
敗北を悟り、ロウジは唇を引き結び、天を仰ぐ。
『Battle ended WINNER! ……キャプテン・ジオン!』
システムメッセージを聞きながら、ロウジは敗北を噛みしめる。
これが、今の実力、これが、今の差だ。
真っ暗になったコクピットで放心するロウジへ、メッセージの着信が響く。
『良い気迫だったぞ、少年!
マナーを守ってGBNを楽しんでくれ!』
送り主は、キャプテン・ジオン。
圧倒的な実力を示した相手からの激励だった。
ロウジは慌てて、メッセージを送る。
「……対戦、ありがとうございました!
次は必ず、一太刀入れてみせます」
そうだ。足踏みなどしていられない。
それだけの熱を自分は貰ったのだ。
大きく息を吸い込み、ロウジは愛機のコクピットを飛び出すのだった。
「お疲れ様でした!」
「はい、諸々お疲れ様でしたー」
ロウジの元気な声にあわせ、マリコは手にしたグラスをカチンと触れ合わせる。
シュワシュワする炭酸飲料の刺激が喉に心地良い。
何か終わったらジュースで乾杯。すっかりルーチンになってしまった。
「いやー……強かったですね。ν-ジオンガンダム」
「ロウジくんの実力が通用しないとか、
このGBNって世界、ほんと広いわぁ……」
強いロウジくんがまるで、じゃれついてくる子犬扱い。
実に衝撃的な光景だった。先程のバトルを思い返し、マリコは苦笑する。
時はフラッグバトルと同日の夕方、GBN内の非戦闘エリア、パーソナルサーバー。
ここはロウジのガンプラ格納庫、そこに設置されたコンテナハウスだ。
「僕のガンプラだと基礎性能が違いすぎたんだと思います。
セセリアか、エニルさん作のガンプラでもないと無理ですねー」
「作り手の技量がダイレクトに反映される。
ガンプラバトルってがこれほど過酷だなんて……」
最初の話題は、先ほどのν-ジオンガンダムとのバトルだ。
フラッグバトル直後、ふらりと訪問したミッション用エリアでロウジが赤いνガンダムを見つけた。
歓声をあげて対戦を申し込んだ結果が、あの惨敗なのである。
相手は快く対戦を行ってくれはしたが、素人のマリコから見ても実力差は明白だった。
オペレーターのマリコとしても、どうしようもない展開だった。
「そう、割とえげつないんです!
だからフラッグバトルに出てるダイバーの皆さん、ほんとにすごい方なんですよ」
「自分もあんなバトルがしたい!
ってなったロウジくんの気持ち、すごくわかるわ。
でも、そこにたどりつくまでのハードル……圧倒的ね」
室内に置かれた安楽椅子から身を乗り出し、ロウジが力説する。
マリコは静かにうなずき、ゆっくりと息を吐き出した。
コンテナハウスはロウジの厚意により、今もマリコの私室として使わせて貰っている。
セセリアやハサウェイ達が持ち寄った家具で随分室内も豪華に様変わりした。
「フラッグバトルの参加者はすごい人……か。
あらためて尊敬するわ」
腰をおろしたベッドの体重を預け、マリコはある人物へと思いを向ける。
あれはフラッグバトル終了直後のことだった。
ロウジの付き添いで、参加者の一人と対面する機会があった。
「あの時はほんと、びっくりしちゃった。
ロウジくんのお父さん、まさかあんな姿だなんて!」
ロウジのパパと対面した時の記憶を辿り、マリコは目を細める。
アバター姿のロウジのパパから丁重な挨拶を受け、マリコは驚きの声をあげた。
“赤い彗星のひと”は、マリコが幼い時のとても優しい思い出に残る姿なのだ。
「こっちもびっくり!
