リアルではモブなわたしは、GBNでずっと暮らしたい。 作:ゼラチナマスター
…その他もろもろの事情のため、執筆が滞っております
一週間お休みいただきまして
次回は5/4(日)投稿予定です
よろしくお願いいたします
照明がむやみに眩しい。
喉もからから、舌がひきつりそう。
多分わたし、柄にもなく緊張してる。
愛想笑いを顔に張り付けたまま、マリコは身体を強張らせる。
「さぁ、今日も定刻通り始まりました。
運営チャンネル“トロンの楽屋裏”
視聴者の皆さん、こんばんは!」
司会進行を務めるトロンが、慣れた様子で流暢に喋り出した。
ここはGBNの運営用サーバーの、動画撮影用スタジオ。
今はリハーサルでなく本番、動画の生放送中だ。
パンクな衣装のトロンがスタジオ中央に立ち、マイクを片手に司会を務める。
マリコはスタジオ中央やや脇、ゲスト席の椅子に腰掛け、出番を待っていた。
「今回は、いよいよ実装間近のブラスターマリステージ!
そのサイド3のバンチコロニー周辺を紹介させていただく回となります」
スタジオの大モニターに映し出されたのは、マリコにとって見覚えしかないコロニーだ。
運営が実装を進めていたというブラスターマリステージのために、
GBN上にマリコの故郷であるサイド3のとあるコロニー、Zバンチコロニーが再現されたのだ。
「今回のゲストは、なんと豪華に3名!
まずは正体不明のそっくりさん、マリコ・スターマイン少尉!」
「どうも、よろしくね」
そうね。この世界の人たちにとっては、ブラスターマリはフィクションだもの。
愛想笑いを浮かべ、マリコはカメラへ会釈する。
まったく緊張がひどい。けどそれも仕方ない。
今までの人生で、放送媒体にリアルタイムで出演したことなどないんだから。
「そして、マリコさんの搭乗機体のビルダー、
旧ザク愛の第一人者、ガデム大尉!」
「うむ、光栄じゃ」
年かさの軍人ガデムが、髭をしごきながらうなずく。
先日のレイドバトルで、ガデムとはパプア級でご一緒させていただいた仲だ。
マリコはほっと息を吐く。
顔見知りがいるのは本当にありがたい。
「ステージ制作協力のサブマスター、
うさんくさいガンプラの匠、エセリアさん!」
「扱いが毎度ひどぉない!?」
セセリアそっくりの女性が、悲鳴のような抗議の声をあげる。
マリコは口元に手を当て、くすりと笑う。
エセリアはフォース仲間のセセリアとは別人で、知人でもあるそうだ。
「以上の3名をお迎えして進行させていただきます!」
トロンが高らかに宣言し、指を一本立てる。
『いったんコマーシャルとムービーです。
スタジオ映さないので楽にしてください』
システムメッセージを確認し、マリコは大きく息を吐き出す。
手元に用意したペットボトルの蓋をひねり、データの水を喉越しで味わう。
「マリコくん、緊張しているみたいじゃな。
無理して喋ろうとせんでよいからの」
「そやそや、おしゃべりはウチらに任せとき!」
「ありがとう、ガデムさん、エセリアさん」
気遣う二人に微笑み返し、マリコは軽く頭を下げる。
この場にいるのは、全てマリコの事情を理解しているメンバーばかりだ。
「ほな、次の手番の確認や。
マリコちゃんがガデムはんの旧ザク使て、Zバンチのコロニーを観光する。
コロニーの細部の光景に違和感あったら容赦なく言うてな。
こっちで拾って要修正項目に入れとくわ」
「ルートは必要に応じてパプアからワシがナビゲーションするが、
基本的には自由に回ってもらって構わんそうだ」
