リアルではモブなわたしは、GBNでずっと暮らしたい。   作:ゼラチナマスター

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次回は4/20(日)です

いやあついに始まりましたねジークアクス
毎週ロウジと一緒に配信にかじりつきます

※4/20
うっかり1日投稿日をミスりました!
最後にパパさんが退室するところに加筆、修正があります


ミッション5-4 明るい未来を思い描こう

 

 

 検査、聴診、採血、面談。

 諸々で丸々午前中いっぱいかかってしまった。

 窓の外の景色を眺めながら、マリコはため息をつく。

 

「お疲れ様、これで定期健診はいったん終了だ。

 これでようやく、マリコもGBNへの正規利用者として登録された」

 

 隣に付き添うエニルが、労いの言葉を投げてくれる。

 とはいえ、お疲れ様なのはエニルも同じだ。

 検査に次ぐ検査、毎度横にいてくれたのはずっとエニルなのだから。

 

「対外的には、マリコはELダイバーの一人として扱われる。

 “異邦人”であることは変わらず、一部関係者のみに明かしてほしい」

「Alright! ELダイバーについてはこれから少しずつお勉強ね」

 

 エニルへ微笑み返し、マリコはもう一度外の景色へ意識を移す。

 丸くない地面に建設されたビルディング。

 あまりに無造作に放置されたたっぷりの水と港湾部。

 ぜったいコロニーじゃない景色だ。多分ここは地球のどこかなんだろう。

 

「特に意識してELダイバーのフリはせずとも良いだろう。

 観測されたELダイバーの数はこの前ようやく3桁の大台に乗ったところだ。

 見知らぬ世界に戸惑うニュービーと言うマリコの立場は、ELダイバーとほぼ変わらない」

「自然体で良いって言うのなら、それは助かるわ」

 

 エニルの言葉にうなずき、マリコはのんびりと目線を室内へ戻す。

 呼び鈴の置かれた受付窓口があり、その対面に大きめのソファが並んでいる。

 人気がないだけで、まるで大病院の待合室だ。

 ここはGBNのどこか。その名はELバースセンターと言うらしい。

 

「……この前からずっと思ってたんだけどね?」

「どうした?」

 

 ぼんやりとした仕草で、マリコは対面に座るエニルへ目線を向ける。

 上から下まで目線を移し、違う言葉が口をついて出た。

 

「看護師服、似合ってますね」

「……ありがとう。

 そんなことが言いたかったの?」

 

 からかわれたとでも思ったのか、エニルがかすかに眉根を寄せる。

 いつもの露出過多な服装のエニルとはまるで違う、白い清潔感あるナースキャップと白い衣服だ。

 うーん、心外。普段とギャップはあるけど、似合っているのは本心のつもりなのに。

 

「本職ではないが心配はするな。

 ここの業務は、AIのサポートにより半自動化されている」

 

 エニルが説明しながら、検査結果や採取物その他成果物をテーブルへ置く。

 全高1.5mほどの丸い一つ目のメカが、六本生えたアームの二本で器用に成果物を受け取った。

 残る四本のじゃばら状のアームを足のように使い、まったく成果物を揺らさず奥へと運んでいく。

 頭にちょこんと置かれたナースキャップが妙に愛らしい。

 あの子達がその“えーあい”さんなのだろう。

 

「なるほど、あの子達に手伝ってもらってるのね。

 妙に人気がないのはそのためかしら」

 

 故郷のサイド3でも見たことない技術だ。

 本当にこの世界は侮れない。

 

「仕方ないさ。

 アナタの事情を知らせる人間を無闇には増やせない」

「うーん、まるで人目を忍んで入院してる政治家ね。

 私ってば有名人!」

 

 マリコは大げさな仕草で肩をすくめる。

 多分ここは事情のある患者さん用のロビーなのだ。

 

「あの黒いハロさんは例外なの?」

「絶対に必要な人員、つまり専門家だ。

 彼はこのELバースセンターの……いわば“院長先生”だよ」

 

 そんな偉い人がマスコットロボの姿だなんて、相変わらずこのGBNと言う世界はとても変わっている。

 