マリコさん、パパと知り合いだったのかって勘違いはするとこでしたよ」
「ふふ。アバターってのはほんとそっくりよね。
わたしはね、“赤い彗星のひと”にもらったの。
とてもやさしい……魔法の力を」
連邦の空襲がやまぬ、小学生の頃だった。
“赤い彗星のひと”が困っているマリコの前に現れ、そっと力を託してくれたのだ。
「ブラスターロッドを?」
「ええ。“魔法のふとん叩き”よ」
魔法の少尉としてコロニーを守った数ヶ月、マリコは今でも鮮明に思い出せる。
父が後妻さんと再婚し、後妻さん……今のママとうまくいかず苦しんだこともあった。
「マリコさんにとっての恩人さんなんですね……
そっか、だからパパはブラスターロッドを託すため、あのアバターを選んだんだ」
思い出を慈しむように、ロウジが淡く微笑む。
父から託されたその力は、ロウジにとっても大切なものだったのだろう。
「あれ? でもあのアバター、初代ガンダム時代のシャア少佐ですよね。
シャア少佐って、魔法使いだったんですか!?」
混乱した顔のロウジの問いに、マリコは首を横に振る。
「ううん、違うわ。
あの魔法使いさんは、姿こそそっくりだけど、シャア少佐じゃあないの」
「つまり、魔法と言う強い力が人々の前に現れる時、
ジオンの人々の象徴であるエース、シャア少佐を依代として選んだ……?」
またロウジくんのいつのもの分析癖だ。
ぶつぶつ呟くロウジにくすりと笑みを漏らし、マリコはロウジの父へと思いを巡らす。
“仮面の父”は見た目こそそっくりだが、本家シャアや“赤い彗星のひと”とはまるで別人だった。
序列に厳しい、体育会系の教師のような気配があった。
だが同時にロウジに向ける眼差しはとても優しく、人の親としての温もりが感じ取れた。
「ロウジくんには優しかったけど、
すごくストイックで厳しそうな人だったね」
「うん、パパは自分にも他人にも厳しい人。
“わたし”もたくさんやらかして、よくしかられちゃった」
ロウジが普段と違う一人称で、いつもよりさらに子供っぽく舌を出す。
マリコもようやくわかってきた。
”わたし”というのは、アバターとは違う素のロウジくんが出てきた時の一人称らしい。
「パパはこのGBNが出来る前から、第一線でずっとガンプラビルダーだったの。
ガンプラ免許が出来た初年度にプロになって、それからもずっとガンプラのトップを目指してる」
無邪気な笑顔で、ロウジが胸を張る。
パパさんの事がどれだけ誇らしいのか、マリコにはとても微笑ましい。
「なるほど、あのストイックな雰囲気はそのためなのね。
創作者であり、競技者として第一線で研鑽し続けてきたから」
「うん。パパは良く言ってたよ。
『凡才の自分がトップに立つためには、人生の全てをかけないといけない』
『トップ層と言うのは、ただ楽しむだけでは絶対に辿り着けない場所だ』って」
きりっとした表情を作り、ロウジが声真似してみせる。
マリコは思わずくすりと笑いをこぼす。
何事も無邪気に楽しんで見せるロウジには、まるで真逆の言葉だ。
「パパさん、おうちでも、すごい厳しかったの?」
「昔は、凄く厳しかった!
今はパパ、わたしとママとは別居中なの。離婚はしていないけどね」
明るい言葉の裏で、ロウジがかすかに寂しさを覗かせる。
これだけパパ好き好きオーラの子と、別居!?
驚きに、グラスに伸ばす手が思わず止まる。
「ママや”わたし”が嫌いになった訳じゃないよ!
『今の自分には、”わたし”や家庭の事を顧みる事が出来ない』からって。
本当は離婚も考えたらしいんだけど、ママの猛抗議でそれは無くなったの」
「それは……」
すべてを犠牲にするとしても、そのやり方はどうなの!?