エセリアとガデムの言葉に、マリコは頷く。
今日の番組は宣伝放送であると同時に、ブラスターマリステージの最終チェックを兼ねたものだ。
フィクションとして描かれたブラスターマリの物語をもとにGBNで作られたコロニーを、
マリコの記憶と照らし合わせて違いを確認するのだ。
「バトルの予定は全くない平和な観光じゃ。
ただ、専門家の分析によると、今回もグラン・ジオングのように乱入の起きる可能性が高い。
むしろ、乱入を誘発するために組まれたイベントだそうじゃ」
「……はい、説明は聞いています。
あの“声”がまた聞こえるかもしれないんですね」
緊張をにじませ、マリコはうなずく。
レイドバトル時にグラン・ジオング出現直前、マリコは謎の存在からジオン公用語で呼びかけを受けた。
「敵影並びにロックオン警告があったらイレギュラーや。
マリコちゃんはロウジくん達を護衛に、即座にリタイアポイントまで撤収よろしゅー」
今なお正体不明の相手をおびき出し、接触する。
マリコへの危険も承知の、苦肉の策だった。
「イレギュラーへはウチら運営ガンプラに任せて。
安全な特等席でバトル観戦楽しんでな」
「あはは、借り物のガンプラで無理はしませんよ。
ブラスターマリになれないわたしは足手まといです」
搭乗機体は、ガデム謹製の旧ザクだ。
しっかりした堅実な作りの機体だが、前とは事情がまるで違う。
前回消失した魔法のふとん叩きは戻って来ず、再作成もされていない。
普段のマリコの腕前で操縦すれば、その堅実な性能もまともに生かせはしないだろう。
「うむ。無理はせんようにな。
どれほど準備しても、現実は予想を軽々と飛び越えるものじゃからの……」
「ムービー終了一分前でーす!
マリコさんは転送の準備を」
ガデムの呟きにかぶせるように、トロンが進行を告げる。
出番だ! 慌ててマリコは椅子から立ち上がる。
「こっちやこっち、転送用スポット。
転送されたらガンプラの中やからな」
付き添うエセリアに促され、スタジオ脇の転送用スポットへ移動する。
気持ちを落ち着けるようにもう一度マリコは深呼吸。
その時、思い出したようにエセリアが何かを手渡してきた。
「そや、マリコちゃん、これ持っとき」
「……これは?」
マリコは不思議そうに手元を見やる。
金色に輝く、何かが刻印されたメダルだった。
ビスケットくらいの大きさに、首から下げるようのチェーンがついている。
「エセリアちゃんプロデュース!
SDの、ナイトガンダムメダル。
旅路の無事を祈るお守りや」
なるほど、確かに騎士様だ。
甲冑をまとったガンダムが、凛々しくマリコを見返している。
けなげに世話を焼いてくれたロウジの姿を重ね、マリコは目を細める。
「転送10秒前でーす!」
「ありがと、エセリアちゃん。
それじゃ、行ってきます」
スタジオメンバーに笑顔で礼を述べ、マリコは転送エフェクトに身を任せる。
わたしはいつも、何かをもらってばかりだ。
『さぁ、今日も定刻通り始まりました。
運営チャンネル“トロンの楽屋裏”
視聴者の皆さん、こんばんは!』
部屋に設置されたモニターから、司会を務めるトロンの声とスタジオの映像が流れてくる。
ここはGBNの運営用サーバー、放送スタジオ直結の控室だ。
モニターには、マリコさん、エセリア、ガデムの三人の座るスタジオが映る。
ハサウェイはロウジと共に行儀よく座り、出番を待っていた。
「新型機のテストと新テクニックの習得を日付代わるまでやってたの!?」
「がんばったよ!