「”院長先生”は“ビルドデカール”の開発者でもある。

 多少人格に癖のある方ではあるが、

 彼がいたからこそこのセンターが出来たと言っても過言ではないよ」

「組織人なんて、大体そんなものでしょ。

 癖のある人格で猫かぶってなんとかこなしてる。

 組織にとって有益であるだけ上等ってもんでしょ」

 

 確かにちょっと口が悪いハロさんだった。

 とは言えその程度、うちの会社と比べれば上等でしょ。マリコは肩をすくめる。

 零細の民間輸送会社なんて、職場で飲酒、禁止物の持ち込みすら何度か見たぐらいだ。

 

「さて、私は完了報告をあげねばならない。

 申し訳ないが、引き継ぎ人員がまだ到着していない。

 すまないが、渡した資料でも読みながら待っていてもらえるか?」

「はぁい、お疲れ様。

 エニルさんもしっかり休んでね」

 

 検査資料もろもろを抱えて立ち上がるエニルを、マリコは手を振って送り出す。

 実際お仕事とは言え、本当にエニルには頭が下がる。

 交代要員が一人いるだけで、マリコ関連ではほぼ出ずっぱりなのだ。

 

「はてさて。資料でも読んでとエニルさんは申されましたが……」

 

 渡された“ビルドデカール”の資料をパンフレット状に虚空から呼び出し、膝の上でパラパラとめくる。

 ぎっしり詰まった資料の文章量に、マリコは思わずぼやく。

 

「マニュアルまったくなしも困るけれど、

 分厚すぎるマニュアルも困るのよね」

 

 だが、膝の上で感じるマニュアルの重みが不愉快な訳ではない。

 この資料が重いのは、それだけ選択肢があるからだ。

 運営の人々がマリコへ示してくれた、未来の重みなのだ。

 

「……思ってもみなかったわね」

 

 かすかに目を伏せ、マリコは呟く。

 一度死んだ身で、この先は余生に過ぎないのだと思っていた。

 事態はとんとん拍子に進み、マリコをもたらす状況はめまぐるしく変わっていく。

 

「私に……これから先が本当にあるだなんて」

 

 望外の幸運だとはわかっている。

 だが、激しすぎる状況の変化に、心が追い付いていかないのだ。

 ちょうど先ほどと同一個体か、ナース帽をかぶった一つ目メカが通りかかった。

 マリコは話し相手を求め、気さくに一つ目メカへ声をかける。

 

「ねぇ、そこの“えーあい”さん。

 この資料について、アドバイスもらえないかしら?」

 

 一つ目メカが足を止め、不思議そうに身体を傾げた。

 マリコはパンフレットの該当箇所を大きく広げて問いかける。

 

「詳しい方の意見が欲しいの。どうかしら?」

 

 一つ目メカがじっとパンフレットに焦点をあわせ、十数秒後、激しく身体を横に震わせた。

 そのまま一つ目メカが四本のじゃばらアームで脱兎のごとく走り去る。

 あまりに激しい拒絶をぽかんと見送り、マリコはバツが悪そうに頬をかく。

 

「……悪いことしちゃったかしら」

「満足な対応でなくて、すまんね。

 “ヒトツメ”達に、そういう機能はないんだ」

 

 急に虚空から声が響き、マリコは驚き、周囲を見回す。

 手元のソファ横のコンソールが一つ光っていた。

 おそらく声はここからだ。

 

「おっと、驚かしちまったみたいだな。

 今、そっちに行くよ」

 

 声と同時に転送エフェクトが発生し、人影があらわれる。

 転送されてきたのは、白衣をラフに羽織った筋肉質な青年だった。

 浅黒い肌とクセの強い黒い髪の毛だ。

 ピンクのメッシュに染め上げた前髪の下で、気の強そうな瞳がマリコを捉えている。

 

「やぁ、ご同輩。

 モビルドールについて、何が聞きたいんだい?」

「ええと、アナタがあの“えーあい”さん……

 “ヒトツメ”さんの上役さんなのかしら?」

 

 気さくな口調に、やや気圧されながらマリコは聞く。

 この青年はELダイバーなのだろうか?