言いかけた言葉を、マリコは呑み込む。
よそのおうちの事情に部外者が口出しはダメだ。
「いいの。だって”わたし”、ビルダーとしてのパパのファンだもの。
ほら、これ。パパの歴代出品ガンプラ!」
寂しさを押し隠すように、ロウジは明るく笑う。
見せてくれた映像には、ずらりとカッコいいガンプラが並んでいた。
~賞何位、~大会準優勝だの、ほぼ全てに表彰が付属している。
「実際、別居してからほんとにクオリティ上がってるもん。
ただ、最近はちょっと不調で……でも、今回は抜群に良かったよ!」
熱烈なファンの顔と口調で、ロウジが熱く語る。
ワンゼロオーと呼ばれた機体を思い出し、マリコは呟く。
「今回の機体、すごくファンタジックな派手さがあったね。
歴代の作品とだいぶ雰囲気が違わない?」
記録に残る過去の作品は共通して迷彩や地味めのカラーだ。
レイドバトルで対戦した第七士官学校のガンプラと雰囲気が似ている。
今回の派手でファンタジックな機体とは、方向性がかなり違う。
「うん、パパはミリタリー系のリアル寄り、
しっかり考証した作品が持ち味なんだ。
だから、今回は驚いちゃった!」
「そうね。何か大きなきっかけがあったんじゃないかしら」
くすりと笑みを漏らし、マリコは不器用そうなパパさんの内心へ思いをはせた。
たとえば、愛娘のために魔法の杖を作り上げたとか。
もしくはもっと前に、ストイックな男がファンタジーを愛するような何かがあったのかもしれない。
どちらにせよ、今のロウジとパパさんの関係性は良好なようだ。
「ロウジくんてば、本当にパパさん大好きなのね」
「もっちろん!」
満面の笑顔で、ロウジが肯定する。
ロウジの中では、父との別居にもとっくに心の決着が付いているのだろう。
ならば、よそのおうちの事情に部外者であるマリコが口を挟むべきではない。
「ね、マリコさんのパパはどんな人だったの?」
「ロウジくんのパパさんほどすごい人じゃあないわよ」
話題が思わぬ方向に転がった。
苦笑しながら、マリコは懐かしげに目を細める。
「お父さんは、サイド3のMS守備隊に勤めていてね。
そこで、隊長さんをやってたわ」
相次ぐ連邦軍の空襲に、勤務体制は過酷なものとなり、ろくに休みも取れない職場だった。
お国のためだと言って奉公する父を、マリコは心から尊敬している。
「サイド3って事は……ひょっとして、親衛隊の隊長さんなんですか!?」
「いいえ、違うわよ。
わたし達が住んでたのは同じサイド3でももっと田舎だから」
マリコはズムシティのようなあんな立派なコロニー育ちではないし、
父が親衛隊のような立派なエリートさんでもない。
「サイド3と家族を守るかっこいいお父さんですね!」
「ふふ、でもね。
おうちのことは全然頼れないお父さんだったわ。
空襲の対処に追われて、家では寝てばっかり!
町内会の野球に駆り出された時すらベンチでイビキかいてたもの」
軽口を叩きながら、マリコは優しい笑みを浮かべる。
一家の大黒柱。まさにそんな印象の父だった。
戦場に取り残された時には真っ先に助けに来てくれた。
「ふふふ。マリコさんもお父さん、大好きなんですね」
「でも、サイド6の大学へ留学するのに大喧嘩しちゃって。
お父さんには勘当されちゃったの!
今もママや妹とは連絡とってるんだけどね」
昔気質の頑固な父でもあった。マリコは小さくため息をつく。
女は家を守るもの、良い旦那さんを見つけてしっかり支えなさい。
そんなお説教を何度も聞いたりしたっけ。
「あやや……でも、お父さんはきっと、マリコさんが心配だったんですよ!
0080年代の後半はエゥーゴとティターンズの激突、アクシズの帰還、そしてシャアの動乱……
サイド3もサイド6も、宇宙の情勢はずっとピリピリしてそうじゃないですか」
「そうね……悪いけど、お父さんが前線を退いてくれて、本当に良かったと思ってる」
MS守備隊とは、まさに命がけのお仕事だ。
スペースノイドの独立と自治、そして弾圧。
ジオンの象徴であるサイド3へ戦火が忍び寄った事は幾度もあった。
「え!?
何か大怪我されたとか?」
「ううん、五体満足。順当にロートル扱いされただけよ。
第一次のネオ・ジオンが潰えた後、後進を指導する教官になったの。
弟の一人が守備隊に入ったからって特別厳しくしごかれちゃって、
うちでは『鬼教官!』っていつも愚痴ってるらしいわ」
シャア大佐の反乱の時は、それでも本当に大変だっただろう。
ネオ・ジオンに同調する若い子達を抑えるのに必死だったんじゃないだろうか。
遠い目をするマリコに、不思議そうにマリコが問う。
「弟の……一人?」
「うち、5人姉弟よ」
さも当然とばかりにマリコは言う。
双子の弟二人と、双子の妹二人。家はいつも騒がしかったものだ。
「5人!?