おかげで、眠ひ……」
ハサウェイは裏返った声で、叫びを上げる。
いつも元気印のロウジが見る影もないしょんぼり調子だ。
「今日イベント出演だよ、
バッカじゃないの……!?」
「だってぇ……パパとの大喧嘩、
胸のモヤモヤがおさまんないんだよぅ……」
なるほど、そういうわけね。
ハサウェイは腕組みしたまま、納得顔でうなずく。
「大好きなパパさんとロウジが大喧嘩か。
そりゃ、相当だな……」
「……うん、パパと色々やりとりしたけど、
まだパパのこと、許せてません」
ロウジのパパは優秀なガンプラビルダーで、セセリアの師匠筋らしい。
ハサウェイもロウジからパパ自慢をさんざん聞いた。
そのパパと大喧嘩するのだ、よほどの事態に違いない。
「いったい何があったのさ……」
「んっとね、別居してたパパがうちに戻ってくることになってね……」
かくかくしかじか。先日の一幕をハサウェイが聞き終わる。
モニターにはスタジオ挨拶が終わり、ブラスターマリステージのムービーに切り替わっていた。
「心がうわーってなっちゃって、
話し合いから飛び出してきちゃった。
あのままだとマリコさんにまでひどいこと言っちゃいそうで」
「ううん……別居したパパがおうちに戻ってくれた理由が、
自分じゃなくてマリコさんだったのがイヤだったの?」
つまりそれは嫉妬と言うことなのだろうか。
一部始終を聞いたハサウェイは首をかしげる。
「それは……あると思う。
でも、相談に乗ってくれたエニルさんは、それが全てじゃないって」
「ふむふむ」
偉い。ちゃんと大人に相談済みなんだ。
ハサウェイはうなずき、続きを促す。
「本当の理由は、パパが別居で甘えられなかった寂しい気持ち。
それがこの機会に爆発したんじゃないか、って
……すごく、ストンと来たよ、大納得。
僕、我慢してたのかなぁって」
「……そうだね、ロウジは偉いな」
ロウジってば、甘えん坊だもんね。
隙あればセセリアといちゃつくロウジを思い出し、ハサウェイはうなずく。
甘えたい気持ちを我慢した反動が出たのは、理解出来る。
「でも、パパはずるいよ。
マリコさんに保護者が必要なのもわかる。
マリコさんがうちにいてくれたら僕もうれしいです。
納得するしかないじゃん……」
「あー、ちょっとわかるよ。
気持ちを無視して理屈で固められると、
なんかこう、こざかしい!ってなるときあるな」
軽い調子でハサウェイはうなずく。
気持ちの問題は、当人が時間をかけて解決するしかない。
「別に無理して納得しなくてもいいさ。
この際いっぱいワガママ言えばいい。
お高いガンプラねだってもいいし、
セセリアとの結婚認めてもらってもいいさ」
「まだ早いって!」
真っ赤な顔して叫ぶロウジに、ハサウェイは明るく笑う。
まったくかわいい妹分だ。たった一歳しか変わらないけれど。
「……エニルさんも、僕は悪くないって言うんだ。
ゆっくり納得するまで話し合えばいいって」
「オレも同感。
大人が完璧な人間ってわけじゃないんだよ」
ロウジのパパが悪い人だとは思いたくない。
でも、ロウジだけが悩んで反省しろとは思わない。
「……え、ハサウェイ何かやなことあった?」
「うちのママさ、すっごい機嫌悪そうに舌打ちするんだよね。
虫の居所が悪い時だから仕方ないって思ってたんだけど、なんか違うって最近気付いてさ」
心配そうなロウジに、ハサウェイはあっけらかんと話す。
舌打ちするのはハサウェイにもある悪癖だ。
周りが怖がるからやめたいと思ってはいるのだが。
「多分、計算して威圧してるんだよねこっちを。
不機嫌オーラまとってオレに譲歩させようとしてんの。
カチンときちゃって大喧嘩しちゃってさー」
「えええ、何それ大丈夫!?」
めちゃめちゃ心配そうなロウジへ、笑って手を振る。
経済力その他で大人と子供は対等じゃないのは当然だ。
それでも言うべきことは言って、最後に頭を下げた。
健全に親子喧嘩しただけなんだとハサウェイは思う。
「だからさ、時には大人も間違うんだよ。
意固地になる必要はないけど、
聞き分けよい良い子でなくてもいいさ。
納得出来るまでしっかりパパさんにワガママ言いな」