 バイトが客の質問に、慌てて上司を呼んできたってことかしら。

 

「そんなとこだ。

 ああ、俺のことはボブと呼んでくれ!」

「はい、ボブ先生」

 

 声が、大きい。くすりと笑いながら、マリコはボブへ敬意を示す。

 体育会系の教育実習生か、軍医見習いさん辺りだろうか。

 

「“先生”じゃないが……まぁいいや。

 で、何が知りたいんだい。

 ビルドデカールの原理とかなら、もっと偉い人だけどな!」

「このモビルドール3種、いったいどう違うのか教えてもらえる?」

 

 豪快に笑うボブに笑みを噛み殺し、マリコはパンフレットのページを提示する。

 

「よっしゃ、任せろ!

 まず、モビルドールってのは、特別なガンプラだ。

 ビルドデカールを張り付け、リアル世界のボディとするためにビルドされたものだ。

 動くために関節部の駆動範囲を増やし、命を守るために全体の強度を上げている。

 タイプは大別するとリアルタイプ、SDタイプ、そしてドールタイプの3種……」

 

 ボブが壁際から椅子を移動させ、どっしり腰を下ろす。

 機器を操作し、壁のモニターに資料を映しながらボブが説明を開始してくれた。

 

「特に一番頑丈なのがこのSDタイプ。そこが一番の長所だな!

 GBNでのバトルでは小型故の脆さに泣かされる事が多いが。

 モビルドールタイプは同サイズのため、他と比べて特に頑丈だ。

 意外に感情表現も豊かで、ワンパクな人格の子にはお勧めだぜ!

 欠点として、一般的な人体とは等身バランスの違いすぎる点があるぜ」

 

 マリコに原理は判らないが、ビルドデカール、そしてモビルドールはすごい発明だ。

 ビルドデカールとは、要するに超高性能な魔法の道具のようなものらしい。

 今のマリコは、このGBN上にしか存在しない幽霊のような存在だ。

 その魂のようなもの……”マリコ自身”を、ビルドデカールへ封じ込める事が出来る。

 

「次は……イチバン一般的なリアルタイプ。

 なんといっても通常のガンプラ同様に流通量が多く、入手の容易なのが長所だな!

 逆に短所は、通常のガンプラ同様のため、感情表現がへたっぴだ。

 SDとドールのちょうど中間ぐらいで、中途半端とも言えちまう」

 

 誰かに作成して貰ったモビルドールに、ビルドデカールを貼り付ける。

 そうすれば、モビルドールがマリコ自身の身体となる。

 マリコ自身の足でロウジのリアルの大地を踏みしめ、

 マリコ自身の手でロウジと握手を交わし、風を感じ、草木の臭いをかぐことが出来る。

 ロウジのリアル……ずっと憧れていた地球で生きられるらしい。

 

「ラスト! レアだがもっとも人気なドールタイプだ。

 人間に似せようと作られてて、顔立ちも人間そっくりのものがメジャーだな!

 一番の長所は何と言っても感情表現の豊かさだぜ」

 

 確かにパンフレットに載っている、あばたーふみな、マジカルセセリアは人間そっくりだ。

 人間そっくりに表情を変え、女性らしいボディラインを持つ。

 もちろん身長だけは1/144サイズだが、それ以外はほぼ人間と変わらないそうだ。

 

「欠点としては、通常のガンプラと違って軟質素材を併用していて、耐久力が低めなとこだな。

 そいで制作難度が高く、供給量が少なく、レアだ。

 人間そっくりのモビルドール製作技術は、普通のビルダー技術とかーなり違うらしい。

 製作してくれる優秀なビルダーがいるかどうか、確認しておいてくれ!」

 

 法整備こそまだ完璧ではないが、基本的な人権も保証されるらしい。

 マリコは人形に魂を込めた背の小さな隣人として、人間として生きることが許される。

 

「まとめ! 落ち着いた大人のレディーのご同輩なら、ドールタイプがオススメだ。

 ただ、作成時だけじゃなく、作成後の負傷……破損へのメンテが結構大変だ。

 その辺フォロー出来っかどうかは要確認! だぜ」

「そこは大丈夫、腕のいいビルダーを紹介してもらえるそうよ」

 