すっごいなぁ、うちひとりっ子だからちょっと憧れちゃう」
「ふふ、そうね。妹二人はちょうどロウジくんくらいよ。
二人はサイド3の高等部に入ったところでね。
お仕事お休みの時にこっそり立ち寄ってはみんな宛のお土産を託してたわ。
あの調子じゃ、二人とも大学まで行くわね。それもサイド3外の」
年の離れたゼネとガイナは、特にかわいかった。
喫茶店でおしゃべりしながら、いっぱい家の近況聞かせてもらったものだ。
「えっと……あと一人の方は?」
「弟のバンはさっき言った通りにコロニー守備隊。
もう一人の弟、ダイは地球で学者さんやってるの。
コロニー落下の影響と、周辺の海洋調査」
小さい頃はやんちゃ小僧だった弟達も、今では立派な大人だ。
家族を守りたい。故郷を守りたい。地球を、そして世界を守りたい。
バンもダイも、マリコの自慢の弟達だ。
「ダイがね、婚約したんだって。
親に会わせる前にこっそり会わせてくれるって手紙で約束したのよ。
ゼネも気になる男の子がいるし、ガイナはボーイフレンド出来たんだって……」
「わぁ! いいですね、すっごいほっこりしちゃう」
大事な大事な、弟たち妹たち。
大好きなお父さん、大好きなママ。
わたしの大切な家族。
「バンは防衛隊のお仕事で忙しいし、
多分、お見合いとかするんじゃないかしら。
あの子にも早く幸せになってもらわないと……」
でもわたしは、もう家族に会えない。
ずしりと、心が重さを増した。
マリコのリアルは、はるか世界の壁の向こう。
こんなに愛しい家族達。
「……元気にやっているかしら、みんな」
呟きと共に、涙がとめどなく溢れていく。
ロウジがぎょっと動きを止めたのが、気配で感じられる。
家族にお土産を渡すことも、家族にたっぷりと土産話することもできない。
お父さんに謝ることも、ママに抱きしめてもらうことも二度とできない。
思い出が心を暖かくしてくれるほど、現実が心を冷たく凍えさせる。
「……マリコさん!」
暖かな手と体が、マリコの身体にそっと触れる。
ロウジくんだ。マリコよりよっぽど辛そうに顔をゆがめ、ロウジがマリコへ寄り添ってくれていた。
けれど、そのぬくもりですらマリコの涙を止めるには至らない。
「ごめんなさい、僕が無神経で……!
マリコさんの辛さを何も考えずに自慢げに話すから!」
「違うの、ロウジくん。
あなたは何も悪くなんかないわ……」
顔に当てたマリコの指の隙間から、涙がしたたり落ちていく。
何故わたしは、みんなのことを忘れてしまっていたのだろう。
こんなに大切だったのに。こんなに愛していたのに。
思い出せば辛くなるから、忘れようとしていたのだろうか?
「マリコさん!
約束します。僕が必ず……あなたを元の世界へ返します」
力強いロウジの宣言に、マリコは呆然と目を瞬かせた。
ロウジが涙で顔をくしゃくしゃにしながら、マリコの手をそっと握る。
「そんな仲良し家族が離れ離れなんて、あっていいはずがありません!」
まるで自分の事のようにしゃくりあげながら、ロウジが力説する。
まただ、この子は。凍える心に、ぬくもりがゆっくりとしみとおる。
「……どうやって、わたしの世界へ渡るの?」
「……ぅ、それはその。
セセリアやエニルさんに相談して……」
無慈悲なマリコの問いに、ロウジが口ごもる。
やっぱり、勢い任せで考えなしの発言だった。
どうしてあなたは、そんなにも他人へ寄り添おうとするの。
知らず口元に優しい笑みを浮かべ、マリコは言葉を投げ返す。
「……ありがとうね、ロウジくん」
「マリコさんは好きです。
でも、家族の皆さんは僕よりもっともっとマリコさんが好きなはずです。
どうすればいいかなんてわかりません。
けど、必ずマリコさんを元の世界へ送りますから」
必死に言い募るロウジへ、マリコは優しい笑顔で微笑みかける。
こちらに来てから、わたしはあなたに何度救われてきただろう。
こぼれる涙と悲しみも、ようやく収まってきていた。
「だって、僕はマリコさんの魔法使いですから」
「ありがとう、わたしの魔法使いさん」
二つの言葉が重なり合い、マリコはロウジと顔を見合わせて笑う。
この温もりは、故郷と離れた異世界での旅路でマリコが得た宝物だ。
「あなたは何も悪くないの。罪悪感なんて感じなくていいからね。