「……うん、がんばる」
そこでがんばるって言葉の出るのがロウジのいいとこだ。
固い表情のロウジの頬をむにっと引っ張り、無理やり笑顔にさせる。
「ロウジくん、ハサウェイくん、そろそろ転送よ。
あと1分。カウントを開始します。
心の準備は出来てるかしら?」
「おっと、はい。
大丈夫です、トロンさん」
モニターがいつの間にか切り替わり、司会のトロンが移っていた。
ロウジの頬から手を離し、ハサウェイはきっちりと挨拶を返す。
「ほら、ロウジ」
「……はい、おっけーです。
マリコさんは絶対に僕が守ります!」
一応ハサウェイとロウジは、マリコのフォース仲間として登場となる。
意気込むロウジだが、実際のところどこまで戦えるものか。
「今回はバトルのまったくない観光イベントだけど、
“異邦人”出現が非常に高いと予想されてるわ。
敵が登場したり、異変を感じたら迷わず動いて構わないわ。
迎撃は運営に任せてあなた達はマリコさんの避難を最優先」
「らーじゃ!」
「判りました!」
たった一歳しか差がないのに、偉そうに先輩ぶったのだ。
ロウジの足は引っ張れない。出来る限りの事はやってみせるさ。
ハサウェイは深呼吸し、じっと転送を待つのだった。
全身を包む浮遊感が消え、ロウジは背中に触れるシートの感触を実感する。
ここは愛機、ルブリス・GKのコクピットだ。
三機のガンプラが並び、補給艦パプアの格納庫で出撃を待っている。
手元の操縦桿を握りしめ、ロウジは目の前に広がるモニターのパラメータを指さし確認する。
「アーマー、ウェポン、ブースト、オールグリーン。
コンディション、ぱーふぇくと!
ルブリス・GK(ガーディアンナイト)、発進準備よろし!」
「ハイメガランチャー接続よろし、ヘビーマシンガン給弾確認。
ウェイブライダー変形よろし、キャプテンZ、よーそろー」
ロウジの宣言に続き、ハサウェイの確認がフォース通信で流れてくる。
レギュレーションでのエラーはない。
ロウジはあくびを噛み殺し、両手で操縦桿を握り直す。
「お疲れ、ロウジくん、ハサウェイくん。
それじゃイベント用ミラージュコロイドを展開するで」
「了解です、エセリアさん!」
オペレーターウィンドウにエセリアの顔が浮かび、同時にイベント用のギミックが起動する。
ウェイブライダーで出撃待機中のキャプテンZにエフェクトがかかり、すーっと背景と一体化していく。
「……うわぁ、めっちゃ透明!」
「そっちもほとんど透明だぞ」
驚くロウジに、ハサウェイが笑って指摘してくる。
確かに外部カメラで見ても、ルブリスのシルエットしかほとんど見てとれない。
たぶん実際にミラージュコロイドを使った時と同じ仕様なんだろう。
「僚機同士は半透明な程度やけど、敵軍並びに視聴者からは完全に透明や。
ただ、通常のミラージュコロイドと違って武装使用すると解除されるから注意やで」
「らじゃー!」
もう1機のガンプラ、ガデムさん作の旧ザクは透明化処理がされていない。
何せマリコさんは今回のイベントのゲストだ。動画に映ってないといけない。
「……これ、下手すると僚機と衝突しちゃうな。
ロウジ、ウェイブライダーをSFSにしてくれるか?」
「おっけー! のんびり周り見とくね!」
確かにうっかり自損で破損とかやってらんない。
ハサウェイの提案に、オートマ操作でありがたくウェイブライダーにライドオンさせてもらう。
操縦は任せる。その代わり、周囲を見回して異変の警戒とかをしよう。
「そや、ロウジくん。
出来たとこだけ、渡しとくな」
「ほえ?」
エセリアの台詞と同時に、コクピットに銀色のメダルが転送されてくる。
首にかけるようのチェーンを掴み、ロウジは目を輝かせた。
「わ、ハサウェイ、見てこれかっこいい!」
「……わ、すごい掘り込み。
えっと、悪そうな顔のSDガンダム?」
「魔王サタンガンダムやな。
マリコちゃんにも対になるナイトガンダムの分を渡しとる」
はしゃぐロウジ、自信なさげなハサウェイに、エセリアが笑って補足説明してくれた。
「マリコさんも? ……ってことは、ひょっとして!