 エニル同伴で受けた説明を思い出し、マリコはゆっくりうなずく。

 もちろんこれはマリコ用に急にあつらえた仕組みではない。

 このELバースセンターの利用者……ELダイバー達のために様々な仕組みが作られた。

 マリコが利用させてもらおうとしているのは、その仕組みなのだ。

 

「わたしは……本当に幸運ね」

 

 言葉に感謝と憂いをにじませ、マリコはぽつりと呟く。

 運営に保護されてから、ずっとこうだ。

 目まぐるしく状況が好転し、情報を整理するのに頭が追いつかない。

 

「……どうしたご同輩ぃ。

 あんたは確かに幸運だ。存分に喜べばいいだろ?」

「あまりにも上出来すぎて、不安なの。

 何か不幸な揺り戻しが来るんじゃないか、ってね」

 

 急激な変化が大きな歪みを生むのを、マリコは知っている。

 故郷サイド3はMSで軍備増強して独立宣言した。

 その結果がコロニーと地球を巻き込むあの大戦争だ。

 

「幸運イコール、確率の偏りだ。

 人為的に確立を収束させる事など出来るもんじゃない。

 幸運に選ばれたんなら、享受しちまえばいいだろ」

 

 迷いをボブにばっさり切り捨てられ、マリコは苦笑する。

 合理的に考えれば、まあそうに違いない。

 この幸運を逃すべきじゃないって、理性ではわかっている。

 

「人として保護され、人として扱われ、

 人として生きるための権利と身体を与えられる。

 いったい何が不満なんだ?

 

 大げさな身振り手振りを織り交ぜながらボブが嘆く。

 ふと、違和感があった。

 ボブの陽気な笑顔と口調が、まるで張り付いた仮面に思えた。

 目の奥に何か、別の真意が潜んでいるかのような。

 

「……ありがとう、ボブ先生。

 そうね、尻ごみなんてしている場合じゃないわ」

「そうだ、その意気だ」

 

 マリコが笑顔で礼を言い、ボブが笑顔でうなずく。

 ボブがモニターを消し、椅子から立ち上がる。 講義は以上と言う事なのだろう。

 マリコも椅子から立ち上がり、深々と頭を下げる。

 

「ボブ先生。

 色々とご説明ありがとうございました!」

「もしご不満なら、いつでも代わるぞ。

 マリコ・スターマイン?」

 

 まったく変わらぬ口調のまま、意味深にボブが言い放つ。

 真意を問いただそうと顔を上げかけた瞬間、真横から元気な声が飛び込んできた。

 

「マリコさーん!」

 

 小走りにこちらへ駆け寄り、ロウジが隣のソファへ勢いよく腰を下ろす。

 

「こら、ロウジくん。ロビーで走っちゃいけません」

「ごめんなさい、お待たせしちゃって!」

 

 あっ、という顔の後、ロウジがぺろっと舌を出して頭を下げた。

 まるで尻尾を振る子犬だ。マリコは苦笑しながらお説教を呑み込む。

 

「大丈夫、ついさっきまでボブ先生に色々教えてもらってたのよ」

「ボブ先生?」

 

 ボブを紹介しようと、マリコは微笑み、視線を前に戻す。

 だが、そこにはもうボブの姿はなかった。かけていた椅子も壁際に戻っている。

 

「ごめんなさい。もう帰られたみたい。

 きっとお忙しいのね」

「はーい!

 じゃ、行きましょうか、マリコさん。

 パパが待ってくれています」

 

 まるで狐につままれたようだ。

 ロウジの指示で移動先を選び転送する。

 その間もマリコの胸に、かすかなしこりが残ったままだった。

 

 

 

「こんにちは、マリコくん。

 君と合うのは二度目だな」

「こんにちは、”赤い彗星のひと”さん。

 先日はお見苦しい所をお見せいたしまして」

 

 うーん、やり取りがとっても大人!