あなたが幸せである事は罪ではないし、家族仲が良い事は素敵な事だから。
だから、また聞かせてちょうだいね」
「……はい!」
涙の跡を顔に残したまま、ロウジが笑ってみせる。
投げかけられた温かな思いを心で描き抱き、マリコは静かに微笑み返すのだった。
「ええい、GBNのダイバーは暇人どもの集まりか!」
自分もその暇人の一人である事を棚に上げ、"仮面の父"は無責任に愚痴る。
予定の時刻をずいぶんと超過してしまった。
幾ら近場とは言え、乗り継ぎ次第では遅刻が確定だ。
大慌てでコマンドを打ち込み、”仮面の父”はログアウト処理を開始する。
「無名のダイバーを装ってはみても、
ガンプラの癖と戦いぶりで当たりはつけられる……か。
恐るべきは古豪たち、と言ったところだな」
ログアウト完了を確認し、ダイバーギアを外す。
マンションの一室を改造したガンプラ製作のアトリエに、肉体が戻っていく。
リアルの身体で苦笑を浮かべながら、”仮面の父”はダイバーギアを丁寧にしまい込む。
超過の原因は、ひっきりなしの通信の山だった。
派手なバトルに目を付けたバトルジャンキーたち。
バトルを見続け、目の肥えた古豪たち。
変わり種ではGBN専属の記者からの取材申し込みなどもあった。
刺激に飢えたベテランダイバーにとって、”赤い彗星のひと”がよほど刺激的なオモチャだっただろう。
「……落ち着いたら、連絡の一つも入れてやるか」
通信欄に刻まれた懐かしい名前と顔に、”仮面の父”はかすかに目を細める。
感傷はそこまでだ。気持ちを切り替え、大急ぎでスーツへ着替える。
ネクタイを締め直し、最後の仕上げにミラーシェードを装着した。
アプリで呼んでおいたタクシーは到着済だ。
準備しておいた鞄を拾い上げ、足元に気をつけながら階段を駆け下りる。
息せき切ってタクシーへ乗り込み、目的地を告げる。
「大阪吹田、ガンダムベースまで頼む。
正面玄関ではなく裏口につけてくれ」
駅ではなく直通のが早い。出費は痛いが、こればかりは仕方ない。
鞄の中の資料を確認後、先方から回ってきた資料を確認する。
目を通すにつれ、眉間のシワが深くなる。
タクシーを降りる頃には、“仮面の父”は難しい表情が固定されてしまっていた。
「すまない、ミーティング参加予定者が取り込み中だ。
大幅に予定が遅れることになる」
そして到着するなりこう言われ、“仮面の父”は出迎えたカツラギへ深々とため息をついた。
ここはガンダムベースに併設された西日本GBN運営本部、その応接スペースだ。
「まったく、アイツめ……」
「未確認の“異邦人”が出現したらしい。
対処のために急遽出てもらった」
なるほど、それは仕方ない。
だが、直接乗り付けるタクシー代は多少なりと痛い。
カツラギへ持参した資料を手渡し、”仮面の父”は内心でため息をつく。
「現地のダイバーはいるとはいえ、対処を一人でか?」
「もう一人、臨時雇用のサブマスター付きだ。
チャンピオンクラスの相手でなければ過剰戦力だよ」
敗北フラグではないか? まぁそれは置いておこう。
ソファに深く身を沈め、”仮面の父”は運営から提供された資料を思い出す。
イレギュラーであるはずの”異邦人”事件の発生頻度だが、あまりに高すぎる。
「それにしても……”異邦人”事件、頻発しすぎではないか?」
「まず間違いなく、裏で糸を引いている何者かがいる。
マリコくんと、ダイバーの一人が”異邦人”襲来直前、謎の呼びかけを受けている」
事態はけして他人事ではない。“仮面”の父は厳しい表情でカツラギへ向き直る。
このGBNで愛娘、ロウジも遊んでいるのだ。
「ぞっとしない話だな。
楽しい遊び場の裏で、得体のしれない何者かが蠢いているなど……」
「そうだな。このGBNは子供達が安全に楽しめる場所でなければならない。
我々は運営として、一連の事件を一刻も早く解決するよう動く。
無論、マリコくんを救うことが含めて」
決意を込め、カツラギが重々しくうなずく。
責任者であるカツラギが背負う重さはいかばかりのものか。
所詮部外者に過ぎない”仮面の父”には、想像しか出来ない。
「そうだ、マリコくんの受け入れ先……進行状況はどうだ?」
「話し合いは進んでいる。
我々二人の方は問題あるまい。