エセリアさん、ありがと」
「ま、今のとこはイベント成功のお守りみたいなもんや」
多分これは、マリコさんを送るための試作品なんだろう。
満面の笑みでロウジは礼を言う。
エセリアが素知らぬ顔でウィンクしてくれた。
「よし、ほんじゃ二人とも出撃や。
艦の外でマリコちゃんが出て来るまで待機!
その後、CMタイムに合流し、その後はあんじょうよろしゅうな」
「りょーかい!」
ガンプラがゆっくりと出撃位置に移動し、射出姿勢を取る。
ウェイブライダーとの接続を確認し、ロウジは叫ぶ。
「ダイバーID:0357779 ロウジ・チャンテ 曹長。
使用ガンプラ ルブリス・ガーディアンナイト!」
ウェイブライダーのスラスターがふかされ、ガンプラがバトルフィールドへとゆっくり移動する。
「キャプテンΖ、ハサウェイ・ノア。いきまーす!」
「フィックス・リリース!」
さぁ、いよいよだ。誰もまだ知らないブラスターマリステージへ。
高鳴る気持ちを胸に抱え、ロウジは初めて足を踏み入れたのだった。
「マリコ・スターマイン、旧ザク、出ます!」
威勢のいい声と格納庫の床を蹴り、マリコは愛機のランドセルのスラスターを吹かす。
「っく、この子、なかなか……!」
不意の加速にコクピットシートへ背中を押し付けられ、マリコはうめく。
ブラスターマリとして操縦する時とはまるで勝手が違う。
古い電動スクーターみたいに立ち上がりが遅く、吹き上がれば駆動はパワフル。
端的に言ってこの子、かなりのジャジャ馬だ。
「現場のマリコさん。
どうですか、コロニーの様子は?」
「外見はそっくり、とても懐かしいですね。
ズムシティ見学で乗ったシャトルから見た時のことを思い出します」
司会のトロンの言葉に、マリコは目を細める。
MSの中から故郷を見ることになるだなんて、思ってもみなかった。
異世界を独り放浪するだなんて、もっと想像の外だけれども。
「どうじゃ、マリコくん。
ワシのガンプラに問題はないか?」
「問題なのは、わたしの腕の方でして……!
壊さないよう気をつけます、ガデム艦長」
パプアからこちらを気遣うガデムに、マリコは苦笑を浮かべる。
正直、うっかりスペースデブリにぶつかりそうで危なっかしい。
「そのまま、スペースポートから中へ入ります。
エアロックはフリーパスさせてもらえるんですよね?」
「はい、問題なく通れますよ」
微調整のきかないスラスターに苦心しながら、マリコはオートパイロットでスペースポートを指定する。
ちょうどムサイ級と艦載機のザクが3機、スペースポートから出てきたところだった。
ヘタッピな敬礼で、パトロールへ向かうのだろう軍人さん達を見送る。
オートパイロットはマリコよりはるかに上手だ。
軽やかにスラスターを制御し、静かにスペースポートへ着地、そのままエアロックへと歩いていく。
開いたエアロックの中に踏み入れ、背後で扉が閉じる。
空気の充填する音を聞きながら、遠い記憶に思いを馳せる。
「最後に帰ったのは、ゼナの誕生日祝いの時だったかしら」
表向きはパパに勘当されているが、何度かサイド3には帰っている。
もちろん、MSなどではなく、民間のシャトルを使ってだ。
エアロックの扉のランプが赤から緑へ変わり、コロニー側の扉が開く。
発生した気圧差で風が流れ、人工太陽に照らされたコロニーの大地と街並みが目に飛び込んできた。
「……ただいま、皆」
感極まったように、マリコの口から言葉がこぼれる。
どこを見ても、見覚えしかない景色達。
家族や同級生の、ご近所の皆さんの声が聞こえて来そうな気がする。
『はい、それではCMです。