 大好きなパパと大好きなマリコさんの会話を、ロウジはにこにこで見守る。

 ここはGBNの運営さん用の応接スペースらしい。

 ロウジは”仮面の父”ともどもゲストIDを発行してもらっている。

 二人揃って今は、一緒のソファで仲良く横並びだ。

 

「マリコさん、実は大ニュースがあります!」

「ふふ、どうしたの?」

 

 微笑むマリコさんへ、ロウジはにんまり嬉しそうに笑う。

 そのままソファへ寝転がるように、パパのお膝へ頭をこてんと乗せる。

 ”仮面の父”の”赤い彗星の人”アバターを見上げ、ロウジは満面の笑みで宣言する。

 

「パパが、おうちに戻ってきてくれる事に決まりました!」

「……あら、おめでとう!」

 

 マリコさんがとっても嬉しそうに祝福してくれる。

 ああよかった。ロウジはこっそり胸を撫でおろす。

 マリコさんは良いとは言ったが、家族の話題はやっぱり気を遣う。

 

「この子にはずっと寂しい思いをさせてきましたからね。

 仕事は辞めませんが、この機にスタイルを変えようと思いまして」

「……出来るだけ、お仕事のジャマしないようガマンする!」

 

 やさしいパパの声を聴きながら、ロウジは宣言する。

 マリコさんが笑いをこらえている。ちょっと子供っぽかったかもしれない。

 顔を赤らめながらパパのお膝から頭をあげ、ロウジはソファに行儀よく座り直す。

 

「ごめんなさい、お待たせしちゃったわね」

「あ、こんにちはトロンさん!」

 

 ちょうどいいタイミングでノックの音が響き、見覚えのある女の人が入室してきた。

 アブないアブない。ロウジはまたも胸を撫でおろす。

 運営に所属する実況用アバターのトロンちゃんさんだ。

 これでメンバー勢ぞろいだ。今日はこのメンバーで、マリコさんへ大事な話があるらしい。

 

「はじめまして、マリコさん。

 運営広報所属のトロンです。主に公式イベントなどで実況解説を行っています」

 

 トロンのパンキッシュな見た目と違い、きっちりわきまえた大人な挨拶だ。

 以前ウルトラデストロイとバトルした時、ロウジはトロンに実況してもらったこともある。

 SD等身の一風変わったキャラだが、ロウジにとっては親切でやさしいおねーさんだ。

 エニルさん同様、マリコさん付きになってくれるのかな?

 

「はじめまして、トロンさん。

 サイド3出身の”異邦人”マリコ・スターマインです。

 対外的にはELダイバーを名乗るよう言われています」

「はい。事情はもろもろ聞かせていただいています」

 

 トロンの静かな言葉に、マリコが微笑んだまま静かにうなずく。

 ロウジには出来ないやりとりだ。とても、大人を感じる。

 

「では改めて、本日の打ち合わせに入ります。

 参加者は運営であるトロン、当事者としてマリコさん。

 そして関係者として”赤い彗星のひと”とロウジくんです」

「よろしくお願いします」

 

 まだ子供のロウジに出来るのは、大人の話し合いを邪魔しないことだ。

 ロウジは背筋をきっちり伸ばし、黙ってやり取りを聞くことにした。

 

「まず特例として情報を開示させていただきます。

 トロンは広報用アバターで、わたしは二代目を務めています。

 今のトロンであるわたしは、こちらの”赤い彗星のひと”の妻であり……

 ロウジの母です」

「え゛っ」

 

 すんごい声が出た。

 決意は一分ももたず、ロウジは視線をさまよわせる。

 ”仮面の父”がその視線を受け止め、小さくうなずく。

 ロウジはたまらず声を張り上げた。

 

「……ママ!? うっそでしょ!

 各国ローカライズ……翻訳のお仕事してるんじゃなかったの!?」

「……ごめんね、ロウジ。

 共用アバターだから、口外は禁止なの」

 

 まぁ、理屈は判る。ロウジのことだ、うっかりバラしちゃうかもしれない。

 隠していたことに怒りはないけど、驚きはたっぷりある。

 

「パパ、知ってたの?」

「聞いてはいないが、そうだろうとは思っていたよ。

 ……トロン、今度、個人用のアバターも選んでおこう」

「そうね、次はそうするわ」

 

 なんだかずるい。パパの膝をぺしぺし手で叩きながら、ロウジは頬を膨らませる。

 ママにあれこれ色んなのを見られてたってのは、ちょっと色々恥ずかしくもある。

 

「……どうも、はじめまして、トロンさん。

 ロウジくんにはとてもお世話になっています」

「こちらこそ、いつもロウジと遊んでくださってありがとうございます」

 

 あっと、いけない。ロウジは手を止めて二人の会話を見守る。

 あまりにびっくりだったので割り込んでしまったけど、

 ここの主役はマリコさんで、ロウジは添え物だ。

 ただ、なんだろう。何か必要あって、ママだってカミングアウトしたんだよね?