ただ、もう一人の当事者……ロウジへはまだ話が出来ていない。
マリコくんへ話すのは、その後だな」
マリコはこちらの世界で身寄りがない。
今は運営が面倒を見ているが、いずれは身元引受人が必要となる。
”仮面の父”はそこに立候補する予定だった。
ロウジがなついているし、それ以外にも縁がないという訳でもない。
「君も今日、マリコくんには会ったのだね?」
「ああ。娘と一緒に挨拶をさせてもらった。
……事前に聞いていたとはいえ、驚いたぞ」
カツラギの言葉にゆったりとうなずき、”仮面の父”は息を吐き出す。
正直、心臓が止まるかと思ったほどだ。
「……そこから先は、座ってのミーティングにしよう。
君の時間は貴重だ。未帰還のサブマスターへは私が後で伝えておく」
「そうだな、助かる」
カツラギの気遣いに甘え、ソファに腰掛けて対面ミーティングを会話する。
「さて、事前に送付した資料は”彼女”へ聞き取りした条項だ。
君の持参した資料と照らし合わせた上で、考えを聞かせてほしい」
「資料は車中で目を通した。
……そうだな。偶然の一致と決めつけるには量が多すぎる。
君の仮説はかなり確度が高いだろう」
カツラギの問いに、“仮面の父”は難しい顔で頷く。
カツラギが手元を操作し、壁のモニターへ”異邦人”マリコ・スターマインの姿を映し出す。
”仮面の父”が持参した資料には、運営へ保護されたマリコに関する重要な情報が記されていた。
「という事は、やはり……?」
「そう先走るな。
あくまでこれは仮説にすぎない。
確率は低いが、全て偶然の一致という可能性もある」
ガンダイバーのアバターの眉間へ深いしわを寄せ、カツラギがうめいた。
気が急くカツラギへ、“仮面の父”は気休めの言葉を投げかける。
「確かに、異世界が存在する可能性を私は否定するまい。
だが、マリコ君の故郷である異世界が我々の知る宇宙世紀そっくりなど、
そんな都合の良い偶然がはたしてあるのか?
宇宙世紀の創始者達が偶然異世界の真実を受信し、
そっくりの世界を描き出したとでも言うなど、それこそオカルトだ」
だが、カツラギは止まろうとしなかった。
怒涛のように言葉を投げかけ、重苦しい表情でがくりと肩を落とす。
おそらく、対面する自分の表情も同じだろう。
状況証拠から積み重ねた仮説が正しいとするのであれば、マリコの置かれた状況はあまりに酷だ。
「この資料に基づく仮説が正しいとすれば……」
重々しい口調で、カツラギが口を開く。
「”異邦人”マリコ・スターマインに、帰るべき世界などない」
サイド3生まれのサイド3育ちをアイデンティティとする”異邦人”マリコ。
彼女は、帰るべき場所すら存在せぬ哀れな落し子なのかもしれないのだ。
カツラギの言葉を受け、“仮面の父”はうめくように言葉を発した。
「……カツラギ、我々は”彼女”に何が出来る?」
カツラギからの答えはなかった。
異世界で一人寄る辺なき者として生きること、
孤独に生まれ落ちた存在であること、
はたしてどちらがマシなのだろう。
孤独なマリコを慮り、カツラギと“仮面の父”は無言のまま顔を見合わせるのだった。
●読み飛ばしても構わない巻末プチ解説
・GBNのトップランカー
GBNで遊ぶダイバー達は、バトルの勝利、ミッションクリアするたびに、
ゲーム内通貨と共にランクポイントがたまっていく。
低ランクのうちはポイントがどんどんたまっていくが、
ランキングに乗るような高ランクになるとその上昇は非常に緩やかになり、
ガンプラバトルでのPVPや大規模イベントの開催でなければほとんど上昇しない。
キャプテン・ジオンは実力もさることながら、G-tuberとしての動画配信が高く評価されている。
ロウジ達の時代でランキングのトップをひた走るのは”チャンプ”クジョウ・キョウヤである。
メイジン・カワグチはGBNよりもリアルでの活動に重きを置いているため、
ランキングには殿堂入り扱いで名を連ねていない。
ランキング上位者はほぼ全てがツワモノであるが、ツワモノだからといってランカーではない。
ロンメル大佐は前者で、”赤い彗星の人”、エセリアなどは後者である。
GBNをどう盛り上げることに貢献したかを示すのがランキング制度であるが、
PVP強者が名を連ねるランキング制度に問題提起する動きもある。