次はガンプラから降りての探索パートがメインになります。
よろしくお願いしますね!』
トロンの言葉に、マリコははっと我に返る。
うーん、雰囲気ぶち壊し。
とはいえ、物思いに沈んでばかりはいられない。
「OKでーす」
トロンへ明るく返答し、旧ザクのコクピットでマリコは大きく伸びをする。
「お疲れ様です、マリコさん!」
「オレらも後ろに控えてるんで、
心配しないでくださいね」
「ありがとうね、二人とも」
元気なロウジとハサウェイの声に、マリコは笑顔で礼を返す。
動画構成上の都合で、二人のガンプラには不可視エフェクトがかかっている。
だが、ずっと二人はは傍にいて、故郷のサイド3のバンチコロニーを観光してくれている。
「ようこそ、ロウジくん、ハサウェイくん。
わたしのふるさと、サイド3、Zバンチのコロニーへ」
かわいい年下の先輩二人に、マリコはにっこり笑いかける。
「ズムシティとはずいぶん趣が違うんですね。
ええと、なんだか……牧歌的な雰囲気!」
「ほ、ほらハサウェイ。
テキサスコロニーみたいにわざとレトロ風にしてるんだよ。
昭和風な時代遅れの生活を体験するために!」
二人の婉曲的な表現に、マリコは思わず噴き出した。
ロウジくん、ひどい! たぶんフォローするつもりなのが余計におかしい。
「こら、ロウジくん!
……ふふ、まぁ、確かに田舎よね。
戦争中は物資も不足がちで、空襲だらけで大変だったのよ」
マリコは笑いながらロウジをたしなめる。
サイド6に留学して、マリコはいかにこのコロニーがレトロな作りか思い知った。
最初はジェネレーションギャップにずいぶん戸惑ったものだ。
「それでも、パパやママ、お母さん、弟に妹たち。
家族の皆との思い出はここにしかないの」
マリコは静かに目を細める。
どんなに小さな世界に生まれたか、今はわかってしまう。
水を浄化、循環させ、空気を生成しなければいけない。
食料も配給性で欲しいものもすぐ食べられない。
Zバンチのコロニーは、ガンプラでならすぐ一周出来てしまうような小さな箱庭だ。
「いつかは巣立つ場所だとしても、
ただいまを言えるふるさとがあるってのはやっぱり嬉しいものよ」
しみじみ呟くマリコはまだ、運営が抱えた情報を知らない。
地球生まれの電子生命体かもしれないなど夢にも思わず、自分を宇宙世紀からの来訪者だと信じていた。。
「……そうね。ぜいたく言うならパパや皆がいてくれたら良かったのだけれど」
「NPCアバターも未実装らしいですもんね」
ブラスターマリステージにネームドのNPCは実装されていない。
家族に姿だけがそっくりなお人形さんなど辛いだけだと、マリコがお願いしたのだ。
「そうなんだよね、仕方ないけど。
僕もマリコさんのパパさん達ご家族に挨拶したかったな……」
「それは、異世界転移の方法見つけ出してからね」
我が事のようにしょんぼりするロウジを、マリコは笑って激励する。
そう、ここはマリコのために作られた箱庭ではない。
無限に浮かんでくる郷愁を、マリコは首を振って拒絶した。
ここはあくまで、“魔法の少尉ブラスターマリ”と言うフィクション再現に作られた場所なのだ。
「焦らず日々を過ごしましょう。
奇跡は平和に過ごした日々の先に降って来るものなんだから」
「そうですね。
マリコさん、やっぱり僕、決めました」
明るく笑うロウジに、マリコは小さく首を傾げる。
「マリコさんに毎日、おかえりって言えるよう頑張ります。
マリコさんがただいまって言えるように」
天真爛漫なロウジの言葉に、マリコは大きく息を呑んだ。
胸に手を当て、声を聴く。わたしはやっぱり、帰る場所が欲しいのか?