 

「ロウジくんには先輩として、GBNのルール、色々教えていただきました。

 きっとご両親の教育が良かったんだなって思っていました」

「あらまあ、そう言ってもらえると嬉しいけれど、少し気恥ずかしいわ」

 

 ママと年上のおねーさんの会話を、ロウジはむずむずしながら聞いていた。

 不思議だ。顔も姿も変わらないけれど、トロンの向こうにママの姿が透けて見える。

 

「さて、挨拶はこのぐらいにして、本題に入ります。

 マリコさん、ELバースセンターでの検査、全て終わられたそうで」

「はい。後はビルドデカールを貼るモビルドールさえ準備出来れば、

 わたしは皆さんと同じリアルで生活する事が出来るそうです」

 

 挨拶が終わり、むつかしい話題になる。

 ”仮面の父”がちらりとこちらを向けた視線に、ロウジは自信なさげにうなずく。

 

「ロウジ、わからない事があったら遠慮なく言いなさい」

「理屈とかぜんぜんさっぱりアイドンノー!」

「大丈夫よロウジくん、わたしだって理屈はさっぱりぷー、よ」

 

 やさしい”仮面の父”の言葉に、ロウジは悲鳴を上げた。

 パパが説明してくれたのだけれど、むつかしくて事態が滑ったのだ。

 うわあんマリコさん、フォローありがとう。

 困ったような”仮面の父”の視線に、トロンが微笑み、解説してくれた。

 

「今までのマリコさん、実体のない幽霊みたいなものだったのね。

 けれど検査をいっぱいする事で、マリコさん用の身体を作るめどがついたの。

 それがモビルドール、特別仕様のガンプラね。

 ビルドデカールに魂を封じて貼り付け、マリコさんのリアルの身体にします。

 ここまでは、いいかしら?」

 

 ”異邦人”としてやってきたマリコさんは、GBNからログアウト出来なかった。

 だって、リアルに身体がないんだもの。

 ログアウト先の受け皿として、ガンプラを用意する。

 

「……うん。だいたいなんとかギリギリ。

 “死霊使い”……ネクロマンサーさんって感じだね?」

「邪悪じゃないから”人形遣い”……ドールマスターとかマリオネッター辺りでどう?」

 

 マリコさんがなるほど、って顔で頷いてくれた。やったね。

 不思議な事は魔法とファンタジーに置き換えるのが一番だ。

 パパには悪いけど、やっぱりママの説明の方が無駄がなくってわかりやすい。

 

「マリコさんは公的にはELダイバー……GBNから生まれた妖精さんとして扱われるのね。

 基本的な人権はあるけれど、義務教育的なものを受けないといけないし、

 世界の側でモビルドールに対するバリアフリーはまったく追いついていないの。

 だから、数年間は外出の際には必ず保護者が必要になるのよ」

「ふむふむ」

「はい、理解しています」

 

 はっきり答えるマリコの横で、ロウジは生返事だ。

 ELダイバー、そんな存在がいるなんて、ついこの間知ったとこだ。

 

「運営で協議を重ねた結果、マリコさんに一番近しい人間はロウジ、あなたよ」

 

 突然話題をふられ、ロウジはびっくり眼で小刻みに首を振る。

 ロウジの首振り運動が落ち着くのを待って、トロンがゆっくりと言葉を続ける。

 

「……なので、パパとママで協議して、保護者役に立候補する事を決めました。

 もちろん、ロウジと、マリコさん二人が望んでくれるならだけれど、

 わたし達は、マリコさんを家族の一員として受け入れたいと思っています」

 

 わかりやすい説明で、理屈がすとんと頭の中に入ってきた。

 ロウジの頭はトロンの言葉を理解し、受け入れた……のだろう、多分。

 ぼうっとした頭で、ロウジはマリコさんへ眼差しを向ける。

 驚きの表情で、マリコさんがこっちを見ていた。

 あ、そうか。驚いていいところなんだ。

 ようやく、ロウジの心がそう理解した。

 

「……マリコさんが、うちに来る、の?」

 

 発した声は、驚くほどひび割れていた。

 ロウジは浅く、短く呼吸し、視線を三人の間でさまよわせる。

 心の中がすっごく、もさもさ、わちゃわちゃしてる。

 

「ロウジは、マリコくんにとても懐いているように見えた」

「……でも、突然の話だから驚くのは無理がないと思うわ。

 いくら仲良くても、一緒に暮らすのはまた別問題でしょう?」

 

 ”仮面の父”とトロン、パパとママの言葉が心の上っ面をすーっと滑っていく。

 なんだろう、自分は何が納得できないんだろう。

 胸が苦しい、呼吸を繰り返し、ロウジは必死に頭の中で言葉を探る。

 

「……ねぇ、パパ。

 おうちに戻って来てくれるってのは、そのため?」

 

 聞いちゃダメ、理性か何かがそう叫んでいる。

 多分今のわたし、すっごく醜い顔してる。

 

「そうだ。いい機会だと思ったんだ」

「パパ、メイジンになるのは諦めるの?

 わたしじゃなく、マリコさんのために」

 

 ああ、そうか。

 わたし、マリコさんに嫉妬してるんだ。

 

「……ロウジ、それは違う」

「パパ、メイジンになるためにおうちに出て行ったんでしょう?

 ずっと応援してた。そのためならわたし、いくらだって我慢する!」

 

 でも、それだけじゃない。

 色んな思いが暴れ、ロウジの心をぐしゃぐしゃにしていく。

 

「マリコさんは好きだよ。

 パパがおうちにいてくれるのは嬉しいよ!

 でも、そのためにパパが夢を犠牲にするの!?」

「ロウジ……」

 

 パパが怒りではなく戸惑っている。

 ママが、じっとこちらを見ている。

 

「……ロウジくん」

 

 マリコさんが、静かにこちらを見ていた。

 怒りでも戸惑いでもなく、駄々をこねる子供を見るように。

 その視線が、羞恥をロウジの顔で爆発させた。

 無我夢中でドアを押し開け、廊下へ飛び出し、退室コマンドを選ぶ。

 

「……ロウジ!」

「後は、3人で話し合いどうぞ!」

 

 追いかけてくる声から逃げるようにうつむき、ロウジは運営サーバーから姿を消す。

 わたしは、何をやっているんだろう。

 マリコさんを迎えてあげないといけないのに。

 マリコさんを支えてあげないといけないのに。

 心で荒れ狂う思いは、形をとらないままにロウジを苛み続けた。

 

 

 

 しくじった。また何かを間違えたのだ。

 自分はどうしてこう、間違えてばかりだ。

 

「パパ。

 あの子を追いかけて!」

「ママ!

 ロウジを捕まえてくれ。

 私が話す!」

 

 トロンの言葉に、“仮面の父”は即座に反論した。

 確かに話すのは、ロウジの言葉を受け止めるのは、自分の役目だ。

 だが、”仮面の父”に、逃げたロウジを捕捉する方法は何もない。

 

「……そうね、そうしましょ。

 最悪リアルで捕まえます!」

 

 何せ“赤い彗星のひと”のアバターは、ただの一般ダイバーなのだ。

 うなずき、退室するトロンに愛娘を任せ、“仮面の父”は大事なゲストへ向き直る。

 

「……すまない、マリコくん。

 お見苦しいところを見せてしまった」

 

 順番を、間違えた。まずロウジと話すべきだったようだ。

 筋道立てて話せば理解を得られるはず、そう思ったのだが。

 

「見苦しくなんてありません。

 絶対に必要な事です。必ず、ロウジくんとじっくり話し合ってください」

 

 マリコが背筋をしっかり伸ばし、真正面から言う。

 対して自分はまったく、父親失格だ。

 

「もちろんだ。

 ……私はあの子に、ずっと我慢させてしまっていたのだな」

 

 ロウジに何が不満なのか、その怒りを受け止める必要がある。

 それはそれとして、大事なゲストを一人放り出す訳にはいかない。

 軽く咳払いの後、“仮面の父”はマリコへ向き直った。

 