答えは聞くまでもなかった。マリコは小さく息を吐く。
「お、じゃあロウジ、パパさんと仲直りしないとね」
「ふふ。そうね。
パパさんとの戦争、焦らず持久戦でやればいいからね」
すっきりした気持ちで、マリコは大人ぶってロウジへ笑う。
欲しかった言葉をくれたのは、またもロウジだった。
『CM終了一分前でーす。
そろそろ準備よろしくお願いしまーす』
おっといけない。おしゃべりに夢中すぎた。
トロンの呼びかけに、マリコは気を引き締め直す。
「じゃ、みんなより一足お先に里帰り体験してくるわ」
「いってらっしゃい!」
「楽しんできてくださいね」
笑顔で手を振るロウジとハサウェイに笑い返し、マリコは操縦桿を握り直す。
すっきりした心が、敏感に何かを感じとった。
誰かがこっちを見ている? マリコは旧ザクのコクピットで注意深く首をめぐらす。
ふっと、すぐに違和感は消える。
だが、マリコは厳しい眼差しで唇を引き結んだ。
「……トロンさん。
気の迷いかもしれませんが、何か視線を感じました。
準備だけよろしくお願いします」
『了解!
傭兵さん達の準備も進めておくわ』
根拠はない、ただのカンだ。
けれど運営の人たちは備えてくれる。実にありがたい。
「細工は流々、あとは仕上げを御覧じろ……ってとこね」
気取った口調で呟き、マリコは静かに深呼吸した。
いつまでも続く、平和な毎日がほしい。
そのためには、目の前のタスクを着実にこなすことだ。
うまく黒幕を吊り上げる事が出来るかどうか。
マリコの演技力がモノを言う日が来たのかもしれない。
“それ”は静かに“彼女”達を見つめ続けていた。
このGBNと言う広い世界で一際眩しく輝く意志を。
『……そうね。ぜいたく言うならパパや皆がいてくれたら良かったのだけれど』
意志と意志が重なり、ひときわ大きな火花を散らす。
『そうなんだよね、仕方ないけど。
僕もマリコさんのパパさん達ご家族に挨拶したかったな……』
その言葉が、指向性をもって”それ”へと突き刺さる。
強くまばゆい輝きに、”それ”は緑色の光となって応える。
【Your wish will be granted.】
その願い、確かに聞き届けた。
静かに声がそう呟く。
『……?
ごめんハサウェイ、何か言った?』
『いいや、何も言ってないよ』
呟きを聞きとがめたか、意志と意志が何かを語り合う。
語られる言葉を心地よいBGMのように聞きながら、”それ”は今回の趣向を決めた。
まずはゲストの選定だ。願いを叶えるために必要なデータはステージにもうある。
後は再現するための演者が必要だ。
何故応えるのか、何ゆえ叶えるのか。
その理由も語らぬまま、”それ”は静かに舞台裏でまたたいていた。
●読み飛ばしても構わない巻末プチ解説
・運営チャンネル“トロンの楽屋裏”
GBN設立時から続く老舗の公式運営チャンネル。
先代トロンの時代から続いており、今のトロンに代替わりした時期にリニューアルされ、
チャンネル名を“トロンの楽屋裏”と名付けられた。
公式からの情報発信を行うお硬いチャンネルだが、SDガンダム全盛期頃から続くマニアックな脱線が一部で人気。
当初は中の人がカツラギさんではないかと多忙を心配されていたが、ゲストとしてカツラギが登場してマニアックなトークを繰り広げたため、誤解は解けた。
ゲームマスター並びにサブマスターは多忙なため、情報発信用スタッフ以外は冠番組を持っているものはいない。
若い世代向けの情報発信チャンネルがもう一つあり、
先代はオルガ団長のチャンネル、今はチュチュとニカが司会を務めている。
現代はキャプテン・ジオンやジャスティス・カザミをはじめとするG-TUBER達による非公式な情報発信が盛んなため、
運営も差別化に苦慮しているようである。