「それで、マリコくんの保護者の件に関してだが……」

「大変ありがたい話だと言うのは理解しています。

 ですが、ロウジくんのお気持ちが片付かない以上、

 この話を前に進める訳にはいけません」

 

 きっぱりと言い放ち、マリコが首を横に振る。

 

「……マリコくん。君は今、この世界で保護が必要な立場にある。

 運営も私も、マリコくんにとってより良い居場所を選んだつもりだ」

「それでも、わたしは成人した大人で、ロウジくんは未成年の子供です。

 ロウジくんをないがしろにしてまで、自分の衣食住を整えたいとは思いません」

 

 まったくもってぐうの音も出ない。

 マリコが保護されるべき存在だろうと、

 まず自分の子すら扱えぬ家に保護されたいなどとは思うまい。

 

「ロウジくんの悲しい顔、わたしだって見たくないですもの」

「……今日のところは、ここまでとさせていただくよ」

 

 気遣うように微笑まれ、“仮面の父”は降参とばかりに両手を上げた。

 

「マリコくんにわざわざご足労いただいたと言うのに、

 無駄な時間を使わせてしまい、申し訳ない」

「大事な事に気付けたんです。とても有意義ですよ。

 焦らず、ロウジくんとじっくりと話し合ってあげてください。

 ロウジくんがわたしの妹になるお話は、その後に」

 

 少なくとも自分よりマリコくんの方が、よほど人間が出来ている。

 

「まったく、姉さんにはかなわないな」

 

 ぽろりとこぼれた自分の呟きに、”仮面の父”はぎょっと目を見開く。

 

「姉さん?」

「……ご無礼を。

 私にも姉がいたのです」

 

 死んだ姉を、無意識にマリコに重ねていたのか。

 思わず背筋をじっとりした汗が伝う。

 

「お会いして見たかったわ。

 ご愁傷様です」

「ありがとうございます。

 姉はあなたのように利発で、明朗快活な方でした」

 

 過去形の発言で察したマリコが、神妙にお悔やみを述べる。

 昔遊んだセッションで、マリコ・スターマインというキャラで遊んでいたのが姉だ。

 

「私も手前勝手な理由で貴女に思い入れていたところがあったようです。

 重ねて謝罪させていただきたい」

「長く生きてれば、自然な事でしょ。

 他人に理想や記憶を重ねていくなんて」

 

 明るく笑うマリコへもう一度深々と頭を下げた。

 退室コマンドを選択した後も、は冷や汗がひいてはくれなかった。

 

「まったく、この年になってもおのが未熟からは逃れられんか……」

 

 GBNのロビーへ戻り、”仮面の父”はぼやきながらコンソールを操作する。

 システムメッセージに、ロウジの行く先を告げるトロンからの着信があった。

 驕るのはやめよう。まずは我が子としっかり向き合うところからだ。

 大人として他人に接するために、父としての責務を果たすのだ。

 ”仮面の父”はアバターとリアルの身体で、決意に拳を握りしめた。

 

●読み飛ばしても構わない巻末プチ解説

 

・ELバースセンターとエルドラ、ヒトツメについて

 

 ガンダムビルドダイバーリゼで描かれた、GBNサーバー内に存在する大規模施設の一つ。

 ELダイバーを検査、登録するための場所であり、

 未登録のELダイバーはなるべく早くここに連れて来るよう義務付けられている。

 

 下記に関しては本作による独自解釈である。

 カツラギより上の一部運営は、ガンダムビルドダイバーズRe:RISEで異世界エルドラを認識した。

 エルドラの住人達がこちらへ来訪した際もELダイバーと同様にここでの検査確認が行われる。

 その後、ダイバーIDを割り振られ、通常ダイバーとして扱われる。

 ELバースセンターで働くAIヒトツメ達は、エルドラで発見された個体を検査、解析し、

 GBN管理運営のため、GBN運営が新たに複製した別個体達である。

 エルドラからやってきたヒトツメもGBNに就職した個体はおり、“モノ”“レッドアイ”“ソンブレロ”など個別ネームで呼ばれている。

 ヒトツメ達のおかげで多くの高難度CPUミッションは成立している。

 

 

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